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現実と夢想  ジャック・フィニイの作品世界
 アメリカの作家、ジャック・フィニイ(1911-1995)は、ミステリ、サスペンス、SF、ファンタジーなど、多様な作品を書いた作家です。その本領は「過去への郷愁」や「ノスタルジー」をベースとしたファンタジーにあり、長編では『ふりだしに戻る』、短編集では『ゲイルズバーグの春を愛す』が、その最良の部分が表れた作品といえるでしょうか。

 「過去への郷愁」「ノスタルジー」といった言葉を使うと、願望充足的な作品を思い浮かべる人もいるかと思います。確かにそうした面もあるのですが、フィニィの作品では単純な願望充足で終わる作品は意外に多くありません。「願望」や「夢」が成功したとしても、そこには一抹の「ほろ苦さ」があるのです。
 その「ほろ苦さ」は、ミステリ・サスペンス系の作品でも同様です。作中で描かれる計画が失敗することもあれば、成功したとしても主人公たちの胸中には苦い思いが残る…というパターンが多いのです。
 その意味で、フィニィは単なる理想主義者ではなく、現実を認識したうえでのロマンティストといっていいかもしれません。その現実と理想とのはざまで描かれる作品世界にこそ、フィニィ作品の魅力があるのです。
 今回は、そんなジャック・フィニィ作品について見ていきたいと思います。



4152087587レベル3 (異色作家短篇集)
ジャック フィニイ Jack Finney
早川書房 2006-09-01

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『レベル3』(福島正実訳 早川書房)

 「過去への郷愁」が「時間旅行」と結びついたファンタジーが多く収められた短編集です。同じ「時間もの」作品でも、SF風、ファンタジー風、コメディ風、ホラー風と、見せ方に工夫が凝らされているところが楽しいですね。

 存在しないはずの地下三階をめぐる「レベル3」、未来からやってきたらしい夫婦を描く「おかしな隣人」、時間の狂いをドキュメンタリー風に語る「こわい」、別世界への切符を手に入れた男を描く「失踪人名簿」、互いに想像を凝らす恋人たちの物語「雲のなかにいるもの」、過去の妄念が時間を越えて幽霊として現れる「潮時」、願いをかなえる植字機によって世界を変えようとする「ニュウズの蔭に」、未来から持ち込んだ飛行機で南北戦争に勝とうとする「世界最初のパイロット」、同じロマンス小説を読んだ男女のロマンティック・コメディ「青春一滴」、車好きの青年が復元したクラシックカーが過去に迷い込むという「第二のチャンス」、風で飛ばされた書類を取るためにビルのへりを歩くことになるという「死人のポケットの中には」の11篇を収録しています。

 フィニィの「時間もの」作品では、当時の服や持ち物を身につけその時代の人間になりきる…という「ジャック・フィニィ型タイム・トラベル」が有名ですが、短篇では、「おかしな隣人」のように、機械(タイム・マシン)による時間移動も描かれていますね。
 現実からの脱出、というテーマの作品が多く見られますが、主人公たちは必ずしもそれに成功するわけではない…というところが、また味わいがあります。一度きりの現実からの脱出に失敗してしまうという「失踪人名簿」の結末はほろ苦さにあふれています。

 歴史改変小説とも読めるのが「潮時」「第二のチャンス」です。「潮時」では主人公の前に「幽霊」が現れ、それがまだ生きている人間の過去の姿であることがわかります。当人から過去の重大な決断を聞かされた主人公は、自らもまた決断をすることになります。その結果得られたものと失われたものとは?
 「第二のチャンス」では、車好きの青年が壊れた古い車を手に入れます。それは数十年前に事故で運転手が亡くなったという車でした。修理によって当時の姿を取り戻した車でドライブをしていた青年は、過去に迷い込んだことに気がつきます。青年が過去に現れたことにより、ある家族の運命が変わるのです。
 「第二のチャンス」は希望にあふれた作品で、フィニィ作品の一般的なイメージとしては正にぴったりの作品です。対して、同じような過去改変テーマを扱っていても「潮時」は、多少ペシミスティックな味わいのある作品ですね。
 人間のどんな選択も、それが正しいかどうかはわからない…という「潮時」を読むと、フィニィが単純なロマンティストではないことがわかります。「現実」を認識したうえでの「夢想家」、かすかな皮肉と憂愁をたたえた部分もまた、フィニィの魅力といっていいのかもしれません。



