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夢幻の日々  日影丈吉『夢の播種 幻想小説集』
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 日影丈吉『夢の播種 幻想小説集』(早川書房)は、ミステリ・幻想小説の分野で活躍した著者の、後期に書かれた作品がメインに収録された短篇集です。

「ひこばえ」
 「私」は町中でふとある家が気になり、近所の人間に訊ねたところ、そこは瓦斯会社の所有の家で、その社員である男が妻子と共に住んでいるといいます。知り合いの探偵、荒木にその家について調べてもったところ、瓦斯会社の社員の菱田という家族が住んでいるというのです。
 菱田の妻と息子は病みつき、不自然な形で死んでしまいます。その家に住み続ければ、菱田自身も長くないと考えた「私」は、菱田に八ヶ岳のクラブの仕事を紹介し、その家から離れさせようとしますが…。
 住む者を病みつかせ死に追い込む家をめぐる怪奇小説です。家の由来や、家そのものが具体的にどんな影響を及ぼしているのかは描かれず、第三者の視点から淡々と住人の死が語られていく…という構成は恐怖度も高いですね。

「闇夜」
 知り合いの荒木が亡くなったことを聞いた友人たちは、彼が家族に保険金を残していったことに驚いていました。彼は粗暴な性格で、そのような心遣いをするような人間ではなかったからです。
 「私」は、別の知り合いから、荒木の死後に、大阪で荒木と出会ったという話を聞いて、台湾の戦地での過去を思い出します。荒木はそのときに一度死んだ後に生き返ったというのです…。
 死んだはずの友人が生きているのを目撃される、というところで、ゴースト・ストーリー的な興趣がある物語なのですが、死んだ当人の過去には思いもかけない出来事があったことが語られます。
 現実的な解釈が語られるのですが、それが真実だとしても、不思議な出来事には変わりないのです。
 それが真実でなかったとしたら、幽霊が出現したことになり、やはり超自然的な事件が起こっていたことになるという、どちらにしても不思議な味わいの「奇談」ですね。

「レンタ・カーの冒険」
 かってプレイボーイとして世間を湧かせた男、田倉完児。タクラマカン砂漠に向かい美女を連れ帰ったという噂もある田倉のその後を調べるため、記者の「私」は彼の自宅に向かいます。田倉は車で砂漠を訪れた際の奇妙な体験を語りますが…。
 プレイボーイとして慣らした男の不思議な体験が語られる作品です。噂にある美女との出会いが語られるのかと思いきや、その「美女」が思わぬ存在だったことが分かるという、洒落たユーモア作品です。とはいえ、ちょっとした残酷味もあったりしますが。

「旅は道づれ」
 妻同伴で京都旅行にやってきた「私」は、同宿となった人々がある老人の噂をしているのを耳にします。一人旅だというその老人は巨大なトランクを持ち込んでおり、部屋の中では話し声がするというのです…。
 巨大なトランクを持ち込んだ老人の怪しい挙動について語られるという作品です。老人が誰かを連れ込んでいる可能性が高く、それが誘拐なのか殺人なのか、と物騒な犯罪が取り沙汰されたと思ったら意外な展開に。こちらもユーモラスな味わいがありますね。

「砂漠の神」
 社会的地位のある人間たち七人で構成されたクラブで、ある賭けが持ち上がります。ライオンと豹を戦わせたらどちらが勝つのか、というのです。メンバーの一人の男はそれを確かめるために、実際にライオンと豹を戦わせてみせると豪語します。
 動物園を下見した男は、飼育員のふりをした人間を送り込み、うまく誘導すれば、獣たちを戦わせることができると考えます。シンガポールの動物園で働いていたという男サバラルを雇おうとしますが、彼の国では豹は神として崇められており、気乗りがしないというのですが…。
 好事家たちの賭けで、ライオンと豹を争わせようとしたところ、思わぬ事態が持ち上がる、という作品です。ユーモラスなコンゲーム的作品に見えるのですが、皮肉な運命が訪れる結末では結構な大惨事が出来するなど、意外と怖い作品です。

「ある絵画論」
 晦渋だという画家カール・シュピーゲルについての記事を読んだ「私」は彼の絵に関心を抱き、ドイツの町バンベルクを訪れます。シュピーゲル作品を展示しているという美術館に辿り着きますが、そこで見たのは思わぬものでした…。
 ドイツの町のある画家の展示で、異様なものを目撃する男を描いた幻想小説です。
「シュピーゲル」とはドイツ語で鏡を意味する言葉で、それが分かると、何となくテーマが見えてきますね。
 序盤にフランス料理、そしてバンベルクにゆかりのある作家ホフマンについての雑学が展開されます。物語の内容とは特に関係がないようですが、ホフマンについての部分に関しては、ドイツ・ロマン派的な物語のモチーフを暗示しているようにも見えます。

