ラヴクラフトの暗黒宇宙
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 H・P・ラヴクラフト(1890-1937)は、アメリカの怪奇小説家。彼の作品に現れる独自の世界観は「コズミック・ホラー」や「クトゥルー(Cthulhu)神話」と呼ばれ、後世に多大な影響を与えました。
 「コズミック・ホラー」とは、人類の誕生する遙か古代に地球を支配していた「旧支配者」と呼ばれる種族が、現代に蘇るというモチーフで書かれた作品群です。

 ラヴクラフトは、主に《ウィアード・テイルズ》を初めとするパルプマガジンに作品を発表しますが、生前は不遇であり、広く名前を知られるまでには至りませんでした。
 創作だけでなく、他の作家との文通や文章添削などを行い、後進の作家からは広く慕われていました。生前から、同人仲間同士で、ラヴクラフトの世界観を流用した作品を書くという試みが行われており、これが後に「クトゥルー神話」が広まる一因ともなります。
 40代の若さで亡くなった後、ラヴクラフトに心酔していたオーガスト・ダーレスとドナルド・ワンドレイは、ラヴクラフトの作品を出版するために、アーカム・ハウスという出版社を設立します。
 ダーレスはラヴクラフトの作品集を出版するほか、自らも我流の「クトゥルー神話」作品を書くなど、ラヴクラフト作品の普及に努めました。ラヴクラフト自身は、自分の作品に登場する世界観やキャラクターを整理体系づけることはしておらず、それを整理し、体系づけたのはダーレスとされています。その意味で「クトゥルー神話」は、ダーレスが作ったという意見もあります。

 非常にオリジナリティのある世界観を作ったラヴクラフトですが、ラヴクラフト自身、先行する作家たちをよく読み、そしてその影響を受けています。彼がどんな作家を読んでいたのかは、例えば『文学と超自然的恐怖』(植松靖夫訳 東雅夫編『世界幻想文学大全 幻想文学入門』ちくま文庫収録)というエッセイを読むとわかります。
 多くの作家が挙げられていますが、ラヴクラフト作品を読むと、ロード・ダンセイニ、アーサー・マッケン、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、ウィリアム・ホープ・ホジスン、エドガー・アラン・ポーなどの影響が感じられますね。
 特にダンセイニの影響は強く、『白い帆船』『ウルタールの猫』『サルナスの滅亡』など、直接的な影響が見られる《ダンセイニ風掌編》と呼ばれる一連の作品があります。『サルナスの滅亡』などは、非常によく出来ていて、ダンセイニの作品と言われても通るのではないでしょうか。
 また、「旧支配者」の独特のネーミングにも、ダンセイニの影響が感じられますね。

 ラヴクラフト作品によく登場するアイテムとして「魔導書」があります。その代表例が「ネクロノミコン」なのですが、これも先例があり、それがロバート・W・チェンバース『黄衣の王』に登場する同名の本です。
 『彼方より』『魔女の家の夢』『エーリッヒ・ツァンの音楽』など、この世とは異なる次元から怪物や怪異が出現する話などは、ホジスン作品の影響でしょうか。

 ラヴクラフト作品では、早い時期から「旧支配者」が登場しますが、後期になるまでその描かれ方は、人間とは隔絶したものとして描かれています。その点、伝統的な怪奇小説に登場する「幽霊」や「悪魔」に近い感覚なのでしょうか。なかでも、「魔王」のような存在である「アザトース」や「ヨグ=ソトース」は、次元を異にした存在のように描かれ、不気味さは比類がありません。
 後期作品になると「旧支配者」に関して、裏付けというかその由来が描写されることが多くなってきます。人類と隔絶しているのは確かなのですが、宇宙からやってきた生命体として、物質的な性質が強調されるようになります。
 後期の作品『狂気の山脈にて』は、その意味で重要な作品です。南極探検に訪れた探検隊が、発掘作業の途中「旧支配者」らしき生物と、彼らが住んでいた都市を発見するという物語です。
 作品中で、壁画から「旧支配者」の民族の盛衰が判明するのですが、そこでは、彼らが宇宙から飛来した地球外生物であることが明かされます。怪奇小説の枠内ではあるのですが、よりSF的な要素が強くなっています。
 これも後期の作品、『時間からの影』は、古代の生物に精神的に寄生している知性体が、時空を超えて現代の人間に精神を送り込み、中身を入れ替えてしまうという作品です。こちらはもうSFに分類してもいいような作品ですね。
 『狂気の山脈にて』『時間からの影』を読む限り、ラヴクラフトがもっと長生きしていたら、よりSF寄りの作品を書いていただろうことは確かだと思います。