4150200262ゲイルズバーグの春を愛す (ハヤカワ文庫 FT 26)
ジャック・フィニイ 福島 正実
早川書房 1980-11-01

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『ゲイルズバーグの春を愛す』(福島正実訳 ハヤカワ文庫FT)
 収録作品がバラエティに富んでいるのは『レベル3』と同様ですが、洗練度はこちらの方が上でしょうか。ロマンティックな「愛の手紙」の印象が強いですが、コメディやホラー風の作品などもあり、名短篇集といっていい作品集です。

「ゲイルズバーグの春を愛す」
 イリノイ州ゲイルズバーグで起こる不思議な事件を、ドキュメンタリータッチで描いた作品です。古き良き街で頻発する不思議な現象の目的は一体何なのか?
 「過去」の力は「現在」よりも強い…。フィニィ作品に共通する「過去への郷愁」がもっとも物理的・攻撃的な形で現れるという、その意味でユニークな作品です。

「悪の魔力」
 街歩きが趣味の「ぼく」はある日、マジック・ショップで入荷したばかりという不思議な眼鏡を手に入れます。それをかけると女性の服が透けて見えるのです。同じく街歩きが趣味の同僚フリーダをその眼鏡で覗いた「ぼく」は驚きますが…。
 不思議な道具の効果とその顛末を描きながら、「ぼく」と友人フリーダとの恋愛模様が同時進行するという、ロマンス風味の強い作品です。街歩きとものづくりが趣味だというフリーダのキャラクターが魅力的ですね。

「クルーエット夫妻の家」
 富裕なクルーエット夫妻が過去の家の図面に魅せられたことから、その過去の様式で家を建てるという物語。実業家であり非常に現実的であった夫妻が、家の影響でだんだんと外界との接触をなくしていく…という、ある意味ホラーチックな展開もユニーク。

「おい、こっちをむけ!」
 作家マックス・キンジェリーは、才能豊かながら経済的にも恵まれず不遇な日々を送っていました。彼の友人になった「わたし」は妻ともども、彼の面倒をいろいろと見てやっていたのです。しかし「わたし」が家をしばらく空けている間に、マックスは流行性感冒であっさりと死んでしまいます。彼の死後半年して「わたし」は、街中でマックスの「幽霊」を見かけます。マックスは何のために現れたのか…?
 死んだ友人が幽霊となって現れるという、お話としては単純な作品なのですが、作家としての矜持を持つマックスと、それを理解する「わたし」との友人関係、また作家と批評家としての関係性が全体に流れており、読み応えのある作品になっています。
 霊となって現れるという執念がありながらも、この世に残せるものがない…というマックスの姿が非常に哀感を感じさせます。彼が最後に残した「もの」とは何だったのか? 様々な解釈ができそうな、深みを持った短篇といえますね。

「もう一人の大統領候補」
 語り手の「私」は友人チャーリイを大統領候補になってもおかしくないと男だと断言します。チャーリイの少年時代のエピソードの中でも最大の事件は、脱走した虎に催眠術をかけるというものでした…。
 チャーリイは本当に虎に催眠術をかけたのか? 利発な少年の活躍もさりながら、彼の活躍を描く「私」の語り口にもユーモアが感じられる楽しい作品です。

「独房ファンタジア」
 死刑執行が近づいた若いメキシコ人の死刑囚ペレスは、絵を描くための道具と、独房の壁に壁画を描きたいという請願書を典獄に提出していました。
許可が下りるとペレスはさっそく壁に絵を描き始めます。時間が経つにつれ、その絵がドアを描いたものだということが判明しますが…。
 死刑執行までに絵は完成するのか? ペレスの意図は何なのか? 死刑執行までのタイムリミット・サスペンスでもあり、そのファンタスティックな結末も魅力的です。

「時に境界なし」
 物理学の助教授ウェイガンは警察のイリーン警部に呼び出されます。捜査の手伝いをしてほしいというイリーンはいくつかの事件を語り始めます。
 どの事件でも、容疑者は消えたきり行方が杳として知れません。彼らは「過去」へ逃亡したのではないかと話すイリーンに対し、ウェイガンは困惑しますが…。
 「過去」へ行ってしまった容疑者に対してさえ執念を燃やすイリーン警部のキャラクターが強烈です。彼の取った最終的な手段とは…?

