夢見る家と夢見られる人  内田善美『星の時計のLiddell』
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 現在でも「漫画は芸術なのか?」という問題が、取沙汰されることがありますが、この作品に限っては、無条件で「芸術」だと言い切ってしまってもいいのではないでしょうか。
 詳細に描き込まれた美麗な絵柄、哲学的なテーマ、そして幻想的、詩的な物語。内田善美『星の時計のLiddell』(集英社)は、漫画作品の一つの極致を示すものといっていいでしょう。
 青年ヒューは、長い間、同じ夢を見ていました。そこはいつも必ず同じ場所、ヴィクトリアン・ハウスの屋根裏部屋なのです。そしてその家で、彼は美しい少女と出会います。少女の名は「リデル」。彼女は、彼のことをなぜか「幽霊さん」と呼びます。
 行ったことのないはずの家を、なぜこうも繰り返し夢に見るのだろうか? 裕福な友人ウラジーミルの助けを借り、二人は夢の中の家を探すために、旅に出ますが…。
 ヒューが主人公ではあるのですが、全体を通して、物語は友人ウラジーミルの視点から語られます。屈託がなく、天真爛漫なヒューに対して、ウラジーミルは故国を失い、どこにも自分の故郷がないと感じている青年です。このウラジーミルを語り手にすることによって、ヒューの体験する「夢」にも、客観的な距離感が置かれており、絶妙なリアリティを出しています。
 上に記したあらすじで「旅に出る」と書きましたが、物語がそこまで来るのに、ほぼ全体の3分の2が費やされています。このことからもわかるように、あまり展開に動きのある作品ではありません。ヒューの「夢」に対する、人々の解釈や、周りの人々の微妙な心の揺れ動きの描写などが、大部分を占めています。
 物語の基本的なアイディアは、作品内で言及される、荘子の「胡蝶の夢」と同じものです。ちなみに、「胡蝶の夢」は、荘子が蝶になった夢を見て、自分は蝶になった夢を見た人間なのか、それとも人間になった夢を見た蝶なのか自問する、という寓話です。つまりヒューが「家」や「少女」を夢見ているのか、それとも逆なのか、ということです。
 じつは、この『星の時計のLiddell』そっくりの小説があります。それは、アンドレ・モーロワ『夢の家』(矢野浩三郎訳 各務三郎『世界ショートショート傑作選1』講談社文庫収録)という作品です。
 ある家を繰り返し夢に見ていた男性が、あるとき夢と同じ家を見つけて訪ねる、という話。とくに明記されているわけではないのですが、『星の時計のLiddell』は、この作品からインスピレーションを得たのではないかと、個人的には考えています。もちろん二つの作品はまったくの別物、というかモーロワ作品の方は、ちょっとしたショート・ショート作品であって、この掌編から、あの雄大な物語を作り出したとするならば、やはり作者は天才と言わざるを得ません。
 物語後半、ついにヒューとウラジーミルは「夢の家」を発見します。「夢」の少女の正体とは? ヒューと少女は会うことができるのでしょうか? そして、それまで「傍観者」として事態を見てきたウラジーミルもまた、自分が「傍観者」などではなく、壮大な「物語」の一部であったことを悟るのです。
 結末自体は、はっきりと示されるわけではなく、解釈に迷うところもあるのですが、それも含めて、余韻をたたえた素晴らしいものです。おそらく再読、三読したときに、その素晴らしさがわかる作品でしょう。
 作者の内田善美は、完璧主義といっていいほど、手抜きのない美しい絵で知られた漫画家ですが、現在ではすべての作品が絶版になっています。作者自身が、自分の作品の再版を拒否しているとのことです。そのため、新刊で手に入れることはできないのですが、この作品だけでも、ぜひ再版していただきたいですね。
切ない夏  マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』
4309463088ハローサマー、グッドバイ (河出文庫 コ 4-1)
山岸真
河出書房新社 2008-07-04

