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物語をめぐる物語 その1
 本好きや物語好きの人にとって、本や物語それ自身をテーマにした小説は、何にも増して魅力的。また、一口に本や物語と言っても、その扱い方は様々です。
 物理的な本を扱った作品もあれば、架空の本を扱ったもの、手記や体験記の形をとったもの、作中作が埋め込まれたもの、また枠物語やメタフィクション的な実験小説まで、このテーマの作品は非常にバリエーション豊かです。そんな、本や物語をテーマとして扱った作品から、いくつか見ていきたいと思います。



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世界幻想文学大系〈第29巻〉夢想の秘密 (1979年)
紀田 順一郎 荒俣 宏
国書刊行会 1979-10

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ジェームズ・ブランチ・キャベル『夢想の秘密』(杉山洋子訳 国書刊行会)

 作家ケナストンは、ポワテム国を舞台にしたファンタジーを執筆しているうちに、作中に登場するヒロイン、エッタール姫に恋をしてしまいます。やがて現実と想像の境目が崩れはじめ、ケナストンは様々な時代やシチュエーションでエッタールに何度も出会うことになりますが…。

 キャベルはアメリカのファンタジー作家。代表作は18巻におよぶシリーズ〈マニュエル伝〉なのですが、『夢想の秘密』はなんとこの〈マニュエル伝〉の最終章という設定です。
 非常に要約しにくい作品で、簡単にあらすじを述べると上記のようになるのですが、実のところ、そう簡単な話ではありません。そもそもケナストンの創作であるはずの小説中に、すでにしてケナストンの分身と思しいホルヴェンディルという狂言回し的な人物が登場しています。
 ホルヴェンディルは作中でその世界自体がケナストンの創作世界であるということを断言し、メタ・フィクションな発言を繰り返すのです。また作品の前提として、ケナストンはこの作品が属する〈マニュエル伝〉のヒーローであるマニュエルの生まれ変わり、という設定になっています。
 さらにこの『夢想の秘密』という作品自体が、ケナストンの小説やメモをハロービーという編集者がつなぎ合わせたもの、という体裁になっています。二重、三重のメタ・フィクションになっていて、眩暈がしてきますね。
 作品世界に没頭して現実と想像の区別がつかなくなった作家の話とすれば単純なのですが、この作品の場合、それが本当に「ヒーロー」の生まれ変わりなのです。しかもそれが本当かどうかわからないという、さらに上の階層の視点もあるという。
 わりと独立した話なので、最終章であるとはいえ、この作品だけ読んでも面白く読めます。「現実」と「ファンタジー」について、非常に示唆を与えてくれる作品ではないでしょうか。



hazaru.jpgハザール事典―夢の狩人たちの物語 男性版
ミロラド パヴィチ Milorad Pavic
東京創元社 1993-05-01

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ミロラド・パヴィチ『ハザール事典 夢の狩人たちの物語』(工藤幸雄訳 東京創元社)

 かって存在した「ハザール王国」についての事典という形式をとった、破天荒な形式の小説です。
 ハザール国全体が改宗したという史実をもとに、改宗に関する論争とその顛末をキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教から描く、というのがメインになっています。キリスト教が「赤色の書」、イスラム教が「緑色の書」、ユダヤ教が「黄色の書」というタイトルの三部に分かれています。
 3つの宗教で、それぞれ主張していることが違ったり、共通して登場する人物の言動が違ったりするのがポイントで、真実はどこにあるのかがわからなくなっていくという仕組みです。項目それぞれは幻想的なショート・ストーリーになっていて、拾い読みしても楽しめます。
 不死と思しきハザールの王女アテー、夢の中を歩き回るサムエル・コーエン、夢の狩人ユースフ・マスーディ、魔性の女エフロシニア・ルカレヴィチ…。登場人物たちが繰り広げる物語に、また他の登場人物が絡みあってくるのが魅力です。
 さらに、中世や近世の人物たちが現代に転生していることも示唆され、時代を超えたつながりまでもが現れます。そして3つの章が終わった後に現れるのは、20世紀に起きる殺人事件。犯人は誰で、被害者は誰だったのか? ミステリアスな物語にさらに謎を重ねるという趣向です。
 作品全体に謎が仕込まれていて、それを読み解いていくのが愉しみなのですが、読み込んだとしても、唯一の真実は現れてきません。しかし、そこがまた魅力でもあります。読んだ人それぞれの物語が立ち現れてくるという意味で、似た作品の見当たらない、実にユニークな小説です。
 創元ライブラリから文庫版も出ていますが、個人的にはハードカバー版での読書をお勧めしたいです。というのも、ハードカバーの方には、3つの章にあわせた赤・緑・黄の3つのスピン(栞紐)がついており、それぞれの章を行き来しながら読めるからです。
全部読むのはきついけど、ちょっと拾い読みしたい…という方には「アテー」と「ルカレヴィチ、エフロシニア」の項目が単体でも面白いので、お勧めしておきます。