「大胆不敵な気球乗り」
 チャーリイは妻子が留守の間、ふと空を飛びたいという衝動にかられます。百科事典の気球の項目を読み、さっそく気球を自作し完成にこぎつけたチャーリイは、夜になるのを待って気球で空に上がります。
 飛行している姿を、近所に住むレニダス夫人に目撃されたチャーリイは、次の夜、彼女から一緒に気球に乗せてほしいと懇願されます。やがて二人は気球で夜の冒険に出かけることになりますが…。
 深夜、気球で大空を飛ぶ男女二人組を描いた、大人の童話ともいうべき作品です。この二人がそれぞれ既婚者でありながら、恋愛感情が絡まず、純粋に「憧れ」を共有する…というスタンスが良いですね。結末も非常に洒落ています。

「コイン・コレクション」
 結婚して四年になる「私」は、妻マリオンへの態度が原因で彼女を怒らせてしまいます。ある日「私」はズボンのポケットに、見たことのない十セント銀貨が紛れ込んでいるのに気がつきます。銀貨にはウッドロー・ウィルソンが描かれていましたが、「私」はそれを新しい硬貨だと思い、その銀貨で新聞を買います。その直後「ココ・クーラ」と描かれたペンキ塗りの広告を目撃した「私」は自分が別の世界に来たことを確信します。自宅に戻った「私」を出迎えたのは妻である「ヴェラ」でした…。
 銀貨を媒介に訪れたのは、かっての恋人と別れずに結婚していたら…というパラレルワールドだったのです。その世界では様々なものが「現実」とは違っており、作家たちの寿命が延びた結果、知られざる新作が書かれたりもしています。
 日常的に別世界の硬貨が日常に紛れ込んでおり、また別の世界への移動の可能性も匂わせていたり、設定に厚みがありますね。

「愛の手紙」
 「ぼく」は、古道具屋で時代ものの机を手に入れます。机は取り壊し中のヴィクトリア朝風の大きな邸から出たもので、三段の小抽斗がついていました。ある夜抽斗を触っていた「ぼく」は、奥に隠し抽斗があることに気付きます。
 抽斗に隠されていたのは手紙でした。ヘレンという結婚間近の娘が、空想上の恋人に向かって書いた手紙らしいのです。ふと手紙に返事を書くことを思いついた「ぼく」は、返事をしたためると、当時の切手を貼り、古い郵便局のポストに投函します。
 その後二番目の隠し抽斗に隠されていた古びた手紙を見て「ぼく」は驚きます。自分が出した手紙に対し、1880年代にいるはずのヘレンの返事が入っていたのです…。
 過去の「物」を媒介にして過去とつながる…というフィニィお得意のテーマの作品ですが、ここでは人は移動できず、移動できるのは手紙だけ、という状況が描かれます。しかもやりとりできるのは抽斗の数だけ。つまり、手紙のやりとりも数通しか出来ないのです。その数通の手紙の中で、互いに恋愛感情を抱く男女ですが、その結末は悲恋に終わらざるを得ません。しかしそこに悲愴な感覚がないのは、フィニィの作家性ゆえでしょうか。「障害」は恋愛小説の要諦ともいえますが、ここで恋人たちを隔てるのは「時間の壁」なのです。
 時間テーマの作品はロマンスと相性がいいと言われますが、その中でも屈指の名編といっていい作品ではないでしょうか。



4150200025夢の10セント銀貨 (ハヤカワ文庫 FT 2)
ジャック・フィニイ 山田 順子
早川書房 1979-02-01

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『夢の10セント銀貨』(山田順子訳 ハヤカワ文庫FT)

 29歳の男性ベンは、結婚して四年になる妻ヘティとの間に倦怠期を感じていました。ある日ズボンのポケットに、ウッドロー・ウィルソンが描かれた硬貨を見つけたベンは、ニューススタンドでその硬貨を使った直後、周りの光景がいつもと違っていることに気がつきます。
 生産をやめたはずの車が走り、勤め先のビルがなくなっていたのです。ベンは自分が「現実」とは異なる世界に来ていることに気付きます。自宅に戻ると、そこにいた妻は、かっての恋人テシーでした。この世界では、ベンはヘティとは出会わずテシーと結婚していたのです。
 テシーとの生活を楽しむベンは、この世界では発明されていない品物の特許をとって大もうけしようと考え、さっそく弁理士事務所にコンタクトをとります。現れた弁理士はかっての知り合いカスターでした。カスターを自宅に招待したベンは、カスターが連れてきた婚約者の女性を見て驚きます。女性はかっての「妻」ヘティだったのです。結婚を予定しているという二人に嫉妬したベンは、彼らの仲を裂こうとあれこれ策略をめぐらしますが…。

