悪魔の証明  フランク・デ・フェリータ『ゴルゴタの呪いの教会』
ゴルゴタの呪いの教会〈上〉 (角川文庫)ゴルゴタの呪いの教会〈下〉 (角川文庫)
 かって司祭が悪魔に魅入られた後、教会からも放置され、荒廃の一途をたどる呪われた土地「ゴルゴタ・フォールズ」。超心理学の研究者であるマリオとその恋人アニタは、数十年ぶりに教会を調査しようと、ゴルゴタ・フォールズを訪れます。超常現象を科学的に解明しようというのです。
 一方、敬虔なキリスト教神父マルコムは、悪魔祓いを行い、教会を清めようと考えます。互いに協力を行うことで一致した三人は、マルコムの悪魔祓いの儀式を記録することになります。しかしその最中に起きたことのために、彼らの人生は全く変わったものになっていきます…。

 フランク・デ・フェリータ『ゴルゴタの呪いの教会』(広瀬順弘訳 角川文庫)は、悪魔の存在をめぐって展開される、宗教的な要素の強いホラー小説です。
 呪われた教会に対し、科学と宗教、二つの分野からのアプローチが併行して行われるという趣向になっています。しかし、研究者の一人マリオは宗教嫌いの無神論者、そして神父マルコムは敬虔なキリスト教者。互いに相容れない二人はことあるごとに対立を繰り返します。
 宗教嫌いのマリオも、幼年時代キリスト教に帰依していた時期もあり、またマルコムの方は宗教のために恋愛を犠牲にしてきたという過去があります。また、マリオの恋人アニタが、マルコムの宗教的な情熱に当てられ彼に惹かれ始めたこともあり、不思議な三角関係が生まれていきます。

 「呪い」や「悪魔」が本当なのかはっきりしない…というスタンスで序盤は進むのですが、やがて「悪魔」の存在は疑い得ないものになっていきます。教会周辺の土地が暗雲に覆われるなか、救世主の再来と噂される現教皇が教会を訪れます…。

 前半は、個人レベルの心理劇といった感じだったのが、後半は、世界を巻き込む災厄というスケールの大きな話になっていきます。
 基本はエンターテインメントなのですが、性的抑圧や宗教に対する姿勢などの真面目なテーマも盛り込まれており、考えさせるところもあります。そうした真面目な部分とエンタメとしての部分がほど良く混ぜ合わされており、小説として読み応えのある作品だといえます。

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引き継がれる愛  フランク・デ・フェリータ『オードリー・ローズ』
B000J8U45Oオードリー・ローズ (1977年)
フランク・デ・フェリータ 広瀬 順弘
角川書店 1977-06

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 ビルとジャニスのテンプルトン夫妻は、娘のアイヴィーとともに幸せな生活を送っていました。ある日、夫妻は、変装した姿で娘の近くをうろつき回る男の存在に気がつきます。
 警戒する夫妻の元を突然訪れた男は、自らをフーヴァーと名乗ります。かって資産家だった彼は、車の事故で妻と娘を失ったというのです。たまたま出会った霊能力者に、娘は生まれ変わってこの世に生きているという助言を受けたフーヴァーは、テンプルトン夫妻の娘アイヴィーこそ、自分の娘オードリー・ローズの生まれ変わりだと断言します。
 フーヴァーの話を信じないテンプルトン夫妻でしたが、やがてアイヴィーは発作を起こしパニック状態になります。その姿は、焼け死んだというオードリー・ローズの最期の姿を再現するかのようなのです。放っておけばオードリー・ローズの霊によってアイヴィーもまた死んでしまうというフーヴァーを、夫妻は追い返します。
 同じマンションに引っ越してきたフーヴァーは、ある日発作を起こしたアイヴィーを助けるためと、テンプルトン家の部屋に入り込み、自分の部屋にアイヴィーを運びます。フーヴァーの考えを妄想だと信じるテンプルトン夫妻は、フーヴァーを誘拐罪で告訴します。
 フーヴァーを弁護することになった若手弁護士マックは、インドの行者や霊能力者らを証言に立て、生まれ変わりを実証しようと考えます。アイヴィーが霊的にはフーヴァーの娘だと証明できれば、誘拐罪は成立しないことになるのです。
 飽くまで生まれ変わりを信じないビルに対し、ジャニスはだんだんとフーヴァーの言葉を信じ始めますが…。

 フランク・デ・フェリータ『オードリー・ローズ』(広瀬順弘訳 角川書店)は、生まれ変わり、輪廻転生を扱ったオカルトホラー小説です。
 序盤こそ、生まれ変わりが真実なのか?という疑念がきざすものの、すぐにアイヴィーの発作が描かれ、その超自然的なトーンから、読者としては、生まれ変わりがほぼ真実であることがわかります。
 フーヴァーはテンプルトン夫妻の説得に失敗し、それは裁判に持ち越される形になるわけですが、そこで フーヴァーの弁護側は、霊能力者や超心理学者を総動員して、生まれ変わりを陪審員に納得させようとします。
 その過程で、ジャニスもまたフーヴァーの言葉が真実ではないかと、考えを変え始めるのです。

 スピリチュアルな要素の強い作品ですが、作者がそれを客観的に描いているので「トンデモ系」といった感じにはなりません。
 全体を通して、生まれ変わり、引いては東洋的な宗教観が描かれており、その描かれ方は真摯なものです。その証拠に、現実主義的だった登場人物の幾人かは、最終的には、その世界観を受け入れたことを示唆する描写も見られます。

 読み所は、やはり作品の大部分を占める裁判シーンでしょうか。法廷で生まれ変わりを実証することができるのか?といったメインの興味の他にも、自己の利益のために動く弁護士や検事らの生々しい感情なども描かれます。
 そして裁判を通して、テンプルトン夫妻の間の軋轢も描かれていきます。現実主義者の夫ビルと、必ずしもそうではない妻ジャニス、裁判がほぼテンプルトン夫妻側の勝利に終わろうとするときに行ったジャニスの決断とは?

 裁判シーンが終わった後にも、また大きな起伏が用意されており、最後まで飽きさせません。「オカルト小説」「ホラー小説」の肩書きのつく作品ですが、それを差し引いても力強い筆致で描かれた作品で、小説として魅力のある作品だといえます。

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5月の気になる新刊と4月の新刊補遺
4月刊 ポール・モラン『黒い魔術』(未知谷 予価3024円)
5月8日刊 カート・ヴォネガット『はい、チーズ』(河出文庫 予価994円)
5月10日刊 メルヴィル・デイヴィスン・ポースト『ムッシュウ・ジョンケルの事件簿』(論創社 予価2592円)
5月10日刊 スティーヴン・キング『ミスト 短編傑作選』(文春文庫 予価1026円)
5月11日刊 キム・ニューマン『ドラキュラ紀元一八八八』(アトリエサード 予価3888円)
5月11日刊 ロバート・ロプレスティ『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』(創元推理文庫 予価1102円)
5月16日刊 『諸星大二郎 怪を語り、快を生み出す 大増補新版』(河出書房新社 予価1620円)
5月17日刊 野村胡堂『奇談クラブ』(河出書房新社 予価1944円)
5月21日刊 カレン・エリザベス・ゴードン『吸血鬼の文法』(彩流社 予価2376円)
5月23日刊 オリヴィエ・ル・カレ『呪われた土地の物語 かつて何かが起きた、そしてこれから起こるかもしれない40の場所』(河出書房新社 予価3024円)
5月23日刊 チャールズ・アダムス『アダムス・ファミリー全集 新装版』(河出書房新社 予価2376円)
5月25日刊 クレア・ノース『接触』(角川文庫 予価1339円)
5月29日刊 H・P・ラヴクラフト『ネクロノミコンの物語』(星海社FICTIONS 予価1620円)
5月31日刊 ジョン・ディクスン・カー『盲目の理髪師 新訳版』(創元推理文庫 予価1015円)
5月31日刊 ドミニク・スミス『贋作』(東京創元社 予価2700円)


 ポール・モラン(モーラン)は、戦前の日本でも人気があったフランス作家ですね。『怪奇小説傑作集4』に収録された短篇「ミスタア虞(ゆう)」が面白かったので、気になります。

 スティーヴン・キング『ミスト 短編傑作選』は、キングの短篇傑作集。収録作がまだ不明なのですが、キングの短篇集もかなり品切れになってきているようなので、時宜を得た企画だと思います。

 キム・ニューマンの《ドラキュラ紀元》シリーズがアトリエサードから刊行です。シリーズ作品を順次刊行していくようですね。

 カレン・エリザベス・ゴードン『吸血鬼の文法』は、例文が吸血鬼に絡んだものばかりという、面白いコンセプトの文法書です。

 オリヴィエ・ル・カレ『呪われた土地の物語 かつて何かが起きた、そしてこれから起こるかもしれない40の場所』は、ノンフィクションのようです。「世界には人々を魅惑する秘境がある一方、誰もが目を背ける「いわくつき」の土地がある。悪魔の棲む館、怪物が出没する海峡、大虐殺が起きた群島…妄想を掻き立て、語り継がれた40の物語。」

 クレア・ノース『接触』は、『ハリー・オーガスト、15回目の人生』が面白かった著者の作品。他人に触れると、その身体に乗り移ることができる能力をテーマにしたSFサスペンスだそうで、これも面白そうです。

 H・P・ラヴクラフト『ネクロノミコンの物語』は、ラヴクラフトの新訳シリーズの第2弾。「ネクロノミコン」をテーマにした編集です。この企画は続けてほしいですね。

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邪悪な部屋  S・L・グレイ『その部屋に、いる』
4150414297その部屋に、いる (ハヤカワ文庫NV)
S L グレイ S L Grey 奥村 章子
早川書房 2018-03-06

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 南アフリカで教員を務めるマークは、20歳以上年下の妻ステファニーと娘のヘイデンと暮らしていました。強盗に入られたことをきっかけに、夫婦の間にわだかまりが生まれるなか、夫妻は、友人から短期間の自宅交換(ハウススワップ)を勧められます。
 パリにおしゃれなアパートを持つという、プティ夫妻と契約したマークとステファニーは、早速現地に向かいますが、実際のアパートは話に聞いていたのとは程遠いものでした。手入れがされていないのはもちろん、その部屋にいると、なぜか陰鬱な気分になるのです。
 階上に住む女性は奇矯な行動を取り、夫妻にその部屋に住んではいけないと警告しますが、理由は全く説明しません。パリでの生活を無理にでも楽しもうとする夫妻でしたが、クレジットカードは使えず、手元の現金も少なくなっていきます。プティ夫妻と連絡をとろうとするものの、連絡はとれません。
 そもそもプティ夫妻は、南アフリカの自宅に姿を現していないというのです。この部屋はいったい何なのか? 部屋の履歴を探ろうとする夫婦でしたが、やがて夫のマークの様子がおかしくなり始めます…。

 南アフリカ作家S・L・グレイによる『その部屋に、いる』(奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV)は、強烈な「気色悪さ」を持ったホラー小説。心霊的なテーマを扱っており、題材としては目新しくはないのですが、欧米の作家によるそれとはどこか違った空気が感じられる作品です。

 夫のマークは、かって自分のミスで先妻との娘を死なせてしまったというトラウマを持っています。加えて、強盗に入られたときに何もできなかったという無力感から、精神のバランスを崩していました。
 経済的な苦しさもあり、若い妻は夫に対して不信感を抱きつつあるなか、パリの生活でそれが頂点に達します。陰鬱な「部屋」の影響によりおかしくなっていくマークに対して、妻は恐怖を感じるようになっていくのです。

 「部屋」に何か秘密があることはわかるのですが、基本的には「部屋」において明確な心霊現象はほとんど起こりません。登場人物に不可解な影響を及ぼすという形で存在感を発揮するのです。
 小説は、夫マークと妻ステファニーの語りが交互に現れるという体裁なのですが、マークが問題ないと思っている行動が、ステファニーにとっては不気味でおかしい行動として目に映っています。このあたり、もともとあった夫婦間の価値観の違いが、「心霊的」な意味で更にも膨らんでいくということでしょうか。

 南アフリカの作家ということもあり、欧米型のホラー小説とは、どこか雰囲気が違います。南アフリカの土地も出てきますが、アフリカの土俗的な要素はほとんどなく、無国籍的な雰囲気が漂います。全体に、何というか妙に「間の悪さ」を感じさせる演出で、これが不気味さを増しているのです。
 作者のグレイはどんな人なのかと思ったら、以前『黙示』(府川由美恵訳 ハヤカワ文庫NV)という作品が邦訳された作家サラ・ロッツと、ルイス・グリーンバーグという人の合作ペンネームだったのですね。そういえば『黙示』も、説明しにくい妙な雰囲気の作品でした。

