夢と眠りの物語 その1
 古代から神秘的なものとされてきた「夢」と「眠り」。科学が発達した現代でも、その全容は解明されていません。いろいろな形で扱われてきた「夢」と「眠り」の物語について、ご紹介していきたいと思います。

●中国の夢物語の古典から
 近代以前の「夢」に対するとらえ方は、基本的に「人間の外から来るもの」です。その元が別の人間であれ、神であれ、外から人間の中に入り込む…と考えられていました。
 そのため、近代以前の「夢」を扱った物語は、神託やお告げなどを扱ったものが多いのですが、そうした時代にあって、中国で生まれた「夢」物語には、独特の面白さがあります。自在に時間や空間を行き来するという、SFやファンタジーの萌芽的な作品が多く見られるのです。


4582312241中国古典文学大系 (24)
前野 直彬
平凡社 1968-07

by G-Tools

沈既済(しんきせい 750~800年頃)『枕の中の世界の話』(前野直彬編訳『六朝・唐・宋小説選 中国古典文学大系24』平凡社収録)
 青年盧生は、邯鄲(かんたん)の宿で道士の呂翁に会い、栄耀栄華が尽くせるという枕を借りて寝たところ、素晴らしい一生を送った夢を見ます。しかし目を覚ますと、宿の主人の炊く黄粱(こうりょう)もまだ炊き上っていなかったのです…。
 「邯鄲の夢枕」「盧生の夢」「黄粱一炊の夢」などの由来となった物語。人の一生も夢の中ではわずかな時間に過ぎないという、はかなさをテーマにした作品です。

李公佐(りこうさ 8世紀後半から9世紀初頭)『南柯郡太守の物語』(前野直彬編訳『六朝・唐・宋小説選 中国古典文学大系24』平凡社収録)
 豪放磊落で知られる男が、酔って古い木の下で眠っていると、大槐安国の使いが現れ、そこで王から南柯郡主に任ぜられます。数十年の間、栄華をきわめますが、夢から覚めてみれば一瞬の出来事であり、大槐安国も蟻の王国に過ぎなかった…という話。
 故事「南柯の夢」のもとになった物語。

白行簡(はくこうかん 776~ 826年)『三つの夢の話』(前野直彬編訳『六朝・唐・宋小説選 中国古典文学大系24』平凡社収録)
 相手の夢が現実に現れた話、自分の夢を相手に見られた話、同時に同じ夢を見た話、3つの夢のパターンを並べるという構成の物語です。
 妻の見た夢の内容が、夫の目の前に現れるという1話目のインパクトが強いですね。



4582766803中国怪異譚 聊斎志異〈1〉 (平凡社ライブラリー)
蒲 松齢 増田 渉
平凡社 2009-09

by G-Tools

蒲松齢(ほしょうれい 1640~1715年)『宰相の夢のあと』(増田渉、松枝茂夫、常石茂訳『聊斎志異』平凡社収録)
 占いで宰相になると言われた男は、突然宰相に抜擢され、栄華の限りを尽くしますが、汚職を繰り返したあげく、没落して死んでしまいます。死後、地獄で責め苦を味わった後、貧しい娘に生まれ変わり、ここでもまた不幸な目に遭い続けますが…
 原題は『続黄梁』、上記『枕の中の世界の話』を元にした作品です。死んでからの地獄の責め苦、生まれ変わってからの不幸と、主人公を苛む苦難の連続がすさまじいのですが、それさえも夢のうち、という強烈な作品。



4582766412中国怪異譚 閲微草堂筆記〈上〉 (平凡社ライブラリー)
紀 〓 前野 直彬
平凡社 2008-05

by G-Tools

紀昀(きいん 1724~1805年)『農婦の夢』(前野直彬訳『中国怪異譚 閲微草堂筆記』平凡社ライブラリー収録)
 道に迷っている農婦を見かけた語り手が、声をかけると農婦は消えてしまいます。実際の農婦は道に迷っている夢を見ていて、語り手に会ったというのですが…。
 夢を見ている間、分身(魂)が現実世界に現れる…という話です。


