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残酷な人生  モーリス・ルヴェル『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』
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 残酷なコントで知られるフランスの作家モーリス・ルヴェル。『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』(田中早苗/中川潤訳 エニグマティカ叢書)は、彼の第一短篇集『地獄の門 Les Portes de l’Enfer』各編を、原書と同じ配列でまとめ直した完全版の作品集です。ちなみに、本書はルヴェルの翻訳を進めている中川潤さんの個人出版になる作品集です。

 浮浪児が自由を求めるがゆえにどんどんと自由を制限されてしまうという「太陽」、金に目がくらみ出来もしない外科手術を行ってしまう医者の話「執刀の権利」、不倫をした妻と情夫に対する恐るべき復讐を描いた「大時計」、天邪鬼な性質から衝動的に情婦を殺害してしまう男を描いた「ピストルの蠱惑」、死刑を宣告された息子を助けるために母親が奔走するという「情状酌量」、関係していた人妻の夫とともに古井戸に落ち込んでしまった男の運命を描く「古井戸」、眼病の治療の末戻った家で衝撃的な事実を知る夫を描く「奇蹟」、列車衝突事故に出くわした運転士の恐怖を語る「十時五十分の急行」、金持ちになりたいという乞食の夢のような体験を描く「幻想」、清廉潔白な医者の恐るべき罪を描いた「先生の臨終」、高価な金貨を拾った乞食の皮肉な出来事を描いた「街道にて」、長年連れ添った妻を殺害した罪で裁かれる老人を描く「罪人」、馬の下敷きになり死に掛かった男を助けようとする乞食を描いた「乞食」、空き巣に入った家で泥棒が出会う恐怖の体験を描く「空家」、刺激に飽きた男が自転車乗りの曲芸に夢中になるという「或る種の精神病者」、母親の死後、母親が最愛の父を裏切っていたという事実を知った息子を描く「父」などを面白く読みました。

 ルヴェル作品には「残酷な行為」がたくさん出てくるのですが、それは物理的なこともあり、精神的なこともあります。直接的な残酷さを描いた作品としては、衝動的に殺人を犯してしまうという「ピストルの蠱惑」、浮気相手の夫と一緒に古井戸に落ち込み徐々に死に至るという「古井戸」などがありますね。
 また、精神的な残酷さを描いた作品としては、自由を愛する浮浪児がまさにその願望のためにのっぴきならない状態になっていくという「太陽」、妻と情婦に精神的な拷問を加えるという「大時計」などがその例でしょうか。

 「裏切り」のモチーフがやたらと出てくるのも特徴で、貞淑な妻が裏切っていたり、清廉潔白な人物がそうでなかったり、というパターンがよく登場します。一番多いのは妻が夫を裏切っているシチュエーションで、これはルヴェルのオブセッションといってもいいのでしょうか。
 この「裏切り」をモチーフにした作品の中で印象に残るのが「奇蹟」「父」ですね。妻の裏切りを知りながら復讐には走らないという「奇蹟」、母親が父親を裏切っていたことを知った息子が行う決断を描いた「父」には味わいがあります。

 一見、残酷でショッキングな出来事を扱っているかに見えるルヴェル作品ですが、ただ残酷なだけでなく、人間性の不思議や人情を描いてもいて、そういう作品には非常に魅力があります。
 息子を助けるために母親が罪をかぶる「情状酌量」、金持ちを夢見る乞食が施す善行を描いた「幻想」などはそうした作品でしょう。とくに「幻想」はO・ヘンリー風とでもいっていいのか、ルヴェルの名品の一つではないかと思います。ただ結末にはルヴェルらしい残酷さがあって、一般読者に愛される…というわけにはいかないと思いますが。

 本集には、ルヴェルの邦訳作品の中では恐らく一番有名な「或る種の精神病者」が新訳として収録されています。やはりこれは名品です。感情を感じさせず淡々と行動する主人公が不気味です。「情」が入ってこないという点で、ルヴェル作品の中でもかなり異色の作品なのではないでしょうか。

 本書には、既訳のある田中早苗訳のものと、中川潤さんが新訳したものとが混在しているのですが、全然違和感がありません。全体に非常に読みやすい翻訳になっています。個人出版ながら、商業出版物に劣らぬ上質な翻訳で、更なるルヴェルの未訳作品の紹介を期待したいところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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