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新入生のための海外幻想文学リスト
 ネットの一部で話題になっているらしい、J.Uchidaさんによる「新入生のための海外現代文学リスト(2018年版)」と、それに触発されたshigeyukiさんの「学生のための海外文学リスト50+4」を見させてもらいました。どちらも非常によいリストなのですが、見ている内に自分でも選びたくなってきました。

 選択の方針としては、shigeyukiさんが書かれている「読んでいてそれなりに楽しめて、なおかつ文学性を感じられるもの」という意見に同意するものです。そこからさらに「娯楽性」「エンタメ性」を高めて、しかも現在テキストの入手が容易なもの、ということで選んでみました。
 選んでいるうちに気付いたのですが、選択したタイトルがほとんど「幻想文学」に分類されるような作品ばかりになってしまいました。いっそのこと「幻想文学」で統一してしまおうということで、「新入生のための海外幻想文学リスト」を作ってみました。

 大部分は、現在でも入手が可能だと思います。あとこれは個人の趣味なのですが、短篇集の割合が非常に多いです。
 もともとの「新入生のための海外現代文学リスト」の趣旨としては「ラノベに飽きた人向け」とのことですが、「幻想性」や「ファンタジー性」が強い作品が多いので、結果的に、ラノベ好きには親和性の高いセレクションになったのではと思います。とにかく「読んで面白い物語」を集めていますので、参考にしていただければと思います。

 光文社古典新訳文庫の本がやたらと出てきますが、改めて見ると、この文庫「幻想文学」に好意的ですね。


新入生のための海外幻想文学リスト

1.H・G・ウェルズ『タイム・マシン 他九篇』(橋本槇矩訳 岩波文庫)

2.メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(森下弓子訳 創元推理文庫)

3.E・T・A・ホフマン『砂男/クレスペル顧問官』(大島かおり訳 光文社古典新訳文庫)

4.ナサニエル・ホーソーン『ホーソーン短篇小説集』(坂下昇訳 岩波文庫)

5.ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』(江口清訳 文遊社)

6.ウィルキー・コリンズ『白衣の女』(中島賢二訳 岩波文庫)

7.グスターボ・アドルフォ・ベッケル『スペイン伝説集』(山田真史訳 彩流社)

8.マルセル・エイメ『壁抜け男』(中村真一郎訳 早川書房)

9.ジュール・シュペルヴィエル『海に住む少女』 (永田千奈訳 光文社古典新訳文庫)

10.フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー『水の精(ウンディーネ)』(識名章喜訳 光文社古典新訳文庫)

11.アルジャーノン・ブラックウッド『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

12.ロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(南條竹則 光文社古典新訳文庫)

13.H・R・ハガード『ソロモン王の洞窟』(大久保康雄訳 創元推理文庫)

14.ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)

15.ロード・ダンセイニ『最後の夢の物語』(中野善夫他訳 河出文庫)

16.キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)

17.A・E・コッパード『天来の美酒/消えちゃった』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

18.ダフネ・デュ・モーリア『鳥』(務台夏子訳 創元推理文庫)

19.フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

20.アーデルベルト=フォン・シャミッソー『影をなくした男』(池内紀訳 岩波文庫)

21.レイ・ブラッドベリ『十月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)

22.デイヴィッド・イーリイ『タイムアウト』(白須清美訳 河出文庫)

23.パトリシア・ハイスミス『11の物語』(小倉多加志訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

24.シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』(大森望訳 河出文庫)

25.デイヴィッド・ガーネット『狐になった奥様』(安藤貞雄訳 岩波文庫)

26.ジョン・ウィンダム『トリフィド時代』(井上勇訳 創元SF文庫)

27.ロバート・ウェストール『かかし』(金原瑞人訳 徳間書店)

28.ジョナサン・キャロル『死者の書』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)

29.パトリック・レドモンド『霊応ゲーム』(広瀬順弘訳 ハヤカワ文庫NV)

30.シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』(市田泉訳 創元推理文庫)

31.エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(増田まもる訳 創元推理文庫)

32.パトリック・マグラア『失われた探険家』(宮脇孝雄訳 河出書房新社)

33.マヌエル・ゴンザレス『ミニチュアの妻』(藤井光訳 白水社)

34.ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』 (草鹿外吉訳 白水Uブックス)

35.レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』(垂野創一郎訳 国書刊行会)

36.ステファン・グラビンスキ『火の書』(芝田文乃訳 国書刊行会)

37.F・S・フィッツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(永山篤一訳 角川文庫)

38.ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』(柴田元幸訳 新潮クレスト・ブックス)

39.J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』(千葉康樹訳 創元推理文庫)

40.アーサー・マッケン『白魔(びゃくま)』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

41.プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫)

42.ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』(高橋和久訳 国書刊行会)

43.アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』(池央耿 河出書房新社)

44.ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』(白石朗訳 小学館文庫)

45.ジャック・フィニィ『ゲイルズバーグの春を愛す』(福島正実訳 ハヤカワ文庫FT)

46.ロアルド・ダール『あなたに似た人』(田口俊樹 ハヤカワ・ミステリ文庫)

47.アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫)

48.イタロ・カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』(河島英昭訳 岩波文庫)

49.ジェイムズ・サーバー『傍迷惑な人々 サーバー短篇集』(芹澤恵訳 光文社古典新訳文庫)

50.グレッグ・イーガン『祈りの海』(山岸真訳 ハヤカワ文庫SF)

51.R・A・ラファティ『昔には帰れない』(伊藤典夫 /浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

52.ゾラン・ジヴコヴィッチ『12人の蒐集家/ティーショップ』(山田順子訳 海外文学セレクション)

53.ロジャー・ゼラズニイ『伝道の書に捧げる薔薇』 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)

54.ガブリエル・ガルシア=マルケス『エレンディラ』(鼓直訳 ちくま文庫)

55.フリオ・コルタサル『遊戯の終わり』(木村榮一訳 岩波文庫)

56.ショーン・タン『アライバル』(小林美幸訳 河出書房新社)

57.J・G・バラード『結晶世界』 (中村保男 創元SF文庫)

58.ケン・グリムウッド『リプレイ』 (杉山高之訳 新潮文庫)

59.フィオナ・マクラウド/ウィリアム・シャープ『夢のウラド』(中野善夫訳 国書刊行会)

60.サマンタ・シュウェブリン『口のなかの小鳥たち』(松本健二訳 東宣出版)

61.ジョン・クロウリー『古代の遺物』(浅倉久志他訳 国書刊行会)

62.ガストン・ルルー『オペラ座の怪人』(平岡敦訳 光文社古典新訳文庫)

63.ヴォルテール『カンディード 他五篇』(植田祐次訳 岩波文庫)

64.パトリック・ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』(池内紀訳 文春文庫)

65.アレクサンドル・グリーン『消えた太陽』(沼野充義訳 国書刊行会)

66.カレル・チャペック『山椒魚戦争』 (栗栖継訳 岩波文庫)

67.ミハイル・ブルガーコフ『犬の心臓・運命の卵』(増本浩子・ヴァレリー・グレチュコ訳 新潮文庫)

68.ヤン・ヴァイス『迷宮1000』 (深見弾訳 創元推理文庫)

69.ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋 占いのための手引き書』(三谷恵子訳 松籟社)

70.レシェク・コワコフスキ『ライロニア国物語』(沼野充義訳/芝田文乃訳 国書刊行会)

71.アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』(野村竜仁/高岡麻衣訳 国書刊行会)

72.スタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日記〔改訳版〕』(深見弾/大野典宏訳 ハヤカワ文庫SF)

73.ジェフリー・フォード『白い果実』(山尾悠子/金原瑞人/谷垣暁美訳 国書刊行会)

74.フリードリヒ・デュレンマット『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』(増本浩子訳 光文社古典新訳文庫)

75.ルイジ・ピランデッロ『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫)

76.リチャード・マシスン『ある日どこかで』(尾之上浩司訳 創元推理文庫

77.ミュリエル・スパーク『バン、バン! はい死んだ ミュリエル・スパーク傑作短篇集』(木村政則訳 河出書房新社)

78.スティーヴン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』(柴田元幸訳 白水Uブックス)

79.スティーヴン・キング『呪われた町』(永井淳訳 集英社文庫)

80.柴田元幸編『どこにもない国 現代アメリカ幻想小説集』(松柏社)

81.中村融編『街角の書店 18の奇妙な物語』(創元推理文庫)

82.中村融編『夜の夢見の川 12の奇妙な物語』(創元推理文庫)

83.ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(脇功訳 岩波文庫)

84.アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』(田内志文訳 東京創元社)

85.ミュノーナ『スフィンクス・ステーキ ミュノーナ短篇集』(鈴木芳子訳 未知谷)

86.アレクサンダー・レルネット=ホレーニア『両シチリア連隊』(垂野創一郎訳 東京創元社)

87.ウイリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』(宇野利泰訳 創元推理文庫)

88.クリストファー・プリースト『魔法』(古沢嘉通訳 ハヤカワ文庫FT)

89.エッサ・デ・ケイロース『縛り首の丘』(弥永史郎訳 白水Uブックス)

90.アンナ・スタロビネツ『むずかしい年ごろ』(沼野恭子訳 河出書房新社)

91.リュドミラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』(沼野恭子訳 河出書房新社)

92.ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』(浅倉久志他訳 国書刊行会)

93.ジュディ・バドニッツ『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』(岸本佐知子訳 文藝春秋)

94.マッシモ・ボンテンペッリ『鏡の前のチェス盤』(橋本勝雄訳 光文社古典新訳文庫)

95.ジョン・コリア『炎のなかの絵』(村上啓夫訳 早川書房)

96.フィリップ・K・ディック『時は乱れて』(山田和子訳 ハヤカワ文庫SF)

97.ハーラン・エリスン『死の鳥』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)

98.ミック・ジャクソン『10の奇妙な話』(田内志文訳 東京創元社)

99.ケヴィン・ウィルソン『地球の中心までトンネルを掘る』(芹澤恵訳 東京創元社)

100.クリフォード・D・シマック『中継ステーション〔新訳版〕』(山田順子訳 ハヤカワ文庫SF)

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冥界の感光板  ステファン・グラビンスキの異次元世界
動きの悪魔 狂気の巡礼 火の書
 近年、邦訳が相次いだ、ポーランドの怪奇小説家ステファン・グラビンスキ(1887-1936)。現時点で、三冊の邦訳作品集が刊行され、グラビンスキ作品の特質も何となくわかってきたように思います。邦訳も、作品集三冊と短篇一篇とまだ少ない数ではありますが、今回は、グラビンスキ作品についてまとめていきたいと思います。

 グラビンスキ作品を読んでいて不思議に思うのは、宗教的な背景があまり感じられないこと。19~20世紀のヨーロッパ作家の怪奇小説においては、これは珍しいことです。
 また、上記の非宗教的な背景とも関係してくるのですが、グラビンスキ作品では、怪異現象に対して、それらをただ単に不可解な現象とするのではなく、「科学的」な説明がなされることが多いのです。
 「科学的」といっても、グラビンスキが持ち出すのは、別次元の存在、土地に内在する力、人間の妄念、神秘的な能力といったもので、「科学的」というよりは「疑似科学的」といった方が当たっているでしょうか。ただ、怪異に対する作家の態度は「客観的」であり、その意味でSFの萌芽的な面を見て取ることもできそうです。

 『動きの悪魔』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、鉄道テーマの怪奇小説集です。鉄道によって「異界」に連れて行かれてしまう、もしくは何かが「異界」から侵入してくる…というタイプの話が多いですね。別次元・別世界の存在が示唆される「奇妙な駅(未来の幻想)」「待避線」が典型ですが、このタイプの話で一番印象に残るのは「シャテラの記憶痕跡(エングラム)」でしょうか。

 シャテラは、事故の際に目撃した女の首が忘れられなくなっていました。過去の出来事が別の次元に記録されており、何らかのきっかけでその記録を呼び出すことが出来ると考えたシャテラは、再び女に出会おうとします。
 シャテラは、別次元に記録された女の姿を再現しようとするのですが、その別次元の記録の表現が「冥界の感光板」というインパクトのある描写で表わされています。また作中で、切断された腕が砂によって物質化される…という興味深い描写もありますね。

 「科学的に説明する」というのは、怪異現象に限らず人間に対してもそうで、その結果、奇矯な性格の人間がその性質ゆえに事件を引き起こす…というタイプの作品もあります。目的地にたどり着くのに恐怖を覚える男が登場する「機関士グロット」とか、移動する乗客を嫌う男を描く「汚れ男」など。

