幽霊より怖いもの  リチャード・マティスン『渦まく谺』
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 リチャード・マティスン『渦まく谺』(高橋豊訳 ハヤカワSFシリーズ)は、近年ケヴィン・ベーコン主演『エコーズ』というタイトルで映画化された作品。ですが、本書は日本公開時にも復刊されませんでした。まだこのときは、「マシスン」ではなく「マティスン」という表記になってますね。こんなストーリーです。
 トム・ウォレイスは、超自然的な現象を全く信じていませんでした。パーティの余興で、トムは半信半疑で、義理の弟フィルに催眠術をかけられます。目覚めたトムは何も覚えていませんでしたが、それから奇妙なことが起こり始めます。周りの人々の考えていることが何となくわかるようになったのです。周りの夫婦間の不和、色情狂気味の人妻などに、トムは悩まされますが、さらなる怪現象が。自宅で謎の女が、現れるのです。

 そのとき、私はあつと叫んだまま、息をのんだ。体が椅子に釘づけになったように重く、目が大きく開いたまま膠着し、唇だけが狂ったようにわなないた。
 なぜなら、彼女の体を透して、向こうの街灯が見えたからである。


 その姿は妻には見えません。フィルは、合理的に説明できるといいますが、トムには納得が行きません。その後も、妻や息子の危険を感知するなど、不思議な現象が続きます。幽霊と思しい女は、ますます頻繁に現れるようになり、トムを悩ませ続けます。その能力をめぐって、徐々にトムは妻アンとの間の溝を深め始めるのです。そしてアンの母親の死を予知したことから、その断絶は決定的になります。

 「あなた、知ってたのね」と彼女がいった。
私はまるで許しを乞うような恰好に手をあげた。
 「知ってたんだわ」彼女の声は、急激な感情の変化を-恐怖を-隠しおおせなかった。


 そして依然として現れ続ける謎の女の霊は、とうとう自分の名前を告げます。ヘレン・ドリスコール、それは東部に行っているはずの、隣人センタス夫人の妹の名前でした。ヘレンを殺したのはセンタスだと考えたトムは調査を始めるのですが…。
 ホラーとSFの境界線上に位置する作品です。今のジャンル分けで言えば、モダンホラーに相当するのでしょうか。
 主人公トムが得た能力は、人の心をのぞくことができます。いわゆるテレパシーです。しかし、著者は、それを授かりものとは見なさず、家族や本人を苦しめる脅威として描いています。幽霊が登場しますが、その存在も恐怖の対象というよりは、あくまで日常生活への障害の一部として捉えられています。その点、幽霊よりも、むしろ隣人たちの心の本音の方が、トムにとっては恐るべきものなのです。
 マティスンは、能力が日常生活に及ぼす影響、心理的な圧迫感および孤独感をこそメインにわたって描写します。それゆえ、超自然的な現象を扱いながらも、その筆致はサスペンスのそれであるといえるでしょう。
 もっとも、テレパシーのイメージからすると、トムの能力はちょっと奇異に映ります。生者だけでなく、死者にも精神感応を示しているのです。だとすると、主眼となる女の霊だけでなく、他にも死者の霊が見えてもいいような気がするのですが、その辺はあいまいです。
 とはいえ、幽霊の正体およびその出現の原因を探る謎を縦糸に、主人公トムの超能力による疎外感を横糸にからめた構成は、読者を飽きさせません。今読んでも十分面白いので、是非復刊してほしいものです。
 最後に念のため、タイトルは『うずまくこだま』と読みます。

この記事に対するコメント

更新お疲れ様です。また当方のブログおよびHPをリンクいただきましてありがとうございます。
私にとってはリチャード・マシスンは、SF作家であることに加え、
「ミステリーゾーン」などの名脚本家としてのイメージが強いです。「縮みゆく人間」の映画化の際、「私にシナリオを任せる以外、これを映画化する道はない」と映画会社を脅かしたというエピソードなどもこのひとらしいというか(笑)。
しかもすごいことに・・・まだご存命なんですよね?(笑)
【2006/02/14 21:01】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]