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 今はなきサンリオSF文庫から刊行され、SF青春恋愛小説として、カルト的な人気を得ていたマイクル・コーニイの『ハローサマー、グッドバイ』(山岸真訳 河出文庫)が、新訳で刊行されました。
 舞台は太陽系外のどこかの惑星、登場人物は全てが異星人です。ただし、異星人といっても、外見も考え方も、ほとんどが人間とそっくり、という設定であり、つまりは異星を舞台にした人間たちの物語、として読むことができます。
 この星には、二つの大きな国、エルトとアスタがありました。エルトの高官の息子ドローヴは、父親の仕事の関係で、夏の休暇の間、港町パラークシを訪れます。ドローヴは、ほのかな恋心を寄せていた、少女ブラウンアイズとの再会を楽しみにしていました。
 念願のブラウンアイズとの再会を果たしたドローヴでしたが、折しも、隣国アスタとの戦争が勃発し、政情は不安になりつつありました。それに伴い、以前から政府に不信感を抱いていた、パラークシの住人たちと政府との対立も深まっていきます。
 下層階級であるブラウンアイズと、息子がつきあうことを喜ばない両親。ドローヴにほのかな思いを寄せる、パラークシのリーダー的存在ストロングアームの娘リボンとの複雑な関係。やがて惑星規模の陰謀が進められるなか、ドローヴとブラウンアイズも否応なく、巻き込まれていきますが…。
 思春期を迎えた、少年と少女の淡い恋を描いた青春小説。これが序盤を読み進めている間の印象です。その意味で、かなりシンプルな構造の作品ではあります。しかし、二人の中を引き裂く戦争の影や周囲の無理解、そして、それに翻弄される主人公たちの微妙な心の揺れ動きなど、それだけで充分読みごたえがあります。
 加えて、異星の自然や動物たちのみずみずしい描写が、物語に彩りを添えています。異星だけに、その環境も地球とは異なるため、作中でもかなりのページを費やして、描写がされています。そして、それらが結末の伏線にもなっているところが、じつに心憎い。
 きな臭い戦争や、ほのめかされる陰謀を背景に、ゆるやかに進んでいた物語は、後半に至って急展開を迎えます。互いに気持ちを確かめあったドローヴとブラウンアイズはしかし、自分たちだけではどうすることもできない巨大な障害により、引き離されてしまうのです。二人を襲う絶望的なまでの状況と、ほのかに見える希望の光。
 純粋な青春小説、恋愛小説としてみても、充分に魅力的な作品なのですが、舞台を「異星」にした必然性が、最後の最後で明かされるという大仕掛けが待っています。ここに至って、この物語が「SF」であったことがわかるのです。
 作者も序文で語っているように、恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説でもある。多くの要素が渾然一体となった、傑作と呼ぶにふさわしい作品です。

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7月の気になる新刊
7月8日刊 マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』(河出文庫 予価893円)
7月9日刊 東雅夫編『文豪怪談傑作選・特別篇 文藝怪談実話』(ちくま文庫 予価945円)
7月10日刊 C・L・ムーア『シャンブロウ』(論創社 予価2310円)
7月15日刊 三津田信三『忌館 ホラー作家の棲む家』(講談社文庫 予価750円)
7月18日刊 広瀬正『マイナス・ゼロ』(集英社文庫 予価800円)
7月中旬刊 中井英夫『幻戯』(出版芸術社 1575円)
7月22日刊 スコット・パック『題名のない本 上・下』(仮題)(PHP研究所 予価各1785円)
7月24日刊 『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』(講談社 予価1680円)

 今月一番の要注目本は、やはりマイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』でしょう。かって、サンリオSF文庫から何冊か訳書が出たものの、文庫レーベルの消滅にともなって、全訳書が絶版になっていました。なかでも本書は、SF青春小説として、名のみ高くなっていたものです。他の作品も復活を期待したいところですね。
  〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉の新刊は、C・L・ムーア 『シャンブロウ』。予告では、C・L・ムーアの短編集となっていたので、ノンシリーズ短編集かと思っていたんですが、スペース・オペラ「ノースウエスト・スミス」シリーズの新訳のようです。
 三津田信三 『忌館 ホラー作家の棲む家』は、かってノベルスで出ていたものの文庫化です。メタフィクション的な趣向を使った怪奇小説で、なかなかの佳作なので、未読の方はぜひ。この作品に限らないんですが、三津田信三作品にはたいてい、ホラーの蘊蓄が出てきたり、引用がされたりと、この手のジャンルのファンには、より楽しめる作品になっていることが多いんですよね。
 馴染みのない作家名なんですが、少し気になるのが、スコット・パック『題名のない本 上・下』。内容は、「街で起きた怪事件の被害者はみな、この 『題名のない本』 を図書館で借りていた…」というもの。どうやら本にまつわるミステリかホラーのようです。本好きとしては、そそられますね。
18世紀の怒れる若者  石井宏『天才の父 レオポルト・モーツァルトの青春』
レオポルト天才の父レオポルト・モーツァルトの青春
石井 宏
新潮社 2008-05