 怪異とはベクトルが違うものの「永遠の乗客」もこのタイプの作品でしょうか。主人公のクルチカ氏は、待合室に常駐し、電車がくるたびに乗り込んでは、降りるという行為を繰り返すという「旅をしない旅人」です。人間の不思議さを描いた作品であり、非常に近代的な作品といっていいかと思います。

 巻末の「トンネルのもぐらの寓話」だけは、他の収録作品とは毛色が違っていて、鉄道そのものが題材にはなっていませんが、ラヴクラフト風の味わいもあって面白い作品です。
 代々、トンネルで働くフロレク一族最後の男アントニは、長年トンネルで暮らした結果、外に出られない体質になっていました。ある日ふと見つけたトンネル内の洞窟に入っていったアントニは、古来より生きている人間によく似た生き物と出会います…。
 古くから生きる「先住民」と出会う男の物語なのですが、その「先住民」を怪物として描かないところが異色です。

 『狂気の巡礼』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、大きく二部に分かれています。「薔薇の丘にて」は、唯美主義的な雰囲気の強い幻想小説、「狂気の巡礼」では、よりバラエティに富んだ怪奇小説が展開されています。

 「薔薇の丘にて」は、庭園、建物、土地などをモチーフに、狂気に囚われる人間を描く…といったトーンが強い作品集でしょうか。
 壁に囲まれた薔薇の庭園からの不思議な芳香を描く「薔薇の丘にて」、忌まわしい土地の力により惨劇が起こる「狂気の農園」、奇妙な思想を持つ男がその理論に従うという「接線に沿って」、憎むべき天敵を死に追いやった男がその人格に取り憑かれる「斜視」、孤独な森番の老人の家に映る影の恐るべき秘密を描く「影」、かっての恋敵の人格が別の人間によって再現されるという「海辺の別荘にて」を収録しています。

 中では「影」の印象が強烈です。語り手が見つけた山小屋の窓からは、今まさに殺人が行われようとしているようなシルエットが映っていました。驚くものの、それは何らかの影がたまたま人の形に映っているようなのです。小屋の主の老人と親しくなった語り手は、影が生まれた原因について聞きますが…。
 老人も「影」が物質的なものにすぎないとは理解しているものの、それが再現された理由については運命的なものを感じているのです。過去の惨劇が何らかの形で再現される…というタイプの作品は聞いたことがありますが、このような形の作品は珍しいのでは。非常にユニークな作品です。

 「狂気の巡礼」の部では、「薔薇の丘にて」に比べて、ストーリーに動きのある作品が多く、バラエティに富んだ構成になっています。
 引越し前の家と同じ前住者が住んだ部屋に引っ越してきてしまった男の奇妙な体験を描く「灰色の部屋」、深夜に迷い込んだ小屋で惨劇を追体験する「夜の宿り」、死んだ前妻の存在が夫に及ぼす影響を描く「兆し」、「ジキルとハイド」テーマのバリエーション「チェラヴァの問題」、時間をテーマにした寓話的な「サトゥルニン・セクトル」、亡き美女をめぐる奇妙な三角関係を描いた「大鴉」、煙を信仰するインディアンの怪異を描く「煙の集落」、蟄居した作家の想像力が生み出す怪異を描いた「領域」など。
 「狂気の巡礼」の部の中で目を引く作品は「灰色の部屋」「チェラヴァの問題」「領域」などでしょうか。

 「灰色の部屋」では、前住者の影響を逃れ、新しい部屋に越してきた語り手が、またも同じ人物の影響力に苦しみます。新しい部屋の前住者も、前の部屋と同じ人物だったのです。「夢」の中の部屋に現れる前住者を排除しようと、語り手は部屋のレイアウトを変えていきます。やがて、「夢」の中で、だんだんと前住者の動ける範囲は減っていきますが…。
 部屋の家具という物質的なものの移動で、精神世界内での影響力を排除するという面白い発想の作品です。作中で明確にはされませんが、時間的なズレも発生しているかのようにも読めます。

 「チェラヴァの問題」は、グラビンスキ版『ジキル博士とハイド氏』ともいうべき作品です。夜になると、高名な学者チェラヴァの家に出入りする、浮浪者然とした粗暴な男。学者の妻は、2人の関係を懸念しますが、なぜか2人が同時に起きて話をしているところは見たことがないのです。妻から依頼を受けた主人公は、彼らの関係を探りますが…。
 学者の裏の顔は希代の犯罪者なのか? それとも二重人格なのか? この作品などは、非常にSF寄りの発想で、いわゆる「分身」テーマの幻想小説として読んでいた読者はびっくりするのではないでしょうか。

 巻末の「領域」は、作家の想像力により怪異が発生するという作品。やがて作家は怪異に飲み込まれてしまいます…。クライマックスで登場する怪異は、ラヴクラフトを思わせますね。

 『火の書』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、『動きの悪魔』『狂気の巡礼』に比べて、エンタメ要素の多い作品集です。「火」がテーマということもありますが、視覚的に鮮やかなシーンが多いですね。
 火に呪われた娘とそれを防ごうとする父親を描く「赤いマグダ」、煙突に潜む怪物を描く「白いメガネザル」、超人的な力を持つ消防士と精霊の物語「四大精霊の復讐」、家が必ず燃えてしまう土地をめぐる異常心理もの「火事場」、愛に生きる花火師の人生をめぐる寓話「花火師」、精神病院内で発生した拝火教カルトを描く「ゲブルたち」、煉獄の死者が残した遺物をめぐる「煉獄の魂の博物館」、炎の前でしか愛を感じられない男を描く「炎の結婚式」、吹雪で遭難した男が山小屋で遭遇する怪異を描いた「有毒ガス」、他にエッセイとインタビューを収録しています。

 物語の背景となる、火事や火をめぐる事件や怪異もさることながら、登場人物たちの心理の動きも読みどころです。例えば「火事場」。その土地に家を建てれば必ず燃えると言われる場所に、わざわざ家を建てる男の話です。
 やがて男は、家族と共に火をもてあそび挑戦的な態度を取るようになります。迷信など信じない、冷静で現実主義的だった男が、火に関するオブセッションに囚われていくという作品です。まさに「火遊び」がエスカレートしていくのです。

 また「ゲブルたち」では、患者の妄想を否定しないという方策をとる精神病院の院長が登場します。行き着くところまでいけば偏執狂は良くなるというのです。あげくには、拝火教のようなカルト宗教が発生してしまうのです。ポオの「タール博士とフェザー教授の療法」を思わせる作品です。

 「有毒ガス」は、集中でも怪奇趣味の強い作品。雪山で仲間とはぐれた若い技師は、ようやく旅籠のような建物を見つけ、そこに一夜の宿をとることになります。家のなかには、主と思しき老人と、肉感的な娘がいました。しかし、二人は互いに家の中には自分ひとりしかいないと言うのです…。
 怪しい雰囲気の老人と娘、彼らは人間なのかそれとも…? 超自然的な要素が強く「妖怪小説」としても出色の作品です。

 エッセイ「私の仕事場から」は、短篇「機関士グロット」に関する創作秘話、「告白」は、自作について語った自伝的エッセイになっています。「告白」では、自らの作品が属するジャンルに関して非常に意識的であると同時に、作者の矜持もうかがえます。
 ポーランド出身の作家を除けば、グラビンスキが高く評価しているのは、エドガー・アラン・ポオ、グスタフ・マイリンク、スティーヴンソンなど。確かに作品のところどころに、ポオ的な要素は感じますね。

 アンソロジーに収録された短篇「シャモタ氏の恋人(発見された日記より)」(沼野充義訳 沼野充義編『東欧怪談集』河出文庫 収録)にも触れておきましょう。

 シャモタ氏は、自分に会いたいという手紙を受け取って幸福に酔いしれていました。その手紙は、国一番の美女との呼び声も高い女性ヤドヴィガからのものでした。外国に出かけていたヤドヴィガは、彼女の自宅で土曜日の夜に会いたいというのです。
 シャモタ氏は、ヤドヴィガと恋人関係となりますが、いくつか気にかかることがありました。直接会っているときにも、ヤドヴィガは声を全く出さないこと。土曜以外の日に会おうとしても絶対に会えないこと。不審に思いながらも、彼女の気まぐれだと、シャモタ氏は考えます。
 説明しがたい出来事が続くにつれ、シャモタ氏はヤドヴィガに質問を浴びせますが、彼女は答えず、弁解ともつかない手紙が後から送られてくるだけでした。彼女の不可解な行動にシャモタ氏は思い切った行動に出ますが…。

 決まった日と時間にしか会えず、言葉もしゃべらない…。おそらく相手の女性は死者なのではないか? そう読者は考えるだろうと思うのですが、読んでいくうちに、それが「死者」であるかどうかさえも曖昧になっていきます。
 ヤドヴィガは、肉体のある人間なのか? それとも幽霊なのか? それとも…? 怪奇小説の恐怖の対象が「得体の知れなさ」とするならば、この作品に登場する女性の「得体の知れなさ」は強烈です。
 人間と霊体、精神と肉体、無生物と生物が入り交じるという、ゴースト・ストーリーのグラビンスキ的変奏。名品といっていい作品ではないでしょうか。

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物語をめぐる物語 その2
B000J83KXC世界幻想文学大系〈第19巻〉サラゴサ手稿 (1980年)
荒俣 宏 紀田 順一郎 J.ポトツキ
国書刊行会 1980-09

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ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』(工藤幸雄訳 国書刊行会)

 ナポレオン戦争中のスペインで、あるフランス人将校が、古い家の中で写本を発見します。そこに書かれていたのは、青年アルフォンスの不思議な物語でした。
 アルフォンスは、マドリッドに向けて山を越えようとしていました。そこは絞首刑になった山賊、ゾト兄弟の幽霊が出るという噂の土地でした。廃屋で夜を明かそうとしたアルフォンスは、ある貴婦人の侍女と名乗る女に導かれた先で、美しいムーア人の姉妹に出会います。アルフォンスの遠い親戚だという姉妹に歓待されたアルフォンスが目を覚ますと、そこは山賊の死体が吊るされた処刑場の真下でした…。

 ポーランドの大貴族ヤン・ポトツキによって、19世紀初頭に書かれた枠物語です。収録されたエピソードは、どれも『千夜一夜物語』を思わせる、妖艶で幻想味あふれる作品になっています。エピソードが入れ子状になるなど、構成そのものも幻想的です。
 原作は66日間分のエピソードがあるらしいのですが、邦訳ではその5分の1の抄訳になっています。完訳の原稿は既に出来ていると話なので、全訳の刊行が期待されますね。
 映画版も、原作の味を上手く生かした秀作で、非常に面白い作品でした。映画版のレビューはこちら



4150200858プリンセス・ブライド (ハヤカワ文庫FT)
ウィリアム・ゴールドマン 佐藤 高子
早川書房 1986-05

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ウィリアム・ゴールドマン『プリンセス・ブライド』(佐藤高子訳 ハヤカワ文庫FT)

 作家のウィリアム・ゴールドマンが、子供の頃に父親に読んでもらい、忘れられない作品がありました。それは、ヨーロッパの小国フローリン出身の作家S・モーゲンスターンによる「プリンセス・ブライド」でした。
 その本を自分の息子にも読ませたいと考えたゴールドマンは、古本屋でその本を手に入れ読ませますが、息子は退屈で読み通せなかったというのです。本を実際に読んでみたゴールドマンは驚きます。息子の言うとおりだったのです。かって父親は、本の面白いところだけを選んで読んでくれていたらしいのです。
 ゴールドマンは、父親に倣い「プリンセス・ブライド」の娯楽抜粋版を書こうと考えますが…。

 非常に手の込んだメタ・ファンタジー小説です。物語本編の「プリンセス・ブライド」は、それだけでも十分面白いファンタジーなのですが、本編に挟み込むように現れる作家自身のツッコミも秀逸。作家のパートのみ、赤インキで印刷されているというのも洒落ていますね。
 本の作者モーゲンスターンが架空の作家だということは、すぐわかるようになっているのですが、それをめぐるゴールドマンの回想部分も、さりげなくフィクションが混ぜ合わされていたりと、一筋縄ではいかない作品です。とにかく読んで楽しい作品。



4047913103ゾッド・ワロップ―あるはずのない物語
ウィリアム・ブラウニング スペンサー William Browning Spencer
角川書店 1998-12

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ウィリアム・ブラウニング・スペンサー『ゾッド・ワロップ あるはずのない物語』(浅倉久志訳 角川書店)