「魂魄記」
 終戦後の台湾で、以前からの知り合いである中年女性、帯玉さんと再会した「私」は、その家で彼女の甥の炎生なる青年と引き合わされます。どこか様子のおかしい炎生に不信感を抱く「私」でしたが、帯玉さんから思わぬ話を聞かされます。
 財産目当てで不埒な行為をしようとしていると思った帯玉さんは炎生と喧嘩になり、殺してしまったといいます。死体を庭に埋めたものの、しばらく経つと生前の姿で再び現れたというのですが…。
 死んだはずの青年が蘇って動いているという、いわゆる<ゾンビ>テーマ(中国風に魂魄の魄だけが死体を動かしているという解釈がなされますが)作品です。
 「私」は、超自然的な解釈ではなく、現実的な解釈を思いつくのですが、どちらにしても恐ろしい事件が起こってしまいます。
 最後の段落に現れる、帯玉さんの台詞の衝撃度は強烈ですね。ミステリとも幻想小説とも読める作品です。

「旅愁」
 記者の夏見は記者仲間からも評判の悪い、ラスク中立療養地の視察に抜擢されますが、好奇心から現地に乗り込むことになります。そこでは、重傷を負った兵士を肉体的に再生しているというのです。
 再生兵士のジョー・ホプキンス宅に厄介になることになりますが、ジョーが入院中のところ、夏見は、その妻リンと男女の仲になってしまいます…。
 科学技術によって兵士を再生する施設を舞台にした、SF的な作品です。とはいえ、メインとなるのは人妻リンと記者の夏見との情事、それによって起こる悲劇という、割とどろどろしたお話になっています。
 再生された人間たちの描写部分は結構グロテスクですね。

「あわしま-又は夢の播種」
 友人成瀬と、彼の父の葬儀で再会した亘理は、それをきっかけに彼との友情を復活させることになります。成瀬は現総理である沖の秘書、亘理は対立する党の党首狩矢の秘書を務めており、政治的な対立から疎遠になっていたのです。
 二人が仕える政治家同士を非公式に会談させれば、何か変革が起こるのではないかと、成瀬は考えていました。折しも、沖総理と自身が過去に恋していた女性初美の夢を見た亘理はその夢について話しますが、成瀬はそれをヒントに、沖と狩谷、二人に互いの夢を見させれば、会談につながるのではないかという考えを話します。そのためには夢の種を撒く必要があるというのですが…。
 対立する大物政治家同士を会談させるため、互いに互いの夢を見させようと計画する男たちを描いた、<夢テーマ>作品です。
 現実的な政治に携わる男たちがその手段として「夢」を使うというテーマからして面白いのですが、それがなかなか上手く運ばない、というあたりもユーモラスです。
 話が進展したと思ったら夢だった…ということが繰り返されるところは<夢テーマ>作品ならではですね。
 政治家たちに夢を見させる、というメインのお話の他に、主人公二人が過去に憧れていた女性初美が夢に登場し、彼女の行方についても探すことになります。
 どちらのエピソードもそう発展はせずに終わってしまうのですが、大真面目に夢を使って現実的な事態を解決しようとする過程がとても面白く、洒落た幻想小説となっています。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第50回読書会 参加者募集です
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こちらの読書会は定員になりましたので、締め切らせていただきました。

 2024年2月18日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第50回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。本文にお名前と読書会参加希望の旨、メールアドレスを記していただければ、詳細に関してメールを返信いたします。


開催日:2024年2月18日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 アーサー・マッケン『怪奇クラブ』(平井呈一訳 創元推理文庫)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回取り上げるのは、アーサー・マッケン『怪奇クラブ』。マッケンの代表作でもある、幻想的な奇譚集で、不穏な語り口や構成も魅力の一つです。色々な側面から、この作品を味わっていきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

鏡の中の恐怖  飛鳥部勝則『鏡陥穽』
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 飛鳥部勝則の長篇『鏡陥穽』(文藝春秋)は、鏡をめぐって展開されるエロティック、かつグロテスク極まりないホラー小説です。

 帰宅途中の麻田葉子は、突然暴漢に襲われますが、抵抗している内に相手を殺してしまいます。婚約者の水谷武は疑い深い性格で、事故とは言え自分が人を殺したことを知れば、婚約を解消されかねない…。そう考えた麻子は、死体を海に捨てて隠滅を図ります。
 数日後、友人の結婚式に出席していた葉子は、昨夜殺したはずの男が目の前に現れたのを見て驚きます。久遠仙一と名乗る男は、自分は刑事であり、葉子が殺人を犯した事実を知っているというのですが…。

 鏡をテーマとした本格的なホラー小説です。
 序盤は、殺した男とそっくりの顔の男につきまとわれる女性の不安が描かれていき、異常心理サスペンス風に話は進みます。殺した男と久遠は「同一人物」なのか、それとも別人なのか? 久遠の目的は何なのか? といった謎が物語を引っ張ります。

