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ロード・ダンセイニの長編小説を読む
 アイルランドの作家、ロード・ダンセイニ(1878-1957)の長編小説は何作か邦訳がありますが、それぞれが独自の魅力にあふれています。もっぱら掌編といっていい長さの作品が多い短篇に比べ、ダンセイニの描くファンタジー世界にどっぷり浸かれる…というのが長篇作品の魅力でもありますね。
 以下、いくつかの作品を紹介していきたいと思います。


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『エルフランドの王女』(原葵訳 月刊ペン社)

 アールの郷の人々は評定の結果、国王に請願を行います。魔を行う国主にこの国を治めてほしいというのです。王は長男アルヴェリックに、妖精の国エルフランドに行き王女リラゼルを娶るようにと話します。アルヴェリックは魔女ジルーンデレルに鍛えてもらった魔剣を手にエルフランドに向かいますが…。

 人間世界とエルフランドをめぐる、ひたすら美しいファンタジー作品です。魔剣を手に主人公アルヴェリックがエルフランドに向かう序盤は、ヒロイック・ファンタジーといっていい展開で非常に面白いです。魔女に鍛えられた魔剣の力は強力で、エルフランドの魔法も寄せ付けません。結構あっさりと王女リラゼルを連れ出すことに成功します。
 エルフランドから王女を連れだし結婚するまでの部分は、分量としては実は全体の1/3程度です。後は何が描かれるかというと、人間界の空気に馴染めずエルフランドに戻ってしまったリラゼルを求めて再度旅に出るアルヴェリックと、残された息子オリオンの成長の過程が描かれていきます。

 アルヴェリックの妻を探す旅のパートは絶望的な空気に覆われていて、エルフランドを一向に見つけることができません。旅の共にと選んだ面々もどれも変わった人間ばかり。何年も放浪を続けるうちに仲間も人数が減っていきます。残されたのは狂気に憑かれたような人間ばかりなのです。
 強力な魔剣や連れ出した仲間たちが障害になって、さらにエルフランドへの道が遠のく…という展開も面白いですね。アルヴェリックも含め、ある種の狂気の一行が旅をする過程は、同じくダンセイニの短篇「カルカソンヌ」を思わせます。

 比べて、エルフの血を引いた息子オリオンのパートでは、ところどころに魔法の香りが感じらる美しい情景が描かれます。彼自身の魔法を感じ取る能力をきっかけに、エルフランドの魔法の生き物たちとの交流なども描かれていきます。

 後悔に苛まれるアルヴェリック、母の愛を求めるオリオン、そして人間界への郷愁にとらわれるリラゼル、彼らの思いが交錯するなか、エルフ王の魔法が世界を覆っていく…というラストの光景はひたすら美しいですね。
 ユニコーンやトロールなど、魔法の生き物たちの描写もリアルで魅力的です。魔法の力、エルフランドの情景、自然の美しさ…、描かれる世界のことごとくが美しさに満ちていて、またその中で描かれる物語も魅力にあふれています。
 時が止まったかのようなエルフランドの世界観もユニークですね。妖精世界と人間世界とが場所的なものだけでなく「時間」によっても隔てられているというのは、ダンセイニならではの視点ではないでしょうか。
 ダンセイニ作品の中でも屈指の美しさと完成度を誇っていて、間違いなく「傑作」といっていい作品だと思います。



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『影の谷年代記』(原葵訳 月刊ペン社)

 スペイン、アルゲント・アレスの谷地の領主には二人の息子がいました。領主は身まかるにあたって、長男ロドリゲスに土地は不出来な弟に譲ってやってほしいと話します。剣とマンドリンの腕に優れるロドリゲスは、その腕一本で戦を求めて旅に出ることになります。
 父親から譲り受けたカスティーリャの名剣とマンドリンを携えたロドリゲスは、旅の途次、ふとしたことから従僕として彼に仕えることになったモラーノとともに冒険の旅を続けますが…。

 スペイン黄金時代を舞台にした、剣と魔法と恋をめぐるファンタジーです。主人公たちは『ドン・キホーテ』をモデルにしていると思しき主従です。ロドリゲスは騎士道精神にあふれた好青年、モラーノは粗野ながら明るい剽軽者です。この主従が旅の途次に次々出会う事件や出来事が描かれていくという、連作的な味わいの作品になっています。
 財産を持たないため、最初は漠然と「いくさ」を求めていたロドリゲスが、やがて手に入れたいもの、具体的にはそれは「恋人」であり「自分の城」なのですが、それらを求めていくことになります。しかしその過程は順風満帆ではありません。