4879842699帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)
ミロラド パヴィッチ Milorad Pavic
松籟社 2009-05

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ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋 占いのための手引き書』(三谷惠子訳 松籟社)

 タロットカードの1枚1枚に対応した章に分かれていて、タロット占いの順番に読むこともできれば、最初から通して読むこともできるという、遊び心にあふれた作品です。
 内容は、ナポレオン戦争時代を舞台に、セルビア人の青年ソフロニエとその父親ハラランピエのオプイッチ親子が引き起こす、幻想的な恋愛小説になっています。「恋愛小説」といっても、この親子、どちらもプレイボーイで、やたらと恋愛遍歴が繰り広げられるのがポイント。
 「ヒロイン」が多数登場するだけでなく、ある人物に捨てられた「ヒロイン」が別の登場人物の次の恋人になったりと、その関係性がやたらと複雑なのです。何しろ、物語本編が始まる前に「登場人物の系譜と一覧」が示されるのですが、そこを読んでもごっちゃになってしまうぐらいです。
 父親ハラランピエの三通りの死をモデルにした芝居が上演されるなど、幻想的なエピソードには事欠きませんが、作品のテーマとなっている恋愛もただの恋愛ではすみません。個人ではどうしようもない、運命や宿命という言葉が似合うような、神話的な恋愛模様なのです。
 最初から順番に読んでいっても、登場人物間の関係性が複雑で迷宮のようなので、これをタロット占いでランダムに読むと、さらに幻想性が増すのではないでしょうか。巻末には付録のカラータロットのページがついていたりと、本自体も非常にチャーミングな造り。パヴィチ作品としては、代表作『ハザール事典 夢の狩人たちの物語』よりも読みやすく、ページ数も短いので、パヴィチ入門としても格好の作品かもしれません。



4001109816はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)
ミヒャエル・エンデ 上田 真而子
岩波書店 1982-06-07

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ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(上田真而子訳 岩波書店)

 いじめられっこの少年バスチアンは、いじめっ子に追い掛け回され、ふと入り込んだ古本屋で変わった本を見つけます。衝動的にその本を盗んでしまったバスチアンは、学校の物置で本を読み始めます。その本の中には、魔法の国「ファンタージエン」について書かれていました。
 「幼ごころの君」が支配するファンタージエンには異変が現れていました。国のあちこちで土地そのものが消滅していたのです。国を救うために「幼ごころの君」に選ばれた少年アトレーユは、国を救うためには「幼ごころの君」に新しい名前を付ける必要があることを知ります。
 しかし、ファンタージエンの住人には名前をつけることができません。「幼ごころの君」に名前をつけられるのは、人の子だけなのです。どうやって人の子を探せばいいのか悩むアトレーユに対し、バスチアンは自分なら「幼ごころの君」に名前をつけることができると考えますが…。

 「物語ること」をテーマにした哲学的なファンタジー小説です。異世界に入り込む主人公という、ある種典型的なヒロイック・ファンタジーではあるのですが、単なる願望充足に終わらず、「苦々しさ」を強く含んでいるのがユニークですね。
 前半では、本の中でのアトレーユの冒険行がメインに描かれます。「読み手」のバスチアンは一方的に本を読んでいるだけなのですが、やがて本の中の世界に入り込み、アトレーユとともに冒険を繰り広げることになります。
 しかし、異世界でほぼ全能の力を手に入れたバスチアンは記憶を失っていきます。支配欲にかられたバスチアンは、アトレーユとも決別することになってしまうのです。
 全体にメタフィクショナルな要素が多く扱われています。バスチアンが読む物語が、バスチアンらしき存在に言及し始め、やがて本の世界と一体化するあたりの展開は非常に鮮やか。本の世界に入ってからも、バスチアンには物語を作る力が備わっており、彼が話した通りの出来事が実際に起きるのです。
 物語る力により、無用な争いを引き起こしてしまったかもしれないと反省していたバスチアンが、やがて自らの権力を求めてしまうという、実に皮肉な展開になります。何でも実現できる「物語る力」にもまた代償が必要というのは、意味深ですね。
 いろいろと考えさせるテーマを含んだ作品ですが、もちろん単純な冒険物語としても面白く読めます。異世界の生物たちや独自の世界観もなかなかにユニーク。とくに、前半のアトレーユの冒険部分には生彩がありますね。
 何種類かの版がありますが、お勧めは箱入りのハードカバー版です。ハードカバー版は、作品の中に登場する「本」を模した装丁なので、作品世界に入り込むのには最適です。