 何かを知っているらしい久遠を葉子が問い詰める形で、久遠が自身の過去を語り始めるのですが、ここからがこの作品の本領発揮です。
 ある特性を持つ魔性の鏡が登場し、それを利用した猟奇犯罪が描かれることになります。その鏡は超自然的な力を持っているのですが、それを使う人物たちが、自分たちの欲望のままにその能力を利用します。それがゆえに、元から変態的・猟奇的だった人物たちの行動がさらにヒートアップすることになり、エロティックかつグロテスクな情景には息をのんでしまいます。
 江戸川乱歩作品に登場するようなエログロ要素を極限まで突き詰めたらこうなるのでは…とでもいうような、常識を越えた猟奇快楽殺人が描かれており、ホラー耐性のない人はここで読み進められなくなってしまうかもしれませんね。

 久遠の語る話は現実なのか虚構なのか、語り終えた時点ではどちらの可能性もあり、実際、一時的には現実的な解釈の方向に向かうのですが、最終的には超自然的な方向に収束することになります。
 結末付近で展開されるのは、まさに悪夢のような情景で、その突拍子のなさとシュールなヴィジュアルには唖然としてしまいます。

 いわゆるドッペルゲンガーテーマ、分身テーマのホラーといえるのですが、そこにかなり即物的な解釈・展開を加えて、さらにエログロ要素をまぶしてみた、といった感じの作品になっていますね。
 ほぼ完全なホラーとなっているのですが、中盤からの怒濤の展開が素晴らしいです。あまりにグロテスクで人体損壊描写がきつい部分もあるので、読む人は選びそうですが、この発想はホラーとしてとても魅力的でした。
 画家の稲垣孝二の作品がインスピレーション元となっているということで、稲垣作品が口絵として付けられています。鏡から人体が断片的に出現しているシュールかつグロテスクなモチーフで、こちらも面白い作品ですね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

夢幻の人生  アーサー・マッケン『アーサー・マッケン自伝』
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 アーサー・マッケン『アーサー・マッケン自伝』(南條竹則訳 国書刊行会)は、英国怪奇小説の巨匠の一人マッケン(1863-1947)の自伝的エッセイ『遠つ世のこと』『遠近草』を収録した本です。

 『遠つ世のこと』は1915年(刊行は1922年)、『遠近草』は1923年に書かれており、マッケンの最晩年というわけではないのですが、その時点で代表的な作品はすでに世に出ていて、著者としては「総まとめ」的な意識をもって書かれているようです。
 『遠つ世のこと』は幼時から青年時代、『遠近草』は成人後、作家になってからの時代が中心に描かれている感じでしょうか。

 『遠つ世のこと』では、幼児の故郷の記憶が美しく描かれていたり、ウォルター・スコット作品を始め読んだ本や触れた芸術に対する感動がみずみずしく描かれていたりと、叙情的・夢幻的な色彩が濃いです。

 作家としてのマッケンに興味のある読者には、自作についての言及が多い『遠近草』の方が面白く読めるでしょうか。実際こちらの作品の方が筆が闊達で、ユーモアも感じられて読みやすいのは確かです。
 特に興味を惹くのは代表作「パンの大神」について書かれた部分。作品の内容が内容だけに散々な評が多かったらしく、そのいくつかが言及されていますね。
 こちらも代表作である『三人の詐欺師』(邦題名『怪奇クラブ』)についても興味深いことが書かれています。ジョン・レイン社から刊行される前に、ハイネマン社に作品を持ち込んでおり、原稿を返されているのですが、その際にエピソードの一つを書き換えているというのです。人狼の登場するエピソードを、大学教授が妖精を探し求めるエピソードに差し替えた、と言うのですが、元のエピソードも非常に気になりますね。
 マッケンが関わった秘密結社の話や、個人的な神秘体験、あと中年になってから突如やり出した役者稼業などについても登場し、マッケンの愛読者としては面白く読める作品だと思います。

 『遠つ世のこと』『遠近草』も同様なのですが、マッケンの小説作品と同じように、妙に曖昧で省略された記述が多いので、伝記的な事実を知るというよりは、マッケン散文作品の一つとして読むのが、この自伝的作品の楽しみ方としては吉なのではないでしょうか。
 読み方によっては、幻想的な私小説として読むのも可能な作品ではないかと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪異とAI  饗庭淵『対怪異アンドロイド開発研究室』
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 饗庭淵『対怪異アンドロイド開発研究室』(角川書店)は、怪異を感知するセンサーを持つ、対怪異アンドロイドの活躍を描く連作ホラー作品です。

 白川有栖教授率いる白川研究室で開発された「アリサ」は、対怪異アンドロイドでした。怪異を感知するセンサーを持ち、さらに人間では耐えられない呪いや祟りを受け付けないアリサは、様々な怪異現象に遭遇することになりますが…。