 とくに「クトゥルー神話」には属さないものの、伝統的な怪奇小説として面白い作品もいくつかあって、狂気に囚われた男との出会いを描く『家のなかの絵』、常に冷房のある部屋に閉じこもる男を描いた『冷気』、ある家に住む人間が次々と死んでいくという『忌み嫌われる家』、飛来した隕石の影響で肉体的にも精神的にもおかしくなってしまう農夫一家を描く『宇宙からの色』などは、怪奇小説単体として面白いものです。

 後期作品では、SF的な要素が強くなっていると書きましたが、実際にそれらの作品を読んでみると、やはり怪奇小説以外の何者でもありません。というのも、ラヴクラフトが作中で「旧支配者」の由来を説明しても、それは彼らを理解しようとか、研究して対策を取ろうとか考えているわけではないからです。あくまで人間と隔絶した恐怖の対象ということは変わらず、人間はそれに対して無力なのです。
 ラヴクラフトは、突き詰めると一つのテーマだけで書いている作家です。それは「未知のものへの恐怖」。どの作品にも、そのテーマが伏流していて、それがあるがゆえに、時には筆が不器用にすべったとしても、怪奇小説としての魅力が感じられるのではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
ラヴクラフトのオリジナリティ
今回、読書会に向けてラヴクラフト作品を読み返してみて特に思ったのが、ラヴクラフトは多様な怪奇テーマを把握していて、それをうまく組み合わせ、またオリジナルな形であらわすのに長けた作家だったのだなということでした。

特に長めの作品を読んで感じたのですが、テーマ解釈・組み合わせの独自性と構成には様々な独自色が感じられて、相当研究もしたのだろうし、怪奇小説を愛好していたんだなと。
様々なテーマをぶち込んだ感のある「インスマウス」だけでなく、
例えば「闇に囁くもの」は "宇宙人による誘拐" をあれだけおどろおどろしい話に仕立てているだけでも独特ですが、他に偽物との入れ替わり(しかもロボットとの差し替え)を絡め、番犬の死や銃弾を介した宇宙人との目に見えないせめぎ合いも描いていて、ちょっと他にない作品になっていると感心しました。小説の流れも、ゴシック小説に倣っているとも言えますが、カノンのような形式、つまり、先ず村人による噂、証言などがあって、次にその事態を検証しようとする人物の話が「私」に対する手紙の形で綴られ、最後に「私」が遭遇した事態が語られる(瀬戸川猛史さんが推奨しておられた「警察署長」なんかもミステリですがこれと似た形式ですよね)。しかも同じ経験を違う人が繰り返すということに止まらず、それぞれは違った形の経験をするんですよね。検閲されているらしい手紙という形をとっているために、どこまでが本人の証言なのか?という読み方の出来る面もあり、この辺の工夫もかなりされているなと。
「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」もカノン形式ともいえる形を取っていて、まず伝承があり、家系を調べている青年がそれに巻き込まれ、その青年を助けようとする医師が青年の形跡を追って最終的な決着をつける、という形で怪異が繰り返し語られ、しかも背景にあるものがその都度より解明されつつ語られるという形を取っていますよね。過去作品をよく検討して構成を良く練ったのではということを感じました。
文章表現の "下手さ" やら "読みにくさ" を突っ込まれがちなラヴクラフトですが、小説というのは必ずしもそれだけでもないんだなということもちょっと感じた面もありました。

kazuouさんとしては、アメリカ・ホラーの代表格となったのは C・A・スミスでもおかしくなかったのでは、というお話でしたが、私個人はC・A・スミスにそんなに印象がなくて・・・
記憶している限りで、設定その他、上手い作家だと思いますし、また作品ごとに世界を構築できるSF作家のような創造力があるというお話もありましたが、描いた作品や出てくる怪物にそんなに印象があるかというとそうでもなく(一応緑色に光る眼を持った浮遊する怪物だとか想起することは出来るものの)、一方でラヴクラフトのインスマウスの奇人やダゴンの怪物、宇宙からの色の世界浸食など、生々しい印象とともに想起できるので、(そこは読み手の個人差もあると思いますが)、そこは小説(文章)の巧さだけではない、何かがラヴクラフト作品の方にあるんだという気もするのですが・・・

今回興味深かったことの一つに、ウェルズへの対抗心が感じられたことがあります。
ウェルズは19世紀末に活躍しており、また「宇宙戦争」「モロー博士の島」をはじめ、ホラーとも解釈できる作品を幾つも残していて、扱ったテーマの親近性をはじめ、ラヴクラフトが意識しないはずはない作家なのですが、著書の中でごく薄い反応(しかもあまり認めていないような…)しか示していないという辺りに、こちらは却って秘めた対抗意識があったのではと想像してしまうんですよね。
二人の作家性は、恐怖を喚起させることが目的なのか、という点ではっきり異なっており、恐らくそれゆえの対抗心でもあるし、ラヴクラフトにとってそここそが重要でないがしろにしてはならない点だったのでしょうね。
(なので、文章の結末部分には全く同意です)

