吸うか吸われるか -吸血鬼文学逍遙-
吸血鬼ドラキュラ ドラキュラの客 吸血鬼 怪奇小説傑作集 4 (4) きみの血を 10月はたそがれの国 ヴァンパイア・コレクション

 みなさんは〈吸血鬼〉という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか?
 やっぱりドラキュラでしょうか。映画によるイメージが先行している感じがしますね。もっぱら貴族的なイメージが強いのではないでしょうか。〈吸血鬼〉を題材にした小説作品には、そんな貴族的なものとは全く異なったタイプの作品も数多くあります。そうした〈吸血鬼〉文学をいくつか紹介していきましょう。
 まずトップバッターは、大御所ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)。トランシルヴァニアからロンドンに来襲したドラキュラと、それを迎え撃つヴァン・ヘルシング教授とその一行の戦いを描くアクション小説。そうアクション小説! これ今でいうと、いわゆる〈モダンホラー〉の範疇に入るようなエンタテインメントなんですよね。古色蒼然とした怪奇小説を思い浮かべると、いい意味で裏切られます。今読んでもとびきり面白い作品です。
 ちなみに『吸血鬼ドラキュラ』に本来入るはずだったエピソードを独立させた『ドラキュラの客』(桂千穂訳『ドラキュラの客』収録 国書刊行会)という短篇もあります。
 J・S・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)は、どこかレズビアンじみた女吸血鬼カーミラを描く作品。官能的・耽美的な作品です。かなり古色ゆかしい品のよい作品。
 ジョン・ポリドリ『吸血鬼』(須永朝彦編 『書物の王国 吸血鬼』収録 国書刊行会)は、バイロンをモデルにした吸血鬼ルスヴン卿が登場する作品。バイロンをモデルにしているだけあって貴族的ではあるのですが、この吸血鬼かなり凶暴なのが目を惹きます。メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(創元推理文庫)と同じ場所で生まれたという逸話がある、近代の吸血鬼小説の嚆矢ともいうべき作品。
 ポリドリの影響を受けたというシャルル・ノディエ『スマラ』(篠田知和基編訳『ノディエ幻想短編集』収録 岩波文庫)は、夢魔を描く吸血鬼小説。小説と言うよりは、悪夢めいた情景を描く散文詩といった方が近い感じです。
 テオフィル・ゴーチェ『死女の恋』(澁澤龍彦編『怪奇小説傑作集4』収録 創元推理文庫)に登場する女吸血鬼は、実にユニーク。女吸血鬼に取り憑かれた、純情な僧侶見習いの青年の結末は…。吸血鬼文学史上もっとも可憐で優しい吸血鬼を描いた一編です。
 H・H・エーヴェルス『吸血鬼』(前川道介訳 創土社)は、吸血鬼そのものが登場するわけではなく、普通の人間の吸血行為が病気の一種として捉えられています。おそらく精神分析的な象徴なのでしょうが、延々と心理描写が続くため、かなり退屈な作品になってしまっています。
 同じく象徴的な吸血行為を描いた作品として、シオドア・スタージョン『きみの血を』(山本光伸訳 ハヤカワ文庫NV)があります。エーヴェルスと同じようなテーマを扱ってはいますが、エンタテインメント性もそれなりにあります。描写にも迫真性が感じられ、エーヴェルスの作品よりはずっと読みやすいでしょう。
 厳密に言うと吸血鬼ではないのですが、精神的な吸血鬼として考えるとニコライ・ゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』(原卓也訳 怪奇小説傑作集5 創元推理文庫)もこのテーマに含められるでしょう。青年僧が死んだ娘の供養を頼まれたことから、娘の霊をはじめとして怪物たちに襲われる物語。化け物どもに囲まれる後半の展開はものすごい迫力ですが、どこかユーモラスな味付けもある傑作。
 A・K・トルストイ 『吸血鬼の家族』(川端香男里編『ロシア神秘小説集』収録 国書刊行会) は、土俗のスラヴ的な吸血鬼を描いている点で、珍重すべき一作。主人公が吸血鬼たちに追跡される、後半の怒濤の展開の戦慄度は比類がありません。
 レイ・ブラッドベリ『二階の下宿人』(宇野利泰訳『10月はたそがれの国』収録 創元SF文庫)では、吸血鬼が、現代に一見普通の下宿人として現れます。彼の正体を察知した少年との戦いを描く小品。
 スティーヴン・キング『呪われた町』(永井淳訳 集英社文庫)は、現代アメリカに吸血鬼を登場させてしまった力業の作品。パロディ気味になりがちな現代吸血鬼小説の中にあって、シリアスかつ圧倒的な迫力を持つ一編。現代の吸血鬼ものでは、まちがいなく一番に推すべき作品です。
