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正気と狂気  フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』
さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)
 フレドリック・ブラウンの短篇集『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一訳 ハヤカワ文庫SF)は独創的なアイディアとユーモアにあふれた名短篇集です。アイディア自体が面白いのはもちろんなのですが、「不死鳥への手紙」「沈黙と叫び」「さあ、気ちがいになりなさい」などに見られるような、相対主義的な思想、正気と狂気を相対化するような哲学的な発想にはユニークなものがありますね。

 
「みどりの星へ」
 不時着した惑星で5年も放浪している男マックガリー。見るもの全てが赤い惑星の中で、地球を思わせるみどりの色が見えるのは、光線銃を放つときだけでした。現地の5本足の生物をドロシーと名付け相棒にした彼は、かって同じ星で遭難した宇宙船があったという記憶を頼りに、地球に帰るべく、宇宙船をずっと探し続けていました…。
 他惑星に遭難し、地球に帰るべく放浪を続ける男を描いた物語です。彼の精神を支えるのは現地の生物「ドロシー」と、かって同じ星に不時着した宇宙船があったという記憶だけ。極限状況に置かれた人間の希望と絶望とを描いた名作です。

「ぶっそうなやつら」
 精神病院から殺人狂の患者が脱走したという話が流れるなか、弁護士ベルフォンテーン氏は駅で出会った男の服が妙に合っていないのに気が付きます。相手が件の狂人ではないかと考えた氏は、たまたま預かっていた拳銃をいつでも使えるように準備しますが…
 出会った相手が殺人狂だと考えた男を描くユーモアタッチのサスペンス作品。これは笑ってしまいますね。

「おそるべき坊や」
 両親とともに魔術師「ガーバー大王」の奇術ショーに訪れたハービー坊や。しかし「ガーバー大王」の正体は本物の悪魔であり、その封印は今まさに解けようとしていたのです…。
 復活を阻止された悪魔がことを上手く収めようとする様が楽しいですね。愉快なファンタジー作品です。

「電獣ヴァヴェリ」
 発端は、過去に放送された電信やラジオ放送が急にラジオから聞こえるようになったことでした。やがて稲妻が消え、電気が使えなくなってしまいます。どうやら地球上に、電気を食らう生命体「ヴァヴェリ」が住み着いてしまったようなのです。
電気を失った人間たちは、かっての蒸気機関を復活させ、馬や人力に頼る生活に戻ることになりますが…。
 電気がなくなったら人類はどう暮らしていくのか? という発想から生まれたらしいSF作品です。結果的にある種の牧歌的な社会が復活する…というポジティブな見方はブラウンならではでしょうか。

「ノック」
 宇宙からの侵略者「ザン」により人類は滅ぼされてしまいます。残ったのは見本として選ばれた男女のみ。しかも彼らは囚われの身となっていました。自然死という概念を知らないザンは、集めた動物たちが死んでしまったのを見て困惑しますが…。
 囚われた男が宇宙人の手から逃れようと画策する…というストーリーですが、様々なアイディアが盛り込まれています。客観的にはシビアな状況ながら、終始コミカルに展開する楽しい作品です。

「ユーディの原理」
 チャーリーが発明した鉢巻型の機械は、何でも希望を実現してくれる魔法の機械でした。彼は冗談交じりに、機械は仮想の小人である「ユーディの原理」で動いていると語ります。しかし機械は何でもできるわけではなく、ある制限があると言いますが…。
 謎の理論「ユーディの原理」で作動するという機械をめぐる物語です。「ユーディ」は実在するのか? メタな趣向もあったりと、奇妙な味わいのファンタジー作品です。

「シリウス・ゼロ」
 恒星シリウスを周回する惑星フリーダとソアを宇宙船で訪れた親子と操縦士の一行は、第一惑星より内側に新たな惑星を発見し、その星を訪れます。人類未踏のはずのその惑星には、奇妙な動物だけでなく、知り合いの男サムがすでにいたことに一行は驚きます。彼は、映画会社が映画を撮るために秘密裏に活動しているのだと話しますが…。
 未発見の惑星に存在していたのは何者なのか? 未知の異星人とのファースト・コンタクトを描いた作品です。コメディ・タッチながら、人間の深層心理を再現するという「シリアス」なテーマも内包しています。

「町を求む」
 やくざ者の「おれ」は、自らのボスを蹴落とすという計画をボスに知られていまいます。争いごとを好まないボスは、手切れ金を渡し「おれ」に町を出て行ってほしいと話しますが…。
 ハードボイルドかつストレートなクライム・ストーリー。いささか風刺的なトーンもある作品ですね。

「帽子の手品」
 たまたま集まったウォルターとボブ、メイとエルジーの男女四人組。ふとしたことからウォルターは帽子を使った手品を披露することになりますが、そこから出てきたのは予想もできないものでした…。
 何の変哲も無い日常が突然恐怖の光景に変わるというホラー的作品。見たくないものは見えないという人間の心理的なテーマも扱われています。仄めかしが多用される、洗練された恐怖小説です。

「不死鳥への手紙」
 放射能の影響により、不死に近いまでの長寿を手に入れた男。18万年を生きてきたという男は人類の歴史を語ります。彼によれば、核兵器を始め何度も人類は絶滅寸前に追い込まれ、文明も何度もやり直しをしているというのです。
 しかし、それゆえにまた人類は「不死」といってもいいのではないかと、彼は語ります…。
 短めながら、長大な人類史が語られるという壮大な作品です。人類は愚かながら、その「狂気」こそが人類を長らえさせているという視点はユニークですね。

「沈黙と叫び」
 遠く離れた森の中で木が倒れた音がしても、誰にも聞かれなかったらその音は存在しているといえるのか…。たまたま駅でそんな議論を耳にした男は、駅長からある事件の顛末を聞きます。その事件では浮気を疑われた妻と相手の男が閉じ込められて餓死したというのです。
 しかも、夫は耳が聞こえないためにその音に気がつかなかったと。夫は本当に耳が聞こえなかったのか…?
 男女が閉じ込められて死んだ事件、それに気がつかなかったと言い張る男の言葉は本当なのか? それとも…? 有名な哲学的命題をミステリに応用したというその発想もユニークですが、後半に示される事件後の関係者たちの関係性が更に強烈。しかも明確に真相を明かすのではなく、仄めかしによって読者に推察させるという趣向も非常にスマートです。

「さあ、気ちがいになりなさい」
 患者のふりをして精神病院に潜入する取材を命じられた記者ジョージ・ヴァイン。彼には3年前の事故で記憶喪失になった過去がありました。その事故以前の記憶は全て失われてしまったというのです。
 元々ナポレオンに対して執着を抱いていたジョージの性格にちなみ、自分はナポレオンだという妄想患者のふりをして潜入することになりますが、実はジョージには皆に言えない秘密がありました。彼は実は3年前まで本物の「ナポレオン」だったのです…。
 自分はナポレオン本人だという主人公は本当に正気なのか? 物語が進むにつれ、誰が正気で誰が狂気なのかもわからなくなってきます。やがて世界を動かしている影の支配者の存在も明らかにされ…。
 ブラウンが多用する「認識の相対性」「正気と狂気」といったテーマの総決算といった趣の作品です。「正気」であるというのも、飽くまである立場から見たときのものに過ぎない…というような結末も皮肉が効いていますね。ブラウンSFの到達点の一つともいうべき傑作小説です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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