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 天才作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。この名前を聞いたことのない人は、あまりいないのではないかと思います。それでは、彼の父親レオポルトについて知っている方は、どれだけいるでしょうか?
 息子の天才を見抜いたレオポルトは、早くから音楽の英才教育を施し、息子を神童と呼ばれる存在に育てました。父親の教育がなかったとしても、モーツァルトはのちに才能を発揮したのかもしれませんが、今日あるような評価は得られていなかったかもしれません。その意味で、レオポルトは優秀なプロデューサーであったともいえるのです。
 本書『天才の父 レオポルト・モーツァルトの青春』(石井宏 新潮社)は、そんなレオポルトの知られざる人生を語った読み物です。貴族でもなく、ただの平民出身の彼が、あそこまで息子に英才教育を施したという事実が、当時にあって、どれだけ異例のことであったのか。そしてレオポルト自身が、自身の才能と力を頼みに、封建社会の中でいかに生きたのか、ということに焦点を当てて描かれています。
 さて、タイトルでもわかるように、本書で具体的に描かれているのは、レオポルトの生誕から青春時代にわたる部分です。つまり本書では、息子のヴォルフガングは全く出てきません。著者によると、本書はモーツァルト家の歴史を描くシリーズで、本書はその第一部というわけですね。
 いくらモーツァルト好きの方でも、まったくモーツァルト自身が出てこないんなら、興味がわかないんじゃないの?と思われがちでしょうが、これがまた面白いのです! レオポルトが、人並み優れた自分の能力をうまく使って、社会でのし上がろうという過程が描かれていくのですが、当時の封建社会にあっては、財産も家柄も持たない人間がのし上がるのが、いかに難しいかが、実例を持って示されていきます。鬱屈した思いをかかえるレオポルトの等身大の人間像が浮かび上がってくるのと同時に、レオポルトがそうならざるを得なかった、当時の時代背景や人間の考え方が、リアルに描かれるのです。
 例えば、貴族の家に雇われることになったレオポルトに、仕事を斡旋してくれた人物がかける言葉を見てみましょう。

 貴族の家には、不合理な生活、不合理なしきたり、不合理な存在がうようよしている。それをちょっと整理したり改善したりするだけで、事態はずっと良くなる。それは、君が一歩その社会に入ればすぐわかることだし、だれの眼にもすぐわかることだ。そういう、眼につくムダ、浪費の山を改革しようなどとは決して思ってはいけない。なぜかといえば、一見ムダや浪費、不合理に見えるものの蔭には、だれかの利益があるからだ。

 貴族社会の後進性、腐敗した生活がよくわかります。実際レオポルトは、この貴族たちの社会で苦しめられることになるのです。そして彼は、貴族たちだけでなく、自分の同僚や部下にもまた悩まされます。

 つまり、要するに……こんなこと言いたかないけど、正直言って、何をやっててもおんなじだということよ。だれも音楽なんか、まともに聴いてるやつはいねえのさ。集まってくる客たちは飲んで食って、しゃべって笑って、がやがやわいわいやってるだけなのよ。

 これは、レオポルトが楽士長として勤めることになった家の、部下の楽士の言葉です。宴席で演奏する楽士たちの音楽は、貴族たちにとっては、ただのBGMでしかない、という事実を表しています。
 こんな感じで、社会の無理解・硬直性に対して、一生懸命立ち向かうレオポルトの姿が描かれていきます。しかし彼のふんばりに対して与えられるのは、せいぜいが二流の楽士の肩書き。そんな折りに訪れたのは、ある娘との結婚の話でした。
 妻とのおだやかな生活の中で、レオポルトにも変化が現れていきます。そして待望の息子ヴォルフガングが誕生するとことで、本書の幕は閉じられるのです。
 上にも述べましたが、結局、モーツァルト自身が登場するのは、最後の数ページ。しかも生まれたばかりの赤ん坊としてです。その意味で本書は、完全に父親レオポルトの物語となっています。
 著者は、上昇志向の強い青年レオポルトを、スタンダールの生み出したキャラクターである「ジュリアン・ソレル」になぞらえていますが、それもむべなるかな、と思わせるぐらい、彼らの人生には共通点があります。その意味で、18世紀を舞台とした「怒れる若者」の物語ともいえるのではないでしょうか。
 モーツァルトの父親レオポルトを中心としたというだけでも、意欲的な作品なのですが、彼を「天才の父親」としておとしめるのではなく、かといって「偉大な父親」と礼賛するわけでもない。あくまで、18世紀という時代のなかで生き抜いた一個の人間として描かれている、という点でじつに見事な作品となっています。作曲家モーツァルトについて書かれた本というよりは、18世紀を舞台とした歴史小説、という捉え方で読んだ方が、より楽しめる作品かもしれません。
あいまいな事実  L・P・ハートリー『ポドロ島』
4309801099ポドロ島 (KAWADE MYSTERY)
今本 渉
河出書房新社 2008-06

