不要な月、交換いたします  T・コラゲッサン・ボイル『ごちゃまぜ』
 現代アメリカ作家T・コラゲッサン・ボイルの短編集『ごちゃまぜ』(須藤晃訳 角川書店)は、タイトルが示すように、混沌としながらもエネルギーに満ちた作品が数多く収録されています。その作風はポップでコミカル。そのあまりに饒舌な文体が鬱陶しく感じることもありますが、読んでいて非常に愉しい作品集になっています。

 『キャビア』は、ある夫婦と代理母の奇妙な三角関係を描いた物語。不妊の妻の変わりに代理母を頼む事にした夫婦。妻と代理母は仲良しの友人になります。そして夫は若い代理母に夢中になり、愛人関係になってしまいます。赤ん坊が生まれた後、あっさり関係を解消した代理母に対し、夫は妻子そっちのけで代理母を追いかけるのですが…。

 『長期的展望』 何事にも不安な男ベイヤードは、株式会社「生存」のサム・アークソンにそそのかされ、「長期的展望」のための準備を始めます。食料や道具、医療品や武器までそろえた家を、全財産と引き替えに手に入れます。心配性のベイヤードは、まだ何の異常もない盲腸まで切除してしまいます。これで完璧な安全を手に入れたと満足するベイヤードでしたが、たまたまアークソンに出会った彼は一人の男に紹介されます。カランと名乗るその男はベイヤードの隣人になる予定でしたが、ベイヤードの娘の粗相に激怒した彼は娘に暴力をふるいます。カランに脅威を感じたベイヤードは、お前を殺してやると息巻くのですが…。
 極端に安全を気にかける臆病な男と極端に攻撃的な男。いったいどちらが「長期的展望」の持ち主なのか? 不思議な味わいのクライム・ストーリーです。

 『クジラは泣く』は、ある日突然クジラへの偏執的な興味にとらわれた男の話。

 『シヴァーニ・フーターの乞食の親分』は名探偵物語のパロディ。インドの国シヴァーニ・フーターの子沢山の太守の家から次々と子供がさらわれます。名探偵ルパート・ビアズリーは驚くべき真相を喝破しますが…。
 勝手な妄想をどんどん膨らませてゆく名探偵が愉しい一編です。

 『外套その後』は、タイトル通りゴーゴリの「外套」を現代のソヴィエトを舞台に書き直したパロディ。たしかにゴーゴリが現代に生きていたらこう書いたろうと思うぐらい見事な換骨奪胎です。肝心の外套が香港製というのも皮肉が効いています。

 そして本作品集で一番印象深いのは、やはりこれ『ニュームーン党』でしょう。
 ぱっとしない大統領候補ジョージ・ソーケルソンは、飛行機の中で演説を考えている最中、妻ローナがつぶやいた言葉に気をひかれます。「月がひどく古くてみすぼらしく見えない?」

 ローナの言ってるとおりだった。月はかなり安っぽく見えた。

 ソーケルソンは、驚くべきことを考え出します。それは今までの古びた月に変わって新しい月「ニュームーン」を作ることを掲げて選挙戦を戦うということでした。ソーケルソンは新たな月について熱弁をふるいます。

 夜空に暗い影を落とすたったひとつのゴツゴツしたあばたの球体だけを自慢しているようでは、我々の地球的なプライドはどこへ行ってしまうのだ。ニュームーンだ。もうすぐニュームーンがやってくるのだ。

 国民は熱狂し「ニュームーン党」は躍進します。とうとう大統領の座についたソーケルソンは、新政権の優先課題を反映させた新たなポスト「月問題最高長官」に占い師マダム・スキュータリィを任命します。彼女のアイディアは、巨大な鏡を使い、新しい月を今までの何倍にも輝かせるというものでした。そしてニュームーンが完成し、それが空に姿を現したとき、思いもかけない事態が起こるのですが…。
 物理的に月を作ってしまおうとする、とんでもない話ですが、その計画の科学的な当否はまったく問題になりません。お洒落なイメージと饒舌な語り口が魅力の、瀟洒なファンタジーです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/99-61678347
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する