とっても幸せ  シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』
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ずっとお城で暮らしてる
シャーリイ ジャクスン Shirley Jackson 山下 義之
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 『くじ』や『たたり(山荘奇談)』で知られるシャーリイ・ジャクスンは、人間の狂気を描くのに長けた作家です。そして、彼女のその方面の集大成とも言うべき作品がこれ、『ずっとお城で暮らしてる』(山下義之訳 学研ホラーノベルズ)です。
 語り手のメアリー・キャサリン・ブラックウッド、通称メリキャットは、姉のコンスタンスと伯父のジュリアンとともに、屋敷でひっそりと暮らしていました。古い名家であり、資産家でもあるブラックウッド家ですが、なぜか村の人々の目は冷たいのです。屋敷の外に出れば人々はこれ見よがしにブラックウッドの陰口をききます。買い物に出たメリキャットは、子供たちから囃し立てられます。

 ねえメリキャット、お茶でもいかがとコニーのさそい
 まあけっこうよ、毒入りなのねとメリキャット


 そして人々がブラックウッド家を嫌う理由が明らかになります。6年前、ブラックウッド家で毒殺事件があったのです! 生き残ったのは食事を口にしなかったコンスタンスとメリキャット、そして毒により障害を負ったジュリアン伯父のみ。コンスタンスは、容疑者とされたものの、無罪になったという経緯がありました。それ以来、ブラックウッド家の人々は屋敷に閉じこもるという生活を続けていたのです。
 しかしメリキャットは、姉と伯父との生活に満足していました。そして外部の人間を忌み嫌います。いまだコンスタンスを心配して訪ねてくる友人をさえ、メリキャットは邪魔者とみなすのです。

 「遅かれ早かれ-」とコンスタンス。「遅かれ早かれ、第一歩を踏み出さなきゃならないもの」
 わたしはぞっとした。「追いかえそうよ」
 「だめよ。絶対にだめ」


 そんなある日、彼らのいとこであるチャールズ・ブラックウッドが現れます。チャールズはコンスタンスに外の世界に出るようにと促し、コンスタンスもその気になりかかります。しかしメリキャットは、自分たちの幸せな生活の闖入者として、チャールズを忌み嫌います。
 現世的で、やたらと金のことを気にかけるチャールズに、ジュリアン伯父は腹を立て、メリキャットもまたチャールズを追い出す方法を考えます。そしてとうとう、メリキャットはチャールズの部屋に火をつけてしまうのですが…。
 ゴシック・ロマンスを思わせる作品ですが、超自然的要素はなく、あくまで人間の狂気を描くのが主眼となっています。最初メリキャットが登場した時点では、その語りに少々違和感を感じるものの、ただ無邪気な少女なのかと思いきや、だんだんとその狂気が露わになっていきます。
 彼女の望みは大好きなコンスタンスとともに暮らすことだけであり、それ以外の人々は邪魔者でしかないのです。おせっかいながらも、コンスタンスのことを気にかける友人ヘレンもまた、メリキャットにとってはただの邪魔者です。そして決定的に姉との仲を裂こうとする闖入者チャールズに対しては、メリキャットは極端な手段をとることになるのです。その前後の見境のなさには、寒気を覚えさせられます。
 チャールズ伯父もまた毒殺事件で体に障害を負いますが、精神的にもまた歪みをかかえてしまっています。事件の本を書くと称して、毎日その事件についてコンスタンスに話しかけるのです。そして相変わらず夢のような事ばかり言っているメリキャット。ブラックウッド家で、唯一正常な精神の持ち主であるコンスタンスもだんだんと彼らの狂気に飲み込まれてゆきます。
 ブラックウッド家の人々の狂気もさることながら、それにもまして、この作品で目に付くのは、周りの人々の悪意です。事件のことを囃し立てる子供たちはもちろんのこと、公然と当事者の前で悪意ある発言をする村人たち。そして屋敷の火事にいたっては、村人たちの悪意が剥き出しになるのです。
 ブラックウッドの人々はスキャンダルの種になったものの、村人にとくに害を及ぼしたわけでもありません。むしろブラックウッドの人々は、村人たちの目を恐れ閉じこもったのに、それに対しさらに憎悪をかき立てられるかのような、不条理なまでの悪意。これには怖気を振るわずにはいられません。
 狂気と悪意のるつぼであるこの作品でも、唯一メリキャットのみは、その悲惨な状況にもかかわらず、幸福を覚えています。それは自分とコンスタンスだけの城がある限り、彼女は幸せだからです。彼女にとっては、物質的な富は何の意味もありません。それゆえ屋敷が火事になったとしても、コンスタンスが無事ならメリキャットは満足なのです。メリキャットの語りは、まるで躁病患者のような多幸感に満ちています。
 結末で邪魔者を追い払ったメリキャットは、コンスタンスとともに自分たちだけの「城」を築きます。客観的には悲劇の状況にもかかわらず、メリキャットにとっては幸せの絶頂なのです。彼女の「とっても幸せだね、あたしたち」という発言には、凡百のサイコスリラーを一蹴する凄みがあります。
 狂気を描くのに、これほど明るいトーンの語り口を採用した作品というのは、前代未聞ではないでしょうか。人間の底知れない狂気を、軽妙な語りで描き出すという離れ業をなしとげた、恐るべき傑作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
いいですねえ!
『たたり』があまりにも傑作だったので次に読んでみたいと思っている作品です。書店でも新古書店でも目にしませんが絶版なのでしょうか。
ホラーの王道は超自然だと考えてはいるのですが、本当に怖いのはこのような人間の狂気ですね。成功するのはなかなか難しいのですが(あれ、『ローズマリーの赤ちゃん』は超自然と狂気のどっちだったろう?)。
題名も一見とぼけているようで凄さを感じさせます。
【2006/04/28 21:50】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