 対怪異アンドロイド、アリサが様々な超自然現象を調査していく…という連作ホラー小説集です。怪異を感知する機能を持ち、その一方、機械であるため呪いや祟りを受け付けないので、人間では危険な場面でも、調査に集中することができるのです。
 見かけは人間の女性とそう変わらず、AIにより自律的に会話することができるため、傍目からは人間と見分けがつきません。怪異の側からも、その点で人間と判断されている…というのが面白いところですね。
 白川教授の命令下にはあるものの、アリサ自身の至上命令は怪異の調査であって、人間を守ることなどが優先はされないため、危険な怪異に遭遇しても周囲の人間を無視して行動してしまう、という危うさも抱えているのもユニークです。
 アリサには人間的な躊躇いや恐怖心がないため、どんどん危険な場所に入っていってしまう…という展開は爽快ですね。

 どのエピソードも面白いですが、異界の列車に乗り込んだアリサがそこで出会った女性と一緒に探索をするという「回葬列車」、「浮気相手」の男性とその家族をことごとく死に至らしめる謎の女が登場する「共死蠱惑」、タクシーに乗り込んだアリサが異界に連れ去られてしまうという「異界案内」などが印象に残りますね。
 特に「共死蠱惑」に登場する女の怪異の暴力性は強烈で、相対した人間が何もできないなか、アリサがどのように対抗するのか? といったところでサスペンス味も強いです。
 個々のエピソードで問題になる怪異現象のほか、アリサが開発された経緯や、白川教授の目的、彼らに絡んでいくことになる霊能者の存在など、連作を通じての謎も少しづつ明かされていくなど、長篇としての面白さもあります。

 表面上、高機能なアリサは無敵に見えてしまうのですが、それに対しての怪異の側も非常に怖いものとして描かれているのも特徴です。本作に登場する怪異は「わけの分からないもの」で、人間側の理屈が全く通じず、アリサの行動も全く役に立たないこともままあるのです。
 身近な日常のところどころに怪異が存在し、巻き込まれればいつの間にか死んだり、異界に連れ去られてしまう。さらに人間たちの認知が勝手に改変され、しかもその記憶も残らない…などというパターンもあり、恐怖度が高いですね。
 対怪異アンドロイドという画期的なガジェットを登場させながらも、ホラー小説としてちゃんと怖い、という稀有な作品になっています。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

ずっと幸せ  尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』
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 尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』(KADOKAWA)は、呪いをめぐる不穏なホラー小説です。

 シングルマザーの母親と暮らす小学生の少女ひかりは、学校でいじめにあっていました。クラスの人気者ありさが、陰で陰湿な行為を行っていたのです。母親からもネグレクト気味なひかりの唯一の友達は、自宅の押入にいる、形のない影のような存在「ナイナイ」だけでした。
 こわい話が大好きだといいながら、異常なまでに怖がりであるありさの秘密を知ったひかりは、ふとしたきっかけから、彼女を自宅に招くことになります。
 「ナイナイ」を見せようと押し入れに入ったありさを、ひかりは衝動的に閉じ込めてしまいます。その日から、ありさは人が変わったようになり、ひかりの親友のように振る舞うようになります。しかも周囲の子どもたちも、ひかりが人気者のように扱い、果ては母親までもがひかりに甘い態度を取るようになっていきます。
 一方、〈よみご〉と呼ばれる全盲の霊能者、志朗貞明のもとには、甥と心中してしまった姉の死の真相を探ってほしいという女性からの依頼が舞い込んでいました。
 依頼人の神谷実咲によれば、義兄の前妻が何かの呪いをかけたのではないかというのです。以前にもそれが原因で、姉の命が狙われたことがあるというのですが…。

 得体の知れない影のような友だち「ナイナイ」が姿を消してから、周囲からの自分の扱いが一変したことに困惑する少女ひかり、〈よみご〉と呼ばれる霊能者、志朗貞明に持ち込まれた呪いをめぐる「殺人」事件…。大きく分かれた二つの事件が、段々と結びついていくことになる、というホラー作品です。

 ひかりをめぐるパートでは、おそらく謎の存在「ナイナイ」がありさに取り憑いて、人格が変貌してしまったのだろうということは予測がつくのですが、ありさ(ナイナイ)の力がどのようなものなのか、どこまで力が及ぶものなのか、といったことが不明なため、終始不気味な雰囲気となっています。
 その影響力が、ひかりに対する態度が変わる程度なのかと思いきや、周囲で死者が発生し始めるなど、人の命に関わる規模であることが分かってきた段階で、ひかりも恐怖を感じめているようなのです。
 ありさ(ナイナイ)の力を認識してからも、何年もの間、その環境で過ごすことを余儀なくされるひかりの日常は不穏極まりないですね。

 一方、霊能者、志朗貞明のパートでは、人を殺す呪いが取り沙汰されていきます。志朗にも手に余る強力な呪いは、誰が何のためにかけたのか? 呪いの目的や形は途中段階で予測がついてくるのですが、それが分かったとしても強力すぎてそれが止められない…というあたり戦慄度が高いですね。呪いをかけた張本人の本気度とその異常さが分かってくる後半は非常に怖いです。