 同じくスティーヴン・キング『ナイト・フライヤー』(ダグラス・E・ウィンター編『ナイト・フライヤー』収録 新潮文庫)に登場する吸血鬼は、なんとセスナを乗り回し、小さな飛行場に夜間着陸しては殺戮を繰り返すという斬新な設定。彼を追いかける新聞記者の運命は…? 犯人が人間なのか本物の吸血鬼なのかが判然としない展開は、予断を許しません。
 リチャード・マシスン『地球最後の男』(田中小実昌訳 ハヤカワ文庫NV)は、吸血ウィルスの蔓延によって世界中の人間が吸血鬼になってしまった世界が舞台。あくまで人間として孤独な戦いを続ける主人公を描く作品。結末では、思いもかけないセンス・オブ・ワンダーも味わえる傑作です。
 同じくリチャード・マシスン『血の末裔』(須永朝彦編『書物の王国 吸血鬼』収録 国書刊行会)は、吸血鬼に憧れる奇怪な少年を描く作品。動物園の吸血コウモリがドラキュラの化身だと信じ込んだ彼は、自らの血を吸わせようとするのですが…。異常心理小説かと思わせておいて、結末であっと言わせます。
 ヴァン・ヴォークト『避難所』(『時間と空間のかなたに』収録 創元SF文庫)は、吸血鬼にSF的な解釈をほどこした作品。吸血鬼は精神的な超能力を持つ種族だったという、ヴァン・ヴォークト独特のはったりの利いたストーリーが楽しめます。
 ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァー・ドリーム』(増田まもる訳 創元推理文庫)は、なんと吸血鬼と人間との友情を描く異色の作品。吸血鬼小説であると同時に友情小説・冒険小説でもある、ユニークな作品です。
 デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』(渋谷比佐子訳 扶桑社ミステリー)は、自分が吸血鬼だと思いこんだ男が殺人を繰り返すというサイコ・スリラー。生々しさというか、生理的な気色悪さでは飛び抜けた作品です。
 現代の吸血鬼小説では、超人的な吸血鬼像よりは、人間的な悩みを持つ等身大の存在として描かれることが多いようです。アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』(田村隆一訳 ハヤカワ文庫NV)やホイットリー・ストリーバー『ラスト・ヴァンパイア』(山田順子訳 新潮文庫)なども、そのたぐいの作品でしょう。
 吸血鬼を扱ったアンソロジーもいくつか紹介しておきましょう。
 種村季弘編『ドラキュラ・ドラキュラ』(河出文庫)。収録作品は、時代は古く文学よりのものが多いです。ポリドリ、メリメ、ホフマン、ヴェルヌ、シュオッブなど。編者好みのパロディじみた作品もいくつか収録されています。
 マイケル・パリー編『ドラキュラのライヴァルたち』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)は、古典からモダンホラーまでバランスのとれた編集。ロバート・ブロック、ジャン・レイ、M・R・ジェイムズ、ラムジー・キャンベルなど。
 ピーター・ヘイニング編『ヴァンパイア・コレクション』(風間賢二訳 角川文庫)は、いわゆる名作を外しマイナー作品を集めた貴重なアンソロジー。ブラッドベリやスタージョンに混じって、アレクサンドル・デュマやホーソーンの息子ジュリアン・ホーソーンの珍しい作品が読めるのが嬉しいところ。
 仁賀克雄編『吸血鬼伝説』(原書房)は、アメリカの1950年代の作品を中心に編まれた作品集。マシスン、ブロック、ハミルトン、ボーモント、ダーレス、カットナーなどウィアード・テイルズ系の異色作家が中心になっています。起承転結のはっきりしたストーリーが多く、エンタテインメント性が非常に高し。
 『死の姉妹』(マーティン・H. グリーンバーグ・バーバラ ハムリー編 扶桑社ミステリー)は、書き下ろしながら、全体的にレベルの高いアンソロジー。北欧を舞台にするなど斬新な設定の作品が多いです。
 〈吸血鬼〉をテーマにした作品は、それこそ数え切れないほどありますので、とりあえずこの辺で筆をおきましょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
スゴイ!
kazuouさまは、翻訳小説にお詳しいと思ってはいましたが、この情報量には感服いたしました。
ゴーゴリは読みたいです。
私は「ドラキュラ」を水声社版で読みましたけれど、その中で平井氏版はホラーとしての演出がなされていて、原本に比べると多少印象が異なる、というようなことが書かれていました。
先日、小泉八雲の平井氏版を読んでみましたが、訳文にそれほどの違いが無いにもかかわらず、ホラー色が濃くなっているという印象を受けました。
良し悪しは別にして、そういう翻訳の違いというのも面白いですね。
【2006/05/10 09:08】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]