 主人公が、それぞれ別の妻がいるパラレルワールドを行き来するという、どたばたファンタジーコメディです。短篇「コイン・コレクション」『ゲイルズバーグの春を愛す』収録)を長編化した作品で、序盤の展開は、ほぼ短篇版を踏襲しています。大きく異なるのは、短篇版には出てこないカスターというキャラの存在です。
 後半は、ヘティをめぐってのカスターとの争いがメインになり、スラップスティック色が濃くなっていきます。パラレルワールドの妻テシーは魅力的な女性として描かれるものの、ヘティが別の男と結婚しようとしていることがわかると、主人公の注意はそちらに完全に移ってしまいます。
 傑作とはいいにくい作品ではあるのですが、もちろん読みどころもいろいろあります。短篇では細かいところまで描かれなかったパラレルワールドの世界観や主人公夫婦の日常生活の描き込みなどは密になっており、読み応えは増していますね。
 とくにパラレルワールドの設定は面白いです。あるはずのものがなかったり、逆にないはずのものがあったりします。また、かっての知り合いが別の形で出てきたり、有名な映画俳優がこの世界では一般人として暮らしていたりするのです。
 後半は、パラレルワールド間の移動を利用して大金を手に入れようとしたり、移動が原因でのっぴきならない状態に陥ったりと、お話としては動きが多く読ませます。
 正直、主人公がかなり「身勝手」なキャラなので、好き嫌いは分かれると思いますが、ファンタジーコメディとして面白い作品です。



4042735037マリオンの壁 (角川文庫)
ジャック フィニイ Jack Finney
角川書店 1993-02

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『マリオンの壁』(福島正実訳 角川文庫)

 ニックと妻のジャンが移り住んだのは、かってニックの父親が若い頃住んでいたという家でした。家の壁紙をはがすとそこに現れたのは「マリオン・マーシュここに住めり」という文字。ニックの父親は、かって自分の恋人であったマリオンが書いたものだと話します。
 才能があったものの奔放な性格だったマリオンは、女優として成功するためハリウッドに行きたいと言います。その件で、ニックの父親と喧嘩し、直後に事故で死んでしまったというのです。マリオンが出演した映画をテレビでたまたま目にしたニックとジャンは、彼女の魅力に捕えられます。
 映画を見た直後、ジャンの様子が豹変します。自分はマリオンだと言い出したのです。どうやら映画女優の幽霊がジャンに取り憑いたらしいということを認識したニックは、マリオンの魅力に惹かれながらも、妻に対する裏切りになるのではないかと疑問を抱き始めます…。

 映画女優の幽霊に取り憑かれた妻とその夫を描く、ロマンティックなファンタジーコメディ小説です。
 本来おとなしい性格の妻ジャンと、映画女優マリオンが憑依したときの奔放な性格のギャップが読みどころです。妻を愛しながらも、マリオンのコケティッシュな性格にも惹かれてしまう夫ニックの逡巡が描かれます。
 マリオンは役者であり、憑依した状態で本来の人格ジャンのふりをしたりもするのだから非常にややこしい。やがてマリオンは自分の生前の夢をかなえるために、ニックとジャンに協力しろと言い出します。ついにはマリオンだけでなく、ニックにもある映画俳優が憑依することになります。
 マリオンの夢は実現するのか? ニックと妻ジャンとの関係は元に戻るのか? 不思議な三角関係が描かれるのと同時に、背景には1920年代のサイレント映画への作者フィニィの憧れの念が描かれます。やがてそれらの二つの流れがひとつになるという結末は非常に見事。
 フィニィの他の作品でも見られる、過去への郷愁は本作でも描かれますが、それがノスタルジックな作品のテーマとも連動しており、嫌味になっていません。非常に肩の力が抜けた感のある作品で、主人公(?)マリオンのキャラの魅力とも相まって、フィニィ作品の傑作の一つといっていいかと思います。



4042735010ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫)
ジャック・フィニイ 福島 正実
角川書店 1991-10-01

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4042735045フロム・タイム・トゥ・タイム―時の旅人 (角川文庫)
ジャック フィニイ Jack Finney
角川書店 1999-01

