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引き裂かれる恋人たち  アン・ラドクリフ『イタリアの惨劇』
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 イギリスの作家アン・ラドクリフ(1764-1823)は、当時絶大な人気を誇った女流作家です。ゴシック小説の代名詞的存在であり、後代にも大きな影響を与えました。日本でも唯一邦訳があり、それが長篇『イタリアの惨劇』(1797)(野畑多恵子訳 国書刊行会)です。
 迫害される乙女、引き裂かれる恋人、悪漢の陰謀、隠された犯罪…。ロマンティックな雰囲気の中にも読者を楽しませる工夫が所々に忍び込ませてあり、当時人気があったのも頷けます。現代のエンターテインメントの祖形ともいうべき作品ですね。

 1758年イタリアのナポリ、侯爵の息子ヴィンチェンティオ・ディ・ヴィヴァルディは、美しい娘エレーナとの結婚を望みますが両親に反対されてしまいます。母親の侯爵夫人は虚栄心に満ちた利己的な人物であり、ささやかな遺産で伯母と共に暮らすエレーナを身分違いだとしてはねつけます。
 結婚の意思を曲げようとしない息子を見た侯爵夫人は、相談役である告解師スケドーニ神父に依頼し、エレーナを誘拐させ修道院に幽閉してしまいますが…。

 引き裂かれた恋人たちが再び出会うまでを描くロマンティック・サスペンス、といっていいでしょうか。息子の結婚を認めようとしない母親が、相手の娘を誘拐させる…という、ある意味ドメスティックな題材から始まる物語なのですが、話がどんどんエスカレートしていく面白さがあります。

 恋人たちが出会い、やがて引き裂かれてしまう…という序盤は、正直、今読むと多少冗長な感じではあるのですが、エレーナがさらわれ、恋人ヴィヴァルディが救出に乗り込むあたりから、物語は俄然面白くなります。
 キャラクターもそれぞれ描き込まれていて厚みがあるのですが、正義感に満ちた主人公ヴィヴァルディよりも、悪漢スケドーニの方が魅力が感じられますね。このスケドーニ、単純な悪役ではなく、多面的な性質を持つキャラクターとして描かれているのが特徴です。基本は激情的ながら、あるときは冷静に物事を考えたり、相手を殺そうとして躊躇するような良心も残っていたりと、矛盾に満ちた性質であり、またそれゆえに人間的な魅力が感じられます。
 物語中盤では、そのスケドーニの「良心」と「変心」によって、ストーリーが移り変わっていく…という展開も非常に面白いですね。古い作品なので、単純で一方通行的な話なのではないかと思いきや、急展開やひっくり返しなど、ストーリー上の起伏が結構あって飽きさせません。

 超自然的な要素もわずかに登場しますが、最終的には全て合理的に解決されます。その意味では、怪奇幻想小説というよりはサスペンス小説に近いタイプの作品です。登場人物の心理がこまめに描写されるので、キャラクターの行動原理がわかりやすく、物語の展開に納得感がありますね。
 ただ、悪役であるスケドーニの心理も細かく描写されるので、ヒロインの悪漢に対する恐怖を読者が追体験する…というような要素はとぼしいです。むしろ人間味あるキャラだけに、スケドーニに対して読者は同情的になってしまうところがあります。
 また場面場面の盛り上げは上手く、スケドーニが殺人を犯そうとするシーンや、後半登場する法廷シーンなどは、かなり迫力がありますね。

 このジャンルの「元祖」であるがゆえに、今読むとステレオタイプな部分も目につきますが、それでもなお原初的なハラハラドキドキ感があります。エンターテインメントの元祖として今でも面白く読める作品ではないでしょうか。
 ラドクリフの代表作としては『ユードルフォの秘密』の方が有名ですが、解説によると小説の出来栄えとしては『イタリアの惨劇』の方が上であるとの判断から、こちらを翻訳したとのことです。怪奇幻想味としては『ユードルフォの秘密』の方が濃いようなので、こちらもいつか読んでみたいところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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