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 〈KAWADE MYSTERY〉シリーズの最新刊として刊行された、L・P・ハートリー『ポドロ島』(今本渉訳 河出書房新社)は、怪奇小説を集めた作品集です。
 作者のL・P・ハートリーはイギリスの作家。普通小説も多く手がけている作家ですが、日本では怪奇小説ファンに馴染みの深い作家でしょう。アンソロジー・ピースとして重宝される作品も多く、怪奇小説アンソロジーでは、よく見かける名前となっています。
 以下、主だった作品を紹介していきます。
 
 『ポドロ島』 「僕」は、友人のウォルターに頼まれて、彼の妻アンジェラと共に、ポドロ島を訪れることになります。そこは人気のない無人島でした。餓えた猫を見つけたアンジェラは、その猫を連れ帰ろうと考えますが、警戒心の強い猫は捕まりません。依怙地になった彼女は、捕まらないなら殺してしまう、と猫を探しに出かけますが…。
 アンジェラを襲う「もの」が直接的に描写されず、すべてが間接的に暗示される、という超技巧作です。犯人が人間だとミステリ的に解釈することも、純粋な怪物ホラーと解釈することもできます。読者によって、いく通りもの「読み」が可能な、開かれた作品。

 『動く棺桶』 友人を通して、奇妙な蒐集家として知られるディック・マントの邸を訪れることになったカーティス。マントの集めているものとは、なんと「棺桶」でした。しかも、彼の最新の収集品である「棺桶」は、自ら動き、人間を埋葬してしまうという、恐るべきものでした。かくれんぼと称して、カーティスをその実験台にしてしまおうと考えたマントでしたが…。
 ひとりでに動く「棺桶」という、何とも奇妙なアイテムの登場する、ブラック・ユーモア溢れたシュールな作品です。

 『足から先に』 ロウ・スレショウルド・ホールには古い言い伝えがありました。かって、夫に苛め抜かれて死んだ妻の幽霊が現れると、必ず家の者が死ぬというのです。
 夫であるアントニーが、突然病んだのは幽霊のせいだと考えたマギーは、古い本を調べ始めます。とり憑いた相手が「足から先に」、つまり棺桶に入れられて運び出さない限り、呪いは達成されない、と書かれた文章を読んだマギーは、必死で対策を考えますが…。
 その家の子孫に祟る幽霊、という題材はとくに珍しくもないのですが、この作品では、幽霊の呪いの発動の仕方とか、そこから逃れる方法などが、かなり論理的に示されているのが特徴的です。呪われた夫を助けようと、妻がいろいろ知恵を絞るのですが、結末寸前の急展開には驚かされることでしょう。
 強いて言えば、幽霊や呪いも、妄想だと捉えることも可能で、結末の急展開自体もマギーの見た妄想だと考えることもできるという、これまた暗示に富んだ一編です。

 『思いつき』 心の平安を求めて、教会へ通うようになったグリーンストリーム氏。彼の祈りを盗み聞いた少年たちは、グリーンストリーム氏が罰当たりな願いをしていると考え、彼を驚かそうとしますが…。
 妄想、もしくは罪の意識が身を滅ぼす、という寓意の強い作品。グリーンストリーム氏がどうやら良からぬことをしているというのがわかるのですが、それが正面切って描かれず、間接的に示されるのが、非常に技巧的です。

 『島』 サンタンデル夫人に恋する「私」が、夫人の所有する島で出会ったのは、奇妙な男でした。てっきり技師であると思い込んでいたその男が、夫人の夫サンタンデル氏であることを知って、「私」は驚きます…。
 超自然的な要素は特にないのですが、全編を通して、不穏な空気の流れ続ける無気味な作品。サイコ・スリラーといっていいでしょうか。
 
 『夜の怪』 ある夜、夜警の前に現れた謎の男は、夜警を不安にさせるような話をし続けます…。
 謎の男は、いったい何者なのか。さびしい夜を舞台に、人間の不安を抉るような掌編。

 『毒壜』 昆虫収集を趣味とするジミー・リントールは、人生にどこか満たされない思いを感じていました。社交的なロロ・ヴァーデューから、邸に来ないかと誘われたジミーは、ヴァーデュー城を訪れます。そこで出会った妖艶なヴァーデュー夫人に、ジミーは惹かれ始めます。夫人が、貸した毒壜を返してくれないことに不安を抱いていたとき、ジミーは妙な噂を耳にします。ロロの兄、当主であるランドルフは精神を病んでおり、殺人を犯したと思われているというのです…。
 社交的なロロが、ジミーをわざわざ誘った理由、そしてヴァーデュー夫人の思惑とは…? かなりミステリ色が強く、レ・ファニュやウィルキー・コリンズを思わせるゴシック・スリラーの変種的な作品です。

