わしはそこにいた  イタロ・カルヴィーノ『レ・コスミコミケ』
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レ・コスミコミケ ハヤカワepi文庫
イタロ・カルヴィーノ 米川 良夫
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 イタリアの作家イタロ・カルヴィーノは、ユニークな小説を数多く書いています。ファンタスティックな歴史小説三部作〈我らの祖先〉や幻想的な都市のスケッチを集めた『見えない都市』など、枚挙に暇がありません。今回紹介する『レ・コスミコミケ』(米川良夫訳 ハヤカワepi文庫)もまたそんな想像力に溢れた作品です。
 本書は、宇宙開闢以来存在すると称する、Qfwfq老人が語る連作小説です。宇宙の生誕において重要な瞬間にいつもそこにいたという、怪しげなQfwfq老人の語りが実に楽しい作品集になっています。そのスケールは文字通り宇宙的。途方もないスケールで語られるホラ話なのです。そしてQfwfq老人も、またすさまじいスケールの人物。ビックバンの瞬間にそこにいたと思えば、現代のイタリアにあらわれる。軟体生物だったかと思えば、恐竜になっていたりと、まさに変幻自在な老人です。
 例えば「昼」が誕生する前の宇宙を描く『昼の誕生』でQfwfq老人が語る言葉。

 いやあ、真っ暗闇だったなァ!-と、Qfwfq老人も確認した。-わしはまだほんの小僧ッ子で、ちょっとしか覚えておらんけどな。

 またビックバンの誕生を描く物語『ただ一点に』ではこんな感じ。

 もちろん、だれもかれも、みんなそこにいたとも-と、Qfwfq老人が言った-さもなくって、どこにいられたものかね? 空間の存在が可能だなんてことは、まだだれも知りゃあしなかったからね。時間にしたって、然りだ。

 宇宙が誕生する前にどうやってそこにいるんだよ? とか物質が存在しないのにどうやって存在してるの? という疑問を吹き飛ばす力業の数々。科学用語を散りばめていたりと、一見難解に見えるのですが、その実とてつもないホラ話として楽しむことができます。以下面白かったものを紹介しましょう。
 はしごがかけられるほど、月が地球と近い距離にあった時代を舞台にした恋物語『月の距離』。まるで稲垣足穂ばり。本書の中で最もとっつきやすいファンタジーでしょう。月の表面で発酵するという「月のミルク」の描写が素晴らしいです。
 Qfwfq老人が宇宙につけた「しるし」をめぐるナンセンスな考察が楽しい『宇宙にしるしを』。道具どころか線も点も存在しない宇宙でQfwfq老人がつける「しるし」の描写は、まさに文章のアクロバット。
 空気がまだ存在しない時代、音も色も何もない世界でのQfwfq老人の恋物語『無色の時代』。原子でビー玉遊びをする宇宙的スケールのゲームの話『終わりのないゲーム』。宇宙の存在について賭をする話『いくら賭ける?』
 『光と年月』は、一億光年以上先の星から見えるプラカードをめぐって展開するナンセンスストーリー。億年単位の気の遠くなるほどのコミュニケーションについてめぐらす、Qfwfq老人の考察は、ある種形而上学的なレベルにまで昇華しています。
 米川良夫の翻訳も、軽妙な老人の語りをうまく訳しており、素晴らしい作品集となっています。ちなみに本書の続編ともいうべき『柔らかい月』(脇功訳 河出文庫)という作品集もあるのですが、こちらは米川良夫に比べて、圧倒的に訳が堅いので、あまりオススメできません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

何かこの話、どこかの書評かエッセイで取り上げられていたなーと、先ほどまでいろいろ調べまくっておりました(笑)。で、やっと筒井康隆の「みだれうち讀書ノート」だったことがわかってほっとしております。
イタロ・カルヴィーノには他にも、生涯を木に登ったままですごした少年の話の「木のぼり男爵」というのが面白そうですね。澁澤龍彦がカルヴィーノの大ファンだったらしいという話からも興味をそそられます。
【2006/05/17 22:50】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]


 確かに,米川良夫氏の訳の方が,こなれていて,Qfwfq老人の雰囲気をよく表していますねえ。
 「月の距離」が一番好きですが,「水に生きる叔父」も面白い。
 古臭い罰当たりな言葉を吐きながらも,憎みきれない叔父さんが,口にミミズを山ほど咥えて顔を出すところは最高です。
 「恐龍族」も好きですが,こう並べてみると,自分ながら,SF好きといいながら,どちらかといえば,ファンタジー系だなという気が,しますね。
 結構,好みが分かれるかもしれません。
【2006/05/17 23:28】 URL | おおぎょるたこ #- [ 編集]