 有名な童話作家ハリーは、娘の事故死のショックから精神を病み、心療クリニックに入院します。そこで出会った患者のレイモンドは、熱狂的なハリーのファンでした。入院中にハリーが創作した童話「ゾッド・ワロップ」の世界観を信じ込んだレイモンドは、退院後もハリーに電話をし、悩ませていました。
 数人の患者と小猿と共にハリーの自宅に現れたレイモンドは、世界を救うためにハリーの力が必要だと話します。狂人のたわごとだと思っていたハリーでしたが、やがて現実に不思議な現象が起き始めます…。

 フィクションの世界が現実世界を侵食していく…というタイプのファンタジー小説なのですが、世界観が独特です。
 旅の途中で出現する怪物や不思議な現象も面白いのですが、興味深いのは、ハリーの童話「ゾッド・ワロップ」の登場人物と、現実の登場人物が二重写しになっていくところです。「ゾッド・ワロップ」には、ハリー入院中に出会った人々が無意識に反映され、それぞれのモデルがいるというのです。
 それぞれの登場人物は、レイモンドの妄想にも当てられ、自分が現実の人間なのか、作中人物なのかがはっきりしなくなっていきます。同様に主人公ハリーも、その「妄想」に取り込まれていきます。
 そもそも「ゾッド・ワロップ」はハリーの娘の死の影響から書かれた作品でした。愛する妻とも別れたハリーは娘の死を乗り越えられずにおり、レイモンドたちとの旅は、彼が立ち直るための旅でもあるのです。
 一見、何でもありのファンタジー世界に見えるのですが、そこにはある種の論理があり、後半ではその「論理」も明かされていきます。主人公ハリーを含め、登場人物たちの旅は、彼らの「再生」のためでもあったことがわかるクライマックスには感動があります。
 現実の世界に「帰還」しながらも「魔法」は消えない…という肯定的な結末も好感触です。序盤は多少とっつきにくいのですが、世界観に慣れてしまえば面白く読めると思います。ファンタジーの名作の一つと言っていいのではないでしょうか。



4152088575哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)
アラスター・グレイ 高橋和久
早川書房 2008-01-26

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アラスター・グレイ『哀れなるものたち』(高橋和久訳 早川書房)

 容貌魁偉ながら天才的な技術を持つ医師バクスターは、身投げした妊婦の死体を蘇生させ、彼女をベラと名付けます。まっさらな状態から再度精神的な成長を始めたベラは、その奔放さで男たちを魅了し、翻弄します。
 バクスターの友人アーチボールド・マッキャンドレスを見初めたベラは、彼と結婚すると言い出します。しかしその直後に別の男と出奔し、海外を遍歴することになりますが…

 天才医師の手により、死から甦った女性の生涯を描く、ゴシック風奇想小説です。
 メインとなる物語は、後にベラの夫となったアーチボールド・マッキャンドレスが書いた「スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話」という自伝です。しかし、夫の自伝の後に、その内容を否定するかのような、ベラ自身の手記も収録され、真実をわかりにくくさせています。
 さらに複雑なのは、夫婦二人の手記に対し、小説家グレイが編集を行い註をつけているという、非常に手の込んだ体裁。
 アーチボールドの自伝は非常にグロテスクで戯画的。そこでのベラは倫理的にも性的にも奔放です。
 一方、ベラの手記では、自分は甦った死体などではなく、普通の人間であることが強調されます。どちらの物語にしても、ベラが学習を重ね、やがて医師になることは同じで、やがて彼女は社会を改善したいという活動家のような存在になっていきます。
 男と出奔してしまったベラが、思想や宗教の影響を受けたり、元夫に訴えられたりと、ストーリー的にも非常に面白いのですが、後半医師になって以降のベラを描く部分では、かなり「まっとうな」話になってしまうという、妙なアンバランスさも面白いですね。
 全体にグロテスクな題材ではあるものの、一女性の生涯を描く「教養小説」的な要素が強いです。メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』や、ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』の影響が感じられる作品で、とくに作品構成については、手記を多用するなど、ホッグ作品との共通点が多いようです。



4151830510ノクターナル・アニマルズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
オースティン ライト 吉野 美恵子
早川書房 2017-10-05

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オースティン・ライト『ノクターナル・アニマルズ』(吉野美恵子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 外科医の夫と子供たちと暮らすスーザンの元に、小説の草稿が送られてきます。それは20年以上前に別れたスーザンの元夫エドワードからのものでした。若い頃から作家を目指していたエドワードは、作家の夢に見切りをつけたものと考えていたのですが、彼はあきらめていなかったようなのです。
 小説の感想を聞かせてほしいというエドワードの手紙を読んだスーザンは、何の気なしに読み始めますが、その小説「夜の獣たち」にすぐに夢中になります。「夜の獣たち」の主人公は大学教授トニー。妻子とともに車で走っていたトニーは、柄の悪い男たちに煽られ接触事故を起こしてしまいます。
 言い争いをしている内に、妻子は男たちに誘拐されてしまいます。警察の協力を得たトニーは妻子の行方を探します。最初は妻子を助けるヒーローの物語かと思いきや、どんどんと不穏な展開になっていく小説を読みながらスーザンは不安になります。この小説は一体何を表わしているのか?
 20年以上も前に別れた自分に小説を読めというエドワードの意図は一体何なのか? 小説を読みながら、スーザンはエドワードとの生活や、今の夫と出会った過去を思い出し始めますが…。

 作中の登場人物が書いた小説を、別の登場人物が読んでいくという、入れ子状の構成をとったサスペンス小説です。
 エドワードの作中作「夜の獣たち」と、それを読むスーザンの心理が交互に描かれていくという体裁になっています。「夜の獣たち」はそれ単体で充分に面白いサスペンス作品なのですが、その小説を読みながらスーザンの心理に徐々に変化が起きていく様子もまた読みどころ。
 読者は、作中作の小説に何か「仕掛け」があるのではないかと疑いながら読むと思います。確かに「仕掛け」はあるのですが、ギミックという意味でのそれではなく、スーザンの心理に変化を起こさせる「きっかけ」という意味での「仕掛け」なのです。
 面白いのは、作中には直接エドワードは登場しないところ。スーザンの回想を通してしか現れないのです。それゆえエドワードが小説を書いて送ってきた意図ははっきりしません。しかし最後まで読み終えた読者は、エドワードの意図が何だったのかが、ぼんやりと見えてきます
 「ぼんやり」とはしているのですが、そこには豊かな「含み」があって、読後感は悪くはありません。狭義のミステリやサスペンスとは異なるかもしれませんが、これは確かに傑作といえる作品だと思います。



4309461093イーディスの日記〈上〉 (河出文庫)
パトリシア ハイスミス Patricia Highsmith
河出書房新社 1992-08

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パトリシア・ハイスミス『イーディスの日記』(柿沼瑛子訳 河出文庫)

 夫と息子とともに郊外の新居に引っ越してきたイーディス。ライターの経歴もある彼女は、ここで新聞を作ろうと理想に燃えていました。しかし夫の老齢の伯父ジョージと同居することになったことから、だんだんと家庭が上手くいかなくなり始めます。息子のクリッフィーは怠け者で、働く気もありません。
 夫は秘書との浮気から家を出ていってしまいます。ジョージは介護を必要とするようになり、経済的にも苦しくなっていきます。イーディスは日常生活の辛さを忘れるために日記をつけるようになります。その日記では現実と異なり、幸せなことばかりが書かれていました。
 イーディスの日記の中では、息子は一流の実業家であり、美しい妻と子供も持っています。日記の中の息子たちの生活を書き続けるのと同時に、イーディスは静かな狂気に囚われていきますが…。

 一人の主婦が日常を過ごすうちに狂気に囚われていく、という作品です。犯罪が起こるわけでもないのに、尋常でない迫力と密度のあるサスペンスになっています。
 ヒロインのイーディスは有能な女性なのですが、ふとしためぐり合わせの悪さから、どんどんとのっぴきならない状況に追い込まれていきます。それに輪をかけて、夫と息子、特に息子が彼女の足を引っ張ります。不満を外に出せず、溜め込んでいくイーディスはだんだんと日記にのめりこんでいきます。
 日記はイーディスの正気を保つ手段であると同時に、狂気の進行具合を測るバロメーターでもあるのです。やがて、周りの人間たちと軋轢を起こし始めたイーディスの行く末は…?
 作中で殺人事件や大きな犯罪は起こりません。起こるのは、夫の不倫、介護、素行不良の息子などの日常的な「事件」。それらが降り積もったとき、何の変哲もない普通の人間がどうなってしまうのか、というリアリティあふれるサスペンス小説。これは現実的な意味で「怖い」作品ですね。



433603964Xハルーンとお話の海
サルマン ラシュディ Salman Rushdie
国書刊行会 2002-01-01

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サルマン・ラシュディ『ハルーンとお話の海』(青山南訳 国書刊行会)

 主人公の少年ハルーンの父ラシードは、天才的なストーリー・テラーで「物語ること」を生業にしていました。しかし妻のソラーヤが近所の男と家出してしまったことから、自信をなくし、物語ることができなくなってしまいます。
 ある日、水の妖精モシモと出会ったハルーンは、ラシードが「お話の海」と契約をしていて、そこからお話を貰って話をしていたということを知ります。ハルーンは、父に「お話」を取り戻すべく、モシモと共に「お話の海」のある場所「オハナシー」に赴くことになりますが…。

 「物語ること」について書かれた、ちょっとブラックなファンタジー小説です。全体におとぎ話的な雰囲気でありながら、ところどころに妙に「現実的」なモチーフが現れるのが面白いですね。
 この手のファンタジーでは不思議なことがあっても「魔法だから」で済ませがちですが、この作品、変にリアリティのある設定があって楽しいです。例えば、舞台となる「オハナシー」が、地球のもう一つの月で、毎回軌道が変わるので、誰も見つけられないとか。 展開が非常に速く、あれよという間に結末を迎えます。結末も「ハッピーエンド」なのですが、その安易さも含めて物語を相対化するようなメタな視点があるのが読みどころ。一見子供向けですが、大人が読んでも楽しめる作品です。



4488256090青鉛筆の女 (創元推理文庫)
ゴードン・マカルパイン 古賀 弥生
東京創元社 2017-02-26

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ゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』(古賀弥生訳 創元推理文庫)

 三重構造になったメタミステリという面白い小説です。作中に埋め込まれた小説が、非常にB級なスリラーなのですが、最後まで読むとそれもまた別の意味を持っていることがわかるという、手の込んだ趣向になっています。
 作品全体は、二種類の小説と、作者に対する女性編集者の手紙との三種類のパートが交互に現れるという構成になっています。小説の一つは、タクミ・サトーによる『改訂版』という作品。日系アメリカ人の講師が、殺された妻の事件を調査するハードボイルド小説です。
 もう一つの小説は、ウィリアム・ソーン『オーキッドと秘密工作員』。残酷な日本人美女をリーダーとするスパイ組織の連続殺人を、朝鮮系アメリカ人の私立探偵が追っていくというスパイ・スリラー作品です。
 3つ目のパートは、作中小説の作者タクミ・サトーに対する女性編集者の手紙です。こちらからは、戦争や日本人排斥の風潮などから、日本人主人公を改変したり、小説内に愛国心を煽るような要素を盛り込むなど、改変を余儀なくされていることがわかります。
 やがて、作中の2つの小説が混ざり始め、片方の小説の主人公がもう片方の小説の主人公を追うような形になっていきます。日系人講師の妻を殺したのは誰なのか? そして「オーキッド」の正体とは?

