あのときを覚えているかい? マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』
4789714187ワン・オヴ・アス
マイケル・マーシャル スミス Michael Marshall Smith 嶋田 洋一
ソニーマガジンズ 1999-09

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 記憶とは、その人間のアイデンティティーそのものです。例え、殺人を犯してもその記憶がなければ、責任を追及することもできないのです。この物語のように…。
 マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』(嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ)は、記憶を扱ったSFミステリーです。
 近未来、夢や記憶を外部に取り出す技術が開発されます。目覚めた後にストレスや疲れを残す「不安夢」を見たくない人々は、それを機械で別の人の脳に転送し、見てもらうことで夢を処理するのです。この業務を一手に請け負う〈レムテンプ社〉に雇われた〈短期記憶人〉ハップ・トムスンは、夢処理の能力が格段に優れていたために、社から優遇され、多くの仕事を任せられていました。
 〈レムテンプ社〉の社長ストラッテンは、ハップの後ろ暗い経歴をたてに、夢だけでなく「記憶の一時預かり」までをも強要します。それは不快な記憶や罪の意識を伴う記憶を預かるというものでした。しかし犯罪の記憶を転送してしまえば、犯罪の立証が困難になるため「記憶の一時預かり」は非合法なものとされていたのです。
 ある日ハップは、ローラ・レイノルズと名乗る若い女から、個人的にコンタクトを受けます。莫大な報酬と引き換えに、記憶を預かってほしいという依頼。ハップは報酬に目が眩み、引き受けますが、それは3日間という前例のない長さの記憶でした!
 記憶を転送されたハップは、さすがに混乱しますが、それが収まったとき、女の記憶が恐るべきものであることを知ります。それはローラが殺人を犯した記憶だったのです!
 殺した相手はレイ・ハモンドという警官でした。殺人容疑をかけられたハップは、警察に追われることになります。警官殺しという性質のため、その追求は容赦ないもの。しかも陣頭指揮をとるのは、ハップとの過去の因縁から執拗に彼を追い続けるトラヴィス警部補!
 ローラをようやく見つけだしたハップは、彼女の境遇に同情しますが、彼女は殺人のことを話そうとはしません。自らの容疑を晴らすため、友人デックと共に調査を開始したハップですが、その行く先々で謎のグレイのスーツの男たちが現れ、彼らの邪魔をします。八方ふさがりの中ハップは、彼に懸賞金がかけられ、凄腕の殺し屋が雇われたことを知ります。しかもその殺し屋はハップの元妻ヘレナだったのです…。
 ローラの殺人の理由とは? ハップは容疑を晴らせるのでしょうか? そして明かされる恐るべき陰謀とは?
 まず、記憶を預かる〈短期記憶人〉という職業がユニークです。そして、この夢の解消という設定がまたユニーク。夢を取り出して捨てるだけでは解消できないのです。それを人間が見て吸収しなければならない、という設定がなかなか面白いです。
 やがて殺人の記憶を植え付けられたまま、行方をくらましてしまった依頼人を捜して捜索を開始する主人公ハップ。警察だけでなく、謎のグレイのスーツの男たち、元妻の殺し屋、後には雇い主である〈レムテンプ社〉からまで、命を狙われるという、怒濤の展開です。
 ただ、殺人の記憶が物語を動かす動因となってはいるものの、その記憶自体にトリックとか仕掛けはありません。ローラの殺人は無実だとかいう真相ではないので、ミステリ的にはちょっと物足りないかもしれません。はっきりいって後半は、この〈記憶の一時預かり〉の設定があんまり活用されない方向に、ストーリーがずれていってしまいます。
 主人公と元妻との軋轢をはじめ、過去の悲劇的な運命、トラウマがところどころにはさまれ、人物造形に厚みを出しているのが特徴です。それゆえ、自らの生涯と重なるものを見たハップがローラに感情移入するという展開も説得力のあるものになっています。
 当然ハップとローラのロマンスが進行するのかと思いきや、途中から登場する元妻の存在が、だんだんと大きくなり始め、結局ローラの影が薄くなってしまうのが残念。ただ、この殺し屋になっている元妻ヘレナのキャラクターは非常に印象的です。両親を殺したギャングに復讐したことから、組織に目をかけられ犯罪者になってゆく…という設定は、ちょっとリアリティにかけるものの、タフガイを気取るハップよりも、よっぽど冷静で攻撃力に優れているのが興味深いです。
 このハップやヘレナ、ローラといった主要なキャラクターがみな重いトラウマを背負っているのが目を引くところです。それに対して敵役の面々はあまり陰影がないというか、いかにも悪役、といった感じのキャラクターなのがもったいないですね。感情移入するところがほとんどないぐらい、良い面がなくて、完璧な悪漢なのです。その点、少なからず主人公に好意を抱いているトラヴィス警部補の存在は物語に華を添えている感じがします。
 とにかく次から次へと投入される要素、陰謀につぐ陰謀が、ストーリーに推進力を与え、息つく暇もないスペクタクルになっています。これだけでも充分面白いのですが、後半の展開は誰も予想できない驚くべき方向に向かってゆきます。過去に囚われた落ち目の男が、女性を守るために敵に立ち向かい自らもアイデンティティを回復するハードボイルド作品、だと思っていたら、ええっ!?という展開に。あまりのぶっ飛びように、人によっては唖然とするかも。
 何しろ最終的には、世界創造の秘密にまで至ってしまうのです! どうしたらこの話が世界創造の謎につながるの?という疑問が湧くでしょうが、これはもう読んでくださいというしかありません。ジャンル分類の非常に難しい、SF、ミステリ、ファンタジーが渾然一体となった作品です。風変わりな味を求める方にはオススメの怪作。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
世界創造の秘密!
"世界創造の秘密"とは興奮を覚えるタームですね。最近では『銀河ヒッチハイク・ガイド』で地球創造の驚愕の秘密を知りました。
さてこの作品では‥
"記憶"と題名"ワン・オヴ・アス"がポイントでしょうか。あ、実は地球が50億人格だったとか?
まあ、これは読むしかないのでしょうね。
【2006/05/19 21:45】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

なかなか面白いです
たしかに『銀河ヒッチハイク・ガイド』と似たようなところがありますね。あちらはギャグでやってましたけど、この作品は大真面目でシリアスにやっちゃってるところが、またすごいですよ。唖然とするような真相ではあります。
マーシャル・スミスは、他にも変なSFを書いてるので、最近お気に入りの作家になってます。傑作かどうかは別にして、ものすごいリーダビリティがあるので、オススメですよ。
【2006/05/19 23:12】 URL | kazuou #- [ 編集]


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