B級ホラーの職人芸  ショーン・ハトスン作品を読む
 ショーン・ハトスン(1958-)は、イギリスのホラー作家。ホラー以外の邦訳も何冊かあるようですが、ホラー作品は、1980年代後半に、ハヤカワ文庫NVの《モダンホラー・セレクション》で刊行された3冊のみのようです。
 このハトスン、悪趣味、猥雑さ、派手さをモットーとする《ナスティ・ホラー》系統の作家で、邦訳された作品を読む限り、ストーリーの整合性や丁寧な人物描写などよりも、スプラッターシーン、残酷シーンに極端にベクトルを振った感じの作家です。 
 いわゆるB級ホラーといっていいのですが、悪趣味さが突き抜けていて、ある種、清々しいまでの徹底ぶりです。ただ「悪趣味」といっても、本当に肉体的なものだけに限定されていて、人間関係のドロドロしたものとか心理的な嫌悪感といったものは少ないので、変な言い方ですが、後味は意外と悪くありません。『スラッグス』のナメクジみたいな嫌悪感はありますが。
 それでは、以下、3冊のホラー作品を見ていきたいと思います。



hutson1.jpgスラッグス (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
シヨーン・ハトスン 茅 律子
早川書房 1987-06

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ショーン・ハトスン『スラッグス』(茅律子訳 ハヤカワ文庫NV) (1982)

 下水で大量発生したナメクジは、従来の種とは異なる、巨大で肉食性の生物でした。水道を通り、民家に侵入したナメクジたちは人を襲い始めます。衛生検査官ブラディは、彼らを殺すための手段を探し回りますが…。

 巨大化したナメクジが人を襲う…という、シンプル極まりないストーリーの作品なのですが、襲われる人たちや、調査を続ける主人公たちの行動が、カットバックでテンポよく描かれていくので、リーダビリティは非常に高いです。
 キャラクターたちの人物の掘り下げなどは全くなく、ただただ人が襲われて死んでいくシーンを詳細に描いていくという作品です。
 襲ってくるのがナメクジということで、イメージ的には弱そうに感じてしまいますが、この作品中のナメクジは強靱な歯を持ち、一度食いついたら話さないという強力な力を持っています。多数のナメクジにとりつかれたら、そのまま喰い殺されてしまうのです。
 また、体内に寄生虫を持ち、彼らが出す粘膜を口にしてしまっただけで、狂犬病のようになり死んでしまいます。
 人がナメクジに襲われるシーンを描くにあたって、著者は、体の部位だとか内臓の部分など、喰われている箇所を詳細に描写していきます。いちいち残酷シーンが強烈なのです。その極めつけは、サラダと一緒にナメクジの一部分を食べてしまった男の描写でしょう。
 やがて、下水道でナメクジが繁殖していることに気付いた主人公ブラディは、案内人とともに地下に潜り込むことになります。彼らを全滅させ、地下から生還することができるのでしょうか?
 スプラッターシーンが視覚的かつ具体的なので、その種の作品が苦手な方は読まない方が吉でしょう。悪趣味なホラー小説の一つの極致ともいうべき作品です。



hutson2.jpgシャドウズ (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
船木 裕 ショーン・ハトスン
早川書房 1988-10

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ショーン・ハトスン『シャドウズ』(船木裕訳 ハヤカワ文庫NV)

 超自然現象を専門とするノンフィクション作家ブレイクは、心霊治療を行う男マシアスを取材し、彼の力の秘密を調査しようとしていました。
 一方、人間の潜在意識を研究する女性科学者ケリーは、催眠術を使った実験の際に、被験者が急に豹変し、暴れ出すのを目撃します。人間の心には誰でもある邪悪な領域、その部分を解放する手段があることを知り、彼女は戦慄します。
 やがて、マシアスを主賓としたパーティーの席に集まった人々が、凶悪な殺人や傷害事件を起こし始めます。しかも犯人は皆、犯行の意識がないというのです。すべては、人間の心の奥底に秘められた領域「シャドウズ」が原因なのだろうか?
 ケリーはブレイクと協力し、真相を調べ始めますが…。