 呪いテーマということで、テーマ自体にはそんなに目新しさはないのですが、面白いのはその後の展開。本来の目的を外れた呪いが「暴走」というか「変異」というか、思わぬ方向に効果を及ぼしてしまい、周囲の人々がそれに巻き込まれてしまう…というところで、パニック小説的な味わいもあります。

 タイトルは、最初にひかりがありさから邪険にされるようになったきっかけ、ありさが好きだという「こわい話」がひかりは嫌いだと答えたこと…から来ているようですね。実際にひかりが体験する出来事は恐怖そのものなのです。
 冒頭で「こわい話」が嫌いと答えていたひかりの態度が、結末では変わってくる、というあたりも面白いですね。

 表では、少女たちのいびつな形の「友情物語」が展開し、その裏では情念に満ちた恨みと呪いの物語が明らかになっていく、という面白い物語です。「想像の友だち」というモチーフがこんな形で使われるとはびっくりです。ユニークなホラー小説といえますね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

運命の女たち  ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
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 ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』(中野善夫訳 国書刊行会)は、音楽、文学、演劇の研究者としても知られたイギリスの女流作家ヴァーノン・リー(1856-1935)の幻想小説を集めた作品集です。

 リーの幻想小説、いくつかの特徴があります。古い時代の歴史や遺物が登場したり舞台になっていること、芸術が重要なモチーフになっていること、現実の女性であれ超自然的な存在であれ、男性を悲劇に誘い込む「運命の女」(ファム・ファタール)的な女性が出てくること。これら全てが合わさって、芸術を通して過去からの亡霊や因縁が現在の人間を苦しめる…というパターンもありますね。

「永遠の愛」
 イタリアを訪れたドイツの研究者の「私」は、300年以上前に何人もの男を死に追いやった悪女メデアについて調べているうちに、彼女に夢中になってしまいます…。
 歴史に残る悪名高い女性に囚われてしまった男が、最終的にはその「霊」と遭遇する…という幻想小説です。殺されるのが分かってなお夢中になってしまう美女の恐ろしさが印象的です。
 過去のエピソードとして語られるメデアの「悪行」も凄まじく、死後の存在以前に、生前の姿がすでに恐ろしいという稀有な人物となっています。

「教皇ヒュアキントス」
 主との賭けで、悪魔はとある男オドーに様々な誘惑を仕掛けることになります。悪魔の計らいで幸運を手に入れたオドーは、やがて教皇ヒュアキントスと呼ばれることになりますが…。
 悪魔に誘惑される聖者を描く作品なのですが、この悪魔の誘惑が全て相手を良い方向に導いてしまう…というのが面白いですね。悪魔の目的は何なのか?という寓話的な作品です。

「婚礼の櫃」
 親方のセル・ピエーロの娘マッダレーナと結婚することになっていた職人デシデリオは、マッダレーナに横恋慕した貴族のトロイロ殿に彼女をさらわれてしまいます。トロイロ殿の依頼で作られた婚礼の櫃が彼らの元に帰ってきますが、そこに入っていたのはマッダレーナの遺体でした…。
 恋人を殺された男の復讐譚です。仇相手となるトロイロの残忍酷薄さもあり凄惨なお話になっています。

「マダム・クラシンスカの伝説」
 「私」は、貧者救護修道女会の修道女から受けた印象があまりにも強烈だったため、彼女のことを友人のチェッコに訊ねることになります。その女性マダム・クラシンスカは、かっては美貌と莫大な資産を持った自由な女性でしたが、ある時、息子を失いおかしくなってしまったソラ・レーナとの出会いを機に変わったというのです…。
 ある女性が慈善の道に入った経緯を語る奇跡譚でしょうか。ソラ・レーナの人物像が印象的です。

「ディオネア」
 サン・マッシモの村の海岸に倒れていた幼い褐色の少女ディオネア。彼女を引き取る家がなかったため、王女レディ・エヴェリンの援助金をもとに修道院の世話になることになります。ディオネアは美しく成長しますが、彼女が傍を通り過ぎると、若者たちが互いに恋に落ちてしまうというのです…。
 周囲の男女を恋に迷わせてしまう魔性の少女を描く物語です。本人が惑わすというよりは、媒介となって周囲を惑わし、しかもその相手が普通なら魅力を感じないような相手だというところが独特ですね。
 最後まで正体も分からず、悲劇的な事件を起こしたまま行方が分からなくなる…というところも神秘的です。

