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彼岸への憧れ  E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』
ホフマン短篇集 (岩波文庫)
 ドイツの幻想作家、E・T・A・ホフマンの『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)は著者の代表的な短篇を集めたバランスも良い傑作集です。収録作のセレクション、翻訳の質、入手のしやすさなどを勘案しても、ホフマン入門書として非常に良い本ではないでしょうか。


「クレスペル顧問官」
 奇行で知られる変わり者ながら、性格は善良で人々から好かれる顧問官クレスペル。彼が同居させていた娘アントニエの歌う歌は美しいと噂されていましたが、なぜかクレスペルはアントニエが歌おうとすると、それを止めようとします…。

 娘に歌わせまいとするクレスペルの真意とは? アントニエとクレスペルの関係は? クレスペルの過去に何があったのか? など、物語の真相が徐々に明かされていく構成は見事です。加えてホフマンが得意とする、恋愛や親子愛といった地上での愛情と、音楽や芸術との葛藤といったテーマも見え隠れします。
 ヴァイオリン分解を趣味とするクレスペルが、アントニエの頼みで残したヴァイオリンが彼女の慰めとなり、アントニエの魂とヴァイオリンがリンクする…というモチーフも美しいですね。
 ホフマン作品の傑作の一つです。


「G町のジェズイット教会」
 馬車の故障でたまたまG町を訪れた「私」は、この町に友人の知り合いヴァルター教授がいることを重い出し、彼を訪ねることにします。教授が勤めるジェズイット教会を訪ねた「私」は、建物を塗装していたベルトルトという男と知り合います。
 相当な技量を持つベルトルトに関心を抱いた「私」は彼の過去についてヴァルター教授に訊ねます。ベルトルトから打ち明け話を聞いた生徒が書き留めたという書類には、芸術家としてのベルトルトの苦悩と、それによる不幸な過去が記されていました…。

 才能を持ちながらも、あと一歩何かが足りないと感じているベルトルトが地上での幸せを手に入れながらも、それゆえに芸術上では高みに達することができない…というテーマが描かれます。他作品でもそうなのですが、ホフマン作品では地上での幸福と芸術との葛藤というのが重要テーマとして現れてきます。
 ベルトルトの過去に何があったのか? 彼の妻子はどうなったのか? 最終的に彼は生きているのか死んでいるのか? など、明かされない謎がいくつも存在しており、ちょっとしたリドル・ストーリーとしても読むことができる作品です。様々な解釈が可能な、拡がりのある作品といってもいいようですね。


「ファールンの鉱山」
 故郷に帰ってきた船乗りの若者エーリスは、病気の母親が既に亡くなっていたことを知り、悲しみに沈んでいました。不思議な老人にファールンの鉱山で鉱夫になることを勧められたエーリスは鉱山町ファールンに向かいます。
 鉱山の所有者ダールシェーに目をかけられるようになったエーリスは、ダールシェーの娘ユッラと恋仲になりますが…。

 実話だという「ファールンの鉱山」事件を題材に、ホフマン独自の幻想的な世界観を付け加えた作品です。
 この作品でもホフマン特有の「天上の芸術」と「地上の幸福」の葛藤が描かれます。この作品では「天上の芸術」は「大地の女王」のイメージで描かれています。地上での花嫁との幸福を夢見るものの、やがて天上の世界に引っ張られてしまうのです。
 基本的にホフマン作品で最終的に勝利するのは「地上」ではな「天上」の力なのですよね。
 ちなみに「ファールンの鉱山」事件は、スウェーデンの町ファールンで、1670年に落盤で埋められた鉱夫が1719年に原型を止めた死体となって発見された事件で、哲学者G・H・シューベルトの著作によって紹介され有名になったものです。ホフマン以外にも同じ題材で作品を書いた作家が多くいたようですね。

 ついでに、同じ「ファールンの鉱山」事件を題材にした小説、ヨーハン・ペーター・ヘーベル(1760-1826)の「思いがけぬ再会」 (川村二郎訳  種村季弘編『ドイツ幻想小説傑作集』白水Uブックス)も読んでみました。
 こちらは短い掌編です。結婚直前に婚約者の男性が鉱山の落盤で行方不明になり、50年後に老婆となった許婚の女性が、若いままの男性の死体に再会する…という物語です。こちらの作品の方が原型の実話に近いのでしょうね。
 ホフマン作品では、シンプルだった原話に、幻想的な鉱物世界と、天上と地上の葛藤といった複雑なテーマや構造を持ち込んで、重層的な物語を生み出しています。比べて読むと、ホフマンの作家としての手腕が見えるようで、その意味でも面白い作品でした。


「砂男」
 勉学のため家を離れていたナタナエルは、親友のロタールとその妹で婚約者のクララへ手紙を送ります。そこにはかって父の元に出入りしていた不気味な男コッペリウスとそっくりのコッポラと名乗るからくり師がナタナエルの前に現れた、ということが記されていました。
 やがて、聴講しているスパランツァーニ教授の娘オリンピアに恋をしたナタナエルは、周りの忠告も聞かずに、オリンピアに夢中になりますが…。

 SFやサイコ・スリラーの先駆的な要素も持つ、名作怪奇小説です。
 幼い頃の父の死や、聞かされた「砂男」の物語などのトラウマが具体的なコッペリウス=コッポラという人の形をとって、主人公を脅かします。
 コッポラのレンズの「魔法」によって主人公ナタナエルが幻想世界に誘われるものの、現実を知って狂気に陥る…という展開も非常に見事。現実味・人間味のないヒロイン、オリンピアと、現実的・地上的なヒロイン、クララとが対置されているのも面白いところですね。


「廃屋」
 夢想家テオドールは、自分が体験した不思議な話を語ります。町中にある廃屋にはいろいろ噂が立っていました。テオドールは行商人から手に入れた鏡を通してその家を覗き込んだ際に、そこに女性がいるのを目撃しますが…。

 廃屋をめぐって噂がどんどん膨らんでいき、主人公はその真実を実際に確かめようとする…という正統派といえば正統派のストーリー展開です。
 真相は現実的な解釈が可能なのですが、幻想的な余地もあるという、近代的な怪奇幻想小説です。特に、主人公が手に入れた鏡に異様なものが映るのを第三者も目撃するシーンは、かなり不気味ですね。


「隅の窓」
 重い病を患う物書きの従兄は、住んでいる屋根裏部屋から町の人々を観察するのを楽しみにしていました。従兄を訪ねた「私」は、彼と一緒に窓から見える人々の来歴や様子を想像しますが…。

 晩年の作ということもあり、この本に収録されている他の作品とは唯一カラーの異なる作品ですね。ジャンル的には「リアリズム」作品といっていいのでしょうが、人間観察における過剰と言っていいほどの「想像力」はホフマン一流のファンタジーがあふれています。
 ある男に対する想像が一つではなく何パターンか示される、というのは正にそれを表しているようです。
 ささいな手がかりからその人生を推測(想像)する…というのは「シャーロック・ホームズ」の遠い祖先といってもいいかもしれませんね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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