●同じ夢を見る
 二人以上の人間が同じ夢を見る、というのは「夢」物語の定番ですね。


4003725026モーム短篇選〈上〉 (岩波文庫)
モーム 行方 昭夫
岩波書店 2008-09-17

by G-Tools

W・サマセット・モーム『マウントドレイゴ卿』(行方昭夫編『モーム短篇選』岩波文庫ほか収録)
 傲慢ながら才能豊かな政治家マウントドレイゴ卿は、精神科医を訪れ、奇妙な夢の話を始めます。平民出身の代議士グリフィスが、夢の中で毎回マウントドレイゴ卿を嘲弄するというのです。グリフィスは自分と同じ夢を見ているに違いないと断言するマウントドレイゴ卿は、自分が死ぬかグリフィスが死ぬか二つに一つだと言いますが…。
 マウントドレイゴ卿だけでなく、脇役に過ぎない精神科医までが精細に描写され、異様な雰囲気を高めます。鬼気迫る一編。



B009KZ5QYG目撃者は月 (光文社文庫)
都筑 道夫
光文社 2005-10-27

by G-Tools

都筑道夫『殺し殺され』『目撃者は月』光文社文庫収録)
 「私」は、何度も、同じ男を殺害するという夢を見ていました。ある日町中で出会った男は、夢でいつも殺している男でした。男から話を聞くと、逆に男は夢で何度も「私」に殺されているというのですが…。
 加害者と被害者が同時に同じ夢を見ている…という話。幻想小説が途中から合理的なミステリになり、また幻想小説風になるという技巧的な作品。



4846007782“新パパイラスの舟”と21の短篇
小鷹 信光
論創社 2008-11

by G-Tools

ヘンリイ・スレッサー『夢を見る町』(小鷹信光訳『新パパイラスの舟』論創社収録)
 車を盗まれた男は、立ち寄った村で一夜の宿を求めます。その村では、毎夜、全ての住人が同じ夢を見るというのです。夢の中では、皆が宮廷の役職を務めているというのですが…。
 村中の人間が同じ夢を見ているという、ユニークな物語です。



yumeawase.jpg
夢あわせ
半村 良
文藝春秋 1989-01

by G-Tools

半村良『夢あわせ』『夢あわせ』文春文庫収録)
 性格も趣味もぴったりの理想の夫婦は、やがて夢さえも同じものを見ようと考えます。だんだんと二人の夢の内容は近づいていきますが…。
 夢を合わせようとする夫婦の物語。夢が合わさったときに、何が起こるのか? 面白い発想の作品です。


●夢見る人と夢見られる人
 夢見られたことにより、存在をはじめる人間の物語を集めてみました。中には、入れ子になった夢も。


4003279212伝奇集 (岩波文庫)
J.L. ボルヘス 鼓 直
岩波書店 1993-11-16

by G-Tools

ホルヘ・ルイヘ・ボルヘス『円環の廃墟』(鼓直訳『伝奇集』岩波文庫収録)
 男は夢の中で、ある青年を夢見ます。身体の各部から始め、完全な一人の人間を夢の中で作り上げたのです。作り上げた「息子」は、やがて旅立っていきます。ふとしたことから、自らもまた、夢見られた存在であることに気付きますが…。
 ボルヘスの代表作にして、「夢見るもの」と「夢見られるもの」について書かれた最良の作品の一つです。



4336030502逃げてゆく鏡 (バベルの図書館 30)
ジョヴァンニ パピーニ ホルヘ・ルイス・ボルヘス
国書刊行会 1992-12

by G-Tools

ジョヴァンニ・パピーニ『<病める紳士>の最後の訪問』(河島英昭訳『逃げてゆく鏡』国書刊行会収録)
 その男は、自分は普通に生まれた人間ではなく、何者かによって「夢見られた人間」に過ぎないと言い張ります。ただ、創造主は自分の存在には気がついていない。自分の存在を消すために、いろいろな悪行をしてみても、自分を夢見る創造主は、自分に気がついてくれないと嘆きます…。
 自分を夢見るものは、自分に全く関心がない…というネガティブな物語。