 『合図』 殺されそうになる夢を見たら、壁を叩くからこっちに来てね。幼い妹にそう頼まれた「僕」は、ある夜、壁を叩く音を耳にします。ためらいつつも、妹自身のためにならないと、「僕」は音を無視します。やがて音は小さくなっていきますが…。
 隣の部屋で寝ている妹が壁を叩く音を無視する兄、という、ただそれだけの話ではあるのですが、何やら想像力を喚起する掌編です。

 『W・S』 ある日、スコットランドのフォーファーから、小説家ウォルター・ストリーターのもとに葉書が届けられます。宛名にはW・Sとだけ記されていました。以後、同じ人物から何度も葉書が送られてきます。しかも葉書に記された地名は、どんどんストリーターの家に近付いてくるのです…。
 W・Sとはいったい何者なのか? フィクションが現実を侵食するという、メタフィクション的な要素を持つ作品です。

 『愛し合う部屋』 愛する妻と娘を伴って、ヴェネチアを訪れたヘンリー・エルキントン。彼らは、ヴェネチアの要人ベンボ伯爵夫人の主催するパーティに参加することになります。二十歳になったばかりの娘のアネットは、若い男たちに囲まれて夢見心地になっていました。ふと目を離したすきに、娘を見失ったヘンリーは、娘の行く先を探しますが…。
 真夏のヴェネチア、パーティで繰り広げられる饗宴、やがて起こる惨劇。終始、夢幻的な雰囲気の中で繰り広げられる、幻想的な作品です。

 さて、全編を通して言えることなのですが、ハートリー作品のいちばんの特徴は、解釈の多様性に富むところ。物語の背景となる事実について、明確な説明を避け、間接的・暗示的に表現する、というのがハートリーのよく使う手です。登場人物が死んでも、それが超自然的な原因によるものか、そうでないかは、結局断言することができないのです。それが極端に出ているのが、表題作『ポドロ島』だといえます。
 その点で「ミステリ」として読むことが可能な作品も多く、それが〈KAWADE MYSTERY〉という叢書に入れられた、ひとつの要因でもあるのでしょうか。

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不可解な結末  梅田正彦編訳『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』
ざくろの実ざくろの実―アメリカ女流作家怪奇小説選
梅田 正彦
鳥影社 2008-06

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 以前に出版された『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』は、なかなか粒ぞろいのアンソロジーでしたが、今回はそれと対になるような形で、アメリカの女流作家の怪奇小説を集めたアンソロジー、『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』(梅田正彦編訳 鳥影社)が出版されました。
 順次、紹介していきましょう。
 
 シャーロット・パーキンズ・ギルマン『揺り椅子』 下宿を探していた新聞記者の「おれ」とハアルは、ふと見上げた家の窓から、金髪の魅力的な少女を見かけて、その虜となります。さっそく、その家にかけあい下宿することになった二人でしたが、件の少女とは全く会うことができません。ある日「おれ」は、帰宅途中に、家の窓からハアルと少女とが一緒にいるところを見かけて、煩悶します。親友であったはずの二人の仲はだんだんと険悪になっていくのですが…。
 直接姿を現さない謎の少女、そして互いに抜け駆けをしているのではないかと疑う親友同士、やがて訪れる破局とは…? 
 問題作『黄色い壁紙』で知られるギルマンの作品ですが、この作品でも、登場人物間の心理的なやりとりに精彩があります。

 メアリー・ウィルキンズ・フリーマン『壁にうつる影』 弟エドワードの死を聞いて、久しぶりに集まった三姉妹。死因は病気だというものの、死の直前に長兄ヘンリーがエドワードを怒鳴りつけたことを、姉妹は快く思っていませんでした。
 そしてエドワードの死後、部屋の壁に不可解な影が現れるようになります。その影はどう見ても、部屋の家具の影ではありえないのです。そしてその形はエドワードにそっくりでした…。
 怪奇現象が、皆の目の前で、はっきりと現れるというところが面白い作品ですね。無気味な影を消そうとして、部屋の家具を必死で動かすシーンにはインパクトがあります。
 
 ゾナ・ゲイル『新婚の池』 町一番の金持ちである、初老の男ジェンズ。彼は突如、裁判所に現れて、妻を殺したと宣言します。池に妻を突き落としたというのです。しかし妻のアグナはぴんぴんとしていました。やがてジェンズが妻を殺したと言う池からは、若い夫婦が車に乗ったまま死んだ姿で発見されます…。
 ジェンズの語ることは、事実なのか妄想なのか。妻を殺したという妄想のはしばしから、夫婦生活の倦怠感と、歳をとってしまったことへのやるせなさが滲み出る…といった感じの作品。一般小説としてみても、なかなか味わい深い作品です。