4488016251死者の百科事典 (海外文学セレクション)
ダニロ キシュ Danilo Ki〓@7AAD@s
東京創元社 1999-02

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ダニロ・キシュ「死者の百科事典」(山崎佳代子訳『死者の百科事典』東京創元社 収録)

 演劇研究所の招きで、スウェーデンにやってきた「私」は、深夜に図書館を訪れます。ある部屋の本の背には「C」が、またある部屋の本の背には「D」が入っているのを見つけた「私」は何かに思い当たり、「M」の文字が入っている本の部屋に入ります。
 そこは世界中の無名の死者の生涯を綴った「死者の百科事典」が収められた図書館だったのです。そして「M」の部屋で見つけたのは「私」の父の生涯が書かれた本でした。「私」はその本から大切だと思われる部分を書き写し、父の伝記の要約版を作ろうと思い立ちます…。

 無名の人物たちの生涯を余さず書き綴ったという「死者の百科事典」。何やら神秘的な書物なのですが、超自然的なものではなく、あくまで人間が書いたものだとされているのが面白いところ。その仕事は平等主義的なセクトか宗教団体によるものとされ、時代も18世紀後半からだというのです。
 本当にささいな出来事ももらさず記述されているのに「私」は驚きます。読んでいるうちに「私」は父の人生を追体験します。父がなぜ、あのときああいう行動をとったのか。やがて父の人生は「私」の人生と重なって…。
 「死者の百科事典」の編者たちの思想が言及されるのですが、これがまた印象的。「人間の生命は繰り返すことができない。あらゆる出来事は一度限りである」。非常に奥深いテーマをもった作品です。



4560072078冬の夜ひとりの旅人が (白水Uブックス)
イタロ・カルヴィーノ 脇 功
白水社 2016-10-06

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イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(脇功訳 白水Uブックス)

 イタロ・カルヴィーノの新作小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めた「あなた」は、本が乱丁で続きが読めないことに気付きます。本屋に行き交換を求めますが、そもそもその本の内容はカルヴィーノの作品ではなく、別の作家の作品が製本ミスで紛れ込んでいたというのです。
 同じく書店に交換を求めてきた魅力的な女性ルドミッラと知り合った「あなた」は、実際の作品、ポーランド人作家タツィオ・バザクバルの作品を探しますが、入手して読み始めた作品はカルヴィーノともバザクバルとも全く関係のない作品でした。ルドミッラと「あなた」は、物語の続きを探し続けますが…。

 様々な技法が凝らされたメタフィクションであり、ユーモアに満ちた〈読書〉小説です。
 主人公二人が、小説の続きを求めて彷徨う…というストーリーなのですが、毎回現れる小説は完結するまえに、何らかの原因で中断されてしまいます。しかも話が面白くなる直前に終わってしまいます。そして、次に出てくる小説はそれまでの作品とは全く関係のないものなのです。
 小説の続きを求める「あなた」は、やがてある作家の作品を訳したと称しながら全く別の作家の作品の翻訳に出会ったり、異国で作られた作家の偽作に出会ったりします。「あなた」自身も外国に出かけて作家に会ったり、果てには共産主義らしい国家に捕えられたりと、いろいろな出来事が起こります。
 「本」に関しても、主人公である「あなた」に関しても、非常にいろいろな出来事が起こるにもかかわらず「波乱万丈」にならないところが面白いですね。毎回途絶する「小説」はもちろん、「あなた」の冒険に関しても「これはフィクションです」といったメッセージが全体に伏流しているのです。
 それゆえ「感情移入」することが難しく、それがこの作品を読みにくくしている一因でもあるのでしょう。「物語」ではなく、「物語を読むこと」「読者であること」について徹底的に描かれた異色の作品で、そうしたテーマに興味のある人には非常に面白い作品かと思います。



sinkan.jpg新カンタベリー物語 (創元推理文庫)
ジャン レー 篠田 知和基
東京創元社 1986-04

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ジャン・レー『新カンタベリー物語』(篠田知和基訳 創元推理文庫)