 作中の2つの小説のうち『改訂版』は非常にSF的な要素の強い作品で、主人公の日系人は、なぜか日米戦争の前夜から開戦直後に時間を跳ばされているのです。しかも周りの人間は自分のことをまったく覚えていません。ただでさえ日系人への当たりが厳しいなか、アイデンティティまでが揺らぐ…という展開。
 作中の2つの小説が互いに交じり合っていき、それらも、最後には女性編集者の視点により、また違った意味を持ってくるという、非常に凝った趣向になっています。作中作、特に『オーキッド』の方はかなりステレオタイプなB級スリラーなのですが、この味わい自体が作者の意図したところなのでしょう。
 全体を読み終えると、作中では直接登場しなかった、ある人物の生涯が浮かび上がってきます。それを読み取ることを含め、作中作同士の関係や、女性編集者の意図を探るなど、読者がいろいろ想像をめぐらす部分が多数あって、読んでいて非常に楽しい作品になっています。



4150119554華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
レイ・ブラッドベリ 伊藤典夫
早川書房 2014-04-24

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レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)

 本を所有することが禁じられた未来社会、本を見つけ出し燃やすことを生業にする「昇火士」モンターグは、自分の仕事に誇りを持っていました。しかし冷え切っていく妻との暮らしの中、たまたま出会った風変わりな少女との交流をきっかけに、モンターグは書物の魅力に惹かれていきますが…。

  本が禁じられた未来社会を舞台にしたディストピアSF小説ですが、ブラッドベリらしい詩情も感じられる作品。やはり名作だと思います。
 窮屈な管理社会で、反旗を翻す主人公…という、ある種フォーマットともいうべき展開の作品なのですが、その対抗の手段が、実にブラッドベリらしいのです。「現実的」ではないといえばその通りなのですが、こうした抵抗の仕方があってもいいんじゃないかと思わせるのが、ブラッドベリのユニークさ。
 ブラッドベリは、短篇でも「第二のアッシャー邸」や「亡命した人々」といった作品で、書物(特に怪奇幻想小説)が焚書になる世界を描いていますが、そうした未来を本当に危惧していたように見えます。



4594059767ルシアナ・Bの緩慢なる死 (扶桑社ミステリー)
ギジェルモ・マルティネス
扶桑社 2009-06-27

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ギジェルモ・マルティネス『ルシアナ・Bの緩慢なる死』(和泉圭亮訳 扶桑社ミステリー)

 ある日、作家である「私」の元に電話がかかってきます。電話の主はルシアナ。10年前の一時期、タイピストとして「私」が雇っていた女性でした。彼女は、かっての雇い主である大作家クロステルが復讐のため、ルシアナの家族を殺していると話し、「私」に助けを求めます。
 クロステルは娘の死を、ルシアナのせいだと考えているというのです。ルシアナはかってクロステルを訴訟ごとに巻き込み、それが原因でクロステルの妻は娘を死なせてしまいます。逆恨みをしたクロステルは、何らかの間接的な手段を使って、ルシアナの関係者を殺していきます。
 最初は恋人、続けて両親と兄を失ったルシアナは、次は祖母か妹が狙われるというのです。懇願に負けた「私」は口実を設けて、クロステルと話すことに成功しますが、そこで耳にしたのは、驚くべき話でした…。

  アルゼンチンの現代作家によるアンチ(?)・ミステリー小説です。同じ事件や事態に対する「被害者側」と「犯人側」の言い分が異なるのが面白いところなのですが、クライマックスではさらに斜め上の展開が。
 「被害者」であるルシアナと「犯人」であるクロステルの言い分が全く異なっており、「私」は何を信じていいのかがわからなくなっていきます。ルシアナが狂気に陥っているのではないかと考える「私」でしたが、そんな矢先に再び事件が起こります。クロステルは本当に「無実」なのか?
 最初にルシアナの語るクロステル像が提示され、次にクロステル自身によってそれらがひっくり返されていく、という部分が読みどころです。何よりクロステル自身が語る自伝的な部分が非常に面白いのです。しかも物語はそれで終わりません。二人とは異なる「第三の視点」までが発生するのです。
 本格的な謎解きを期待すると、ちょっと異なる味わいなのですが「幻想小説」としては、非常に面白い作品ではないかなと思います。



4488224024殺人者の烙印 (創元推理文庫)
パトリシア ハイスミス 深町 真理子
東京創元社 1986-06

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パトリシア・ハイスミス『殺人者の烙印』(深町眞理子訳 創元推理文庫)

 売れない作家シドニーは、資産家の娘アリシアと結婚し、イギリスの田舎で執筆活動に励んでいました。度重なる夫婦喧嘩の末、アリシアは行き先も告げずに出て行ってしまいます。シドニーは妻を殺したとしたら…という想定で、古い絨毯を密かに捨てたり、実際の殺人者が取るような行動を取ります。
アリシアの行方が長期間にわたってわからないことから、周りの人間はシドニーが妻を殺したのではないかという疑念を抱き始めます。やがて警察が訪れますが、シドニーは、持ち前の反抗心から、疑念をさらに膨らますような発言を取ってしまいます…。

 ひねくれ者を主人公にした心理サスペンス小説です。周りの人間の疑念が雪だるま式にふくらんでいく過程が非常に面白いですね。
 主人公がとにかくひねくれ者で、妻や友人との軋轢はもちろん、警官にまで挑発的な言動を取り、どんどん追い込まれてしまう…という流れが読みどころです。もしかして本当に殺してるのでは?と思い始める矢先に、妻のパートが現れるのですが、妻は妻でおかしな行動を取り始めます。やがて妻の居所を知ったシドニーのとった行動とは?
 ハイスミス作品では変わった人物がよく登場するのですが、それらの複数の人物が絡んだとき、全く予想もつかない展開になることが多いです。この作品も例に漏れず、非常に斜め上の結末を迎えます。
 正直そこまで動きのある作品ではないのですが、心理のサスペンスだけでこれだけ読ませるのはすごいですね。



4488208029私家版 (創元推理文庫)
ジャン=ジャック フィシュテル Jean‐Jacques Fiechter
東京創元社 2000-12-01

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ジャン=ジャック・フィシュテル『私家版』(榊原晃三訳 創元推理文庫)

 イギリスの出版社社長エドワードは、少年時代からの友人であるフランス人作家ニコラのゴンクール賞受賞を苦々しげに見つめていました。ニコラの作品には明らかに若い頃の経験が反映されていましたが、その中にはエドワードの恋人だった女性の死の原因がニコラにあることが示されていたのです。
 エドワードは「本」そのものを使用して、ニコラを破滅させるための計画を着々と準備しますが…。

 「本の存在そのものが凶器になる」というのが売りの作品なのですが、そのギミック部分よりも、主人公の屈折した心理を描いた部分の方が読み応えがあるという、変り種サスペンス小説です。
 エドワードが「犯罪」に手を染めることになった理由は何なのか? 少年時代、長じては大人になってからのニコラの人生と、それを見つめるエドワード自身の人生が描かれていきます。裕福な家に生まれ、容姿端麗、女たらしのニコラに対し、エドワードは終始卑屈な態度で接します。
 劣等感を感じながらも、ある種の憧れを感じていたエドワードは、ニコラが恋人の死に関係していたことを知り、復讐の念にかられるのです。この鬱屈した心理描写が、この作品のいちばんの読みどころだと思います。
 「犯罪」が終わった後にも、意外な展開があります。オフビートといっていいのか、こんな結末を迎えるのは、フランス作品らしいというべきでしょうか。ジャンル小説というよりは、心理小説として面白い作品です。



4150106983鉄の夢 (ハヤカワ文庫SF)
ノーマン スピンラッド 荒俣 宏
早川書房 1986-12

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ノーマン・スピンラッド『鉄の夢』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫SF)

 架空の小説を扱ったメタフィクションであり、改変歴史ものでもあるという、非常に凝った作りのSF小説です。
 ページを開くとすぐに、アドルフ・ヒトラー作『鉤十字の帝王 第2版』という小説が始まります。それが終わると、大学教授による『鉤十字の帝王』に対する評があり、それで作品は終わってしまいます。つまり『鉄の夢』は、ヒトラーの小説『鉤十字の帝王』とその評だけでできているのです。
 もしヒトラーがアメリカに渡り、SF作家になっていたら…という想定の作品なのですが、ヒトラーが書いた仮想のSF小説で全文を構成してしまうという、面白い試みです。しかも作中世界では『鉤十字の帝王』はヒューゴー賞を受賞していると言う設定。
 小説そのものは、ひどくB級です。核の影響によりミュータントがあふれた世界が舞台で、遺伝子を汚染されていない「純人間」フェリック・ジャガーが主人公。ジャガーは、ミュータントを絶滅し「純人間」だけの世界を作ろうとする…という話。実際のヒトラーの思想をパロディ化したような作品ですね。
 主人公がほとんど無敵で、敵の大群を次々となぎ倒すという、ご都合主義の塊なのですが、戦闘シーンの迫力はなかなかのもので、娯楽作品としては意外と悪くありません。
 小説が終わった後に、大学教授の小説に対する評文が入るのですが、ここで作中世界がどうなっているのかがわかるという仕組みです。この世界では、ソビエト連邦がほぼ全世界を支配しており、日米のみがかろうじて抵抗を続けているのです。
 ほぼ共産主義に支配された世界で、『鉤十字の帝王』がある種の人々に評価されているという、非常に皮肉が効いた状況が描かれます。作中作『鉤十字の帝王』が、いろいろと「ひどい」作品なので読み通すのが意外と大変なのですが、作品全体のコンセプトは非常に面白く、一読の価値はあるのでは。

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物語をめぐる物語 その1
 本好きや物語好きの人にとって、本や物語それ自身をテーマにした小説は、何にも増して魅力的。また、一口に本や物語と言っても、その扱い方は様々です。
 物理的な本を扱った作品もあれば、架空の本を扱ったもの、手記や体験記の形をとったもの、作中作が埋め込まれたもの、また枠物語やメタフィクション的な実験小説まで、このテーマの作品は非常にバリエーション豊かです。そんな、本や物語をテーマとして扱った作品から、いくつか見ていきたいと思います。



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世界幻想文学大系〈第29巻〉夢想の秘密 (1979年)
紀田 順一郎 荒俣 宏
国書刊行会 1979-10

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ジェームズ・ブランチ・キャベル『夢想の秘密』(杉山洋子訳 国書刊行会)

 作家ケナストンは、ポワテム国を舞台にしたファンタジーを執筆しているうちに、作中に登場するヒロイン、エッタール姫に恋をしてしまいます。やがて現実と想像の境目が崩れはじめ、ケナストンは様々な時代やシチュエーションでエッタールに何度も出会うことになりますが…。

 キャベルはアメリカのファンタジー作家。代表作は18巻におよぶシリーズ〈マニュエル伝〉なのですが、『夢想の秘密』はなんとこの〈マニュエル伝〉の最終章という設定です。
 非常に要約しにくい作品で、簡単にあらすじを述べると上記のようになるのですが、実のところ、そう簡単な話ではありません。そもそもケナストンの創作であるはずの小説中に、すでにしてケナストンの分身と思しいホルヴェンディルという狂言回し的な人物が登場しています。
 ホルヴェンディルは作中でその世界自体がケナストンの創作世界であるということを断言し、メタ・フィクションな発言を繰り返すのです。また作品の前提として、ケナストンはこの作品が属する〈マニュエル伝〉のヒーローであるマニュエルの生まれ変わり、という設定になっています。
 さらにこの『夢想の秘密』という作品自体が、ケナストンの小説やメモをハロービーという編集者がつなぎ合わせたもの、という体裁になっています。二重、三重のメタ・フィクションになっていて、眩暈がしてきますね。
 作品世界に没頭して現実と想像の区別がつかなくなった作家の話とすれば単純なのですが、この作品の場合、それが本当に「ヒーロー」の生まれ変わりなのです。しかもそれが本当かどうかわからないという、さらに上の階層の視点もあるという。
 わりと独立した話なので、最終章であるとはいえ、この作品だけ読んでも面白く読めます。「現実」と「ファンタジー」について、非常に示唆を与えてくれる作品ではないでしょうか。



hazaru.jpgハザール事典―夢の狩人たちの物語 男性版
ミロラド パヴィチ Milorad Pavic
東京創元社 1993-05-01

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ミロラド・パヴィチ『ハザール事典 夢の狩人たちの物語』(工藤幸雄訳 東京創元社)

 かって存在した「ハザール王国」についての事典という形式をとった、破天荒な形式の小説です。
 ハザール国全体が改宗したという史実をもとに、改宗に関する論争とその顛末をキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教から描く、というのがメインになっています。キリスト教が「赤色の書」、イスラム教が「緑色の書」、ユダヤ教が「黄色の書」というタイトルの三部に分かれています。
 3つの宗教で、それぞれ主張していることが違ったり、共通して登場する人物の言動が違ったりするのがポイントで、真実はどこにあるのかがわからなくなっていくという仕組みです。項目それぞれは幻想的なショート・ストーリーになっていて、拾い読みしても楽しめます。
 不死と思しきハザールの王女アテー、夢の中を歩き回るサムエル・コーエン、夢の狩人ユースフ・マスーディ、魔性の女エフロシニア・ルカレヴィチ…。登場人物たちが繰り広げる物語に、また他の登場人物が絡みあってくるのが魅力です。
 さらに、中世や近世の人物たちが現代に転生していることも示唆され、時代を超えたつながりまでもが現れます。そして3つの章が終わった後に現れるのは、20世紀に起きる殺人事件。犯人は誰で、被害者は誰だったのか? ミステリアスな物語にさらに謎を重ねるという趣向です。
 作品全体に謎が仕込まれていて、それを読み解いていくのが愉しみなのですが、読み込んだとしても、唯一の真実は現れてきません。しかし、そこがまた魅力でもあります。読んだ人それぞれの物語が立ち現れてくるという意味で、似た作品の見当たらない、実にユニークな小説です。
 創元ライブラリから文庫版も出ていますが、個人的にはハードカバー版での読書をお勧めしたいです。というのも、ハードカバーの方には、3つの章にあわせた赤・緑・黄の3つのスピン(栞紐)がついており、それぞれの章を行き来しながら読めるからです。
全部読むのはきついけど、ちょっと拾い読みしたい…という方には「アテー」と「ルカレヴィチ、エフロシニア」の項目が単体でも面白いので、お勧めしておきます。