「聖エウダイモンとオレンジの樹」
 カエリウスの丘の斜面に居を構えた聖者エウダイモン。こちらも聖者である神学者カルポフォルスと柱頭行者ウルシキヌスはエウダイモンのことが気に入らず、絶えず議論を仕掛けますが、毎回いなされていました。
 新しい葡萄園を作ろうと地面を掘っていたエウダイモンは、大理石の女性の彫像を掘り当てます。それはウェヌスの像でした。小作人たちと競技を楽しんでいる際に、自身がかって結婚を考えていた娘のために買った指輪を外し、その像の右手の指に嵌めますが、気付くと像の手は拳を握りしめており、指輪が外せなくなっていました…。
 善良な聖者をめぐる奇跡譚です。異教の像に指輪を嵌めたところ外せなくなってしまうという、メリメの有名作「イールのヴィーナス」とも共通するモチーフが扱われています。メリメ作品が悲劇に終わるのに対して、こちらのリー作品では、聖者の力により奇跡が起こるという暖かいお話になっていますね。
 エウダイモンにちょっかいを出し続ける二人の聖者も実のところ憎めない人物たちとして描かれているのも味があります。

「人形」
 ウンブリア地方のフォリーニョを訪れ骨董巡りをしていた「私」は、そこでオレステスとう魅力的な骨董商と出会います。彼の手引きでとある伯爵の邸宅を見ていたところ、1820年代の衣装を纏った大きな人形に出会います。それは伯爵の祖父の最初の妻の人形だというのです。
 美しかったというその夫人は結婚後数年で亡くなり、半狂乱になった伯爵は写真に基づいて人形を作らせ、その人形と一緒に過ごしていたというのですが…。
 亡くなった妻をモデルに作られた美しい人形と出会った女性を描く物語です。人形にまつわる話を聞いた「私」は人形を買い取ろうと考えるのですが、
 その行為が人形、ひいてはモデルになった妻を思ったものだった…という情感あふれるお話になっています。

「幻影の恋人」
 真面目で善良な男オーク氏から夫婦の肖像画を依頼された画家の「私」。彼らの住む館の素晴らしさに驚く「私」でしたが、オーク夫人アリスは「私」どころか、夫にすらろくに関心を払っていませんでした。
 アリスと夫は親戚だといいますが、一七世紀初頭の一族の先祖ニコラス・オークとその妻アリスに絡んで凄惨な事件があったということを聞きます。アリスとの浮気を噂された若い詩人ラヴロックが、アリスと夫によって殺されたというのです。ラヴロックの残した詩の手稿を見つけたアリスは、ラヴロックの話を夫にするようになります。
 妻からラヴロックが実在するような話を聞かされているうちに、オーク氏は嫉妬の念にかられるようになっていきますが…。
 先祖の三角関係が現代の夫婦にも再現される…というお話なのですが、面白いのは、現代においては浮気相手となる男が実在しないところ。
 妻のからかい(?)、そして妻の言葉を信じてしまう夫によって、本来いないはずのラヴロックの幽霊(思念?)が存在感を増していく…という過程には迫力がありますね。
 実際にラヴロックの霊が現れたのか否かははっきりしないのですが、妻アリスの夫に対する残酷さは強烈な印象を残します。

「悪魔の歌声」
 古典音楽を愛する作曲家のマグナスは、アルヴィーゼ伯爵から一八世紀の歌手ザッフィリーノの話を聞かされます。彼はその魔性の歌で女性を意のままにできたといいます。伯爵の大叔母ピサーナも彼の歌によって殺されたというのですが…。
 かって一世を風靡した魔性の歌手ザッフィリーノをめぐる怪奇小説です。彼の霊(?)と歌によって作曲家の才能が潰されてしまうという音楽奇談となっています。

「七懐剣の聖母」
 女性をたぶらかしては捨てる行為を繰り返していたミラモール伯爵ドン・フアン・グスマン・デル・ブルガルは、グラナダの七懐剣の聖母の前で、彼女ほど美しい女性はいないと祈りを捧げます。
 美しい女性を求めるドン・フアンはユダヤ人バルクの力を借り、魔術的な手段で数百年前に眠りについたというコルドバの賢王ヤハヤの王女を手に入れようとしますが…。
 現実の女性に飽き足らなくなったドン・フアンが伝説の王女を手に入れようとするものの、それに失敗してしまう…という物語。伝説の王女が、今まで実際に付き合ってきた女性一人一人と、どちらが美しいのかドン・フアンに問いかけていくシーンは圧巻です。
 結末を迎えたかのように思えた後のエピローグ部分にも驚きがありますね。

「フランドルのマルシュアス」
 一二世紀末に、デュンの岸辺に打ち上げられていたイエスの石像。十字架はなかったその像は小さな教会に納められることになりますが、度々起こる奇現象は奇跡として評判を呼んでいました。後から加えた十字架はたびたび投げ落とされ、関係者には死者までもが出ていましたが…。
 聖像をめぐる奇跡譚と思いきや、真相が後半で明かされると同時に、それが忌まわしい怪奇小説に変貌するという技巧的な作品です。なぜ聖像が十字架を拒否するのか…という理由が明らかになる部分には説得力がありますね。

