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海外長篇ホラー小説を読む

愛人関係
リチャード・マシスン『愛人関係』(久保沢忠晃訳 平安書店)

 離婚歴のある魅力的な女性ペギーに惹かれたデイヴィッドは、彼女と結婚しようと考えますが、彼女には既にパトロンがいました。しかも、彼女は離婚したのではなく、夫を殺害したというのです…。

 マシスン初期のノワール作品の一つです。少しエキセントリックながらも魅力的なペギーが、性的なトラウマを持っており、精神的にバランスを崩していることが判明していきます。やがて彼女に言い寄った男や周辺の人間が次々と殺害されます。彼女を愛する主人公は、犯人は彼女のパトロンではないかと疑います。
 次々と嘘をつき意見を翻すペギーに、彼女を愛する主人公も疑問を抱くようになっていくのが読みどころです。彼女のパトロンであり主人公の旧友でもある人物が主要な登場人物として登場しますが、この男も嘘を繰り返すので、真実がだんだんとぼやけていくのです。
 奇矯な登場人物たち、不安定な人間関係、結末はなかなか衝撃的で、今読んでも充分に面白いサイコ・スリラーだと思います。



奇術師の密室 (扶桑社ミステリー)
リチャード・マシスン『奇術師の密室』(本間有訳 扶桑社ミステリー)

 奇術師が、不倫をしている妻とマネージャーへの復讐のために大掛かりな奇術を仕掛けるというサスペンス・ホラーです。植物状態になった奇術師の父親が語り手をつとめるという、凝った構成になっています。
 全編どんでん返しの嵐です。主人公や復讐相手が死んだと思ったら死んでなかったり、ある人物がその人物当人でなかったり、真実が何度も逆転していきます。余りにひっくり返しが多いので、結末がどうなってもあまり驚かないという弱点はありますが、エンタメとしては素晴らしい作品だと思います。
 警官の前で、奇術師が奇術を行ったりと芝居臭い場面もあるのですが、それさえも後半の伏線になっているのが凄いです。登場人物は数人、舞台も密室劇といっていいのですが、植物状態の父親が語り手=観客になっていて、作品全体が壮大な「イリュージョン」になっているのには感心しました。



アースバウンド ―地縛霊― (ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『アースバウンド ―地縛霊―』(尾之上浩司訳 ハヤカワ文庫NV)

 夫の不倫のために壊れかかった夫婦関係を修復しようと、かつてハネムーンで訪れたローガンビーチに別荘を借りたクーパー夫妻。しかし、妻のエレンはその家に異様なものを感じていました。。夫のデイヴィッドは、エレンの外出中に突然訪ねて来た美女マリアンナと知り合いになりますが、彼女は露骨な誘惑をデイヴィッドに対して仕掛けてきます…。

 エロティックな要素の濃いゴースト・ストーリーなのですが、それがただの味付けではなくて、テーマにしっかり結びついています。表面上は異なって見えますが、同じくマシスンの代表的な長篇『地獄の家』と通底する要素もあります。読み終わって思い返すと評価の上がるタイプの作品ですね。



闇の王国 (ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『闇の王国』(尾之上浩司訳 ハヤカワ文庫NV)

 戦友の言葉に導かれ、彼の故郷に足を踏み入れた語り手が出会ったのは、妖精と魔法の世界でした…。
 マシスンの自伝的な要素の濃いダークファンタジーです。魔女や魔法、妖精などファンタジー要素が多く登場しますが、それらが妙に「肉体的」に現れるという、これまた官能的要素が強い作品です。



縮みゆく男 (扶桑社ミステリー)
リチャード・マシスン『縮みゆく男』(本間有訳 扶桑社ミステリー)

 体に浴びたスコールと殺虫剤の影響で、成人男性スコット・ケアリーは体が1日に1/8インチずつ縮んでいくという不思議な現象に見舞われます。やがては妻や娘との間にも溝ができていきます。ひょんなことから家の外に出されてしまったスコットは、地下室に潜り込み、生きるために過酷な活動を始めることになりますが…。

 縮んでしまった男の物理的な困難だけでなく、それ以上に精神的な困難が描かれます。小さくなることによって妻や娘との間に心理的な距離を感じるようになっていくのです。特に幼い娘は、体が小さくなった主人公を父親と見なさなくなるなど、人間として、男として、尊厳が損なわれていく過程が細かく描かれていくのが読みどころ。読んでいてつらい部分もありますが、それらの描写があるがゆえに、結末が輝いているといえる面もありますね。

 映画版(1957年 アメリカ ジャック・アーノルド監督)もあり、こちらも傑作です。映画版では、小さくなることの葛藤や孤独感よりも、どちらかと言うと物理的に小さくなってしまった後のサバイバルに重点が置かれている感じです。1950年代の映画なので、特撮は多少粗いのですが、それを差し引いても、非常に面白い作品です。
 地下室に潜んでいるクモとの戦いは手に汗握りますが、圧巻はなんといっても、はるか上の棚の上にある食料を手にするために、針や糸、マッチなど周りの道具をさまざまに工夫して棚を登っていく部分。棚を登るだけで、こんなにサスペンスが生まれるとは驚きです。