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『ふりだしに戻る』(福島正実訳 角川文庫)
『時の旅人』(浅倉久志訳 角川書店)(文庫化名『フロム・タイム・トゥ・タイム 時の旅人』角川文庫)

 1970年のニューヨーク、広告代理店でイラストの仕事をしているサイは、訪ねてきたルーブから奇妙な誘いを受けます。彼はある計画の候補者としてサイが選ばれたことを話します。サイが訪れた古いビルの地下には、1920年代の住宅街の精巧なセットが作られていました。
 このプロジェクトの目的は、過去の特定の時代に現代の人間を送り込むことだったのです。サイは、女友達ケイトの養父の父の自殺現場に残された青い封筒の謎を突き止めるため、1880年のニューヨークへ旅立ちますが、過去で出会った女性に恋をしてしまいます…。

 過去のある場所にいると思い込むことで、タイムトラベルをするという、フィニィ独自のタイムトラベル方法が使われている作品です。女友達ケイトの養父の父が自殺したという謎や、主人公が参加することになる国家的プロジェクトに関わる陰謀などもあるものの、作品のメインとなるのは、過去の時代・街に対する主人公のノスタルジーと、過去の時代の女性とのラブストーリーです。
 実際、作中の大部分で19世紀末の写真やイラストなどがこれでもかとばかりに紹介され、街の細かい描写が続きます。フィニィの「過去への郷愁」が最も強く出た作品といえますね。

 続編『時の旅人』では、サイが再びタイムトラベルを行います。前作よりも「歴史改変もの」的な要素が強くなっていますね。前作から20年以上時間が空いていることもあり、作品の感じも大分異なっています。正直、こちらは無理に読まなくてもいいかも。



4150116369盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)
ジャック・フィニイ ハヤカワ・デザイン
早川書房 2007-09-20

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『盗まれた街』(福島正実訳 ハヤカワ文庫SF)

 小さな街サンタ・マイラで医者を務めるマイルズは、かって思いを寄せていた女性ベッキィの訪問を受けます。ベッキィは、彼女の従姉妹ウィルマについての相談のためやってきたと言います。ウィルマは、父親であるアイラ伯父が本物でないと話しているというのです。
 マイルズは直接ウィルマから話を聞き、アイラ伯父に会ってみたものの、特におかしな点は感じることができません。似たようなことを訴える患者が増えてきたことについて、精神医学の権威であるマニーは、集団ヒステリーではないかと話します。
 そんな折、マイルズは街に住む作家ジャックから連絡を受けます。ジャックの家を訪れたマイルズは、そこにあった人間の死体らしきものに驚きます。しかもよく見ると、それは死体ではなかったのです…。

 小さな街で、家族が偽者になってしまったと訴える人間が急激に増えてきます。訴える人によれば、記憶も人格も体に残った傷跡さえも同じながら、何かが決定的に違うというのです。集団ヒステリーかと思われた事件は、やがて深刻な局面を迎えることになります。身近な人、大切な家族が、いつの間にか「何か」と入れ替わっている…という不安感が支配する序盤のサスペンスは強烈です。
 具体的に何がおかしいのかもわからず、入れ替わったと思われる「何か」の正体も全くわからないのです。
 後半、その「何か」の正体は判明するのですが、今度はその「何か」が自分と入れ替わって自分の存在が消滅してしまう…というアイデンティティーに関わる不安が前面に出てきます。

 侵略SFの古典的作品ですが、今読んでもそのサスペンスと恐怖感は強烈です。侵略SFは数あれど、この作品ほど、原初的な不安感・恐怖感にあふれた作品は少ないのではないでしょうか。作品発表時のアメリカの政治状況と絡めて語られることもある作品ですが、そうした文脈を抜きにしても、非常に面白く、ホラー小説としてみても第一級の作品です。


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ことば四十八手 (1980年) (楽しみと冒険〈9〉)
井上 ひさし
新潮社 1980-01

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「従兄レンの驚異の形容詞壺」(田村義進訳 井上ひさし編『楽しみと冒険9 ことば四十八手』新潮社 収録)

 ジャーナリストである従兄レンは、質流れの店で不思議な壷を買ってきます。消火栓に似た形のその壷を「ぼく」もレンも塩壷だと思っていました。ある日レンがコラムを書いた後、壷をいじっていると、いつの間にかコラムの文章が変わっていることに気がつきます。
 文章から形容詞と副詞が削られており、しかも文章は引き締まっていました。壷は形容詞と副詞を吸い取る「形容詞壷」だったのです。「形容詞壷」を利用して書いたレンのコラムはどんどん評価を上げていきますが…。

