まぼろしの故郷  埋もれた短編発掘その16
 孤独な青年は、また別の運命を夢見ますが、思わぬ形でその機会が訪れることになるのです…。今回紹介するのは、不思議なノスタルジアを感じさせる作品、ローレンス・トリート『拾った町』(羽田詩津子訳 早川書房 ミステリマガジン1986年8月号所収)です。
 郵便局に勤めるフレッド・フェリスは、これといった野心もない、孤独な青年でした。決まり切った日常を淡々とこなす彼は、たいした根拠もなく、何か別の運命が自分を待っているのではないかという考えを持っていました。
 ある朝、前を歩いていた猫背の男が新聞を落とし、それに気がついたフレッドは男に声をかけます。差し上げると言われたフレッドは、新聞を持ち帰り読み始めます。それは〈ザ・ウィークリー・ガゼット〉、地方の町イースト・ヴィックスビルのローカル新聞でした。そして、フレッドは個人消息欄の一つの記事に目を止めます。
 それはダニエル・リスター夫人の70歳の誕生日の記事でした。彼女は、アリンガムという男とともに駆け落ちしてしまった姪のアリスが帰ってくるのを未だに待ち続けているというのです。フレッドはすっかり引き込まれ、早速一年分の予約購読を申し込みます。
 結局リスター夫人の願いは実現しないようでしたが、一年あまり新聞を読み続けたフレッドは、イースト・ヴィックスビルの人々を知るようになります。やがて彼らが昔からの知り合いであるかのように感じ始めたフレッドは、ある決心をします。

 銀行には金があるじゃないか。事が起きた時に備えて貯めてきた金だ、イースト・ヴィックスビルを訪ねてなぜ悪い? ある意味じゃ、おれはあそこの人間だ。住民の名も職業も、半数は知っている。

 イースト・ヴィックスビルにたどり着いたフレッドは、さっそく目に付いた家を訪ねます。現れたのは、大柄なたくましい女。一見して好感を持ったフレッドは、意図しなかった言葉を発してしまいます。

 「僕はフレッド・アリンガムといいます」彼は名乗った。「実は部屋を探してるんですが」
 「アリンガムですって?」女は問い返した。「あなた、まさか…」


 そう、行方不明のリスター夫人の姪アリスの息子であると名乗ったフレッドは、女の家族から歓迎されます。彼女はアリスの親類エマ・リスターでした。やがてこの町で暮らすようになったフレッドは、エマの娘マイラと恋仲になります。
 しかし町の人々は、一応の敬意は払うものの、フレッドに馴染んでくれません。それに対して、もともと人々からのけ者にされがちだったマイラはフレッドにぞっこんとなり、彼と結婚することを疑いもしない様子です。ようやくフレッドは将来を真剣に考えはじめます。この町に落ち着くことは不可能ではない、しかし自分に何ができるだろう。この町で暮らしていけるような才能は全くない…。フレッドは、もとの家に帰ることを考えます。
 ある日、マイラとドライブに出かけたフレッドは、彼女に真実を打ち明けようとします。てっきりプロポーズの言葉が出るものと思いこんでいるマイラに、フレッドはなかなか言い出すことができないのですが…。
 フレッドとマイラの恋の行方は…。彼は真実を話してしまうのでしょうか?
 新聞によって、青年の脳裏に焼き付けられた理想の町。ノスタルジーを感じさせる発端は、上手いの一言。そして、ふとした偶然からその町に入り込んだ青年は、理想と現実のギャップに苦しめられます。よどみなく流れるストーリーはおちるべきところにおちます。真実を知ってなお、青年と娘の愛が確認される物語…、だったらよかったのですが、物語は意外な方向に進んでいきます。単なる恋物語では終わらないクライム・ストーリー。結末は賛否両論あるでしょうが、様々な可能性を予感させる発端部の素晴らしさだけでも、充分際だつ作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

このレビューを読んだら、ジャック・フィニイの短編集『ゲイルズバーグの春を愛す』を思い浮かべました。しかし、フィニイの作品のようにノスタルジーだけでは終わらない物語みたいですね。読んでみて結末が知りたいです。
【2006/04/23 22:49】 URL | てん一 #- [ 編集]

こんばんは。
「拾った町」ものすごく見たいです!
ローレンス・トリートの短編は、アメリカ探偵作家クラブ傑作選と「ミニ・ミステリ100」、そして「新・読者への挑戦」でしか読んだことがないんですよね。

「拾った町」は1986年のミステリマガジン収録なら、おそらく中古で探さないとダメですね・・・。
単なる恋物語では終わらない結末が早く知りたいもんです。
【2006/04/23 23:15】 URL | TKAT #- [ 編集]

よく考えたら…
私が住んでいる近所に国立国会図書館(関西館)があります。kazuouさんの紹介された埋もれた短編も読める!と。当然置いてますよね?
これまた興味がそそられる内容なので、時間の余裕ができたら(年度始めは何かと忙しい…)漁ってきたいと思います。
【2006/04/23 23:26】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]


>てん一さん
そう!掲載雑誌の紹介文もジャック・フィニィに似てると書いてますし、僕も同意見です。でも結末の処理の仕方が、フィニィではありえないタイプなので、ちょっとがっくりする人もいるかも。

>TKATさん
トリートはもともと警察小説の作家なんですけど、短篇ではたまに毛色の変わった作品がちょこちょことあって、短篇の名手といっていいのではないかと思います。『拾った町』はミステリマガジンのために書き下ろされた作品らしいのですが、書き下ろしでこのレベルというのはすごいです。

>加納ソルトさん
僕個人としては、結末にちょっと納得行かないものがあるのですが、この作品は設定の勝利!でしょう。
近所に国立図書館があるのですか。羨ましい。とはいえ国立は閉架式なんですよねえ。
【2006/04/24 08:45】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/75-bfea1b8d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する