ブラジルから来た少年 (ハヤカワ文庫 NV 286)
アイラ・レヴィン『ブラジルから来た少年』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)

 南米に隠れ住むナチスの残党たちが密かに会合を開きます。悪魔的な頭脳の持ち主メンゲレ博士は、彼らにある指令を与えます。その内容は、二年間の間に、世界中に散らばる65歳の男94人を殺すこと。しかも殺す日付は限定されており、ターゲットの家族を巻き込んではいけないというのです。
 ナチスの戦犯を追い続けるユダヤ人組織の長リーベルマンは、メンゲレの計画を偶然知り、その真意を調べようとしますが…。

 ナチスの残党たちが進める謎の大量殺人計画。計画の全容は、メンゲレの部下たちにも知らされないまま、殺害計画はどんどんと実行されていきます。この何が起きているのかわからないが壮大な計画が動いている…という流れには、ワクワク感が充満していて楽しいですね。
 後半には、宿敵同士ともいえるリーベルマンとメンゲレの直接対決もあり、こちらも目が離せません。

 この作品、いわゆる「トンデモ系」なのですが、作者レヴィンの筆力もあり荒唐無稽さはあまり感じません。
 メインのアイディアを知らずに読むのが一番楽しめると思いますが、映画化作品などの影響もあり、けっこうネタが世間に流布してしまっているのですよね。
 ただ、メインアイディアを差し引いても、実に達者に描かれたサスペンス作品です。僕はメインアイディアを知った状態で読んだのですが、それでも十分に楽しめました。



廃墟ホテル (ランダムハウス講談社文庫)
デイヴィッド・マレル『廃墟ホテル』(山本光伸訳 ランダムハウス講談社文庫)

 新聞記者フランク・バレンジャーは、コンクリン教授の都市探検者グループとともに、閉鎖されたホテルに忍び込みます。そのホテルは、血友病だった大富豪カーライルが自分の城として建てたものでした。一行は、閉鎖されたときのままになっている部屋を発見します。
 驚くべきことに、カーライルは殺人や虐待といった悲劇の跡までもそのままに保存していたのです…。

 廃墟となったホテルを舞台にしたという、魅力的なシチュエーションの物語です。閉鎖されたホテル、異常な嗜好を持つ大富豪、行方不明になった客、突然変異を起こした猫など、前半の雰囲気は非常に魅力的。
 いかにも幽霊でも出そうな超自然的な雰囲気を醸成しておいて、単なるホラーにならないところがまた面白いですね。過去に傷を負った主人公が、一連の出来事を通して過去を乗り越えるという、ある種ステレオタイプな設定ではあるのですが、筆者の筆は達者で後味は悪くありません。
 ちょっと理に落ちすぎるところもあり、怪奇幻想ものとしてはその辺が少々物足りないのですが、作品前半の廃墟ホテルの雰囲気は素晴らしいです。


キングズリイ・エイミス『グリーン・マン』(ハヤカワノヴェルズ)

 イングランドの片田舎で旅館を営む初老の男モーリスは、たびたび幽霊らしき女や不思議な幻覚を見るようになります。17世紀にその場所では、アンダーヒル博士なる人物が不道徳な行為に耽り、妻を殺したという伝説がありました。
 アンダーヒル博士の生涯に関心を持ったモーリスは、彼の書簡が保管されているというケンブリッジに向かいますが…。

 1969年発表の恐怖小説です。「恐怖小説」とはいうものの、全体に冗談なのか真面目なのかわからない展開と描写の多い作品で、パロディ風怪奇小説といった方がいいかもしれません。
 メインのあらすじだけ抜き出すと上記のような話になるのですが、実は話はこうすんなり進みません。主人公モーリスが女狂いの人物で、妻とは別に友人の妻と浮気をしており、そのあたりの描写がえんえんと続くのです。物語が本格的に動き出すのが、270ページ中、200ページを過ぎたあたりから。
 話が動き出してからの展開は奇想天外で、伝統的な幽霊物語というよりは、ほとんどSFの域に達しています。超自然現象や怪物も登場するのですが、どこか戯画化された風があって、正統派のホラーファンは眉をひそめるかも。ジャンルはともかく「おかしな奇想小説」としてはユニークな作品といえますね。


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モーリス・ポンス『マドモワゼルB』(早川書房 1976年)
 郊外の村に住む作家ポンスの周りで、事故死や自殺などの事件が相次ぎます。死者たちに共通していたのは、謎の女性マドモワゼルBとの関わりでした。彼女は一体何者なのか?

