ずっとあなたを待ってるわ オードリー・ニッフェネガー『きみがぼくを見つけた日』
4270100397きみがぼくを見つけた日 上巻
オードリー・ニッフェネガー 羽田 詩津子
ランダムハウス講談社 2006-05-01

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 恋愛に困難はつきものです。困難であればあるほど、恋人たちの感情も燃え上がる…。しかしこの物語ほど、困難な障害は、いまだかってあったでしょうか?
 オードリー・ニッフェネガー『きみがぼくを見つけた日』(羽田詩津子訳 ランダムハウス講談社文庫 旧題『タイムトラベラーズ・ワイフ』)は、なんとタイムトラベルを恋愛の障害として使ってしまったユニークな恋愛小説。
 6歳になる良家の娘クレアは、自宅近くの草地で、タイムトラベラーを名乗る36歳の奇妙な男ヘンリーと出会います。裸の男に不審を抱いたクレアは、男の言葉を信じませんが、目の前でヘンリーが消えるのを見て、彼を信じはじめます。
 その後も不定期に現れるヘンリーに対し、クレアは次第に恋心を募らせてゆきます。しかしクレアは不思議なことに気づきます。毎回現れる彼の年齢は異なるように見えるのです!
 タイムトラベルといっても、ヘンリーのそれは、自分の意志で全く制御できないものでした。彼は「時間の流浪者」だったのです。ストレスがたまると、自分の意志とは無関係に、他の時間、他の場所へと飛んでしまう。物質的なものは何一つ持ってゆくことができない。それゆえ、タイムトラベルの直後にするべきことは、まずは服の調達なのです。ヘンリーは自嘲しながら語ります。

 勉強していないテストを受けなくてはならないうえ、服をまったく着ていないことに突然気づく。まさにそんな悪夢の中にいる感じだ。おまけに財布は自宅に忘れてきてしまっている。

 しかも、どの時代、どの場所にたどりついたかは全く予測できず、その場所にどのくらいの間、滞在することになるかも全くわからないのです。時代もたいがいは過去ですが、まれに未来に行くこともある始末。そのためにスリや窃盗など、ある程度の犯罪も犯さざるを得ないのです。
 クレアが年頃になるにつれて、ヘンリーの出現の間隔は、だんだんと長くなり、ついには数年間会えなくなることになります。ヘンリーは、いずれ同じ時間でクレアと出会うことになると言い添えて、姿を消します。
 そして現在、20歳になったクレアは、図書館司書をしている28歳のヘンリーと再会を果たします。とはいっても、その時点では、ヘンリーには、クレアに対する面識はまったくありません。何しろヘンリーがクレアと会うのは、彼が36歳になった未来なのですから。

 「あなたにとっては、まだ何も起きていないことなんだけど、あたしの方は、ええ、長いあいだあなたを知ってるのよ」

 クレアが自分の事情を理解してくれていることを知ったヘンリーは、やがてクレアと改めて恋に落ちます。そして二人は結婚するのですが、結婚後も事情は変わりません。相変わらず、ストレスがたまると現在から消えてしまうヘンリーを、クレアはただ待ち続けるしかないのです。
 遺伝学者ケンドリックの助けを得て、ヘンリーは自分の病気を治療しようと試みます。研究の結果、遺伝子の問題は究明されるのですが、ヘンリーの根本的な治療は不可能であることが判明します。しかもヘンリーの遺伝子的な問題のために、クレアは流産を繰り返してしまうのです…。
 ヘンリーとクレアの結婚生活の行方は…? そして二人の子供は無事に誕生するのでしょうか?
 タイムトラベルを「能力」ではなく「病気」として捉えているところが実にユニークです。クレアとの穏やかな生活を望むヘンリーにとって、それはまさしく「障害」でしかありません。不定期に消えてしまう夫を待ち続ける、クレアの忍耐力も想像を絶するものですが、強制的にサバイバルを強いられるヘンリーの生活もまた、ストレスの連続です。
 子供のころからタイムトラベルを繰り返し、生きのびるために服や食物の調達方法を覚えてゆくヘンリー。そのサバイバルのための方法を教えてくれるものは誰もいません。自分以外は…。