そうです、存命のはずです。いまだに新作を出し続けているとか、おそるべしです。
僕もマシスンの短編は大好きです。「激突」以来、まともな短編集は出てないんで「奇想コレクション」か「晶文社ミステリ」に期待してます。
「縮みゆく人間」は、相当おバカな話なんですけど、力業で読ませます。あれって「フェッセンデンの宇宙」テーマのヴァリエーションなんですよね?
【2006/02/14 21:43】 URL | kazuou #- [ 編集]

催眠術と霊媒
これまたネット書店で買って、先月読了した話でした。
今読んでも十分面白かったですよね。
霊媒とか催眠術によって超能力が身につくとかいう、一昔前のB級SF的な設定が、今なお復刊・文庫化されない主な理由なのかと思いますが、
(今となっては、ということなのかもしれないですが)その辺はお約束として、あまり気にせず、サスペンスの世界に身をおけました。その辺の巧さはさすがマシスン、と。

もっとも、話のベースは隠された過去を掘り返す系統のミステリだという気もするので、その辺が面白く読めた理由なのかもしれないですが。
初めの展開からは物語の着地点が見えないので、そのあたりも上手い所ですよね。

『縮みゆく人間』は、モダンホラー・セレクションの頃にも復刊されていたのを見ているのですが、その時にはかなりB級かもしれないと思って買わなかったんですよね(笑)
読ませる作品なら一読しておけばよかったですかね…
【2010/02/22 00:41】 URL | Green #- [ 編集]

秀作ですね
題材がちょっと古びているので、復刊は難しいんでしょうが、サスペンスSFとして今でも面白いですよね。やっぱりマシスンは心理的なサスペンスが上手いです。
『縮みゆく人間』も題材は完全にB級SFなんですが、縮んだ主人公の心理面にウェイトを置いて描かれるので、実質は心理サスペンス小説なんですよね。個人的には、『渦まく谺』よりも『縮みゆく人間』の方が面白く読めました。
【2010/02/22 22:03】 URL | kazuou #- [ 編集]

映画『縮みゆく人間』
 超亀レスで、申しわけありません。
 遅まきながら映画『エコーズ』を観まして、無性に映画『縮みゆく人間』を観たくなりました。
>『渦まく谺』よりも『縮みゆく人間』の方が面白く読めました。
 私も同じです。マティスンの既読長編では『吸血鬼』の次に好きですね。
 残念なことに、映画『縮みゆく人間』は未鑑賞。映画好きの知人に尋ねたら、レーザーディスク版は所有しているそうですが、そんなものを借りても、うちでは観られません。
 何とか観られないかとネット検索していましたら、ここがヒットしました。
 kazuouさんは映画『縮みゆく人間』をご覧になりました? で、観る価値はあるんでしょうか。
 ご意見をいただけると嬉しいです。
【2010/05/04 19:12】 URL | 高井 信 #nOdkmSi2 [ 編集]

>高井 信さん
すいません。僕も映画版『縮みゆく人間』は未見です。前々から見たいとは思っているんですが。
原作は、荒唐無稽な設定なのに、ちゃんと読ませるところは作者の筆力ですよね。結末ではある種の感動さえ覚えました。
映画版『縮みゆく人間』は、リメイク計画があるそうですが、この作品は、やっぱり現代の技術で映画化した方が見栄えがしますよね。
【2010/05/04 20:14】 URL | kazuou #- [ 編集]


 さっそくのご返事をありがとうございます。
 そうですか。kazuouさんもご覧になっていないですか。ますます観たくなってきました。
 リメイク情報もネット検索でヒットしましたが、こちらはあまり燃えません。小説も映画も50年代が好きです。つくづくレトロですねえ(笑)。
【2010/05/04 21:45】 URL | 高井 信 #nOdkmSi2 [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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