「アルベリック王子と蛇女」
 老齢になっても若さを失わないことで有名な老公爵バルタサール。彼の孫息子アルベリックは、碌に世話もされずに放っておかれていましたが、幼い頃から部屋に飾ってあったタペストリーに愛着を抱いていました。それは彼の先祖である金髪のアルベリックと蛇女オリアナの物語を描いたものでした。
 差し替えられたタペストリーをアルベリックが切り裂いたことを聞き激怒したバルタサール公爵は、アルベリックを一族発祥の地に立つ古い城<煌めく泉の城>に追いやってしまいます。そこで美しい女性と出会ったアルベリックは、彼女を教母として慕うようになりますが…。
 蛇の化身である美しい女性に恋するようになった若き王子を描く、幻想的なファンタジー作品です。蛇の化身オリアナを愛するようになるアルベリックでしたが、その立場や政治的圧力から、結婚を強制されそうになり、それを拒否することで悲劇を迎えてしまうのです。
 不思議な力に出会うアルベリックだけでなく、年を取らないように見えるバルタサール公爵のキャラクターも独特ですね。

「顔のない女神」
 マンディネイアの賢女ディオティマは、彫刻家フェイディアスにアテナ像の作成を注文します。彼が作ったアテナ像の顔が気に入らないディオティマはたびたび修正を要求しますが…。
 完璧な神の顔を作成することはできない…という寓話的な作品です。フェイディアスに諭されたディオティマの台詞も気が利いています。

「神々と騎士タンホイザー」
 デューリンゲンの吟遊詩人タンホイザーに恋した女神アプロディーテは、タンホイザーが歌合戦に出かけると言い張っているのを止めようとしていました。行ったら最後、彼は帰ってこないのではないかというのです。
 話を聞いたアポロンとアテナは人間に化けてタンホイザーに同行し、彼を連れて帰ってこようと言いますが…。
 これは何とドイツのタンホイザー伝説を、彼に絡んだオリンポスの神々側から描くというコミカルなファンタジー作品です。
 恋人であるアプロディーテの頼みで、歌合戦に向かうタンホイザーに同行することになったアポロンとアテナが事態を引っ掻き回すことになります。アポロンやアテナが、彼らを普通の人間だと思い込んだ人物たちと頓珍漢な会話を交わす部分は抱腹絶倒です。さらにタンホイザー自身も愚かな人物として描かれていますね。
 神々が非常に人間的に描かれており、人間たちだけでなく神々さえも笑いのめす、楽しいファンタジー作品になっています。

 この『教皇ヒュアキントス』、耽美的な芸術小説、雰囲気のあるゴースト・ストーリー、ユーモラスなファンタジー、美しい奇跡譚など、ヴァーノン・リーの様々な傾向の幻想小説が楽しめる、良質な作品集となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

宇宙の真実  貴志祐介『我々は、みな孤独である』
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 貴志祐介の長篇『我々は、みな孤独である』(ハルキ文庫)は、前世の事件を調べるよう依頼を受けた探偵が、思わぬ真実に辿り着く…という幻想的な作品です。

 私立探偵の茶畑徹朗(ちゃばたけてつろう)は、大企業の会長である正木栄之介から、人捜しの依頼を受けます。しかしその人間の名前もいる場所も分からないといいます。その人物とは、正木が夢に見た男、正木自身の前世の姿だといいます。そこで正木は無名の百姓だったというのです。しかも水をめぐる争いのうちに、その百姓が殺されてしまったといいます。
 茶畑は、助手の毬子の提案を受けて、正木から聞き取った夢の話をヒントに、小説家にフィクションの文書を書かせ、それを郷土史家に読み解かせて情報を入手し、真実味のある話をでっちあげようと考えますが…。

 実在するかも分からない、前世に生きていた人物の人捜しを依頼された探偵が、調査を行っているうちに、前世をめぐる思わぬ真実に遭遇することになる…という作品です。
 基本は人捜しのミステリーに、前世をめぐるスピリチュアルな要素の加わったお話といえるのですが、他にも様々な要素が盛り込まれており、一口にこういう話といえない複雑さがあります。物語が始まった時点で、以前に探偵事務所の従業員だった北川遼太が金を持ち逃げして失踪しており、茶畑は経済的に困窮しています。そこからヤクザの丹野に絡まれることになり、大金を払わなければ殺されてしまう可能性が高いのです。後にはメキシコの麻薬カルテルからも狙われることになり、ヤクザとマフィアから逃げ回ったり、殺し合いになったりと、バイオレンスなお話が展開されることになります。
 前世をめぐる部分では、正木の前世の話が本当なのか、彼の前世の男を殺したのは誰なのか? という歴史ミステリー的な読みどころもあります。また、茶畑が震災時に失った恋人亜未の死の謎も提示されており、そちらにも前世の話が絡んでくることになります。
作品中に現れたどの話がどの話とつながり、どんな話が展開していくのか? といったところが全く読めず、ハラハラドキドキする展開になっていますね。