 《アッパー・テムズ文芸倶楽部》の会員たちは、土曜の夜に例会を開く決まりになっていました。チョーサーが使ったという料理屋《陣羽織》でのその夜の例会では、特別にゲストが招かれていましたが、彼らが話しだしたのは奇妙な話ばかり。続いて話を続けるのは様々な亡霊たちでした…。

 チョーサーの『カンタベリー物語』やホフマンの『セラーピオン朋友会員物語』などに代表される、枠物語の形式を借りた怪奇幻想小説集です。チョーサーその人の亡霊や、ホフマンの登場人物(?)の牡猫ムルなども登場します。
 作品は枠物語になっており、全体の語り手は書記のトビアス・ウィープ。彼が参加したある夜の例会において、亡霊たちが語る作品が短篇の形ではめ込まれています。各エピソードの語り手たちの大げさなリアクションや、エピソード終了後の牡猫ムルの反応などが、非常に芝居がかっていて楽しいです。
 全体にユーモラスなほら話になっているのですが、それでも濃厚な怪奇幻想趣味が感じられるのは、作者の手腕でしょうか。個々のエピソードは非常に短いので、お話が本格的に展開される前に終わってしまうことが多く、本格的な怪奇小説を求めているとちょっと物足りない面もあります。
 エピソードの中では、オウムと結婚した老嬢の顛末を描く物語「ボンヴォワザン嬢の婚礼」、魔術を使って処刑場を混乱させる魔女を描く「タイバーン」、謎の怪物が登場する「ユユー」などが面白いですね。
 エピソードが語り終えられた後に、後日談が語られるのですが、この幕切れがまた素晴らしい。再び語り手となったウィープが出会った男の正体は…。あの夜の会合は本当にあったのか…? それまでの物語が「幻想」と化す展開は、まさしく怪奇幻想小説。
 チョーサーやホフマンなどの名前が言及されるので、文学趣味が強いのかと思いがちですが、あくまで味付け程度であって、先行作品についての知識がなくても全然構いません。とにかく読んで楽しい作品です。



4122033160潤一郎ラビリンス〈8〉犯罪小説集 (中公文庫)
谷崎 潤一郎 千葉 俊二
中央公論社 1998-12-18

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谷崎潤一郎「呪われた戯曲」(『潤一郎ラビリンス8』中公文庫収録)

 作家の佐々木は、不倫相手と結婚するために、妻の玉子を殺そうと考えます。山の中に玉子を連れ出した佐々木は、その場で書き上げた戯曲を読み上げ始めます。その戯曲の中には、佐々木と玉子と思しい夫婦が登場し、同じように山の中で戯曲を読み出します。さらにその戯曲の中には夫婦が登場し…。

 小説の中に登場する戯曲が入れ子になっているという怪作です。戯曲の中に戯曲が登場し、さらにその中に戯曲が登場するというイメージが強烈。ただ、クライマックスのその場面に至るまで、夫婦の軋轢が延々と描かれ、分量としてはそちらの方がメインになっています。
 玉子を疎みながらも良心の呵責を覚える佐々木と、夫の不倫を知りながら愛し続ける玉子の様子が描かれていきます。面白いのは佐々木の人物像で、単純に妻と別れた場合、自分の気が落ち着かないと言う理由だけで妻を殺そうと考えるのです。酷薄な身勝手さはありながら、自分の手を下すのも嫌だという、ユニークな「悪人像」が読みどころでしょうか。



4882930676鬼火 (ふしぎ文学館)
横溝 正史
出版芸術社 1993-10-01

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横溝正史「蔵の中」(『鬼火』出版芸術社 収録)