433604841Xパウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)
アドルフォ・ビオイ=カサーレス 野村竜仁
国書刊行会 2013-05-30

by G-Tools

アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』(野村竜仁、高岡麻衣訳『パウリーナの思い出に』国書刊行会)
 幼い頃から自他ともに認める恋人として過ごしてきた女性が、結婚を目前にして、別の男のもとに走っていってしまいます。傷心の主人公は海外に旅立ちます。
 帰国した主人公のもとに、その女性パウリーナが現れ、かっての愛を取り戻したかに見えますが、やがてパウリーナは、恋敵の男の手で数年前に殺されていたことを知ります。あのパウリーナは亡霊なのか…?
 愛、幻影、分身…。長編『モレルの発明』の変奏曲ともいうべきテーマを持つ傑作小説です。



4882930889虹の裏側 (ふしぎ文学館)
眉村卓
出版芸術社 1994-10-20

by G-Tools

眉村卓『仕事ください』『虹の裏側』出版芸術社収録)
 酔っ払ったサラリーマンの「私」は、本気で念じれば人間は何だって出来ると思い込み、念じ続けます。その直後、不気味な風貌の男が現れます。自分はあなたの念が生み出した奴隷であり、何か仕事をくれと言い出しますが…。
 ひたすら「仕事ください」と言い続ける男の不気味さは強烈です。ぶっとんだ結末にも驚き。

眉村卓『ピーや』『虹の裏側』出版芸術社収録)
 人付き合いのあまりない男は、ピーという猫を飼っていました。男は猫のためだけに生きているような状態でしたが、ある日交通事故で男は死んでしまいます。猫は、ひたすら男のことを考えますが、その時現れたものは…。
 味わい深い掌編です。



4270003286終わりの街の終わり
ケヴィン ブロックマイヤー 金子 ゆき子
武田ランダムハウスジャパン 2008-04-24

by G-Tools

ケヴィン・ブロックマイヤー『終わりの街の終わり』(金子ゆき子訳 武田ランダムハウスジャパン)
 ある場所に存在する街。そこは死んだはずの人間が、生きている人間が記憶している間だけ滞在していられるという場所でした。しかし、その街が急激に縮み始めます。現実世界で、新型ウイルスが流行し、人類が絶滅状態になってしまったのです…。
 消滅寸前の死者の街と、人類最後の生き残りである女性とが、交互に描かれる長篇作品。人間一人分だけの記憶の街という、何とも魅力的な設定です。



4652005148おとうさんがいっぱい (新・名作の愛蔵版)
三田村 信行 佐々木 マキ
理論社 2003-02

by G-Tools

三田村信行『ゆめであいましょう』『おとうさんがいっぱい』フォア文庫収録)
 ミキオは、夢の中で、赤ん坊を見ます。翌日の夢では、5歳ぐらいの少年を見ます。どうやら、少年は昨夜の赤ん坊が成長した姿のようなのです。やがて成長した少年の顔が、自分そっくりであることに気付き、驚くミキオでしたが…。
 夢を見ているのはどちらで、夢を見られているのはどちらなのか? アイデンティティーの不安をえぐる、児童文学ながら恐怖度の高い作品です。



488570412XWho!超幻想SF傑作集 (マイ コミックス)
佐々木淳子
東京三世社 1981

by G-Tools

佐々木淳子『ミューンのいる部屋』『Whoフー 超幻想SF傑作集』東京三世社マイ・コミックス)
 空想上の友達と遊ぶことを覚えた少年フィル。彼の作った女の子ミューンは、日に日に存在感を増していきます。
 母親の実家に預けられることになったフィルは、伯母のアナイジーとの生活の中で、充実感を得るようになり、それに伴いミューンは姿を消します。しかしアナイジーとボーイフレンドとの関係に嫉妬したフィルは、再び内にこもるようになり、彼の幻を作る能力は暴走しはじめますが…。
 いったんは幸せを得たかに思えた少年が裏切られたとき、空想は彼の手を離れていきます。空想が現実化するというファンタジーですが、後半の展開は、非常にブラック。最後の一ページの衝撃度は、半端ではありません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

