明日をも知れぬ身  埋もれた短編発掘その18
 イタリアの文豪アルベルト・モラヴィアには、幻想的な作品を集めた『シュールレアリスム短編集(仮題)』という作品集があり、その中からいくつかの短篇が訳されています。本編『夢、うつつ』(千種堅訳 早川書房 ミステリマガジン1991年2月号所収)もその一つですが、その奇怪な世界観は、飛び抜けて独創的です。
 どことも知れぬ「夢の島」は、クルウールーという名の怪物に支配されていました。姫君ともぐらの不自然な婚姻から生まれたと言われるクルウールーは、母親の死後、王位継承者として王位につきます。しかし生まれてから一度も目覚めたことのないクルウールーの姿は異様そのもの。

 生まれながらにびっしりと体毛におおわれ、すでにおなかも突き出ていて、ちゃんと大きな爪も生え、大きな頭はいかにも眠たげ、巨大なまぶたは真っ青で皺だらけだった。眠りながら生まれてきた。いや、いびきをかきながらといったほうがいい。そのいびきの音から彼の名前がつけられた。

 誰もが統治能力などないと思ったクルウールーには、しかしとんでもない能力が隠されていました。彼の見る夢のとおりに、島の住民は操られてしまうのです。 彼が最初に見た夢は、島の貴族全員が高い塔から飛び降りてしまうというものでした。そして実際に貴族全員が死んでしまったのです!
 また、大臣たちが突然逆立ちをしたり、身内の死を喜んだり、と住民たちに奇怪な行動が現れるようになります。これもまた、クルウールーの夢のせいでした。
 しかしクルウールーの夢は不条理なものばかりではありません。

 たとえば、クルウールーが権力を掌握した直後、島の商店全部が商品を超廉価で提供した。住民はクルウールーが太っ腹になった夢を見ているなと察知し、がっかり顔の商店主のところに殺到し、手当たり次第に買っていった。この夢につづいて、恐ろしい物不足が起こったのはいうまでもない。

 クルウールーの見る夢は、比較的合理的な夢と、奇怪な悪夢とに分けられることに住民は気づきます。とはいえ、ずっと休みなく夢を見るわけではなく、何年か一切夢を見ない期間が続くこともあるのです。
 学者たちはクルウールーの夢について議論を重ねます。クルウールーを安楽な状態にすれば、悪夢が防げるのではないか。クルウールーを殺してしまえばいいのではないか。しかしすべての手段は他ならぬクルウールーの夢によって露見し、失敗します。
 やがてある学派が深刻な仮説を打ち出します。島ではすべてがクルウールーの夢ではないか、というのです。しかしそれを確認する術はありません。あらゆる対抗策を断たれた住人たちは、クルウールーが老いて死ぬのを気を長くして待ち続けるのですが…。
 夢を見続ける奇怪な怪物によって支配される世界。そこでは理性では考えられないことが日々起こります。明日が全く予見できない混沌とした世界観には、怖気を振るうものがあります。しかしただ陰惨なのではなく、奇妙ながらもどこかおかしい夢の描写など、妙なユーモアをたたえたところも魅力的です。
 どこからどこまでが夢なのでしょうか? ボルヘスを思わせる〈夢見る人と夢見られる人〉テーマの作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
もう一つの親指姫
統治者・被統治者の寓意ととることも可能な物語ですが、真っ先に親指姫を連想してしまいました。あの親指姫はモグラのところから逃げ出すことができましたが、もしモグラと結婚していたならありえた物語だと思えてなりません。
ところで、目覚めたことのないクルウールーの夢の内容を人々はどうやって知ることができたのでしょうか。不思議です。
【2006/05/08 22:12】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

考えるとわからなくなります
たぶん作者は、ミノタウロスの伝説のパロディのつもりなんでしょうね。牛ならまだしも、もぐらとどうやって子供を作るのかが、不思議です。
島の住民は、実際に起こった不条理な出来事を、クルウールーの夢と結びつけているということのようです。とはいえ、最初になぜクルウールーの夢が影響を及ぼしていることがわかったのかという理由は、はっきり書かれてないみたいですね。まあ、その辺の不可解さもこの作品の魅力のひとつということで。
無理矢理こじつけるなら、島の人々はクルウールーの夢によって支配されている夢を見ている、と解釈することも可能でしょう。
【2006/05/08 23:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/87-6402585a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する