 剣の腕が立つといっても、それ以上の腕を持つ相手と出会ってしまいますし、恋をした女性にも上手くアプローチできません。城を手に入れたと思っても、それは空約束だったりと、主人公の努力が必ずしも成果に結びつかないのです。
 その意味で、作品全体にある種の「無常観」というか「諦観」が流れていて、基本は楽しい冒険ファンタジーでありながら、どこかほろ苦い部分もあるのが読みどころでしょうか。

 主人公自身は魔法を使わないものの、作中多くの魔法が登場します。タイトルにもある「影の谷」の王が使う魔法もそうですが、一番印象に残るのは「オリオンの奴隷」と呼ばれる魔法研究者の教授が使う魔法です。何とロドリゲスとモラーノの魂を宇宙に飛ばして、他惑星のヴィジョンまで見させるのです。
 この教授が使う魔法の威力は強烈で、後半メインになる影の谷のそれよりも目立つのですが、脇道のエピソードといった感じで途中退場してしまうのがちょっと残念ですね。

 主人公ロドリゲスは、品行方正で礼儀正しく、非常に好青年なのですが、キャラクター的にはやはり従僕のモラーノの存在感が強烈です。粗野ながら忠義に熱く、ユーモア精神もあり、主人の危機にもかけつける…という存在。
 剣で負けそうになった主人の危機を救うため、モラーノが敵を後ろからフライパンで殴るシーンは楽しいです。しかもそれが原因で騎士道を重んじるロドリゲスから殺されそうになったりします。ロドリゲスに追われたモラーノが、体型に似合わぬものすごいスピードで消えていくシーンは抱腹絶倒です。

 冒険と魔法、恋と挫折、ユーモアとペーソス…。いろいろな要素が盛り込まれた良質なファンタジー作品ですね。



魔法使いの弟子 (ちくま文庫)
『魔法使いの弟子』(荒俣宏訳 ちくま文庫)

 スペインの片田舎の領主の息子ラモン・アロンソは、年頃になった妹ミランドラの嫁入りの持参金を作るために、父親から魔法使いのもとに弟子入りして、黄金を作る秘法を学んでくるようにと言われます。
 かってラモン・アロンソの祖父は魔法使いにいのしし狩りを教えたことがあり、子孫に貸しがあるというのです。弟子入りに成功したラモン・アロンソは、師匠に秘法の伝授を乞いますが、教えるには相応の対価が必要だと話します。その対価とはラモン・アロンソの影でした。
 魔法使いのもとで働いている掃除女アネモネは、不死のためにかって魔法使いに影を渡してしまっており、その後悔からラモン・アロンソに絶対に影を渡さないようにと忠告します。一方、妹のミランドラは、父親が嫁入り先に考えているグルバレスが影の谷の公爵と共に屋敷を訪れることを知ります。
 ラモン・アロンソは手ほどきとして師匠から知識を得るものの、肝心の黄金作りの秘法を手に入れられないまま影を奪われてしまいます。影を取り返そうと智恵を絞るラモン・アロンソのもとに、妹から惚れ薬を作ってほしいとの依頼が届きますが…。

 魔法使いに弟子入りした若者の冒険を描くファンタジー長篇です。ずるがしこい魔法使いに影を奪われてしまった青年が、知り合った掃除女の影と自分の影を取りかえそうとする…というのがメインのストーリーです。
 影を奪われると、その人間は魔法使いの意のままになってしまうのです。影が封じられた箱を解錠する呪文が漢字になっているというのも面白い趣向です。

 剣には自信のある主人公が力づくで影を取り返そうとするものの、魔法の力には及ばず、智恵を絞って打開策を考えていくことになります。魔法の呪文を解読するための過程はなかなかスリリングですね。

 影を奪われた主人公が偽の影を作ってもらい、最初はそれに満足しているのですが、その影で人々の前に出た結果、まともな人間とは認められず迫害されてしまいます。影は人間性の象徴としても機能しているようなのです。
 このあたり、シャミッソー『影をなくした男』やホフマン「大晦日の夜の冒険」などとも通底するテーマが扱われています。

 正義感はあるもののどこか空回りする主人公ラモン・アロンソに比べて、妹のミランドラは、終始賢く冷静に立ち回るイメージの強いキャラクターです。好機を見逃さず自身の幸せを手に入れることになるのです。通る道は違えど、最終的には兄妹が幸せになるという意味では非常に読み心地の良い作品ですね。