 曖昧さを極限まで突き詰めたような恐怖小説です。最後まで、事件とマドモワゼルBとの明確な因果関係ははっきりしません。彼女が何者なのかはわからず、最後にはその存在さえ曖昧になっていくのです。幽霊なのか、精神的な吸血鬼なのか? じっくり読まないと、何が起こっているかすら曖昧になっていくという、朦朧とした幻想小説でした。

 作家の小泉喜美子はこの作品が好きだったらしく、エッセイ「ミステリーひねくれベスト10」『殺さずにはいられない』中公文庫 収録)でも取り上げられています。
 小泉喜美子はこの作品を「吸血鬼もの」として読んでいるみたいですね。そういえば、小泉喜美子の吸血鬼もの長篇『血の季節』(最近復刊されてますね)って、『マドモワゼルB』に雰囲気が似ているような気がします。もしかして影響関係があるのかもしれません。

 『マドモワゼルB』、もやもやした話なので、他の人の解釈が知りたいと思って調べてみました。マルセル・シュネデール『フランス幻想文学史』に、モーリス・ポンスの項目があって、わずかな分量ですが該当作品も取り上げられていました。やっぱり「吸血鬼」テーマと見なされているみたいです。
 『フランス幻想文学史』には、ポンスの他の作品もいくつか紹介されていますが、いちばん気になるのが『ローザ』という作品。シュネデールの紹介文を引用してみましょう。
「豊満で気前のいいアルザス女のローザは、将校だろうと兵卒だろうと、彼女と夜を共にする軍人を消滅させてしまうという奇異な能力を持っている。ただし誰彼の見境なく全員を消すというのではなく、ただ不幸な人間だけである。」すごくファンタスティックな話みたいですね。これは読んでみたいです。



人形の目 (ハヤカワ文庫NV)
バリ・ウッド『人形の目』(伏見威蕃訳 ハヤカワ文庫NV)

 ある人間の体や持ち物に触れるだけで、その人間の過去や未来を透視することのできる能力を持つ女性イヴ。この能力は、一族の女性に伝わっていましたが、イヴの母親や祖母を始め、能力者の女性たちは不幸な生涯を送っていました。
 イヴの夫もまた、イヴの能力が引き起こす結果に耐えきれず、行方をくらましていました。夫の行方を知ったイヴは、彼の別宅を訪れますが、そこでふと触れたブランコから殺人現場を透視してしまいます。犯人は女性のみを狙った猟奇的な殺人を繰り返していたのです。
 警察に通報したものの、成り行きから自らの能力を示したイヴは、刑事から協力を要請されます。しかしそれがきっかけとなり、犯人から狙われることになってしまいます…。

 超能力を持つ女性を主人公にしたサイコ・サスペンス小説です。その能力とは、体や持ち物に触ると、その人間の過去や未来を透視できるという、いわゆる「サイコメトリー」能力。この能力がかなりすごくて、見えるのは単なる情景ではなく、その人物の履歴やその時の心情までわかってしまいます。
 また未来に関しても、何が起きるか明確にわかるという、ほぼ予知といっていい能力なのです。超能力を多用すれば、事態をどんどん打開できそうに見えますが、イヴはあえて能力を使おうとはしません。
 過去にその能力ゆえに母親や祖母が不幸になっているのを見たり、自らも人間関係に軋轢をきたしているという経験から、極力、能力を使わないのです。それもあって、イヴはまんまと犯人に追い詰められてしまいます…。

 犯人に関しては、序盤で正体が明かされてしまうので、犯人探しの楽しみはありませんが、この犯人の心理描写はなかなか読み応えがあります。何をやっても感情が動かないため、自らの感情を確かめるために殺人を繰り返しているのです。
 自らの生い立ちに何か原因があるのではないかと疑う犯人は、イヴの能力を利用して、自分の過去を探らせようと考えます。

 主人公のパート、犯人のパート、捜査を続ける刑事のパートが交互に描かれ、場面転換もスピーディなので、なかなか飽きさせません。
 終盤では、殺人者の生い立ちの秘密も明かされるなど、主人公側・犯人側ともに読み所があります。サスペンス・ホラーの秀作といえますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こちらでは初めまして、ツイッターではお世話になっております。

 マシスンの邦訳長編はほぼ全て読んでいるのですが『愛人関係』のみ未読で、このレビューでますます読みたくなってしまいました。久しぶりに古書店巡りをしようかな〜と思っております。
 アイラ・レヴィンも未読ですし、グリーンマンも面白そう・・・読みたい本がますます増えてしまいました。
【2019/03/30 09:20】 URL | つるら #- [ 編集]

>つるらさん
つるらさん、こんにちは。
マシスン作品はどれも面白いですが、『愛人関係』も秀作だと思います。あまり見ない本ですが、古書価はそれほどではないようなので、入手難易度はそれほど高くないと思います。

古い(といっても1960~1970年代ぐらいでしょうか)の怪奇・ホラー小説は、現代のものより夾雑物が少なくて読みやすいものが多いです。
【2019/03/30 10:03】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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