 ウィラ・キャザー『成り行き』 弁護士のイーストマンは、近所に住むカヴェノーという青年と親しくなります。話の最中、ふと自殺者の人生についての話題になり、ふたりは興味深くそれについて論じ合いますが…。
 他人の人生は、結局理解することはできない…。人生の不可知な面について書かれた、これはかなり難解な作品。

 イーリア・ウィルキンソン・ピーティー『なかった家』 年上の夫と結婚した、うら若い妻は、移り住んだ農場のまわりに人気がないのに退屈していました。ふと、視界のはしに小さな家があるのを見つけた妻は夫に問いただします。あそこに住んでいるのはだれ? 隣人とつきあってはいけないの? しかし、夫はあそこには誰も住んでいないと答えます。そもそも、家などあそこには存在しないのだと…。
 「家の幽霊」を扱った、切れ味するどい掌編です。妻が、本格的に怪異に関わり合うのではなく、かすかにすれ違うような、あっさりとした展開が、逆に新鮮です。

 エレン・グラスゴー『幻覚のような』 名医マラディック博士の夫人は、心を病んでいました。お付きの看護婦として派遣されたマーガレットは、家につくなり、小さな女の子と出会います。てっきり夫人の娘だと考えたマーガレットでしたが、娘は二ヶ月前に亡くなっているというのです…。
 夫人とマーガレットにしか見えない娘の姿。それは妄想だと否定するマラディック博士と精神科医。娘の幽霊は、実在するのか妄想なのか? 娘の幽霊が、衆人環視の前で出現するクライマックスは、素晴らしい出来栄え。精神分析的な視点も取り入れた、良質なゴースト・ストーリーです。

 メアリー・ハートウェル・キャザーウッド『青い男』 旅先で「私」が出会った男は、妙に青みがかった皮膚をしていました。その男は、もう数十年も前に姿を消した恋人を待ち続けているというのです。やがて船でやってきた美しい老女は、件の男と出会うのですが…。
 過去の悲恋を巡る幽霊小説です。恋人のどちらかが、すでに死んでいるのではないか? という疑問を抱きながら読み進めると、驚きの結末が。
 なかなか面白い作品なのですが、「青い男」という設定があまり上手く生かされていない気はします。

 イーデス・ウォートン『ざくろの実』 新婚のシャーロットとケネス夫妻。幸せな生活を送る二人のもとに、ある日突然手紙が届きます。夫あてに届けられたその手紙には、差出し人の名前はありません。手紙が届くたびに苦悩を浮かべる夫に対し、シャーロットは、昔の恋人からなのではないかと疑心暗鬼に陥ります。そして夫は突然姿を消してしまいますが…。
 手紙の差出し人はいったい誰なのか? 死んだ前妻の影をちらつかせながらも、あくまで、具体的な情報は最後まではっきりしません。ゴースト・ストーリーなのかどうかすらわからないゴースト・ストーリーという、非常に技巧的な作品です。ちなみに、先年出たウォートンの怪談集『幽霊』に収録されている『柘榴の種』と同じ作品です。

 全体としては、「怪異」の説明や因果関係がはっきりしないものが多い、という印象を受けます。『なかった家』といい、『ざくろの実』といい、捉え方によっては「リドル・ストーリー」と呼んでもいいような類いの作品です。作品の中で「解釈」がはっきり示されす、現象面だけをポンと投げ出されたような印象を受ける作品が多いですね。
 これを「近代的」というのか「精神分析的」といっていいのか、同じ編者の『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』の収録作品と比べると、その味わいの違いがよくわかると思います。その意味で「アメリカ」色がよく出たアンソロジーといえるのではないでしょうか。
B級の愉しみ  仁賀克雄編訳『モンスター伝説』
モンスター伝説モンスター伝説―世界的怪物の新アンソロジー (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
ロバート・ブロック 仁賀 克雄
朝日ソノラマ 1984-01

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 1950年代の怪奇小説を、日本独自に編纂したというアンソロジー『モンスター伝説』(仁賀克雄編訳 ソノラマ文庫)。目新しさはないものの、その筋のファンにとしては、安心して楽しめる作品が集められています。以下簡単に紹介しましょう。

 リチャード・マシスン『血の末裔』 幼い頃からおかしな言動を繰り返し、不気味がられていた少年ジュールス。彼はある日、図書館で「ドラキュラ」の本を見つけたことから、吸血鬼に憧れるようになります。ジュールスは、その願望をクラスメイトの前で口にしますが…。
 本で得た知識で吸血鬼になろうとした少年が、その幻想を壊される…というサイコ・スリラーかと思いきや、最後の引っくり返しには驚かされます。ホラーへの愛情にあふれた名作。

