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優しい死者  ピーター・S・ビーグル『心地よく秘密めいたところ』
心地よく秘密めいたところ (創元推理文庫)
 ピーター・S・ビーグルによる、1960年発表の長篇小説『心地よく秘密めいたところ』(山崎淳訳 創元推理文庫)は、優しさと癒しに満ちたモダン・ファンタジーの名作です。

 マイケルは、ふと自分がすでに死んでおり、自分の葬式の情景を眺めていることに気がつきます。やがてニューヨークの巨大な共同墓地に遺体が運ばれたマイケルは、幽霊として存在していることを認識しますが、彼の姿は普通の人間には見えないのです。
 しかし墓場で出会った初老の男ジョナサン・レベックは、マイケルの姿を認め話しかけます。死者の姿が見えるレベックは、ふとしたきっかけから墓地に住み着き、それから19年間も暮らしているというのです。食事は鴉が運んでおり、死んだばかりの孤独な死者の話し相手を務めているのだと…。

 死んで孤独になった死者マイケルと、生きながらにしてすでに孤独な男レベック、それぞれの人生とその「再生」が描かれるというファンタジー作品です。妻に毒殺されて死んだというマイケルは、最初は怒りにかられていますが、同じく死者のローラと出会い、彼女との愛を育んでいきます。
 諦観に囚われ墓地に引きこもっていたレベックもまた、未亡人のクラッパー夫人との出会いから生きる目的が生まれ始めます。マイケルとローラが引き裂かれそうになったとき、レベックはようやく外の世界に踏み出すことになりますが…。

 静謐かつ穏やかな雰囲気で展開する作品で、すでに死んでいるはずの死者の世界が、色彩豊かに描かれます。死んでいても愛することは可能だ…という何とも力強いメッセージにあふれています。
 「死んだ後に生き始める」マイケルと「生きながら死んでいた」レベック、彼らは、互いの交流の中で、新しい「人生」をつかむことになるのです。

 脇を固めるキャラクターも魅力的で、レベックの相棒ともいえる話す鴉、レベック同様死者の見える寡黙な男カンポス、マイケルに惹かれる死者の娘ローラ、亡き夫を思いながらも、生きる力を失わないクラッパー夫人。死者も生者と同様、悩み、考える人間として描かれており、生者と死者は等価のキャラクターとして扱われています。

 死者の世界を扱っていながらも、この作品で描かれているのは、すでに終わってしまったという「後悔」でもなく、もうどうにもならないという「諦観」でもありません。生者と死者に共通する「新しい生」が描かれており、名作の名に恥じない作品といっていいかと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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