平井呈一訳
日本ものも入れようかと思ったのですが、数がありすぎて収拾がつかなくなりそうなので割愛しました。他のテーマを書くとき、欧米ものだけで数が足りないときは、日本ものも入れようかと思ってます。
なるほど、平井版はホラー味が強くなってるんですか。『ドラキュラ』は他の訳を読んでいないので、気づきませんでした。いろんな翻訳を比べるのも面白いですね。
もともと平井呈一は、怪談好きの人ですし。あと、この人しゃれっ気がありすぎるというか、ときどきものすごい翻訳をしてますね。完全文語体訳のホレス・ウォルポール『おとらんと城奇譚』とか、主人公ドルリー・レーンが「あたしがねえ」とか江戸っ子口調で話す、おかしな『Yの悲劇』とか、面白い翻訳がいっぱいあります。
【2006/05/10 09:58】 URL | kazuou #- [ 編集]

面白い翻訳といえば
「ゴシック名訳集成西洋伝奇物語」は面白そう。
読んだことある?
読みたいと思っていながらずっと忘れ去られていた本をさっき思い出しました。
【2006/05/10 15:30】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]

残念ながら
未読です。内容が読んだことのあるものばっかりだったので、スルーしました。
ただエドモンド・ドウニイ『怪の物』 という作品は気にならないでもないんですが。あと、基本的に文語体に弱い柔弱な読者なので、どうも読む気が…。日夏耿之介とかの文体は、ちょっときつい…。
ちなみに、くろにゃんこさんは、ゴシック小説なんかお好きなのですか?
【2006/05/10 18:47】 URL | kazuou #- [ 編集]


キング初心者なもので『呪われた町』を最近読みました。
使い古された題材なのに描ききってしまう、キングのあの力量には
感心しました。
それにしてもすごい読書量ですね!
【2006/05/10 21:16】 URL | てん一 #- [ 編集]

キング
僕は必ずしもキング礼賛者ではないのですが『呪われた町』は、すごいと思ってます。現代小説で吸血鬼を出す時点で、もうこれは作り話ですよ、っていってるようなものですしね。それにもかかわらずのあの筆力!
いや、大した読書量じゃないですよ。偏ったジャンルを集中的に読んでるので、そう見えるだけで。吸血鬼ものはわりと好きで、集めてたんですよね。
【2006/05/10 21:38】 URL | kazuou #- [ 編集]

キングといえば
長編と比べてしまうので不満を感じることの多いキングの短編の中で珍しく感心した作品として『ナイト・フライヤー』が印象に残っています。
また『避難所』がらみで『時間と空間のかなたに』というアンソロジィが懐かしいですね。本題からずれてしまう感想ですが。
あとコリン・ウィルソンだと『スペース・ヴァンパイア』がありましたね。
【2006/05/10 22:28】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

ナイト・フライヤー
『ナイト・フライヤー』は、『霧』と並んでキングの短篇では好きな作品です。
吸血鬼ものって、吸血鬼がはっきり出てしまうと、けっこう馬鹿らしくなりがちなのですが、その点この作品は、演出が非常に上手くできてると思います。ちなみに、この作品、映画化されたものもあるんですが、意外と佳作でしたよ。
ヴァン・ヴォークトの短篇は今読んでもけっこういけますね。馬鹿らしいんだけど力業でねじふせる…、考えたらキングに似たところがあるかも。
『スペース・ヴァンパイア』もありましたか。キワモノだけど、面白いですね。
【2006/05/10 23:01】 URL | kazuou #- [ 編集]