 ロバート・ブロック『鉄仮面』 第二次大戦時のフランス、ナチスと戦うレジスタンスに協力しているアメリカ人青年ドレイクは、恋人ロサールが単身、危険な場所へ向かったことを知り、彼女の後を追います。そこで出会ったのは、鉄仮面をかぶった得体の知れない男でした。彼は自分こそ、伝説の「鉄仮面」であり、歴史上いくたびも、フランスを救ってきたのだと話しますが、ドレイクは一抹の不安を拭えません…。
 「鉄仮面」伝説とスパイ小説をからめたエンターテインメントです。スパイ小説部分はかなり凡庸ですが、「鉄仮面」を初めとする怪奇趣味がなかなか愉しい一編。結末のドンデン返しも稚気に満ちています。

  ハリイ・ハリスン『これぞ、真説フランケンシュタイン』 どう見ても、本物としか思えない怪物ショー。疑問を抱いた記者は、酒場でうまくショーの主催者の男から話を聞くことに成功しますが…。
 「フランケンシュタイン」の真相は…という、軽いタッチの怪奇譚。

 フリッツ・ライバー『魔犬』 デパートに勤める青年は、扶養している両親や経済状況のことで悩みを抱えていました。つきあう女の子もみな結婚となると、彼のもとを離れていってしまう。そして、あるときから彼の前に、邪悪な犬の影がちらつくようになります…。
 「犬」の正体はいったい何なのか? 戦時下、悩みをかかえる青年の神経症的な不安が描かれます。怪異の正体ははっきりせず、結末もぼかしていることもあり、かなりモダンな印象を与える怪奇小説です。

 ロバート・ブロック『サド侯爵の髑髏』 好事家メイトランドは、古物商が持ち込んで来た頭蓋骨に眼を奪われます。サド侯爵の髑髏だというその品物に、メイトランドは興味を抱きますが、それが詐欺ではないかと疑っていました。しかしその晩古物商は何ものかに殺害されてしまいます…。
 サド侯爵の髑髏をめぐるオーソドックスなホラー。工夫も特になく、ムードだけで押し切ってしまっている感のあるB級ホラーです。

 レイ・ラッセル『射手座』 老紳士テリー卿から、ふと話を聞く機会にめぐまれた青年ロルフ。しかし、その話はじつに奇怪なものでした。青年時代のテリー卿が、フランスで知り合った名優セザールは、芝居に対するストイックな情熱とその潔癖さで、人々の賞賛を浴びていました。
 一方、テリー卿はたまたま訪れた、場末の「グラン・ギニョール劇場」で、趣味は悪いながらも、まがまがしいほどの存在感を放つ俳優ラヴァルの存在を知ります。彼に興味を抱いたテリー卿は、話を聞こうとしますが、ラヴァルの俗悪さに呆れ返ります。
 このごろ巷を騒がせている殺人事件は、ラヴァルの仕業なのではないか? 疑問を抱いていたテリー卿の前から、ある日セザールが姿を消します。愛していた恋人の死体を残して…。
 純粋なまでに芝居に打ち込むセザール、悪魔のような容貌と演技で人々を威圧するラヴァル。対照的な二人の関係とはいったいどんなものなのか? やがて恐るべき真実が明らかになりますが…。
 フランスの演劇界を舞台にしたゴシック・ホラーです。才人ラッセルの作品だけに、芸術や演劇の蘊蓄を描いた部分に精彩が感じられます。「ジキルとハイド」や「ジル・ド・レー」伝説を折り込んだ展開も、怪奇ムードたっぷりで楽しませてくれます。
 扇情的な題材を取り扱いながらも、洗練された印象を与えるのは、やはりラッセルの腕でしょうか。
6月の気になる新刊と5月の新刊補遺
発売中 鶴田謙二『おもいでエマノン』(徳間書店リュウコミックススペシャル 840円)
5月予定 レイ・ブラッドベリ『夜のかくれんぼ』(仮題)(晶文社 予価1890円)
6月4日刊 アンナ・カヴァン『氷』(バジリコ 1890円)
6月上旬刊 梅田正彦訳 イーデス・ウォートン他 『ざくろの実』(鳥影社 予価1680円)
6月12日刊 北上次郎『冒険小説論』(双葉文庫 予価1000円)
6月中旬刊 L・P・ハートリー『ポドロ島』(河出書房新社)
6月下旬刊 ジェフリー・フォード『緑のヴェール』(国書刊行会 予価2625円)