 前半は、主人公たちが、ひたすら心霊術や超心理学などの研究を続けるという、地味なシーンが続くのですが、後半から、怒濤のスプラッターシーンが展開されます。
 本来は温厚な普通の人間たちが、突如豹変し、周りの人間に襲いかかる様を、詳細に描いています。演出は派手で、政治家が除幕式の最中に他の人間の体をまっぷたつにしたりと、悪趣味そのもの。このあたり、作者の本領発揮といったところでしょうか。
 怪しげな人物が実は犯人ではなく、真犯人は全く別の人間…というミステリ的な趣向もありますが、正直、ミステリとしては穴だらけです。序盤から登場し、思わせぶりに重要人物扱いしていた心霊治療者マシアスが、いつの間にかフェイドアウトしてしまうなど、ストーリーとしては、かなりずさんなところがありますね。
 ただ、スプラッターシーンは、著者が嬉々として描いているのがわかるぐらい生彩に富んでいて、この部分のみに限るなら、ホラーとしては魅力的な作品といえるかもしれません。



hutson3.jpg闇の祭壇 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)
茅 律子 ショーン・ハトスン
早川書房 1988-04

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ショーン・ハトスン『闇の祭壇』(茅律子訳 ハヤカワ文庫NV)

 建設現場で発見された地下の古代の遺跡から、多数の人骨が発見されます。そこは古代のケルト人が祭事に使っていた場所でした。女性考古学者キムを初めとする発掘メンバーが調査を進めるなか、関係者が次々と殺されていきます。
 殺人と同時に、子供が何人も失踪し、キムの娘もまた姿を消してしまいます。
 人間の仕業とは思えない殺害現場を見たウォレス警部は、事件には古代のケルト神話が関係しているのではないかと考えますが…。

 発掘された古代遺跡の調査と平行して、連続殺人が描かれます。殺人事件の原因は、どうやら古代ケルトの宗教的なものにあることが匂わされます。実際、黒魔術の儀式を行っている怪しい男とその一味が描かれるので、よくある邪教集団ものかと思ってしまうのですが、それを裏切る後半のひっくり返しが強烈です。
 お話の体裁は、連続殺人の犯人は誰か? というミステリ的な展開で進むように見えるのですが、殺人シーンを見る限り、明らかに超自然的な存在が犯人なので、フーダニット的な興味は湧きにくいですね。
 そもそも、直接的に行われる殺人のほか、何らかの超自然的な原因による事故や惨劇も多数混じっているので、常識的な意味での「犯人」がいるのかどうかもはっきりしないのです。
 殺人や人体損壊のシーンは異様に詳細、残酷描写は強烈で、おそらく作者が一番描きたかったのはこれらのシーンなのでしょう。例えば、これは事件ではなく、ただの偶然だと思うのですが、青年が落ちてきた強酸をかぶってしまうシーンがあります。そこでも酸で顔や体が溶けるシーンが詳細に描写されるのですが、その強烈さは目を覆うほど。また、話の筋には直接関係のない闘犬の描写などもはさまれ、こちらも無意味なほど派手な残酷描写がなされます。
 全体にスプラッターシーンが派手で、その意味では面白いのですが、問題は、本筋であるストーリー自体がだれ気味なところ。伏線らしき描写が全然伏線でなかったりと、つっこみ所が非常に多いのです。
 テーマであるケルトの伝説と殺人事件のつながりがはっきりせず、もどかしさがあるのですが、結末付近でようやくそれが明確になり始めます。そこからは非常に盛り上がります。かなり絶望的なシーンで終わるのですが、この手のホラー作品で、これだけスケールが大きいものは、なかなかないのではないでしょうか。
 弱点はいろいろあるものの、B級に徹した作りで、ホラーとしては好感の持てる作品といえますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
懐かしいですが…
懐かしい名前がいろいろ出ていますね。ただ、ハトスンもマクダウェル(こちらは1作品ですが)も同時代的に読んできていますが、実はあまり好印象ではなく記憶もあいまい、で、さしたることを書けないのが残念です。まぁ変に欠点をあげつらう結果になるのだったら書かない方がましかも、という面では良かったのかもしれませんが…
(ウィンダムは… ストーリー展開がホラー系統なのは気になりつつも、物語の展開する方向や登場人物のスタンスは限られていて、まぁどの道こんな感じかこんな感じだろうし(意外性を持たせられたとして、ラスト付近の展開くらい…?)…… という感じで1冊も手に取ることもなく食わず嫌いのまま今日に至っています・・・)