4879842699帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)
ミロラド パヴィッチ Milorad Pavic
松籟社 2009-05

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ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋 占いのための手引き書』(三谷惠子訳 松籟社)

 タロットカードの1枚1枚に対応した章に分かれていて、タロット占いの順番に読むこともできれば、最初から通して読むこともできるという、遊び心にあふれた作品です。
 内容は、ナポレオン戦争時代を舞台に、セルビア人の青年ソフロニエとその父親ハラランピエのオプイッチ親子が引き起こす、幻想的な恋愛小説になっています。「恋愛小説」といっても、この親子、どちらもプレイボーイで、やたらと恋愛遍歴が繰り広げられるのがポイント。
 「ヒロイン」が多数登場するだけでなく、ある人物に捨てられた「ヒロイン」が別の登場人物の次の恋人になったりと、その関係性がやたらと複雑なのです。何しろ、物語本編が始まる前に「登場人物の系譜と一覧」が示されるのですが、そこを読んでもごっちゃになってしまうぐらいです。
 父親ハラランピエの三通りの死をモデルにした芝居が上演されるなど、幻想的なエピソードには事欠きませんが、作品のテーマとなっている恋愛もただの恋愛ではすみません。個人ではどうしようもない、運命や宿命という言葉が似合うような、神話的な恋愛模様なのです。
 最初から順番に読んでいっても、登場人物間の関係性が複雑で迷宮のようなので、これをタロット占いでランダムに読むと、さらに幻想性が増すのではないでしょうか。巻末には付録のカラータロットのページがついていたりと、本自体も非常にチャーミングな造り。パヴィチ作品としては、代表作『ハザール事典 夢の狩人たちの物語』よりも読みやすく、ページ数も短いので、パヴィチ入門としても格好の作品かもしれません。



4001109816はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)
ミヒャエル・エンデ 上田 真而子
岩波書店 1982-06-07

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ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(上田真而子訳 岩波書店)

 いじめられっこの少年バスチアンは、いじめっ子に追い掛け回され、ふと入り込んだ古本屋で変わった本を見つけます。衝動的にその本を盗んでしまったバスチアンは、学校の物置で本を読み始めます。その本の中には、魔法の国「ファンタージエン」について書かれていました。
 「幼ごころの君」が支配するファンタージエンには異変が現れていました。国のあちこちで土地そのものが消滅していたのです。国を救うために「幼ごころの君」に選ばれた少年アトレーユは、国を救うためには「幼ごころの君」に新しい名前を付ける必要があることを知ります。
 しかし、ファンタージエンの住人には名前をつけることができません。「幼ごころの君」に名前をつけられるのは、人の子だけなのです。どうやって人の子を探せばいいのか悩むアトレーユに対し、バスチアンは自分なら「幼ごころの君」に名前をつけることができると考えますが…。

 「物語ること」をテーマにした哲学的なファンタジー小説です。異世界に入り込む主人公という、ある種典型的なヒロイック・ファンタジーではあるのですが、単なる願望充足に終わらず、「苦々しさ」を強く含んでいるのがユニークですね。
 前半では、本の中でのアトレーユの冒険行がメインに描かれます。「読み手」のバスチアンは一方的に本を読んでいるだけなのですが、やがて本の中の世界に入り込み、アトレーユとともに冒険を繰り広げることになります。
 しかし、異世界でほぼ全能の力を手に入れたバスチアンは記憶を失っていきます。支配欲にかられたバスチアンは、アトレーユとも決別することになってしまうのです。
 全体にメタフィクショナルな要素が多く扱われています。バスチアンが読む物語が、バスチアンらしき存在に言及し始め、やがて本の世界と一体化するあたりの展開は非常に鮮やか。本の世界に入ってからも、バスチアンには物語を作る力が備わっており、彼が話した通りの出来事が実際に起きるのです。
 物語る力により、無用な争いを引き起こしてしまったかもしれないと反省していたバスチアンが、やがて自らの権力を求めてしまうという、実に皮肉な展開になります。何でも実現できる「物語る力」にもまた代償が必要というのは、意味深ですね。
 いろいろと考えさせるテーマを含んだ作品ですが、もちろん単純な冒険物語としても面白く読めます。異世界の生物たちや独自の世界観もなかなかにユニーク。とくに、前半のアトレーユの冒険部分には生彩がありますね。
 何種類かの版がありますが、お勧めは箱入りのハードカバー版です。ハードカバー版は、作品の中に登場する「本」を模した装丁なので、作品世界に入り込むのには最適です。



4488016251死者の百科事典 (海外文学セレクション)
ダニロ キシュ Danilo Ki〓@7AAD@s
東京創元社 1999-02

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ダニロ・キシュ「死者の百科事典」(山崎佳代子訳『死者の百科事典』東京創元社 収録)

 演劇研究所の招きで、スウェーデンにやってきた「私」は、深夜に図書館を訪れます。ある部屋の本の背には「C」が、またある部屋の本の背には「D」が入っているのを見つけた「私」は何かに思い当たり、「M」の文字が入っている本の部屋に入ります。
 そこは世界中の無名の死者の生涯を綴った「死者の百科事典」が収められた図書館だったのです。そして「M」の部屋で見つけたのは「私」の父の生涯が書かれた本でした。「私」はその本から大切だと思われる部分を書き写し、父の伝記の要約版を作ろうと思い立ちます…。

 無名の人物たちの生涯を余さず書き綴ったという「死者の百科事典」。何やら神秘的な書物なのですが、超自然的なものではなく、あくまで人間が書いたものだとされているのが面白いところ。その仕事は平等主義的なセクトか宗教団体によるものとされ、時代も18世紀後半からだというのです。
 本当にささいな出来事ももらさず記述されているのに「私」は驚きます。読んでいるうちに「私」は父の人生を追体験します。父がなぜ、あのときああいう行動をとったのか。やがて父の人生は「私」の人生と重なって…。
 「死者の百科事典」の編者たちの思想が言及されるのですが、これがまた印象的。「人間の生命は繰り返すことができない。あらゆる出来事は一度限りである」。非常に奥深いテーマをもった作品です。



4560072078冬の夜ひとりの旅人が (白水Uブックス)
イタロ・カルヴィーノ 脇 功
白水社 2016-10-06

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イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(脇功訳 白水Uブックス)

 イタロ・カルヴィーノの新作小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めた「あなた」は、本が乱丁で続きが読めないことに気付きます。本屋に行き交換を求めますが、そもそもその本の内容はカルヴィーノの作品ではなく、別の作家の作品が製本ミスで紛れ込んでいたというのです。
 同じく書店に交換を求めてきた魅力的な女性ルドミッラと知り合った「あなた」は、実際の作品、ポーランド人作家タツィオ・バザクバルの作品を探しますが、入手して読み始めた作品はカルヴィーノともバザクバルとも全く関係のない作品でした。ルドミッラと「あなた」は、物語の続きを探し続けますが…。

 様々な技法が凝らされたメタフィクションであり、ユーモアに満ちた〈読書〉小説です。
 主人公二人が、小説の続きを求めて彷徨う…というストーリーなのですが、毎回現れる小説は完結するまえに、何らかの原因で中断されてしまいます。しかも話が面白くなる直前に終わってしまいます。そして、次に出てくる小説はそれまでの作品とは全く関係のないものなのです。
 小説の続きを求める「あなた」は、やがてある作家の作品を訳したと称しながら全く別の作家の作品の翻訳に出会ったり、異国で作られた作家の偽作に出会ったりします。「あなた」自身も外国に出かけて作家に会ったり、果てには共産主義らしい国家に捕えられたりと、いろいろな出来事が起こります。
 「本」に関しても、主人公である「あなた」に関しても、非常にいろいろな出来事が起こるにもかかわらず「波乱万丈」にならないところが面白いですね。毎回途絶する「小説」はもちろん、「あなた」の冒険に関しても「これはフィクションです」といったメッセージが全体に伏流しているのです。
 それゆえ「感情移入」することが難しく、それがこの作品を読みにくくしている一因でもあるのでしょう。「物語」ではなく、「物語を読むこと」「読者であること」について徹底的に描かれた異色の作品で、そうしたテーマに興味のある人には非常に面白い作品かと思います。



sinkan.jpg新カンタベリー物語 (創元推理文庫)
ジャン レー 篠田 知和基
東京創元社 1986-04

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ジャン・レー『新カンタベリー物語』(篠田知和基訳 創元推理文庫)

 《アッパー・テムズ文芸倶楽部》の会員たちは、土曜の夜に例会を開く決まりになっていました。チョーサーが使ったという料理屋《陣羽織》でのその夜の例会では、特別にゲストが招かれていましたが、彼らが話しだしたのは奇妙な話ばかり。続いて話を続けるのは様々な亡霊たちでした…。

 チョーサーの『カンタベリー物語』やホフマンの『セラーピオン朋友会員物語』などに代表される、枠物語の形式を借りた怪奇幻想小説集です。チョーサーその人の亡霊や、ホフマンの登場人物(?)の牡猫ムルなども登場します。
 作品は枠物語になっており、全体の語り手は書記のトビアス・ウィープ。彼が参加したある夜の例会において、亡霊たちが語る作品が短篇の形ではめ込まれています。各エピソードの語り手たちの大げさなリアクションや、エピソード終了後の牡猫ムルの反応などが、非常に芝居がかっていて楽しいです。
 全体にユーモラスなほら話になっているのですが、それでも濃厚な怪奇幻想趣味が感じられるのは、作者の手腕でしょうか。個々のエピソードは非常に短いので、お話が本格的に展開される前に終わってしまうことが多く、本格的な怪奇小説を求めているとちょっと物足りない面もあります。
 エピソードの中では、オウムと結婚した老嬢の顛末を描く物語「ボンヴォワザン嬢の婚礼」、魔術を使って処刑場を混乱させる魔女を描く「タイバーン」、謎の怪物が登場する「ユユー」などが面白いですね。
 エピソードが語り終えられた後に、後日談が語られるのですが、この幕切れがまた素晴らしい。再び語り手となったウィープが出会った男の正体は…。あの夜の会合は本当にあったのか…? それまでの物語が「幻想」と化す展開は、まさしく怪奇幻想小説。
 チョーサーやホフマンなどの名前が言及されるので、文学趣味が強いのかと思いがちですが、あくまで味付け程度であって、先行作品についての知識がなくても全然構いません。とにかく読んで楽しい作品です。



4122033160潤一郎ラビリンス〈8〉犯罪小説集 (中公文庫)
谷崎 潤一郎 千葉 俊二
中央公論社 1998-12-18

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谷崎潤一郎「呪われた戯曲」(『潤一郎ラビリンス8』中公文庫収録)

 作家の佐々木は、不倫相手と結婚するために、妻の玉子を殺そうと考えます。山の中に玉子を連れ出した佐々木は、その場で書き上げた戯曲を読み上げ始めます。その戯曲の中には、佐々木と玉子と思しい夫婦が登場し、同じように山の中で戯曲を読み出します。さらにその戯曲の中には夫婦が登場し…。

 小説の中に登場する戯曲が入れ子になっているという怪作です。戯曲の中に戯曲が登場し、さらにその中に戯曲が登場するというイメージが強烈。ただ、クライマックスのその場面に至るまで、夫婦の軋轢が延々と描かれ、分量としてはそちらの方がメインになっています。
 玉子を疎みながらも良心の呵責を覚える佐々木と、夫の不倫を知りながら愛し続ける玉子の様子が描かれていきます。面白いのは佐々木の人物像で、単純に妻と別れた場合、自分の気が落ち着かないと言う理由だけで妻を殺そうと考えるのです。酷薄な身勝手さはありながら、自分の手を下すのも嫌だという、ユニークな「悪人像」が読みどころでしょうか。



4882930676鬼火 (ふしぎ文学館)
横溝 正史
出版芸術社 1993-10-01

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横溝正史「蔵の中」(『鬼火』出版芸術社 収録)

