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ジョイス・キャロル・オーツの幻想小説を読む
 アメリカの女性作家ジョイス・キャロル・オーツは非常に多作な作家です。以前から邦訳はあったのですが、近年は幻想的な要素のある作品がまとまって翻訳紹介されました。オーツの幻想的な作品をいくつか紹介していきたいと思います。



とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 (河出文庫)
『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』(栩木玲子訳 河出書房新社)

 7篇の中短篇を収録した作品集です。全体に暗い情念に彩られた作品集で、正直、読後感はあまり良くないのですが、その筆力は強烈で読ませられてしまいます。

「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」
 素行に問題のある少女がその仲間とともに、同級生である金髪の少女を監禁するという物語。犯人である少女、誘拐された少女の母親であるシングルマザー、容疑者になってしまった教師、三者の視点から事件が描写されていきます。
 三者の内面の心理が細かく描かれており読みごたえがあるのですが、特に犯人である少女の内面は歪んでおり、強烈な印象を残します。読者にはすべてが知らされるため、犯人の少女が被害者の母親にわざわざ接触するくだりなど、強烈なサスペンスがあります。収録作中で最も長い力作。

「ベールシェバ」
 見知らぬ女性から誘いをかけられた中年男性が恐ろしい目に会う…という物語。歪んでしまった人間の復讐物語なのですが、その行為が正当なものなのかどうかというのも作中では描かれません。

「私の名を知る者はいない」
 妹に嫉妬する姉娘の姿を幻想的に描いた物語。妹が生まれてから自分への関心が薄れてしまったことに不満を感じている9歳の少女ジェシカ。時を同じくして不思議な猫が姿を現します。やがて猫は赤ん坊に近づいていきますが…。
 猫は現実に存在するのか? 幻想小説ともサイコスリラーとも読める、不思議な手触りの作品です。

「化石の兄弟」
 双子の兄弟をめぐる物語。生まれたときから注目を集め続けエリート街道を進む兄と、身体的な障害を抱えやがてアートの道に進む弟。弟を疎んじる兄と、それでも兄の愛情を求め続ける弟の姿を描いています。

「タマゴテングタケ」
 「化石の兄弟」同様、双子の兄弟を主人公にした作品。周りの人間に多大な迷惑をかけながらも生来の魅力で人々を虜にしてしまう兄は、伯父が死んだ途端、その遺産目当てに姿を現します。
 地味で堅実な弟は、兄を憎み殺そうと考えます。毒のあるタマゴテングタケを入れた料理を兄に食べさせようとしますが…。
 毒殺は成功するのか…?兄を憎みながらも憎み切れない弟の姿が描かれます。ハッピーエンドともバッドエンドともとれる結末は印象的です。

「ヘルピング・ハンズ」
 未亡人の女が帰還兵の男に思いを寄せるという物語。夫を戦場で失い未亡人となったへレーネは、遺品を寄付しようとリサイクルショップを訪れます。店員である帰還兵ニコラスに惹かれたヘレーネは、彼と二人きりになるために、屋敷の品物を取りに来てほしいと連絡しますが…。
 互いに心に傷を持つ者同士の恋愛が始まる…と思いきや、そうはならないところが読みどころです。恋愛感情と思っていたのはただの一方的な思い込みに過ぎなかった…というブラックな味わいの作品。

「頭の穴」
 ブラックでシュールな味わいのホラー・ストーリー。自らの臆病さから外科医になることをあきらめたルーカスは、美容整形外科医としてまずまずの成功を収めていました。ある日馴染みの患者から頭蓋穿孔手術を頼まれたルーカスは、秘密裏に手術をすることを引き受けてしまいます…。
 かって脳の外科手術中に失神したというエピソードを持つ主人公が、頭蓋骨に穴をあける手術をせざるを得なくなる…という時点で非常に嫌な展開なのですが、そのあとも実に嫌な展開が続きます。
 スプラッター描写も強烈で、読む人を選ぶ作品ですが、当事者である主人公の非現実的な態度が、ある種幻想小説的な味わいを醸し出しています。

 各作品とも明確なオチや結末がある作品は少なく、場合によっては「尻切れトンボ」に感じられてしまうような作品も多く含まれています。描かれる事件はフィクションならではのありえないものですが、それを通して描かれる登場人物たちの姿や心理には非常にリアリティがあります。
 特に「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」に顕著ですが、人間心理の不可解さ、人生の不条理さを強く感じさせられる…という点で、読み応えのある作品集ですね。



邪眼
『邪眼 うまくいかない愛をめぐる4つの中篇』(栩木玲子訳 河出書房新社)