もう一つ、今回初めて知っておおっと思ったのが、ラヴクラフトは70年代になってペーパーバックで復刊され、そこから再評価されて今がある、ということ。今のホラー作家に影響は与えていても、モダンホラーの流れそのものとは無縁に見えたラヴクラフトですが、そうなると、70年代のオカルト作品の隆盛からモダンホラーへの流れの一翼を担ったとも見なせるわけですよね・・・

読書会の場で検討させて頂いて、マッケンの影響はどんなところに現れているのか(「忌禁」の感覚?)といったことの他、解決を見ずに終わった疑問点、例えば文章に難があると言われがちで、学歴も作家としての知名度等もなかったラヴクラフトが、アマチュア作家への文章添削という "職" で生活していたり、怪奇小説のサークルの中心的存在になれたのは何故か、どういう経緯に寄るのかといった辺りは、多分研究されていて、知っている人は恐らく知っているのではないかという気がします。
そういう観点からすると、今回は「ラヴクラフィティアン」(??)と呼べるようなレベルのファンは参加していなかったということなのかもしれませんね。というか、当初は例えばルルイエだのミスカトニックだのといった単語にポンポン反応できるような人ばかりがいたら多分ついていけないのでどうしようなどと思ったりもしましたが、そんなこともなさそうだと分かって幾分ホッとしました(笑)

今回、各々のお好きな作品を伺ったりもして、(似たり寄ったりなので)もうどれがどれだか分からなくっちゃった、という意見から、私同様「インスマウス」「宇宙からの色」辺りを挙げた方もいらした中で、ディックに似た自己韜晦が感じられるので、とSaさんが「アウトサイダー」を挙げていらしたのが、らしくもあり、なるほどとうなずいたところでもありました。
【2017/08/06 09:20】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
Greenさんのおっしゃる通り、過去の怪奇小説のパターンを有効活用している面があり、そうした意味で、ラヴクラフトは怪奇小説の総合者なんだと思います。
「人格入れ替わり」とか「宇宙人」とか、本来ならSFの領域であるテーマを扱っていても、出来た作品自体は、やはり怪奇小説なんですよね。
構成が練られているのも確かにそうで、お話の骨格自体は非常によく出来ているなと思います。

確かに、スミスにはなくてラヴクラフトにはあるもの、というのは、具体的に表現はしにくいのですが、あると思います。
ちょっと時代はずれますが、例えばH・R・ウエイクフィールドの作品に感じられる「禍々しさ」みたいなのがあるんですよね。

時代的に、ウェルズはかなり読んでいると思いますね。当時の科学的な潮流に意識的だったラヴクラフトが意識はしていないはずはないと思います。

ラヴクラフト没後から、ダーレスはアーカム・ハウスからラヴクラフト作品や、補筆した作品とかをいろいろ出したり、あるいはラムジー・キャンベル、ブライアン・ラムレイなどがクトゥルーものを書いたりなどしていますが、一部のファンはともかく、世間的に認知度は高くなかったと思います。
直接的に知名度が上がったのは、リン・カーターによる啓蒙活動だと思います。ペーパーバックやアンソロジー、伝記など、ラヴクラフト及びクトゥルー神話の大衆化は、ほぼこの人のおかげではないかと。
それがモダンホラーブームの下地になっていた可能性もありますよね。表面的に、ラヴクラフトの後継的作品は少ないですが。

僕自身もラヴクラフト作品に興味はあるものの、「クトゥルー神話」のファンというわけでもなく、他の参加者の方も、そこまで「マニア」がいなかったこともあり、わりと客観的に話ができたのではないかな、という気もします。

似たような作品が多いとはいいながら、ユニークな作品もまた多くあり、アプローチの仕方もいろいろあるという点で、確かにラヴクラフトはユニークな作家ではありました。
【2017/08/06 11:35】 URL | kazuou #- [ 編集]


「狂気の山脈にて」は、一時期、ギレルモ・デル・トロ監督で映画化の企画が動いていましたね。
パンズ・ラビリンスやヘルボーイの、クリーチャーやガジェットのビジュアルを見る限り、大いに期待していたのですが、残念ながら没になってしまいました。
同じく没になったホビット共々、非常に惜しいものです。
【2017/08/11 00:00】 URL | やす #- [ 編集]

>やすさん
デル・トロ監督は、すごい乗り気だったみたいですけど、やっぱり興行的にも「メジャーな」ラヴクラフト映画は難しいんでしょうか。
内容的にも、忠実に映画化すると、『遊星からの物体X』の二番煎じ、と言われてしまう可能性もありますし。
【2017/08/11 07:34】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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