「静かな恐怖」ですよね。ラストの姉妹の会話、二人が本当に幸福そうで、それがより一層恐ろしく感じられます。個人的に一番ぞっとしたのは、伯父さんが「メアリー・キャサリンはずいぶん前に亡くなった」とチャールズに言う場面です。伯父さんは確かにおかしいのですが、もしも本当のことを言ってるのだとしたら…。
【2006/04/28 22:44】 URL | そら #- [ 編集]

>迷跡さん
絶版みたいですね。よく見かける本ではあるんですが。
個人的には『たたり』より、はるかに上の作品だと考えてます。全体のトーンが異様に軽いのが逆に怖いんですよ、これ。
僕もホラーは超自然的な方が好みですが、こういうのもまあいいんじゃないかと。本当はジャクスンみたいに真剣に狂気を探求するようなものよりは、ロバート・ブロックみたいなお遊びとして扱っているタイプの方がエンタテインメントとしては、好きですね。
『ローズマリー…』は、一応超自然ということになってますが、結末は狂気がからんでるんで、どっちともいいがたいですねえ。
【2006/04/28 23:15】 URL | kazuou #- [ 編集]

>そらさん
僕も伯父さんの言葉、ちょっとひっかかりました。もしかして、これって幽霊小説なの?って一瞬思っちゃいました。そういう風にも読めなくはないですよね。これはこれで怖い話だな…。
どっちにしても後味が悪くて、あまり人には勧められないタイプの作品です。
【2006/04/28 23:20】 URL | kazuou #- [ 編集]

予想を上回る傑作!
新訳が出てやっと読むことができました。TBさせていただきます。凄い小説ですね。
どのようなオチになろうと心の準備ができていたのですが、下手に落とさないところがなかなかでした。
ちなみに私が考えたオチは、コニーがジョナスと別にメリキャットという名の猫を飼っていて、その猫と会話している。そしてコニーの人格が分裂してメリキャットになっていると。
…『綿の国星』は断片的にしか読んでいませんが、そうともとれる漫画だったかも。どうしても少女漫画を連想してしまいます(あ、褒め言葉ですよ)。
【2007/08/27 22:34】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
TBありがとうございます。
今回の新訳はほんとうに快挙ですね。個人的には『山荘奇談』なんかより、ずっと傑作だと思っていたので、うれしいかぎりです。
やっぱり、この作品は、メリキャットの「語り」がすごいですね。小説は「何を書くか」ではなく「どう書くか」だ、と誰かが言っていましたが、それでいくと、この作品、「語り」の手法を極めた作品のひとつではないかと思います。

なるほど、二重人格だった、というオチですか。僕も読んでいるときは、もしかして、これ多重人格ものになるのかなあ、と思いながら読んでいたのですが、へんに落ちをつけないところも、余韻があっていいですね。

『綿の国星』は、じつは最近、はじめて通読したのですが、この作品とたしかに似た印象もありますね。
【2007/08/27 23:11】 URL | kazuou #- [ 編集]


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[読書]ずっとお城で暮らしてる/シャーリイ・ジャクスン/山下義之

ISBN:4054004458/学習研究社/1994/12 ★★★★☆ お城のような大きなお屋敷に住んでいる「わたし」は、メアリー・キャサリン・ブラックウッド、十八歳。屋敷から一歩も出ない姉のコンスタンスと半身不随のジュリアン伯父さんの三人で暮らしている。 冒頭の「わたし」の語り でこぽんの読書日記【2006/07/03 00:01】

再び眠りについたいばら姫 『ずっとお城で暮らしてる』

『ずっとお城で暮らしてる』(シャーリイ・ジャクスン/市田泉2007-8創元推理文庫)読了。待望の新訳である。やっと読むことができた。凄い小説である。広大な敷地のお屋敷に18歳と28歳の姉妹が猫(ジョナス)と暮らしている。起居もままならない、精神的にも衰え.... 迷跡日録【2007/08/27 22:23】

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Author:kazuou
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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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