 短篇集『レベル3』が翻訳されるときに割愛されてしまった短篇なのですが、これが実に味わいがあって良い作品なのです。
 文中に、レンが書いた文章が記され、実際に「形容詞壷」によって削られた文章も引用されます。それがちゃんと引き締まった文章になっているのが説得力がありますね。文章を書くときの指針としてもためになる作品です。
 初訳は『ミステリマガジン1978年3月号』(田村義進訳 早川書房)。後に、井上ひさし編『楽しみと冒険9 ことば四十八手』(新潮社)にも再録されています。『ことば四十八手』は様々なことばに関する文章を集めたアンソロジーで、文章技術としての面白さも勘案されて再録されたものでしょうか。



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五人対賭博場 (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジャック・フィニィ 伊東 守男
早川書房 1977-01

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『五人対賭博場』(伊東守男訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 19歳の大学生「ぼく」ことアルと、その友人ブリック、ガイ、ジェリーは、学生生活に鬱屈していました。何か大それたことがやりたいという彼らは、冗談交じりに賭博場を襲ったら…ということを話し合っていました。
 ウェイトレスのティナに入れ込むアルは、彼女のために大金が欲しくなり、襲撃計画を本気で考え始めます。ティナを加えた5人は、それぞれの事情から、やがて計画に本気で取り組み始めます。襲うのはネバダ州レノ、巨大な賭博場「ハロルド・クラブ」。厳重な警備の中、彼らの計画は成功するのか…?

 賭博場を襲撃し大金を盗み出そうという計画を描いたサスペンス作品です。
 主人公たち5人が賭博場襲撃計画のプランを立て、実現可能な案を考えていく過程がじっくり描かれます。アルバイトで務めたことのある者の経験や、実際に偵察に訪れたりと、計画が煮詰まっていく流れは、高揚感にあふれており楽しいところです。
 しかし考え方の違いから、5人の中にも不穏な空気が流れ始めます。計画の中止はできず、そのまま襲撃計画を実行することになりますが、さらにアクシデントが起こり、計画遂行の雲行きも怪しくなっていくのです。
 若者たちが大それたことをしたい…という序盤から、青春小説的な要素が濃いのですが、結末で彼らが遭遇することになる「現実」は、非常に苦い味わいです。ほろ苦さはフィニィ作品の常ではあるのですが、この作品のそれは一際強烈で、フィニィ作品の中でもいちばんと言っていいのではないでしょうか。



4150720541完全脱獄 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジャック・フィニイ 宇野輝雄
早川書房 2007-09-26

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『完全脱獄』(宇野輝雄訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 詐欺の容疑でサンクェンティン刑務所に収監されていたアーニー・ジャーヴィスは、脱獄をしようとして失敗し、しかも直後に看守を殴ってしまいます。その結果、法律上は死刑になる可能性があることに気付いたアーニーは、面会に訪れた弟ベンに脱獄の協力を要請します。
 ベンはアーニーの婚約者ルースと共に脱獄の計画を進めます。夫婦であると偽って刑務所の近くに家を借りた二人でしたが、折悪しく、すぐそばには刑務所に勤める刑務官ノヴァも住んでいました。不安を抱えながらも、脱獄計画をスタートさせる二人でしたが…。

 死刑になる可能性のある兄を救うために、兄の婚約者とともに兄を脱獄させようとする弟の物語です。脱獄の過程だけでなく、登場人物同士の心理にも多く触れられており、読み応えのある作品ですね。
 脱獄計画自体はわりとシンプルで、その計画の過程も地味に面白いところなのですが、それ以上に目を引くのが、登場人物たちの関係性です。収監されているアーニーは、一見魅力的ながら自尊心が異様に高く、後先をあまり考えない性格。弟のベンは逆に思慮深い性格です。
 あまりに思慮のないアーニーの行動に失望したルースは、ベンに惹かれていきます。ベンもまた義務の念からアーニー救出をしようとしますが、ルースに惹かれていくのを止めることはできません。不穏な思いを抱えながら計画を成功させることができるのか?