いいですよ
おお、『みだれうち讀書ノート』でも触れてましたか。筒井康隆は昔から、マイナーな海外作品にもちゃんと目を通していて、偉いですよね。カルヴィーノと同じイタリアの作家ディーノ・ブッツァーティの単行本がいくつか出たのも、筒井康隆が褒めたせいだと、聞いたことがあります。
ところで、カルヴィーノは、物語性の強い娯楽的な作品と、そうでない思弁的な作品との差が激しいです。ただ、かなり知的な作家であることは間違いないですね。澁澤が好んだのもむべなるかな、というところです。
そういうわけで、カルヴィーノの作品は、いちがいにススメにくいのですが〈我らが祖先〉三部作、『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』『不在の騎士』は、エンタテインメントとしても一級で、単純に物語としても楽しめます。とくにカルヴィーノの作品中で一番面白い作品といえば、間違いなく『木のぼり男爵』でしょう。『木のぼり男爵』がつまらなかったら、カルヴィーノは合わないと思った方がいいくらい、面白いのでオススメしておきますよ。
【2006/05/17 23:38】 URL | kazuou #- [ 編集]

>おおぎょるたこさん
『水に生きる叔父』も面白いですね。よくこんな話を思いつくなあと、感心しました。
どれも気に入りましたが、やっぱり一番は『月の距離』ですね。あとよかったのは『光と年月』『宇宙にしるしを』あたりでしょうか。
実は、ずいぶん昔にこの本を読もうとしたことがありました。冒頭の科学用語に恐れをなしてしまって、やめてしまっていたんですけど、失敗でしたね。最近通読してみて、その素晴らしさに驚いています。SFの衣をまとってはいるものの、本質的にはファンタジーですね。『月の距離』なんかは、その最たるものでしょう。
【2006/05/17 23:47】 URL | kazuou #- [ 編集]


わー、やっぱり面白そうですね。
次のepi文庫は何にしようかなと思ってたんですけど、これにしてみようかな。
と言いつつ、「まっぷたつの子爵も「木のぼり男爵」もまだ読んでないんですが…(^^ゞ
ま、ぼちぼちと読んでいきます。
【2006/05/18 08:51】 URL | 四季 #Mo0CQuQg [ 編集]

>四季さん
これはもう絶対オススメです!
一見とっつきにくそうですが、ちょっと読み進みれば、すぐ面白くなります。何より翻訳が素晴らしい! 語り口が非常に楽しいので、思ったよりサクサクと読めました。
感じとしては、ジョン・ガードナーの『光のかけら』とか、リチャード・ヒューズ『クモの宮殿』なんかのナンセンス童話に近い味ですよ。
【2006/05/18 09:16】 URL | kazuou #- [ 編集]

読みました!
TBも送らせていただきましたー。
いや、もうすごい話ですね。ものすごく壮大な割に妙に細かい部分とかあって、ユーモアもたっぷりで可笑しかったです。
「最もとっつきやすいファンタジー」の「月の距離」に惹かれる私は、やっぱりSFよりもファンタジーなのでしょう。月に乗り移る場面も、月のミルクの描写も素敵でした~。kazuouさんが稲垣足穂を引き合いに出してらっしゃるのを拝見して納得です。
次に好きなのは、「無色の時代」かな。…やっぱりファンタジー系ですかね。(笑)
【2006/05/22 16:14】 URL | 四季 #Mo0CQuQg [ 編集]

ファンタジー系
やっぱり四季さんは『月の距離』が気に入られましたか。そうですね、僕も『月の距離』が一番好きです。カルヴィーノはけっこう理屈っぽい作品が多いので、ファンタジー色が強いこの作品がやっぱりとっつきやすいですよね。もっとこのタイプのファンタジーを増やしてくれてもよかったような気がします。
【2006/05/22 17:42】 URL | kazuou #- [ 編集]


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月の距離~イタロ・カルヴィーノ①

かつて,月は地球のたいへん近くにあった。一番,近づくとき,真下まで舟を漕いでいって,脚立をたててのぼるだけで,月にあがることができたのだ。 わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?【2006/05/17 23:19】

「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ

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木のぼり男爵

『木のぼり男爵』"Il Barone Rampante"イタロ・カルヴィーノ , 1957木のぼり男爵とある男爵家の長子コジモは、12歳のある日、キッカイな料理づくりに命をかける、在家の尼の姉バティスタが作った料理を拒否して、木に登った。以来彼は、恋も冒険も革命も、そのす psblog【2006/06/10 14:17】

1923年10月15日 - 1985年9月19日)は、イタリア文学の小説家、SF作家、幻想文学作家、児童文学作家、文学者、評論家。20世紀イタリアの国民的作家とされる。.wikilis{font-size:10px;co 小説耽読倶楽部【2007/11/08 18:24】

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Author:kazuou
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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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