 キングの「呪われた町」はいいですねえ。きちんと伝統を踏まえたうえで,町に眠る秘密という切り口が新鮮でした。斧をふるう主人公が,根源の“善”の力で,白く輝くシーンなど,とても印象に残っています。
 「吸血鬼伝説」は,確か,コーンブルースの名作を読むためだけに借りた覚えが…。
 「死の姉妹」では,パット・キャディガンの作品が気に入りました。
 あと,新潮文庫のアンソロジー「血も心も」も結構ハイレベルの作品集だと思います。特に,ライバーの「飢えた目の女」が収録されているのがうれしい。
 表紙が安っぽい竹書房文庫の菊地秀行監修の「妖魔の宴―ドラキュラ編①」は,内容はともかく,執筆陣が豪華。ファーマー,ダン・シモンズ,アン・ライス!
 
 
【2006/05/11 00:13】 URL | おおぎょるたこ #- [ 編集]

皆さん、たくさん読んでいますね!
「ナイト・フライヤー」の映画化されたものは私も観ました。
そうそう、佳作でしたね。
「痩せゆく男」もなかなか面白かったです。

ゴシックは好きですよ。
ただ、ゴシックをどう定義するかによるかもしれませんが。
ロマン主義も好きですし。
古城、僧院、修道士などに反応してしまいますね。
ただ、極めるほどは読んでいないというのが事実。
ちなみに、ゴシック・ファッションも大好き。
若くて可愛かったらゴスロリも着てみたい(笑)
【2006/05/11 08:55】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]

>おおぎょるたこさん
やっぱり『呪われた町』は評価が高いですね。初期のキングの作品は、真っ向から超自然に取り組んだ怪奇小説、という感じがして、好感が持てます。
コーンブルース! なかなかマニアックですねえ。僕は『吸血鬼伝説』は、吸血鬼が目当てというよりウィアード・テイルズ系の作品が読みたい、ということで買いました。
『死の姉妹』は、本当に斬新な作品が多くて拾いものでした。個人的にはダイアナ・L・パクスン『吸血獣』がお気に入りです。
『血も心も』のライバーの作品もかなり良かったですね。『妖魔の宴』シリーズは、ものすごい俗悪な表紙だったので、途中までしか読んでなかったりします。内容は水準以上のレベルだったように思うんですが…。
【2006/05/11 09:22】 URL | kazuou #- [ 編集]

>くろにゃんこさん
やっぱりゴシックお好きでしたか。
僕もけっこう好きです。狭義のイギリス・ゴシック小説ですが。ホレス・ウォルポール、レ・ファニュ、M・G・ルイス、ウィルキー・コリンズ、ポーなんかもゴシックの範疇ですかね。でも今読むとゴシック小説は、ストーリー的に冗漫なものが多くてまともに読めないものがあったりするのも事実。
その点、今読んでも面白いのはやっぱりレ・ファニュ、ウィルキー・コリンズあたりですね。この二人はゴシックの雰囲気とストーリーの上手さがうまく咬み合った総合エンタテインメント作家だと思います。
ゴスロリも見ている分にはかわいいですけどね…(笑)。
【2006/05/11 09:31】 URL | kazuou #- [ 編集]


初めまして、「死霊の恋/死女の恋」を検索していて、こちらにたどり着きました。すばらしい記事で、楽しませてもらいました。わたしも翻訳小説のブログを書いているのですが、訳あって開店休業状態、こちらに刺激され、あらためて記事を書きたい意欲にかられました。また、お邪魔します。
【2016/09/01 09:46】 URL | jacksbeans #- [ 編集]

>jacksbeansさん
jacksbeansさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
ブログ拝見しましたが、ユニークなカテゴリ分類ですね!

吸血鬼ものは好きなジャンルで、よく読んでいます。吸血鬼ものも、現代では、いろいろなジャンルに拡散していて、追いかけるのは大変になってしまいました。時折、古典的な吸血鬼小説を読むのも味わいがありますよね。
『死霊の恋』は官能的ながら、品のある筆致で、傑作のひとつだと思います。

【2016/09/01 20:11】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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