癒しと呪い  トマス・M・ディッシュ『M・D』
M・D〈上〉 (文春文庫) M・D〈下〉 (文春文庫)
 信じていたサンタクロースの存在を否定され、ショックを受けていた幼い少年ビリーの前に現れたのは、「マーキュリー」を名乗る神でした。神はビリーに、癒しと呪いの能力を持つ「カデューシアスの杖」を授けます。
 しかし、杖は無条件に願いをかなえるものではなく、代償を伴うものでした。ビリーは、杖を使い、家族の健康や長命を願いますが、願いそのものは叶ったものの、予期せぬ悲劇が続いてしまいます…。

 トマス・M・ディッシュ『M・D』(松本剛史訳 文春文庫)は、人間の健康をつかさどる魔法の杖を手に入れた少年の人生を描いた作品です。この「カデューシアスの杖」、使えば使うほど効果が上がっていき、しかも無制限に使うことができます。しかし他人に健康や癒しを与えれば、その代償として、別の人間に死や病を与えなければならないのです。
 とりあえず、愛する家族に健康を与えたいと、杖の能力を使うビリーでしたが、願いそのものは叶うものの、結局それらが無駄になってしまうような事態が副産物として起こってしまうのです。
 しかも、「マーキュリー」は、叶えられるのは人の健康と病に関する願いだけであって、能力を使われた人間の運命がどうなろうと、感知しないというのです。例えば父親の健康を願った直後に、その当人が事故死してしまいます。「カデューシアスの杖」にコントロールできるのは、体の健康のみであって、事故は力の及ぶところではない…というのです。
 この作品で主人公に能力を与える神「マーキュリー」は、ホラー作品によく登場するような「悪魔的存在」とは異なります。そもそも彼には善も悪もなく、人間を堕落させようとする意図もないのです。ただ結果がどうなるかを面白がっているような、トリックスター的存在として描かれます。

 一方、主人公ビリーも、子供時代から人の死や不幸を何度も目の当たりにしながら、それにほとんど動揺もせず、目的のためには手段を選ばないという、強烈な個性を持つ人間として描かれます。杖による被害も、個人レベルだったものが、やがて世界的な疫病を引き起こすまでになったりと、スケールが広がっていってしまいます。
 やがて医者になった彼は、世界を破滅させるような事態を引き起こすことになるのです。

 主人公を含め、ほぼ全ての人間が死んだり不幸な目に会ってしまうという、徹頭徹尾、暗いホラー作品なのですが、なぜか読後感はそんなに悪くないという、不思議な作品です。登場人物たちの運命に対する皮肉と悪意がところどころに感じられるところは、作者ディッシュの個性というべきでしょうか。モダンホラーの変わり種であり、強烈な個性の感じられる傑作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
ブックオフで割りと見かけました。
M・Dとは医学博士の事ですが、マーキュリー・デビルと思っていました。願いと呪いの関係が意地悪です。マドマギのキュウベイを思わせます。
【2017/06/13 21:20】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]

>奈良の亀母さん
絶版だと思いますが、プレミアはついてなくて、今でもよく古書店で見かけますね。
本業のSFでもディッシュの作品はクセがありますが、この作品もホラーとしては、すごく変り種作品です。「普通の」モダンホラー作品に比べて、そのクセ具合が面白かったです。
この作品の「マーキュリー」は、特別な目的もないだけに、すごくたちが悪いですよね。
【2017/06/14 19:41】 URL | kazuou #- [ 編集]


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