ハトスンですが・・・
確か、「スラッグス」と「闇の祭壇」くらいを刊行当時読みました。
ハーバートの「鼠」なんかを読んだ時も感じたのですが、起こるのがナメクジが人を殺すか、人がナメクジを殺すか… といったくらいなので、結果的に殺戮現場のオンパレード的な作品になる訳ですが、これをバリエーション豊かに、趣の違うエピソードとして提示するのは結構至難の業ではないかと思うんですよね…
実際読んでみると、そのうち結局、「いや… 別に私、単純に殺戮現場がいっぱい見たいという訳じゃないんですが…」という感じになってきて、そうなってくるともう人がどんどん死んで行っても、あっそうそうれがどうしたの、という感じでどんどん興味が失せていくという…
因みに、ハーバートに関しては「霧」、「ダーク」辺りは面白く読んでいます。どこが違うのか、一言で言うのは難しいのですが、殺戮現場のバリエーションの他、各エピソードの物語性も高めだったかなと。(個人的に既読作品中で一番好きなのは「月下の恋」ですが)
それにしてもハトスンにはホラー以外の、しかも邦訳作品があったんですね・・・ そちらが意外でちょっと調べてみたくなりました

「アムレット」についても、失礼ながらそんなに印象ないなぁ・・・位の感じです。
小味にまとまっているけれども、そこにプラスした感興を感じられなかったというか・・・
関係あるかどうか、マラスコの「家」を読んだ時に思ったのですが、この作品は家が登場人物たちを支配していくというただそれだけを徹底させた作品で、確かにその中できちんと閉じているし、作品としてもまとまっているんですが、なんだかただ不快なだけで面白くないなぁと。怖いというより単純にイヤミスの感じなのは、クーンツとは逆方向で登場人物たちの行く末が見えているせいなのかもしれません。(まぁブッツァーティーみたいに先が見えても面白い作家もいる訳なので、だたそれだけに理由を気することは出来ないと思いますが・・・)
モダンホラーは、人物造形や内面の動きを描くことを徹底したキングと何でもありのストーリー運びでエンタテインメント性を追求したクーンツが大きな成功を収めた訳ですが、そのように何かに徹しきれなかった面々の作品は、どうしても印象が薄くなってしまう気がします。

(そこからの連想で・・・ついでに…
澤村伊智氏の「ぼぎわん~」、読んだのですが、確かに非常に上手いなぁ、ストーリー展開も、怪異の描写も、怪物の造形も、と思いつつも、最終的に私個人としてはこの作家さん、上手いんだけれど何かが足りない…、系の作家さんという感じでした。手のひらでストーリーなんかを転がしているなぁという感じで、一方で何か刺さってくるものがないというか…)

以上、私は当時あんまり面白く読めなかったなぁという負の話を延々としてすみません。今読んだら、また違う感想を持つのかもしれないとは思いつつ…
なんかもうちょっと前向きなコメントが出来ればとは思うのですが…
【2017/07/17 17:24】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
 ハトスンは、基本的にスプラッターシーンが描きたいだけだと思います。実際そうしたシーンにはすごく生彩があるんですよね。ただ、ご指摘の通り、メリハリなくそれをつなげていくと、結果的に全体の印象が薄くなってしまうという…。
 個人的な意見なのですが、ホラー小説に関しては、何か突出した要素があれば、他の部分が不出来でもいいんじゃないかと思っています(あまりに何もかもが駄目だとまずいですが)。
 記憶に残るような作品じゃないと思いますが、ホラーとして楽しませてくれる、という意味では、ハトスンは好きな作家ですね。

 マラスコの『家』は、幽霊屋敷ものとしては正攻法の作品だと思います。幸せだった家庭が、家の怪異によってだんだんと崩壊していく…というのを、ねっとりと描いていますよね。
 昔の怪奇小説では、怪異を出しただけで終わる作品などもありますが、現代のホラー小説で「怖さ」を求めると、やっぱり怪異に影響された登場人物の心理を描くことになりますよね。その登場人物を「怖」くさせるための手練手管が、場合によっては「不快感」と区別がつかなくなったりするというのはあると思います。

 最近、《モダンホラー・セレクション》を始め、モダンホラー作品を集中的に読んでいるのですが、やはり邦訳されている作品は、それなりに工夫のある作品が多いですよ。「傑作」は滅多にないけれど、一冊一冊楽しんで読めている感じです。

 「ぼぎわん」は、「刺さるものがない」といえば確かにその通りなのですが、技術的には、ほぼ完成された感じのある作品だと思います。これに更に「刺さるもの」を求めるのはちょっと酷かなという気もしますね。
【2017/07/18 20:12】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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