 鶴田謙二『おもいでエマノン』は、梶尾真治の同名作の漫画化作品。もともと新装版の挿絵も書いていた人ですね。原作は連作短篇なのですが、漫画化されているのは、原作の第一話のみ。多少脚色が入っているとはいえ、短篇一話で一冊を構成しているので、かなり物足りない感じです。ただ定評どおり、鶴田謙二の絵は素晴らしく叙情的。ぜひ続きを期待したいところです。
 レイ・ブラッドベリ『夜のかくれんぼ』は、絵本のようです。これ、むかし出た『別冊奇想天外』のブラッドベリ特集号で、佐竹美保のイラストをつけて掲載された『夜を点けよう』と同じ作品でしょうか。
 イーデス・ウォートン他 『ざくろの実』は、怪奇小説アンソロジーとのこと。訳者の梅田正彦氏は、以前にも、同じ鳥影社から、怪奇小説の翻訳をいくつか出されている方ですね。毎回マニアックな編集には頭が下がります。
 北上次郎 『冒険小説論』は、以前出たハードカバー版の文庫化なのですが、ひじょうな名著なのでぜひ。スティーヴンソンやデュマなどの古典的なものから、現代のスパイ小説まで、冒険小説の変遷を語った面白い本です。ヴェルヌの章や、イギリスの騎士道小説などについての章は、眼から鱗が落ちるような指摘がされていて、とても参考になります。
 〈KAWADE MYSTERY〉の新刊は、L・P・ハートリー『ポドロ島』。このシリーズには珍しく、純粋な怪奇小説集ですね。『怪奇小説傑作集』にも収録されている、超有名作『ポドロ島』はともかく、ほかの作品は現在ではほとんど読めなくなっているので、ファンとしてはとても嬉しいところです。
 これは予定通り出るのか怪しいですが、国書刊行会からはジェフリー・フォードの三部作完結編『緑のヴェール』が登場。2作目刊行からはずいぶんと早く出るようですね。訳者は二作目と同じ布陣のようなので、翻訳の質に関しては安心できそうです。
 
硬質な運命劇  ハインリヒ・フォン・クライスト『ミヒャエル・コールハースの運命』
ミヒャエルコールハースミヒャエル・コールハースの運命―或る古記録より (岩波文庫)
クライスト 吉田 次郎
岩波書店 1941-06

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 19世紀前半のドイツに生まれた文学運動《ドイツ・ロマン派》。いわゆる「メルヘン」や「童話」を芸術の域にまで高めようとした彼らの作品は、幻想性・物語性に富み、今で言うところの「ファンタジー」に近い味わいを持っています。E・T・A・ホフマンやルートヴィヒ・ティーク、ヴィルヘルム・ハウフの作品などは、その最たる例でしょう。
 この《ドイツ・ロマン派》の中にあって、ひときわ異色な作家がいます。その作家の名は、ハインリヒ・フォン・クライスト。その作品は「メルヘン」というにはあまりに硬質、しかし、尋常ではない迫力があります。
 例えば。本邦では怪談の名作として知られる『ロカルノの女乞食』(植田敏郎訳『怪奇小説傑作集5』創元推理文庫収録)を見てみましょう。
 これは、城主に虐げられて死んだ女乞食が、幽霊となって現れるという、ごく短い掌編です。内容はともかく、その文章のスタイルが特徴的なのです。幻想的な題材を扱っていても、徹頭徹尾、血肉が通ったかのような表現を多用しています。端的に言えば「リアル」なのです。
 そして今回紹介する『ミヒャエル・コールハースの運命』(吉田次郎訳 岩波文庫)にも、そのクライストの特質はよく出ています。
 16世紀ドイツ、馬商人であるミヒャエル・コールハースは、いわれもなく馬3頭を横領されてしまいます。しかも、彼の訴えは、却下され、あげくのはてに、妻まで殺されてしまうのです。コールハースは、手勢をひきいて復讐に立ち上がります…。
 世の不合理に対して立ち上がった男の復讐劇。要約してしまうと、簡単な話なのですが、作品から受ける印象は、すさまじいの一言。書かれた当時より過去を舞台にした、いわゆる「時代小説」なわけですが、それにもかかわらず、その世界があまりに「リアル」なのです。
 例えばこの作品では、占いをするジプシーなど、超自然的な要素がわずかながら登場するのですが、それが作品全体のなかで、異様に浮き上がってしまうほど、作品全体のトーンはリアリズムに支配されているのです。
 このリアリティがどこから来るのかと考えてみると、作品の「視点」に気がつきます。登場人物の心理描写がほとんどないのです。登場人物の心理の直接描写を行わず、飽くまで、行動だけを淡々と描写しているのです。それが、映画のシナリオでも読んでいるような錯覚を覚えさせるのでしょう。
 そもそもこの時代は、まだ小説作品において「視点」や「人称」がほとんど意識されていませんでした。そんななか、これほどの「スタイル」をもって作品を書き上げたこと自体、驚異的だといえるかもしれません。


プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。雑誌に埋もれた短編を紹介する「埋もれた短編発掘!」コーナーもあり。「奇妙な味」の作品がお好きな方は必見です。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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