 作中に登場する「影の谷の公爵」は、同じくダンセイニの長篇『影の谷年代記』に登場する主人公の二代目、という設定です。スペイン黄金時代という舞台設定と世界観は同じくするものの、お話自体は直接的にはつながっていないので、単独でも楽しめます。

 敵役として登場する魔法使いは、固有名詞が出てこないというユニークなキャラなのですが、研究が全てであり、世俗的な富などには関心を持っていません。さらには魂や人間性というものに対しても関心を払っておらず、その度合いは地獄に落ちても構わない…という徹底したもの。
 それだけに主人公の造反に対しても、それほど復讐の念を覚えたりはしないのです。ラストでは、魔法使いのその後の情景が描かれるのですが、ある意味予定調和的な主人公兄妹の結末に比べて、妙に印象に残るシーンになっています。



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『牧神の祝福』(杉山洋子訳 月刊ペン社)

 イギリスの寒村ウォルディングでは、夜な夜な若い娘たちが丘陵に向かって出かけていました。娘たちは不思議な笛の音に惹かれて出ていくらしいのです。笛は村に住む少年トミー・ダッフィンが、川沿いの葦で作ったものでしたが、彼自身にもわからぬ力で、村人たちを惹き付けていきます。
 危機感を感じた村の司祭アンレルは、両親にトミーの行為をやめさせるよう働きかけますが果たせません。調べていく内に、トミーの洗礼を行ったのは失踪したアンレルの前任者アーサー・ディヴィドソン師だったこと、失踪前にディヴィドソン師の奇怪な姿が目撃されていることも分かってきます。
 主教や外部の人間に協力を求めるアンレルでしたが、彼らはまともに取り合ってくれません。やがてトミーの笛の力は娘たちだけでなく、青年たち、大人の男女たちまでをも魅了していきます…。

 牧神の力によりキリスト教信仰が危機にさらされた村で、孤軍奮闘する司祭を描く異色作です。牧神の笛の音によって村が異教の信仰になびいていくのですが、少年トミーが吹いているのは、おそらく牧神の葦笛であり、彼は牧神に憑かれているといっていいのでしょう。その影響で村人たちがキリスト教信仰から離れていくのを危惧した司祭アンレルは、信仰を守ろうと孤軍奮闘するのです。しかし牧神の力は強く、村人たちは皆トミーの影響下に入ってしまいます。

 この作品で描かれる「異教」は、特に邪悪なものではなく、近代文明を放棄して原始に帰ろうとするものです。アンレル自身もその影響を受けながらも、自らの使命感から最後まで踏みとどまることになります。

 ダンセイニの持ち味であるほのかなユーモアと詩情があり、とても読みやすい作品なのですが、読み終わってみると、まるで「モダンホラー」といった感触が強いです。ホラーチックな印象を与えるのは「敵」の正体がはっきりしない、ということからも来ています。
 過去に失踪したディヴィドソン師が牧神の化身だったのではないかという疑いなどは言及されますが、人々に影響を及ぼすのは飽くまでトミーの笛であり、最後まで「牧神」自体は登場しません。その意味で非常に得体の知れない力が描かれており、侵略SF作品を読んでいるような錯覚も覚えますね。

 キリスト教の力が負けてしまう…というのも、当時の読者にとっては衝撃的だったのではないでしょうか。「牧神」といえばアーサー・マッケンを思い出しますが、官能性という点では共通するものがあるものの、ダンセイニ作品ではマッケン作品ほどの邪悪さは感じられません。
 本作品での牧神の力は、何かを積極的にやらせるというよりは、消極的に何もしなくなる…という方向に働いています。文明対自然といった構図も見え隠れしますが、特徴的なのは文明を積極的に破壊するのではなく、だんだんと劣化するに任せていく…という姿勢です。
 ただ「異教の力」というのも、キリスト教を代表するアンレルたちから見た見方であって、その力に浴した人々にとっては、まさに「牧神の祝福」に他ならないのです。まともな判断力を失っているとはいえ、彼ら自身は「幸福」なのですから。

 ダンセイニは、人間や人間の理性の勝利といったことをあまり信用していないところがあって、この『牧神の祝福』はその傾向がかなり強く出た作品ではないかと思います。
 ダンセイニの邦訳作品中では、かなり問題意識が強い作品といっていいでしょうか。ただ物語のタッチは非常に穏やか、自然描写は流麗であり、美しい仕上がりの作品なのは間違いないところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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