 「ぼくとそっくりだ」幼いぼくは驚いたようにいう。「どうしてできたの?」
 「きみと同じだ。同じものなんだ。ぼくたちは同一人物なんだよ」

 
 そう、ヘンリーにそうした生存術を教えるのは、さらに大人になったヘンリーなのです。
 さらに、日常においてもストレスがタイムトラベルの引き金になるため、めったなことはできません。例えば、テレビを見るとタイムトラベルを引き起こしがちなため、ヘンリーはテレビを見れないのです。
 また結婚式のストレスに耐えきれなくなったヘンリーが消えてしまい、他の時代からきた年上のヘンリーが、代わりに式に参加するなどという場面も。
 このあたり、タイム・パラドックスの処理も実にうまくできています。ただ、パラドックスといっても現実に矛盾が起こるわけではありません。株や宝くじで儲けるという場面もあるものの、基本的には歴史は変えられない、というスタンスをとっているのです。宝くじを当てたとしても、それは本来の歴史に組み込まれていたものであって、当たるべくして当たったという解釈がなされます。
 それゆえ、未来をかいま見たことで知った自分の死を、変え得ないと知ったヘンリーは、自らの死期を悟りつつ不安な日々を送り続けるのです。そして、口にこそ出さないものの、それを感じ取るクレア。このあたりの二人の気持ちの切なさは比類がありません。運命は絶対変えられない。そうは信じつつも二人は、互いの愛を貫きます。この不屈の愛情が、この物語に魅力を与えている一つの要因でしょう。
 タイムトラベルを扱っているだけに、小説の形式も独特なものになっています。ヘンリーとクレアの一人称が交互に繰り返されるのですが、それぞれのパートに、年月日とそのときの二人の相対的な年齢が示されるのです。ヘンリーが年上のこともあれば、クレアが年上のこともある、と日付の部分だけでも実にファンタスティック! 複雑ではありますが混乱はしないように書かれています。
 そしてSF的な趣向以上に、この物語の魅力は、主人公二人の人物にあるように思います。互いに心底から愛し合っていながら、ひっきりなしに引き離される二人の心情が、説得力をもって描かれているのです。始まりから、障害を運命づけられた困難な愛。結婚した後も流産など、困難がいくつも立ちはだかるのですが、基本的な二人の思いはずっと変わりません。
 クレアのそばにずっといたいと考えながらも、思うにまかせず、別の場所に連れ去られてしまうヘンリー。

 彼女のいない場所には、彼女のいない時代には行きたくない。それでも、やはりわたしはいつも時のかなたに消えてしまい、彼女は追ってこられないのだ。

 クレアもまた同じ思いで彼を待ちつづけます。

 わたしはひたすら彼を待っている。待っている一秒は、一年にも永遠にも感じられる。一瞬一瞬は緩慢で、ガラスのように透明だ。

 主人公二人以外の登場人物もそれぞれ、しっかりした描写がなされていて好感が持てます。ヘンリーと別れ自暴自棄になるイングリッド、クレアを想い続ける夫婦の友人ゴメス、自分の殻に閉じこもったヘンリーの父親リチャード、情緒不安定なクレアの母親ルシールなど、どの人物も繊細かつ個性的に描かれています。
 やがて自分の死期を知ったヘンリーは、クレアに手紙を残します。自分の死後にも再び会えるということを書き残して。そして、数十年間もじっと待ち続けるクレア…。
 変えられない運命、だけど変えたくない運命。避けられない悲劇に向かって進んでゆく物語に、あなたは涙をおさえることができないはず。
 恋愛の障害として「時間」を持ち出した物語は、前例がなくもないのですが、この物語ほど哀切なストーリーを紡ぎ出した例を知りません。あらゆる障害をものともしない、時空を越えた愛。まさに、究極のラブストーリーといえるでしょう。ロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』やロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』に涙した方はぜひ。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

私は今読んでいる最中なんですが、kazuouさんも読まれたのですね。
文庫化されたら読もうと思っていたのですが、予想外に早い文庫化と改題のおかげであやうく見過ごす所でしたよ。
【2006/05/15 14:46】 URL | Takeman #- [ 編集]

改題
僕も実際に手に取るまで、違う作品だと思ってました。改題の意図がよくわかりませんね。ハードカバーを持ってる人も、間違えて買っちゃいそうな感じです。それにしても、装丁も題名もハードカバー版の方がよかったような気が…。
内容の方は非常に満足のゆく出来でした。今まで読んだ〈タイムトラベル・ロマンス〉のなかでは一番かもしれません。
【2006/05/15 16:44】 URL | kazuou #- [ 編集]


読んでみよう。
【2008/08/10 23:16】 URL | hitosi #mQop/nM. [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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