非情なタイムトラベル  ピート・ハウトマン『時の扉をあけて』
4488714013時の扉をあけて
ピート ハウトマン Pete Hautman 白石 朗
東京創元社 2000-04

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 タイムトラベルを扱った作品は数多くありますが、ピート・ハウトマン『時の扉をあけて』(白石朗訳 創元SF文庫)は、ひと味違った作品です。
 ジャック・ランドは不仲な両親のもとで育てられます。アルコール中毒の父親、気丈ながらも父親に虐待され続ける母親。ジャックは父親に反抗することもせず、母親を助けようとするでもなく、ただ現実を傍観するだけの毎日を送っていました。そんなとき、母方の祖父が危篤との知らせを受けて、ジャックと母は、母親の故郷メモリーの町にやってきます。
 祖父のいる病室に入ったジャックは、とつぜん祖父の顔がこわばるのを目の当たりにします。

 ふたつの眼が頭蓋骨から押しだされた感じで大きくなったかと思うと、祖父はわたしが幽霊であるかのように、いきなりうしろに身をのけぞらせた。
 「おまえか!」祖父はしわがれた声でいった。


 その直後ジャックは、なんと瀕死のはずの祖父に首を絞められます! そして目覚めたとき、祖父は息絶えていました。
 祖父の行動は幻覚のせいだと片づけられます。ショックを受けた母親ですが、落ち着くとともに、母子はしばらく祖父の屋敷で暮らすことになります。
 ある日、ジャックは、祖父の屋敷〈ボックスズ・エンド〉の噂を町の人間から聞かされることになります。その名前の由来は、1927年にその屋敷から消えてしまったボックス一家にちなむというのです。祖父がその家を買ったあとも、幽霊屋敷のような扱いは変わりませんでした。しかも1981年には祖父の妻、つまりジャックの祖母までもが姿を消してしまったというのです!
 ある夜ジャックは夢の中で、自分の部屋のクロゼットの中に扉がある夢を見ます。そして現実でも隠された扉があることを知ったジャックが、扉を通り抜けさらに進むと、そこには光を放つ謎の扉が。その扉の向こうには夏の風景が広がっていました。今は冬のはずなのに!
 その世界で、ジャックは自分と同世代の少年スカッドと少女アンディと知り合いになります。その場はすぐ戻ってきたジャックは、今までの体験は夢ではないかと考えます。
 アルコールを断ち、真人間になった父親のもとに戻ったジャック母子は、しばらく平和な生活を送ります。しかし、再び酒に溺れるようになった父親に愛想をつかした母親はジャックを連れて、再び〈ボックスズ・エンド〉に戻ってきます。ジャックは以前の体験が本当だったのか確かめるべく、扉を通ってその世界を調べますが、そこはなんと1940年代の過去の世界であることが判明するのです!
 屋敷に姿を見せた父親はまたアルコールに溺れるようになります。ある夜、泥酔した父親は車で屋敷に飛び込み、母子に殴りかかります。あまりの暴力を見かねたジャックは、バットを持って立ち向かいますが、たちまち殴り倒されます。そしてジャックをかばった母親は…