 雑誌の編集長、磯貝三四郎は、美少年から持ち込まれた小説原稿を読み始めます。蕗谷笛二と名乗る少年の作品「蔵の中」には恐るべき内容が書かれていました。少年は、蔵の中から遠眼鏡で、磯貝氏の殺人現場を目撃したというのです。現場を再度訪れた磯貝氏は、そこで蕗谷笛二と対面します。
 少年は、小説「蔵の中」の後篇を取り出し朗読し始めます。その原稿の中では、磯貝氏と少年が登場し現実と同じ会話を繰り広げていました。さらに原稿の中の少年はさらに原稿を読み始め、その中にはさらに原稿が…。

 合わせ鏡のように、原稿の中に原稿が登場するという魅力的な趣向です。谷崎潤一郎「呪われた戯曲」と似た趣向ですが、横溝作品の方が使い方が洗練されていますね。メタフィクショナルな部分だけでも面白いのですが、作中作に登場する少年の回想部分も面白いです。
 病弱ながら美しく残酷な姉との蔵の中でのやりとり、少年がはまり込んでいく女装趣味、そして小道具として登場する「遠眼鏡」の覗き趣味…。耽美的な味付けも強く、エンタメの好篇といった感じの作品ですね。
説です。美少年が書いたという小説の恐るべき内容とは…。



4153350338書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ジーン ウルフ 青井 秋
早川書房 2017-06-22

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ジーン・ウルフ『書架の探偵』(酒井昭伸訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 主人公は、かって探偵小説を書いていたというE・A・スミスのクローン体。図書館に所蔵されていた彼は、コレットという若い女性に借り出されます。彼女は、殺された兄から託された本の謎をスミスに解いてほしいというのです。その本は「火星の殺人」。作者の名はE・A・スミスでした…。

 近未来、作家がクローンとして再生され、図書館に所蔵されているという世界を舞台に、殺人事件の謎を追うSFミステリです。
 「再生」された作家たちが、図書館に暮らしているという魅力的な設定です。ただ、作家たちは定期的に借り出されないと「焼却処分」されてしまいます。また書くことは禁じられていたり、人権はなかったりと、何だかディストピア的な匂いのする世界なのです。
 本好きとしては、「幻の本」や「再生された作家」たちについて興味津々なのですが、そちら方面の掘り下げはあまり行われず、オーソドックスなミステリとして展開していくのは、意外と言えば意外ですね。
 事件の鍵を握るかと思われた「本」の扱いが意外に雑だったり、正直ミステリとしてはどうかと思う面もあるのですが、主人公スミスのキャラクターに味があるのと、登場人物たちのユーモアあふれる掛け合いが楽しく、読みやすさは抜群です。
 邦訳のある他の作品に「難しい」作品が多いので、ジーン・ウルフ作品は構えて読んでしまう人が多いと思うのですが、この作品に限っては非常に読みやすいエンタメになっています。ウルフ入門としては格好の作品ではないでしょうか。



4042542026殺人にいたる病 (角川文庫 赤 542-2)
アーナス・ボーデルセン 村田 靖子
KADOKAWA 1981-12

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アーナス・ボーデルセン『殺人にいたる病』(村田靖子訳 角川文庫)

 デンマーク第二の売れっ子推理作家が、南国のホテルで9作目の作品を書いていました。その作品の主人公は、作家と同じ推理作家でしたが、ナンバーワンである作家ストラウスに対して嫉妬の念を抱いていました。ストラウスが「語り手」の作品を表立って酷評したことから、憎悪の念が膨らんでいきます…。

 ミステリ作家がミステリ小説を書く話なのですが、その小説の中のミステリ作家もミステリ小説を書いているという、目眩がするような作品です。
 作家が小説を書く話というのはよくあるのですが、この作品の面白いところは、作家が書いている話が、作家自身をモデルにしているということ。読んでいて、今読んでいるのが作家自身の現実なのか、作家が書いている小説なのか、ということがだんだんわからなくなってきます。
 やがて作家は犯罪に手を染めるのですが、その犯罪を犯した男も、現実の作家なのか、フィクションの中の作家なのかがはっきりしません。そもそも『殺人にいたる病』という作品自体が、現実とフィクションの境目をぼかしていくような描き方がなされているのです。
 後半では、だんだんと狂気に囚われていく主人公が突拍子もない行動を取り始めるなど、サイコ・スリラーとしての面白さもあります。現実とフィクションの境目が入り混じったような結末も気が利いていますね。
 「虚構」と「現実」をテーマにしたような異色の作品です。前半の読みにくさ(意図的にそうされている節もあるのですが)はあるものの、メタな趣向に興味のある方にとって一読の価値はあるのでは。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会 開催しました
 3月25日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め10名でした。
 テーマは、第1部「物語をめぐる物語」、第2部「作家特集 ステファン・グラビンスキ」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部「物語をめぐる物語」では、本や物語をテーマにした作品、作家を主人公にした作品、枠物語、メタフィクションや実験小説などについて話しました。もともと作家自身がこのテーマを好む傾向が強く、該当作品も本当にたくさんあるといった印象ですね。
 主催者による作品リストのほか、参加者のshigeyukiさんによるリストも配布されました。

 第2部は「作家特集 ステファン・グラビンスキ」。近年邦訳が続き、話題を呼んだポーランドの怪奇小説家ステファン・グラビンスキについて話し合いました。
 ポオやホフマン、ラヴクラフトといった作家たちとの共通点を感じながらも、グラビンスキならではの特徴というのも浮かび上がってきました。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●一部

・ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』について。
前半は純粋なハイ・ファンタジー、後半はメタフィクション的な展開になる。子供のころ読むと、後半はちょっと難しいかもしれない。作中の本を模した装丁は素晴らしい。
「それはまた別のお話…」的な部分がところどころにあり、サイドストーリーを想像させるという趣向は面白い。
映画版は中途半端な映像化でがっかりした。

・ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』について。
アラビアン・ナイト風のエキゾチックな枠物語。背景にキリスト教とイスラム教の争いも描かれる。主人公が気がつくと、何度も処刑台のそばで目を覚ます…という展開が楽しい。映画版ではこのあたりはコミカルに描かれていた。
邦訳は抄訳で、映画版では未訳の後半部分が描かれるのだが、物語の中の語り手の話の中の語り手が…という具合に、多重構造になっているところがすごい。
作者はポーランドの人だが、フランス語版やポーランド語版など、未だに定本とされる形はないらしい。

・ジャン・レー『新カンタベリー物語』について。
チョーサー「カンタベリー物語」をモデルに描かれた怪奇幻想版枠物語。ジャン・レー作品の中でも傑作だと思う。

・小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』について。
 本に雄と雌があり、本の子供ができる…という設定のファンタジー。結末ではひっくり返しがあったり、壮大なスケールの物語に。

・レイ・ブラッドベリ『華氏四五一度』について。
本が焚書される世界で「本」そのものになってしまう人々が描かれる。記憶力の問題はどうなっているのか気になる。同じ題材でもブラッドベリが書いたからこそ詩的に感じられる面があるのではないか。

・ジーン・ウルフ『書架の探偵』について。
近未来、過去の作家がクローンとして再生され、図書館に保管されているという作品。「作家」の扱いが雑なのがすごい。クローンの技術的な問題や倫理的な問題はスルーされている部分が多く、突っ込みどころも結構ある。

・ジョン・ヴァーリイの作品について。
ヴァーリィの小説世界では、クローンや脳移植が非常に手軽に行われる。倫理的な部分に引っかかる人もいるのでは。

・松本零士『銀河鉄道999』について。
機械の体で永遠の命を得るために旅をするという話。

・機械の体を手に入れた人間からは人間性が失われる?
日本人的な感性では、ロボットに対しても感情移入をするし、機械化されても人間性は残る気がする。サイボーグの悲しさを描くというような作品があったとして、その悲しさはあくまで「すれ違い」の悲しさで、根本的に「理解できない」というわけではない。

・コミュニケーションの不可能性について。
スタニスワフ・レムの作品では、人類とは根本的に理解できない存在が描かれることが多い。『砂漠の惑星』など。

・アンソロジー《怪奇幻想の文学》について。
今でもこれでしか読めない作品が多数ある、マニアックな怪奇アンソロジー。奇跡譚を集めた巻など、後半の巻が特に面白い。

・『ロアルド・ダールの幽霊物語』について。
ダールがテレビシリーズ企画のために選んだ怪談から精選されたアンソロジー。名作だけでなく、エイクマンやヨナス・リーといった珍しい作品も入っている。

・最近のアンソロジーについて。
最近は、海外のアンソロジーがめっきり出なくなった。

・小説の登場人物の名前について。
ありふれた名前だとイメージがわかないし、かといってあまり凝った名前でも難しい。横溝正史の小説の登場人物名は変わっているのが多いが、イメージはすごく掴みやすい。

・ミロラド・パヴィチ『ハザール事典』について。
事典形式の幻想小説。幻の国ハザールに関わる歴史や人物に関わる物語。3つの宗教からの項目に分かれている。男性版と女性版が存在する。ハードカバー版はスピンが3つついていて楽しい。

・マーク・トウェイン『アダムとイヴの日記』について。
同じ日常をアダム側とイヴ側からのそれぞれの日記形式で描いた小説。アダムは非常に頭のからっぽな男として描かれるが、イヴのパートは非常に叙情豊かになっていて、その対比が面白い。

・アラスター・グレイ『哀れなるものたち』について。
科学者によって死から蘇った女性の人生を、その夫となった人物と、本人両方の面から描く作品。夫側の物語を女性側の物語が否定するという構造になっている。ただお話的には夫側の物語の方が面白い。

・泡坂妻夫『しあわせの書』について。
トリックや仕掛けはものすごいと思うが、物語自体がそんなに魅力的でないのが弱点。

・筒井康隆『残像に口紅を』について。
世界から一文字づつ文字が消えていくという、実験的な作品。初版は袋とじになっていた。校正が大変そう。

・西澤保彦のSF的な作品について。
『七回死んだ男』『人格転移の殺人』『複製症候群』『ナイフが町に降ってくる』など。
・パトリシア・ハイスミス『イーディスの日記』について。
不幸な生活を送る主婦が妄想の日記をつづるという作品。精神的に「来る」作品。

・筒井康隆『敵』について。

・パトリシア・ハイスミス『殺人者の烙印』について。
妻殺しを疑われた作家が、天邪鬼な性格からどんどん自分の首を絞めてしまうという物語。

・新井素子『…絶句』について。
小説を書くことについての物語。途中で人称が変わるという趣向が面白い。

・ウィリアム・ゴールドマン『プリンセス・ブライド』について。
作家ゴールドマンが、子供の頃に父親に読んでもらった物語を自分の息子にも読ませようと本を手に入れるが、父親が読んでくれた物語は面白いところだけを抜き出したものであることがわかる。ゴールドマンはその本「プリンセス・ブライド」の娯楽抜粋版を書こうと考える…というメタフィクショナルな作品。
本編は非常に面白いファンタジーになっているのだが、それに対するゴールドマンのつっこみ部分が赤のインキで印刷されているという、凝った作り。
ゴールドマンの語り部分も、実話ではなくかなりフィクションが混じっていたりと、一筋縄ではいかない作品。

・フィリップ・ホセ・ファーマー『貝殻の上のヴィーナス』について。
カート・ヴォネガットの登場人物キルゴア・トラウト名義で書かれた作品。ヴォネガットは迷惑したらしい。

・ジェイムズ・ブランチ・キャベル『夢想の秘密』について。
キャベルの長大なシリーズ作《マニュエル伝》の最終巻。なぜこの巻だけが邦訳されたのかは疑問。
作家を主人公にしたメタフィクション的作品で、ちょっと難解だが、面白いことは面白い。

・スタニスワフ・レム『完全な真空』について。
架空の本の書評集。小説にするよりは楽だからこういう形式になった? ただレムにしか書けない作品だと思う。

・阿刀田高作品について。
後年の作品は、完全に技術だけで書かれていて、読めはするがあまり面白くなくなっている

・ネクロノミコンをモチーフにして書かれた作品について。
本家のラヴクラフトが作中の本について具体的な描写が少ないせいもあって、後続の作家が書きやすくなった? 『魔導書ネクロノミコン』など。
中では、ウェルウィン・W・カーツ『魔女の丘』に登場する魔導書は、非常にユニークだった。

・ヴァーナー・ヴィンジの短篇「七百年の幻想」について。
創刊700年の雑誌をめぐる物語。雑誌の揃いを守ろうとする青年を描く。馬鹿馬鹿しいが楽しい作品。

・E・T・A・ホフマンについて。
『セラーピオン朋友会員物語』は、数人の仲間たちが物語を語り合うという形式の物語。作中作は面白いものが多いのだが、途中にはさまれる議論部分が退屈してしまう。
創土社の全集はなかなか完結せず、集めている内に途中の巻が絶版になってしまった。
小林泰三の近刊の作品にホフマンがモチーフとして使われていた。