夢を扱った作品はほんと多いですね。
真っ先に思い浮かぶのは中国の説話「胡蝶の夢」です。
それに若干ちなんで、ループものアニメですが、
うる星やつらの映画「ビューティフル・ドリーマー」。
浦島太郎の話で、もし亀にのって竜宮城に行ったのが村人全員だったら、
どうなっていたか・・・なんて絶対面白くなる発想ですよね。

主題そのものは違うものの、ゴーゴリの「肖像画」・・・
コリンズの「夢の女」・・・ドイルの「革の漏斗」・・・
ロバート・ブロック「夢魔」・・・。
ヘレン・マクロイの「カーテンの向こう側」・・・クーンツの「真夜中への鍵」・・・。

夢といって良いものか、映画「アイデンティティー」の印象は、未だ強烈です。

全く関係ないですが、お気に入りの曲「Мечта」(ロシア語で「夢」)
https://myzuka.fm/Song/3899842/Smash-Mechta
【2017/03/03 23:40】 URL | ぽんぽこ狸 #- [ 編集]

夢作品
夢そのものをテーマにした作品もそうですが、夢の雰囲気を生かした作品というのも結構ありますよね。マクロイは長編でも、時折悪夢めいた雰囲気の作品がありますね。

「胡蝶の夢」は、まさに夢テーマの原型ですね。中国の古典には夢テーマの作品もいっぱいあって、志怪や伝奇小説を読むと、しょっちゅうこのテーマが出てきます。

映画の『アイデンティティー』も、夢テーマの作品だと思います。ある意味「白昼夢」でもあるというか。

ご紹介の曲も聴いてみましたが、なかなかいい曲でした。
【2017/03/04 07:10】 URL | kazuou #- [ 編集]

何冊か読みました…
「終わりの街の終わり」
街の話や、最後の生き残りのローラの記憶とのリンクなど非常に良かったです。
が、如何せんローラがいたたまれなかったのが私的にはマイナスでした…
「世界最終戦争の夢」
10年くらい前に読みました。1901年に書かれた様ですが、
第一次大戦前に書かれた小説で世界大戦やソ連を想像させるものって
チラホラみかけますね。
「合図」
「夢の中で殺されそうになったら壁を叩く」というのはどういう状況か、
きちんと考えると結構不思議です。
余談ですが、この話を読んで、小学生の頃に当時3歳だった妹の世話を
屁理屈をこねてサボった記憶がよみがえりました(あの時はごめんなさい)。

あと、夢関連としては「夢から覚められなくなる」というジャンルもあると
思います。小学校の頃流行った怪談でそんなのがありました。
当時は結構恐かったですが、ひねくれた大人だと「別に覚めなくても
いいんじゃない?」とか言い出しかねないので、大人向けにはウケない
ジャンルかもしれませんね。
【2017/04/29 09:45】 URL | bear13 #- [ 編集]

>bear13さん
『終わりの街の終わり』は、結末がバッドエンド(?)なのが合わない人がいるかもしれませんが、題材もユニークで面白い作品だと思います。

ウェルズやヴェルヌ、ジャック・ロンドンなんかもそうでしょうか。戦争を予感させる作品って、やっぱり結構あって「予言的作品」とか言われるものもありますね。たぶん作家当人たちは、具体的な戦争ではなくて、普遍的な人間の争いをイメージしているのだと思います。

『合図』は、いろいろ解釈の余地がある作品ですよね。独自の夢世界のルールを想像したりすると面白いです。

「夢から覚められなくなる」というのは、想像すると怖いですね。半村良にもそういう作品があったような覚えがあります。最近流行りの「デスゲーム」ものなんかにもありそうですね。
【2017/04/29 10:31】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/705-58108017
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する