 副題通り、うまくいかない愛をテーマに4つの中編を集めた作品集です。「嫌な話」「不快な話」のオンパレードで、これは読む人を選びそうです。

「邪眼」
 両親を亡くしたばかりのところに、勤め先の所長オースティンに慰められ彼と結婚することになった女性マリアナ。彼女はオースティンの四番目の妻でした。周りから尊敬されるオースティンですが、一緒に暮らし始めたマリアナは彼が独善的で感情を爆発させる短気な人物であることに気付きます。
 そんな折、オースティンの最初の妻イネスが姪とともに家を訪れることになりますが…。
 身寄りもなく、結婚した男は暴力的。さらに先妻への恐怖におびえる新妻という、ゴシック・ロマンス的なモチーフを持つ作品です。全幅の信頼を置いていた夫が信頼できない人間であることが徐々に判明していきます。
 恐れていた先妻は敵ではなく、むしろ同じ被害者であり、さらには「共犯関係」にもなっていくのではないか…という流れは、非常に面白いですね。「邪眼」から身を守るというトルコの護符「ナザール」、片目のない先妻イネスなど、「眼」のモチーフが頻出するのも、作品の雰囲気を高めています。
 アイダ・ルピノが監督した《ミステリー・ゾーン》のエピソード「生きている仮面」についても言及されますが、これも「見ること」をテーマにした作品ですね。

「すぐそばに いつでも いつまでも」
 奥手な少女リズベスは、青年デスモンドに夢中になります。しかし青年の行動は常軌を逸し始め、やがて「ストーカー」のように、リズベスにつきまとうことになりますが…。
「ストーカー」になった青年の恐怖におびえる少女を描く作品と見えるのですが、その実そう簡単に解釈できる作品ではないところがポイントです。恐れながらも、青年に惹かれる少女の心理があります。
 また、青年は青年で、過去の事件が彼の人生に影を落としていることが描かれます。放り出されるようなラストがまた人生の不条理感を醸し出します。

「処刑」
 甘やかされた青年バートは、親の金を使い込んだりドラッグに手を出したりと放蕩三昧を繰り返していました。クレジットカードを止められたことに激怒したバートは、両親を殺害することを計画します。完璧に立てたはずの犯罪計画は、母親が重傷ながら生き残ったことで崩壊します。
 バートは逮捕され、裁判にかけられることになります。意識を取り戻した母親は、息子は犯人ではないと証言しますが…。
 歪んだ思考を持つ自分勝手な青年が両親を殺害するという、ショッキングな題材を扱っています。自らも殺されかけた母親はなぜ息子をかばうのか? エンタメ作品であれば、青年が自縄自縛に陥って破滅する…という結末になりそうですが、とんでもない方向に話が進むのが面白いですね。

「平床トレーラー」
 名門一家に生まれた女性セシリア。彼女は過去の性的虐待のトラウマから、男性との交際が長続きしませんでした。ある男性Nと出会ったセシリアは、彼に惹かれ過去の記憶を話します。Nは虐待を行った人間に復讐を行おうと提案しますが…。
 トラウマを持つ女性の心が癒やされていく物語かと思いきや、非常に嫌な展開に。交際しているNという男の異常性がわかってくるのみならず、セシリアの異常性もまた露わになっていきます。過去のトラウマは事実なのか? 人間の心の不可解さを描いた一篇。

 基本的に収録作品はどれも「嫌な話」「不快な話」です。しかも、わかりやすい結末で終わらず、明確な勧善懲悪もありません。扱われるのも、DV、ストーカー、殺人、虐待とアンモラルなモチーフばかり。
 特に「処刑」は、自分勝手な青年が殺人を犯しながらも罰も受けない(ある意味では「罰」ではあるのですが)という、不道徳極まりない内容なので、読んでいて不愉快になる方もいるのではないでしょうか。ただ、それでも読ませてしまうストーリーテリングはオーツの魅力といっていいでしょうか。
 ブラックかつ不条理なテーマは、作品集『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』でも見られましたが、『邪眼』の方が、さらにアクの強さ・毒の強さは強烈ですね。まさに「劇物」といっていい作品集です。



生ける屍 (扶桑社ミステリー)
『生ける屍』(井伊順彦訳 扶桑社ミステリー)

 31歳のQ・P(クウェンティン)は、過去に猥褻事件で執行猶予判決を受け保護観察中でした。更生を願う家族のもと、下宿の管理人の仕事をしながら聴講生として大学に通います。しかし彼はとんでもないことを考えていました。
 拉致してきた男たちにロボトミー手術で脳に障害を負わせ、相手を意思のない「生ける屍(ゾンビ)」にしようというのです。しかし、Q・Pは医学の素人。医学書片手に実行しようとするものの、何度も失敗し相手を死に至らしめてしまいます…。