 ヤクザやマフィアが登場することからも分かるように、残酷なシーンも多くなっています。人間が拷問されたり虐待されたりと、残酷シーンの強烈さは、この著者の作品中でも随一ではないでしょうか。
 茶畑自身も場合によっては暴力を辞さないという意味で危険な男ではあるのですが、それ以上に狂気を感じさせるのがヤクザの丹野。茶畑の幼馴染みでありながら、友人や知り合いだろうと冷酷に殺してしまう冷血な男です。借金のカタに彼から殺される可能性があるということが、序盤の茶畑の行動の要因の一つともなっています。

 正木の前世の夢の話が「事実」らしいことは序盤でも示唆されているのですが、やがては他の人間たちの前世ばかりか、人間の生死をめぐる世界観にまでスケールが広がっていくところに驚かされてしまいます。タイトルの「我々は、みな孤独である」の意味が分かる結末にはある種の感動もありますね。

 ちなみに、指摘している方が見つからなかったのですが、『我々は、みな孤独である』で使われているメインアイディア、形は少し違いますが前例があって、佐々木淳子の漫画『SHORT TWIST』『SHORT TWIST 佐々木淳子作品集』バーズコミックススペシャル 収録)で使われているアイディアと同じものだと思います。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

この世とあの世  北沢陶『をんごく』
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 北沢陶の長篇『をんごく』(KADOKAWA)は、亡き妻の霊を成仏させようと奔走する男と、その相棒となった不思議な男を描くホラー・ミステリです。

 大正時代末期の大阪船場。呉服屋の息子として生まれた壮一郎は、店を姉と義兄に任せ、絵で生計を立てようとしていました。見合いで結婚することになった倭子は、幼い頃からの顔見知りで、結婚生活は上手く行っていましたが、大地震の怪我が元で、倭子は亡くなってしまいます。
 妻の死を受け入れられない壮一郎は、巫女に妻の降霊を頼みますが上手く行きません。巫女が言うには、妻は普通の霊とは違う状態にあるというのです。
 そんな折、壮一郎は、人間ともつかぬ顔のない存在「エリマキ」と出会います。彼は死を自覚できず地上をさまよっている霊を喰って生きている存在だといいます。エリマキは倭子の霊を喰おうとしますが、何者かに阻まれてしまいます…。

 成仏できていないらしい妻の霊をめぐって、その夫と相棒となった不思議な男「エリマキ」の冒険を描く作品です。
 主人公の相棒となるこの「エリマキ」は奇妙な存在で、厳密には人間ではなく、自分が死んだことに気付かず地上を彷徨い続ける霊を「喰って」生きています。壮一郎の妻倭子の霊も喰おうとするものの、何らかの障害があって果たせません。
 倭子は異形の霊となってしまっているようで、なぜ倭子がそのような状態になったのか、彼女を成仏させることはできるのか、といったところが壮一郎たちの目的となっていきます。

 この作品での霊の存在、非常に怖く描かれています。その霊すらも食べてしまう「エリマキ」は、更に不気味な存在かと思いがちなのですが、読み進めていくうちにこのエリマキに愛着が湧いてくるのも不思議です。実際この作品の魅力の一つは、このエリマキのキャラクターにあるように思います。
 人間なのか霊的な存在なのか、そのどれでもないのか…。不思議な立ち位置の存在で、その姿も一様ではありません。見る人間によってエリマキはそれぞれ大切な人間の姿に見えるようなのですが、壮一郎にはエリマキの顔が「のっぺらぼう」にしか見えません。そのあたりの謎も物語を引っ張る要因の一つとなっていますね。

 この世に未練を残した霊、そして霊の存在を未だ愛おしく思う生者、彼らを歪んだ形であれ、つなぐ存在となっているエリマキ、それぞれの存在の「物哀しさ」が全体に横溢する作品となっています。
 この世界観を作っているのが独自の「語り」。方言を用いたその文体が非常に魅力的なのですよね。ちょっと一部を引用しますね。

「ほんまやて。わて、たんまにちらと見たことがあるんや。一度、藍地に葦模様の裾が廊下の角をすぅと曲がっていったんやけど、お母様(かあはん)も姉さんもそないな着物は着はらへんのや。女子衆(おなごし)は炊事場で忙しうしとったり、家の者(もん)やないんやったら幽霊やとしか思われへんやろ。どないや。その廊下、こっそり連れて行ってもええで」

 最初は癖があるかと思いきや、読んでいると、だんだん読みやすくなっているから不思議です。

 地上における未練を残した霊や、その霊の行く末など、死者に関わる世界観もミステリアスです。倭子がなぜ成仏できないのか、何を夫に伝えたがっているのか、結末に現れるメッセージも、人間の深い情念が感じられて味わい深いです。
 正直なところ、ミステリというほどの複雑な「謎解き」はないのですが、その文体と相まって、独自の世界が繰り広げられており、幻想小説として魅力的な作品になっているように思います。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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