 雑誌の編集長、磯貝三四郎は、美少年から持ち込まれた小説原稿を読み始めます。蕗谷笛二と名乗る少年の作品「蔵の中」には恐るべき内容が書かれていました。少年は、蔵の中から遠眼鏡で、磯貝氏の殺人現場を目撃したというのです。現場を再度訪れた磯貝氏は、そこで蕗谷笛二と対面します。
 少年は、小説「蔵の中」の後篇を取り出し朗読し始めます。その原稿の中では、磯貝氏と少年が登場し現実と同じ会話を繰り広げていました。さらに原稿の中の少年はさらに原稿を読み始め、その中にはさらに原稿が…。

 合わせ鏡のように、原稿の中に原稿が登場するという魅力的な趣向です。谷崎潤一郎「呪われた戯曲」と似た趣向ですが、横溝作品の方が使い方が洗練されていますね。メタフィクショナルな部分だけでも面白いのですが、作中作に登場する少年の回想部分も面白いです。
 病弱ながら美しく残酷な姉との蔵の中でのやりとり、少年がはまり込んでいく女装趣味、そして小道具として登場する「遠眼鏡」の覗き趣味…。耽美的な味付けも強く、エンタメの好篇といった感じの作品ですね。
説です。美少年が書いたという小説の恐るべき内容とは…。



4153350338書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ジーン ウルフ 青井 秋
早川書房 2017-06-22

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ジーン・ウルフ『書架の探偵』(酒井昭伸訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 主人公は、かって探偵小説を書いていたというE・A・スミスのクローン体。図書館に所蔵されていた彼は、コレットという若い女性に借り出されます。彼女は、殺された兄から託された本の謎をスミスに解いてほしいというのです。その本は「火星の殺人」。作者の名はE・A・スミスでした…。

 近未来、作家がクローンとして再生され、図書館に所蔵されているという世界を舞台に、殺人事件の謎を追うSFミステリです。
 「再生」された作家たちが、図書館に暮らしているという魅力的な設定です。ただ、作家たちは定期的に借り出されないと「焼却処分」されてしまいます。また書くことは禁じられていたり、人権はなかったりと、何だかディストピア的な匂いのする世界なのです。
 本好きとしては、「幻の本」や「再生された作家」たちについて興味津々なのですが、そちら方面の掘り下げはあまり行われず、オーソドックスなミステリとして展開していくのは、意外と言えば意外ですね。
 事件の鍵を握るかと思われた「本」の扱いが意外に雑だったり、正直ミステリとしてはどうかと思う面もあるのですが、主人公スミスのキャラクターに味があるのと、登場人物たちのユーモアあふれる掛け合いが楽しく、読みやすさは抜群です。
 邦訳のある他の作品に「難しい」作品が多いので、ジーン・ウルフ作品は構えて読んでしまう人が多いと思うのですが、この作品に限っては非常に読みやすいエンタメになっています。ウルフ入門としては格好の作品ではないでしょうか。



4042542026殺人にいたる病 (角川文庫 赤 542-2)
アーナス・ボーデルセン 村田 靖子
KADOKAWA 1981-12

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アーナス・ボーデルセン『殺人にいたる病』(村田靖子訳 角川文庫)

 デンマーク第二の売れっ子推理作家が、南国のホテルで9作目の作品を書いていました。その作品の主人公は、作家と同じ推理作家でしたが、ナンバーワンである作家ストラウスに対して嫉妬の念を抱いていました。ストラウスが「語り手」の作品を表立って酷評したことから、憎悪の念が膨らんでいきます…。

 ミステリ作家がミステリ小説を書く話なのですが、その小説の中のミステリ作家もミステリ小説を書いているという、目眩がするような作品です。
 作家が小説を書く話というのはよくあるのですが、この作品の面白いところは、作家が書いている話が、作家自身をモデルにしているということ。読んでいて、今読んでいるのが作家自身の現実なのか、作家が書いている小説なのか、ということがだんだんわからなくなってきます。
 やがて作家は犯罪に手を染めるのですが、その犯罪を犯した男も、現実の作家なのか、フィクションの中の作家なのかがはっきりしません。そもそも『殺人にいたる病』という作品自体が、現実とフィクションの境目をぼかしていくような描き方がなされているのです。
 後半では、だんだんと狂気に囚われていく主人公が突拍子もない行動を取り始めるなど、サイコ・スリラーとしての面白さもあります。現実とフィクションの境目が入り混じったような結末も気が利いていますね。
 「虚構」と「現実」をテーマにしたような異色の作品です。前半の読みにくさ(意図的にそうされている節もあるのですが)はあるものの、メタな趣向に興味のある方にとって一読の価値はあるのでは。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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