 救出される囚人が、ある種の「ならず者」なのがポイントで、計画の成否と同時に、「ならず者」アーニーが問題を引き起こさないか、ハラハラドキドキするという意味のサスペンスもありますね。
 脱獄計画自体もわりと小粒、主な登場人物たちも少数(登場人物表は5人のみ)なので、非常に読みやすい作品になっています。小粋なサスペンスといっていい作品です。



4150010099クイーン・メリー号襲撃 (ハヤカワ・ミステリ 1009)
ジャック・フィニイ 伊藤 哲
早川書房 1967-11

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『クイーン・メリー号襲撃』(伊藤哲訳 ハヤカワ・ミステリ)

 青年ヒューは、ついた仕事がどれも長続きせず、心の奥では冒険を求めていました。そんな折、再会した海軍時代の友人ヴィックは、冒険と大金が手に入る機会があると、ヒューをある計画に誘います。
 計画の立案者フランクは、計画について語ります。それは第一次大戦時に沈んだ潜水艦Uボートを引き上げ、その潜水艦を使って豪華客船クイーン・メリー号を襲撃する、というものでした。しかし40年以上海に沈んでいた潜水艦はそのままでは使えません。彼らは協力し、潜水艦に修理を施そうとしますが…。

 豪華客船クリーン・メリー号を襲撃し、莫大な金銭を奪い取ろうとする男たちの奇想天外な計画を描く、犯罪サスペンス作品です。
 潜水艦で客船を襲って大金を奪う…という、かなり単純な犯罪計画ではあるのですが、その過程や登場人物たちのやり取りが詳細に描かれ、飽きさせません。そもそも計画の実行が始まるのが、作品もかなり後半になってからなのです。それまでは、計画の準備が丁寧に描かれていきます。
 古い潜水艦が壊れていないのか、バッテリーは使えるのか、動力はどうするのか、といった問題を一つ一つクリアしていく過程は地味ながら面白く読ませます。並行して、主人公たちの性格や軋轢も描かれていきます。一味の紅一点ローザをめぐっての、主人公ヒューと船長モレノの対立も読みどころの一つ。
 冒険とロマンを求める主人公ヒューですが、計画の実行段階に及んで、現実と夢との落差を実感することになります。モラルを捨てて富を手に入れるのか?自らの正義感を守るのか?
 奇想天外な犯罪の一部始終を描く犯罪小説であり、青年の夢の実現と挫折を描く青春小説でもある作品です。読み終えた後に残るほろ苦さには、独特の味わいがありますね。



yorunobouken.png夜の冒険者たち (1980年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジャック・フィニイ 山田 順子
早川書房 1980-09

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『夜の冒険者たち』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 法律事務所に勤める青年リュウは、仕事も順調、恋人ジョーとの仲も問題ない状態ながら、鬱屈したものを抱えていました。ある夜眠れなくなったリュウは深夜一人で散歩に出かけます。夜の街の魅力に捕えられたリュウは、ジョーの他、親友ハリーとそのパートナーシャーリーの4人での深夜の散歩を提案します。
 無人の高速道路での大騒ぎを皮切りに、警官との追いかけっこを体験した4人の行動はエスカレートしていきます。それはやがて犯罪すれすれの行動にまで発展しますが…。

 夜の都会を舞台に、4人の男女の冒険を描くサスペンス作品です。
 序盤は若者たち4人が、深夜の街を散歩する…という、ロマンティックながら、いささか退屈しかねない展開なのですが、やがてスリルを求める彼らの行動がエスカレートしていき、警官との追跡が始まるに及んで、俄然サスペンスが高まってきます。
 基本的に主人公たちが行うのは「いたずら」なのですが、それを理解しない警官たちとの間に軋轢を引き起こしてしまいます。引くべきところでも相手を挑発してしまい、事態は悪化していきます。しかし4人は中途半端に「いたずら」をやめようとはしません。
 主人公たちは、最後の最後まで「いたずら」を繰り返し、結末では非常に大掛かりな「いたずら」を計画します。いい大人が子供のようないたずらを繰り返すという、ある意味「子供っぽい」物語ではあるのですが、その一貫性が非常に心地よいのです。
 舞台となる夜の街も非常に雰囲気があります。中盤で展開される深夜の図書館への侵入は何とも魅力的。サスペンスというべきか冒険小説というべきか。言うならば「大人気ない大人の冒険小説」。フィニィならではの不思議な味わいの作品です。


フィニィのオマージュおよび関連作品についても、いくつか紹介しておきたいと思います。



4488612067万華鏡 (ブラッドベリ自選傑作集) (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ 中村 融
東京創元社 2016-10-20