 殺人を繰り返す男を主人公にしたサイコ・スリラーなのですが、動機がとんでもない。他人を自分の意のままにするために、ロボトミー手術を行い、生ける屍(ゾンビ)を作り出そうというのです。
 いわゆる精神異常者を語り手にしたサイコ・スリラー作品で、主人公の内面が赤裸々に語られるという、かなり不快感の高い作品です。興味深いのは、この主人公、虐待にあったり、トラウマがあったりするなど、不幸な生育環境にあったわけではないということ。
 むしろ生育環境としては非常に恵まれた環境にあり、家族も彼のことを思っているのです。それだけに、主人公の自分勝手な欲望があふれる内面描写はかなりおぞましく、こうした作品に慣れていない読者には、読み進むのがつらいかもしれません。

 「ロボトミー手術」の場面も詳細に描かれるので、生理的な嫌悪感も強烈です。世間を騒がせた「ジェフリー・ダーマー事件」がモデルになっているらしく、主人公の人物像には非常にリアリティがあります。
 いわゆるB級ホラーと言ってしまってもいい題材なのですが、この作品をホラー作家ではなく、ノーベル賞候補者とも言われるオーツが書いたことに、ある種の衝撃があります。ブラム・ストーカー賞を受賞していることからも、この作品がホラー小説として受容されたことがうかがえますね。
 ちなみに、この作品で言う「生ける屍」とは、意思がなく思い通りになる人間という意味で、超自然的な動く死体、いわゆる「ゾンビ」ではありません。



ジャック・オブ・スペード
『ジャック・オブ・スペード』(栩木玲子訳 河出書房新社)

 アンドリュー・J・ラッシュは「紳士のためのスティーヴン・キング」と称される人気ミステリー作家。経済的にも成功した彼は、ラッシュ名義では出せない暴力や残酷さに満ちた作品を、覆面作家「ジャック・オブ・スペード」として発表していました。
 ある日、アンドリューはC・W・ヘイダーという人物から、盗作疑惑で告発されてしまいます。アンドリューがヘイダーの家から原稿を盗み出し自分の小説として発表したというのです。しかしヘイダーは、本を出版したこともないアマチュアであり、過去にも別の作家を盗作で訴えていたというのです。
 弁護士はただの言いがかりであり、裁判になっても負けることはないと請け合いますが、アンドリューは事件をきっかけに心の平安を失っていきます…。

 盗作容疑で訴えられたことをきっかけに、作家アンドリューが精神のバランスを失っていく…という作品です。
 アンドリューは適度に上品な作品を書き、地元の名士として任じている人物です。そんな彼は、内なる暴力性にまかせて書き上げた作品を「ジャック・オブ・スペード」として発表しています。
 アンドリューはペンネーム作品のことは家族にも内緒にしており、「ジャック・オブ・スペード」とのつながりを気取られないようにしていました。しかしスペードの作品を読んだ娘の言葉から、アンドリュー自身の人生がそこに反映されていることに気付き、激しく動揺します。
 読んでいるうちに、アンドリューは自分で言うほどの「紳士」ではないことが読者にもわかってきます。アンドリューの態度とは裏腹に、度々、内なる「ジャック・オブ・スペード」が顔を出すようになるのです。
 自らの「善性」を証明しようとするかのように行動するアンドリューですが、そのことごとくが裏目に出て泥沼にはまっていってしまいます。その過程で妻や子供たちとの溝も深まっていき、やがて破滅の道へと向かってしまうのです。

 「サスペンス小説」とはいいましたが、幻想小説的な要素も濃いです。ヘイダーの盗作事件に関わる謎は超自然味を帯びており、真相は最後まではっきりしません。また、主人公アンドリューの二重人格的な側面を描く部分は、ほとんどホラーといっていいのではないでしょうか。
 語り手のアンドリュー自身は認識していないものの、たびたび彼の過去の「犯罪」や、妻や子供たちとのいびつな関係が間接的に読者に示されるあたり、いわゆる「信頼できない語り手」ものでもありますね。

 作品全体にわたって、スティーヴン・キングの名前が頻出し、作中でも間接的に登場するところは非常に楽しいです。主人公アンドリューがキングに自著を送っても無視されたり、贈り物としてキングの『ミザリー』を登場させたりするところなど、作者オーツの遊び心があふれています。
 さらに言うなら、この『ジャック・オブ・スペード』という作品自体が、『ダーク・ハーフ』など、キングの作家をモチーフにした作品へのオマージュともいえる作りになっているのです。

 ある人物の書斎が登場する場面があるのですが、そこには怪奇幻想小説の稀覯本が揃っており、有名作品や作家のタイトルが羅列されます。言及される本は、『フランケンシュタイン』『ドラキュラ』『ねじの回転』、レ・ファニュ、ブラックウッドなど。怪奇幻想ファンならにやりとしてしまいますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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