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新しい世界  M・P・シール『紫の雲』
紫の雲 (ナイトランド叢書3-4)
 M・P・シール『紫の雲』(南條竹則訳 アトリエサード)は、生物に死をもたらす「紫の雲」により人類が死滅した世界で、ただ一人生き残った男の彷徨を描いた作品です。「破滅SF」の先駆的作品であり、歪んだユートピアを描く幻想小説でもあります。

 世間は北極探検に沸いていました。シカゴの富豪スティックニーが、北極点に最初に着いた人間に莫大な資産を譲るという遺言を残していたからです。若き医師アダム・ジェフソンは、恋人クローダから探検に同行するようけしかけられます。
 探検隊の同行員として内定していたクローダの親類ピーターズが中毒症状を起こしたことから、探検隊への要請を受けたアダムは、クローダがピーターズに毒を持ったのではないかと疑いながらも、北極探検に出発します。
 探検の最中に同僚たちは次々と命を落としていきます。一人生き残ったアダムは、地平線に紫色の雲が広がっているのを目撃します。帰途、アダムは海にも陸にも動物の死骸が散らばっているのを見て驚きます。やがて母船にたどり着きますが、乗員は全員死亡しており、船内には紫色の塵が積もっていました。
 何とか船を操ってノルウェーにたどり着いたアダムでしたが、そこでも人々は皆死んでいました。そのまま母国イギリスを目指すアダムですが、誰一人として生きた人間には出会えません…。

 あらすじを要約するのもなかなか難しい作品で、いろんな要素が詰め込まれています。すごく簡単に言うと、北極探検に参加していたがために「紫の雲」の影響を逃れ生き残った男が、死の世界となったヨーロッパを彷徨う…という感じでしょうか。
 序盤に探検隊員の枠をめぐっての謀殺事件的な展開もあり、実に不穏な展開ではあります。探検に出てからも同僚たちとの軋轢や対立など、人間関係をめぐるサスペンスがあったりと読み応えがありますね。

 「紫の雲」登場以後は、人がいなくなった世界をさまよう主人公の行動が描かれるのですが、この「彷徨」部分が作品の大部分を占めています。
 相当のページ数にわたり、人間や動物の死体描写が続くので、ここらへんはちょっと辟易してしまう読者もいるかもしれません。人が絶滅したことを確信した主人公は自暴自棄になり、都市を破壊したり焼き払ったりしていきます。

 ふとした思い付きから、自分だけの宮殿を作ることを思い付き、十数年にわたってそれに取り組む…というのも妙な展開です。主人公が医師であり技術者でもあることから、ほとんど何でも一人でできる…という設定なのですが、この主人公の「自暴自棄」というのか「試行錯誤」というのか、この部分に妙に味わいがあるのも確かなのですよね。ちょっとした「ユートピア小説」的な味わいがあるのです。
 この後に主人公はまた新たな事件に遭遇し、思いもかけない展開になります。本当に最後までどうなるかわからない作品で、一読の価値がある作品といっていいのではないでしょうか。

 物語自体はいわゆる「枠物語」になっており、医師アーサー・リスター・ブラウン博士のノートに記された物語ということになっています。しかもこのノートは、霊媒メアリー・ウィルソンがトランス状態になり数十年先の未来の著作を読んだものを書き写したものの一つだというのです。
 ノート三が『紫の雲』であり、ノート一とノート二は、シールの別の作品だということです。最初の構想では『紫の雲』は三部作だったというのですが、非常に面白い趣向ですね。

 確か『紫の雲』の内容について紹介した文章が『幻想文学』誌に載っていたはず…と探してみたらありました。『幻想文学54号 世の終わりのための幻想曲』に掲載された、西崎憲さんの「世の終わりというユートピア M・P・シール『紫の雲』を読む」というエッセイです。
 このエッセイを改めて読み直してみたのですが、詳細なあらすじが紹介されていて、この複雑な話がすごくよくまとめられている…と感嘆しきりです。この文章が掲載された号が出た1999年には、まさか『紫の雲』が翻訳されるとは思いもしませんでしたが。

 さて、三部作構想だったという他の二つの作品がどういうものか気になったので、ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』のシールの項目を調べてみたのですが、どうも他の二つ『海の主』『最後の奇跡』はあんまり面白くなさそうな感じでした。どちらも政治色が強いようですね。
 ちなみに『幻想文学大事典』の記述によれば、スティーヴン・キング『ザ・スタンド』には、シール『紫の雲』の影響があるそうです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
アダム無双
主人公のアダムは「なろう小説」にも中々見当たらないくらいのチート野郎。一流の医師で本も執筆し犬橇から船舶、列車まで何でも運転出来る。メンタルも強靭で死体の山にも動じない。故郷の家族と詩人マッケンの家では多少死者を悼んだものの、他は口蹄疫や豚コレラに感染した家畜を処分するような冷徹さで都市を焼いていきます。120年近く前にこんなぶっ飛んだ作品を書いたシールは凄いし、延々続く屍体描写を訳して下さった南條先生に感謝したいです。
【2018/12/28 11:09】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


主人公が何でもできる人材なのがすごいですよね。一人になっても、それほどメンタルにこたえている感じもしないし。生き残った一人が都市でサバイバル生活(というほどでもないようですが)をしていく部分はすごく面白かったです。
かなりモダンな味わいの作品だと思いました。
【2018/12/28 18:28】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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