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レイ・ブラッドベリ「狐と森」(中村融訳『万華鏡』創元SF文庫 収録)

 ジャック・フィニィの短篇「おかしな隣人」の中で言及されるレイ・ブラッドベリの短篇です。タイトルは言及されず、内容だけが紹介されるのですが、ほぼこの作品と断定してよいかと思います。

 国家が国民を管理する未来社会で、タイムマシンで時間旅行を許された夫婦が偽名を使い、現代のメキシコに逃げ込みます。しかし秘密警察の追っ手らしき男が現れ…という物語です。
 読んでいて、なるほど、フィニィの「おかしな隣人」の発想元はこれか…と思わせる作品です。ただ、ブラッドベリ作品に比べ、フィニィの料理の仕方はユニークです。フィニィの方は、未来社会に失望した国民たちが皆過去に逃げ出してしまい、国が成り立たなくなってしまうのです。
 飽くまで生真面目なブラッドベリ作品と、風刺的な目を失わないフィニィ作品、それぞれの作家の特徴がよく出ていて面白いですね。



4150308039サマー/タイム/トラベラー (2) (ハヤカワ文庫JA)
新城 カズマ
早川書房 2005-07-21

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新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』(ハヤカワ文庫JA)

 時間跳躍能力を持ったヒロインとその仲間たちをめぐる青春小説です。作中でヒロインの能力を知った仲間たちが、タイムトラベルを扱ったフィクションを集めて研究するというくだりがあって、非常に楽しいです。
 『ジェニーの肖像』『リプレイ』『トムは真夜中の庭で』など、沢山のタイムトラベル作品が言及されるのですが、中でも、ジャック・フィニィ作品の言及が多いのです。登場人物がさりげなく『ゲイルズバーグの春を愛す』を読んでいたり、浴衣の柄が『ゲイルズバーグの春を愛す』の表紙画になっていたり。
 浴衣の柄に関しては、二巻の表紙(全二巻です)が、ちょうどヒロインがそのフィニィ柄の浴衣を着ているイラストになっているという凝り様です。また、登場人物たちもフィニィ作品は別格として扱っているようで、セリフの端々にそれが見られますね。
 作中から一部引用してみましょう。

 「フィニィ的思考の勝利だわ」謳うように、響子の御託宣。「過去への憧れ。失われたものへの想い。『ふりだしに戻る』-『レベル3』-『愛の手紙』。でなきゃマシスンの『ある日どこかで』とか。過去を望まない人間がいるかしら?それこそお目にかかりたいものだわ!」

 登場人物たちがタイム・トラベル作品を分類した表が実際に載せられているのですが、その分類の仕方がユニークです。縦軸が「過去が改変可か不可か」、横軸が「悔恨欲と俯瞰欲」で、4つに区切られた表に作品が分類されています。
 例えば、ウェルズ『タイム・マシン』は俯瞰欲が優勢で過去改変は不可、フィニィ「愛の手紙」は悔恨欲が優勢で過去改変可に分類されています。「過去の改変」はともかく「悔恨欲と俯瞰欲」という分類は非常にユニークですね。でも言われてみると確かにうなずける考え方ではありますね。



409408134820世紀の幽霊たち (小学館文庫)
ジョー ヒル Joe Hill
小学館 2008-09-05

by G-Tools

ジョー・ヒル「黒電話」『20世紀の幽霊たち』小学館文庫 収録)

 少年ジョン・フィニィは、誘拐犯アルにさらわれ地下室に閉じ込められてしまいます。地下室内に黒い旧式の電話があるのを見つけますが、その電話線は切られていました。数日後、希望を失いかけたフィニィは、切られているはずの電話が鳴っているのに気づきます…。
 作風的には全くフィニィとは異なる作品なのですが、フィニィへのオマージュがところどころに見られます。
 主人公の少年の名前がフィニィであり、作中でも名前のジョンではなく苗字のフィニィで描写されます。殺人鬼の通称が〈ゲイルズバーグの人さらい〉だったりと、ジャック・フィニィを意識した作品です。実際作者のあとがきでも、フィニィに対し最大級の賛辞を送っています。
 お話は、つながるはずのない電話から聞こえた声に従い、地下室から脱出しようとする少年を描いていて、ちょっと幻想がかったサスペンス短篇になっています。削除されたという最終章も同じ本に収録されていて、こちらも合わせて読むと興趣が増しますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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