 あわただしい足音。うなり声。つづいてきこえてきた音を、わたしは終生忘れることはないだろう-くぐもったようでいながら、鋭い音。メロンを落としたときのような音。

 とうとう母親は殴り殺されてしまうのです! 正気に戻った父親は自ら命を断つべく、木にロープをかけはじめますが、それを見届けずに、ジャックは走り出します。すべてから逃れるために、あの扉を通って過去の世界へ…。
 ジャックの運命は? 祖父がジャックを殺そうとした理由は? そして過去に戻ったジャックは、母親を助けられるのでしょうか?
 タイムトラベルを扱った作品ですが、作中に伏線がたくさんばらまかれているのが特徴。タイム・パラドックスも用意されており、それらの謎が全て収束する結末には爽快感が得られるでしょう。
 しかし、そのSF的なガジェットや趣向に比べ、物語自体はかなり陰惨な雰囲気を帯びており、爽快感どころではありません。主人公ジャックの家庭は、アル中の父親によって悲惨なものになっています。しかも共依存的な関係にある母親は、父親に反抗はするものの、暴力を誘発するような態度に出てしまい、その関係は悪循環を繰り返すばかり。そしてジャックは、そんな現実の前に、感情の麻痺したような人間に育ってしまうのです。祖父の危篤を聞いても、何の感興をも覚えないのは、その表れでしょう。
 そんなジャックだけに、過去の世界へ戻っても、自分の運命を切り開くべく活動するわけではありません。以前知り合ったアンディの農場で働くことになるものの、好意を持つアンディに気持ちを打ち明けることもできず、漫然とした日々を送ります。そして勃発した第二次大戦。友人スカッドとともに志願したジャックは、よりにもよって激戦地ガダルカナル島に派遣されてしまうのです!
 未来の知識を持っているはずのジャックが、なぜそんな行動に出るのか? ここが本作品のうまいところです。まだ年端もいかない少年という設定のため、ジャックはろくに歴史の知識も持っていません。そのため過去に行っても未来の知識を活用することができないのです。未来の貨幣を使おうとしたり、不用意に未来の事物の名前を漏らしたりと、失敗を繰り返してしまうのです。わざわざ激戦地に行ってしまう理由もそういう点で説得力があります。それに加えて、もともとの流されやすい性格が、それを後押ししています。
 ただ、現実に対して無抵抗であるというジャックの性格がもどかしく思えるのも確か。後半の展開は、ジャックが何もできずにただ時間が経つのも見ているだけ、というのに近いもの。読んでいて非常にもどかしくなります。
 結末は、ある種のハッピーエンドとなります。しかし繰り返しますが、それも主人公が自分で切り開いたわけではありません。ただ運命に流されただけとしか感じられないのです。その意味で主人公ジャックの生涯は不幸の連続であり、悲惨きわまりないといえるかもしれません。
 タイム・パラドックスの処理は非常によくできていて、時間ものSFとしては秀作なのですが、主人公があまりに悲惨で痛々しいので、読むのがつらいものがあります。ただ、主人公の境遇と性格がプロットと有機的に結びついているので、ストーリーの流れはかなり自然なものとなっています。
 似たような話を読んだことがあると思ったら、広瀬正の時間SF『マイナス・ゼロ』と非常によく似た展開でした。主人公が何もできないまま、戦争に巻き込まれてしまうあたりもそっくり。ただ『時の扉をあけて』では過去の時代へのノスタルジアといったものは全くといっていいほどありません。主人公の痛々しい運命に我慢できさえすれば、非常に高いリーダビリティを得られる佳作です。
 ちなみに巻末の菅浩江の解説は、ちょっと興醒めです。作品についてよりも〈アダルトチルドレン〉についての解説に終始していて、解説の趣旨を間違えているとしか思えません。作家のプロフィールに全く触れられていないのも困りもの。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

導入部の紹介でクライブ・バーカーの『アバラット』を連想しました。その後の救いのなさそうな展開は私好みかも。
広瀬正とはなつかしい名前。彼のどの作品も優しく、そしておもしろかった。今さらながら早世が惜しまれますね。宮部みゆきの『蒲生亭事件』を読んだとき『マイナス・ゼロ』じゃないかと思ったものです。
【2006/04/18 22:32】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

時間SF
『アバラット』ってそんな話だったんですか?
『時の扉…』は、かなり救いのない展開ですよ。一応ハッピーエンドの結末ですが、どうも素直に納得しにくいものがあります。主人公が徹底的にいじめ抜かれる、つらい話なのですが、途中でやめられない面白さがあるのも確か。
ネットの感想を調べてみたら、この作品に『マイナス・ゼロ』との共通点を感じた人がやっぱりいたみたいです。タイム・パラドックスの処理では『マイナス・ゼロ』に譲りますが、『時の扉…』も意外といけますよ。
広瀬正の作品はどれも面白かったですね。『ツィス』とか『エロス』とか愉しんだ記憶があります。彼は、時間SFに取り憑かれたような人で、もう少し生きていたら、もっと時間ものの傑作を書いてくれたかもしれないと思うと、残念ですね。
【2006/04/18 23:26】 URL | kazuou #- [ 編集]


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時の扉をあけて

時の扉をあけて[:読書:]ピート ハウトマンジャックが13才の時に祖父が亡くなった。祖父が住んでいた不気味な屋敷には過去にタイムトラベルする扉が隠されていた。まるで韓国TVドラマのように、ドンドン話が展開していき引き込まれてしまう魅力のある作品。時の扉をあけて 時間旅行~タイムトラベル【2006/06/03 11:02】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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