・フランツ・ロッテンシュタイナー『ファンタジー』について。
オーストリアの評論家ロッテンシュタイナーが評価する三大作家は、ポオ、ホフマン、ゴーゴリ。

・ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』について。
取り調べを受けた校長が話す物語が脱線を繰り返していく…という作品。物語の「余白」がものすごい。

・久世光彦『一九三四年冬―乱歩』について。
乱歩の人生をモデルにした小説。動きは少ないが雰囲気のある作品。

・ノーマン・スピンラッド『鉄の夢』について。
ヒトラーがアメリカに渡りSF作家になっていたら…という作品。SF作家ヒトラーが描いたSF小説「鉄の夢」が丸ごと収録されるという大胆な構成になっている。作中作は非常なB級作で、正直読むのはつらい。

・改変歴史ものがナチスばかりテーマになっている気がする。翻訳されるのは話題性のあるもの中心で、その意味でナチスものが多いが、欧米ではいろいろなタイプの改変歴史ものが書かれている。

・レーモン・クノー『イカロスの飛行』について。小説の登場人物が逃げ出してしまうというメタフィクション。

・木犀あこ『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』について。
連作になっているが最終話「不在の家」がジャクスン『丘の屋敷』のオマージュになっている。典型的な「幽霊屋敷もの」をひねった発想で一読の価値がある。


●二部

・グラビンスキには、変に論理にこだわることがあって、それがまた奇妙な味を生み出している。

・短篇「シャモタ氏の恋人」について。憧れていた女性から恋文をもらった男が、実際に女性と恋人関係になる…という物語。一見、オーソドックスなゴースト・ストーリーかと思わせて非常にひねりのある作品。「分身」テーマでもあり、無生物に生命が宿る…というグラビンスキお得意のモチーフも見られる。

・エッセイやインタビューで、グラビンスキは自身の作品について「汎神論的」という表現をする箇所がある。土地そのものに不思議な力があるとか、無生物に生命がやどる…というモチーフの作品はそのあたりを指しているのかも。

・グラビンスキ作品では、伝統的な怪奇小説のテーマ、幽霊、悪魔、妖精などはほとんど出てこない。

・グラビンスキ作品には、宗教的なバックグラウンドがほとんど感じられない。「怪物」が出てきても、異次元からやってきた得体の知れないものという感触が強い。この辺がラヴクラフトとの共通点を指摘される部分だろうか。

・グラビンスキが影響を受けた作家について。ポオ、マイリンク、スティーヴンソンなど。ホフマンの影響は否定しているが、影響はあると思う。

・別の世界や異次元らしき存在が描かれる、という点では巷間言われるラヴクラフトよりもホジスンの方が近いのではないか? ホジスン作品では、怪異に対して登場人物たちの精神が狂うことは少なく意外に健全なので、やはりラヴクラフトの方が近いかもしれない。

・ホジスン作品では、怪異や怪物に対して「戦う」ことが多い。『〈グレン・キャリグ号〉のボート』など。

・怪異に対して、グラビンスキはわからないなりに解釈する。そのあたりを「疑似科学」と呼ぶのだろうか。

・ポーランドの幻想画家、ズジスワフ・ベクシンスキーの画の紹介。グラビンスキと通じるところもある。


●『動きの悪魔』について。

・鉄道をテーマにした怪奇小説集。全体に「ウルトラQ」を思わせる要素が強い。

・鉄道は当時としては最新のテクノロジーで、事故が起これば大量の死者も出る。それがゆえに恐怖の対象となるという面もあるのではないか。

・怪奇小説とテクノロジーが結びつくと、思いもかけない作品ができることがある。例えば『リング』の「呪いのビデオ」は最初は斬新だった。それに比べると「呪いの本」は古くなっていない感がある。

・鉄道自体が当時の人々にとって、巨大で恐ろしいイメージを持っていたのではないか? もともと、鉄道が「怪物的なイメージ」を持っているとすると『動きの悪魔』という作品集に対するイメージも変わってくる。

・車掌がおかしくなる話、事故が起こる話が時折出てくるが、実際の通勤電車内で読むといっそう怖い。

・意外にサイコサスペンス的な要素が強い。

・グラビンスキ作品では、怪異が起こるにしても、明確な「怪物」という形は少なく、異次元からの侵入であるとか、それらの影響で人間がおかしくなる…というパターンが多い。

・「永遠の乗客(ユーモレスク)」について。
列車に乗り降りして、旅をするふりを続ける男を描いた作品。非常に味わいがある。ポオの「群集の人」を思わせる。

・精神的におかしい車掌がよく登場するのが面白い。「汚れ男」など。

・「車室にて」について。
突然の暴力的な展開に驚く。当時の列車の構造は車室が独立している?

・「機関士グロット」について。駅に列車を止めたくない男を描いた作品。エッセイによれば実話が元になっているとか。『動きの悪魔』の発想元になった作品。

・「奇妙な駅(未来の幻想)」について。
駅の造詣がすごく変わっている。

・「待避線」について。
「待避線」と呼ばれる別世界が登場する。パラレルワールドと言っていいのだろうか?

・「トンネルのもぐらの寓話」について。
トンネル内でしか生きられなくなった男が、洞窟内で奇妙な生きものに出会う…という作品。何やらラヴクラフト的。


●『狂気の巡礼』について。

・「薔薇の丘にて」について。
耽美的な要素の強い怪奇作品。ポオを思わせる。

・「狂気の農園」について。
非常に凄惨な印象を受けるサイコホラー作品。

・「接線に沿って」について。
主人公が奇妙な論理に従って死を選ぶという物語。理屈はよくわからないが、凄みがある。

・「海辺の別荘にて」について。
殺されたらしき友人の振る舞いが、別の人間によって再生される…という面白い趣向の作品。これも「場所」の力なのだろうか?

・「灰色の部屋」について。
引っ越した先で、前住者の影響力に悩まされる話。影響を振り切るために、語り手が取る手段が非常に面白い作品。意図せざるユーモアが感じられる。

・「チェラヴァの問題」について。
分身テーマの作品。二重人格ものと思わせて…というSF的な作品。江戸川乱歩的な要素も感じられる。ポオ「ウィリアム・ウィルソン」的?

・「煙の集落」について。
インディアンの文化をモチーフにした作品。グラビンスキ作品としては、変わったテーマの作品だと思う。

・「領域」について。
作家の想像力をテーマにした作品? クライマックスに登場する「怪物」はラヴクラフトを思わせる。


●『火の書』について。

・「赤いマグダ」について。
火に呪われた娘を持つ消防士を描く作品。非常に視覚的なイメージが強くて面白い。

・「白いメガネザル」について。
煙突に潜む「怪物」を描いた作品。「怪物」の造詣が非常にユニーク。

・「ゲブルたち」について。
妄想を行き着くところまで放任するという方針の精神病院がやがて拝火教のカルトになってしまうという作品。ポオの「タール博士とフェザー教授の療法」を思わせる。

・「煉獄の魂の博物館」について。
煉獄の魂が残した手の跡が登場する作品。本の装丁のモチーフになっている。

・「有毒ガス」について。
遭難した山小屋で出会う怪異を描いた作品。男とも女ともつかない謎の存在が登場する。邦訳されている作品の中では、もっとも「妖怪」に近い存在?


・フィオナ・マクラウドについて。
作品のカラーがとにかく暗い。『ケルト民話集』は非常に暗かった。
フィオナ・マクラウド、ウィリアム・シャープ『夢のウラド』について。マクラウド部分に比べ、シャープ部分はユーモアのある作品も。『ケルト民話集』に比べると、まだ暗くない。

・アイルランドとスコットランドの作家について。
同じケルトでもアイルランドとスコットランドの作家のカラーは違う。
アイルランド、アイスランド、ベルギーなど、小国でも芸術家を大量に排出する地域があるのはなぜなのだろうか?

・荒俣宏さんの昔の訳書では、全然関係ない画家の絵を表紙に使っていたりした。フィオナ・マクラウド『ケルト民話集』の表紙画は「青い鳥」だったり。

・ジョー・ウォルトン作品について。
『図書室の魔法』、《ファージング》シリーズ、『アゴールニンズ』など。

・野崎まど『2』について。
複数の作品の続編になっているという意欲的な作品。単なる趣向倒れになっていないところがすごい。

・桜庭一樹作品について。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『赤朽葉家の伝説』など。


●二次会

・T・S・ストリブリングの《ポジオリ教授》シリーズについて。超自然的な要素もある、異形のミステリ。

・《晶文社ミステリ》と《KAWADE MYSTERY》について。
どちらもほぼ絶版? 同時期に出た論創社の《ダーク・ファンタジー・コレクション》はまだよく見かける。論創社の刊行本はなかなか絶版にならない?

・ロバート・トゥーイの作品について。
奇妙な味の短篇作家。《KAWADE MYSTERY》で一冊だけ傑作集が出てそれっきりなのが残念。

・フィオナ・マクラウドの詩と小説について。
小説が最近話題になっているが、詩にも素晴らしいものがある。

・怪奇小説の三大巨匠(アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケン)について。
創元推理文庫で出ていた彼らの本はほぼ絶版? 『M・R・ジェイムズ怪談全集』はいずれ復刊するような気がする。

・アーサー・マッケン作品のお勧めは?
衆目の一致するのは『怪奇クラブ』「パンの大神」など。『夢の丘』は好みが分かれると思う。

・ブラックウッド作品について。
なんだかんだで、コンスタントに紹介の続いている作家で根強い人気があるのでは。『王様オウムと野良ネコの大冒険』などの小品まで訳されている。
代表作は《ジョン・サイレンス》『ケンタウロス』『人間和声』、短篇では「ウェンディゴ」「柳」など。

・E・F・ベンスンの作品について。
すごく面白い作品を書く作家という印象。アトリエサードから出た2冊の短篇集は面白かった。

・W・H・ホジスン作品について。
秀作はいろいろあるが、代表作は『ナイトランド』だと思う。この作品がなかったら、ホジスンは二流の怪奇作家になっていた気がする。『ナイトランド』において、ホジスンは独特の世界観を構築している。

・欧米怪奇小説のオールタイムベスト1を選ぶとしたら何になる?
長篇ならメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』かブラム・ストーカー『ドラキュラ』だろうか。短篇ならジェイコブズ「猿の手」。怖さで言うなら、シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」やH・R・ウェイクフィールド「赤い館」なども。

・子供の読書感想文について。子供のころの感想文の上手さ(?)と大人になってからのそれとは直結しないと思う。

・子供時代の読書遍歴について。
江戸川乱歩の児童物→ミステリ一般→怪奇幻想もの、という流れを経る人は多いのではないか。

・ディーノ・ブッツァーティ作品について。
岩波文庫に2冊ブッツァーティ作品が入ったのは、古典と見なされた証拠だろうか。長篇『タタール人の砂漠』は傑作か? 結末を知った上でも読めるとする人と読めないとする人が。最近出た短篇集『魔法にかかった男』(東宣出版)は、上質の作品集だった。

・マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』(創元推理文庫)について
。決まった家ばかりに侵入する泥棒を描いたユーモア・ミステリ。非常に楽しい作品。 |
・ウラジーミル・ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』について。
主人公が亡き作家の伝記を書こうとする「巡礼」型の物語だが、作中で言及される作家の架空の作品が風変わりで面白い。

・ナボコフ作品は難しくて読み通せないものが多い。
『青白い炎』など。『ロリータ』は読みやすい。

・読んだけれど全然理解できなかった作品について。
レイモン・クノー『はまむぎ』、ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』、フリオ・コルタサル『石蹴り遊び』など。

・スティーヴン・キング『ミザリー』について。
ハードカバー版の内側の表紙には、作中作の「ミザリー」を描いたイラストが書かれているなど、造本が凝っている。

・中島らも作品について
。死後は急速に読まれなくなっているようだが、非常にいい作品を書く作家だと思う。怪奇幻想的には『ガダラの豚』『人体模型の夜』『白いメリーさん』などが秀作。

・芥川龍之介作品について。
幻想文学的にも重要な作家だと思う。

・太宰治作品について。
はまる人は非常にはまる作家。岩波の太宰治短篇集のセレクションは良い。

・「アンチ・ミステリー」について。

・文学フリマについて。
造本に凝っている人が多いが、特に詩関係の本を出している人は、美しい造本が多い。

・原書を読むことと翻訳について。
外国語がすらすら読めるレベルでなければ、少しづつでも自分で翻訳してから読んだ方が内容は頭に入る。

・稲垣足穂について。
代表作は『一千一秒物語』。後年の作品が哲学とエッセイが入り混じったもので、非常に難解。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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