邪悪なる祈り  ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』
4336055351悪の誘惑
ジェイムズ ホッグ James Hogg
国書刊行会 2012-08

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 享楽的な領主の父と、厳格なキリスト教徒の母との間に生まれた二人の兄弟。兄のジョージは、父親のもとで、寛大な心を持つ好青年に育ちます。一方、弟のロバートは、狂信的な牧師と母との間で育てられ、他人からは近寄りがたい人間に育ちます。
 成長したロバートは、仇のように兄ジョージを追い回し、嫌がらせをし続けます。やがて、ジョージが死体となって発見されますが、犯人はジョージと口論をしていたドラマンドという男だとされていました。
 やがて父親が亡くなり、ジョージの代わりに、家督をついだロバートでしたが、父親の家政婦だった女性は、ロバートこそジョージ殺害犯だと確信し、調査を始めます…。

 『悪の誘惑』(高橋和久訳 国書刊行会)は、羊飼いから作家になったという、異色の経歴を持つスコットランドの作家、ジェイムズ・ホッグの作品です。
 大きく三部に分かれており、一部と三部は編者からの「客観的な」語り、二部は弟の視点による語りになっています。一部でまず、客観的な事件の顛末が描かれ、二部では弟の狂信的な視点から描かれた「手記」が語られます。そしてまた三部では、その「手記」についての編者の見解が描かれる、といった構成になっています。
 兄弟間の憎しみや、殺人さえ描かれるにも関わらず、一部はかなりユーモアに富んだ筆致になっているのが面白いところです。好青年の兄に対し、弟は徹頭徹尾「嫌な」男で、兄を追い回します。たびたび兄弟は遭遇し、いさかいを起こすのですが、弟がなぜそこまで兄を憎むのかや、兄ジョージの死の真相は前半では明かされません。

 二部では、弟ロバートの視点から描かれた物語が語られますが、ここからが圧巻です。異様なまでの宗教教育を受け、ゆがんだ視点を持った男の独善的な行動が描かれていきます。子供のころから嘘をつき、悪事を働いてきたにもかかわらず、自分は神に許されているという考えを持っているため、自らの行動に対し良心の呵責を全く覚えないのです。 
 やがてロバートの考えに賛同してくれる、謎の男が現れます。最初はロバートの思想や行動を褒め称えていた男は、段々と悪事を働くようにそそのかしていきますが、ロバートもそれに従い、破滅的な行為を繰り返していくことになるのです。
 この「謎の男」、たびたび姿や声を変えたりと、悪魔のような人物なのですが、この男が実在しているかどうかも、じつは定かではありません。ロバートの「悪の心」の分身なのか、それとも本当の「悪魔」なのか。
 殺人を含む、あらゆる悪事を行いながら、独善的な論理でそれらを全て正当化しようとするロバート。その告白が、異様な熱気を持って語られる後半の展開は、凄いの一言です。

 作品全体の構成も、読者を眩惑するような作りになっています。一部の編者の「客観的な」語りと、二部の弟の独白とで、同じ事件に対する細部や解釈が異なっているのです。もちろん二部の語り手であるロバートは「嘘つき」なので、その語りを信用はできないのですが、かといって編者の語りが信用できるかというと、そういうわけでもないのです。
 とくに三部では、発見された手記について、作者自身であるジェイムズ・ホッグ自身も作中人物として登場します。しかも編者はホッグは信用できない…などという意見も書いているのです。
 この時代の小説には、「手記」や「手紙」という設定はよく使われるのですが、この作品では、その視点のずれが多重になっていて、真実がぼやかされる…という効果を発揮しています。

 19世紀前半に書かれた、いわゆる「ゴシックロマンス」に属する作品なのですが、このジャンルの作品としては、分量的にもあまり長くなく、読みやすい作品です。ミステリの先駆的作品としても、熱気に満ちた幻想小説としても読めますが、何より、今読んでも面白さを感じられるという意味で、古典的な傑作と呼んでもいい作品でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
これまた面白そうな…
この作品名、例のドーキー・アーカイヴの冊子で初めて目にしたのですが、どんな作品かと少し思ったものの「規模は違うが」(嵐が丘のように後年大きく再評価された)との記載を見て、じゃぁ少々小味なのかな位の感じで、優先的に買ったり読んだりするものという意識には全くなっていなかったんですが…
ですがご紹介の文を見ると、結構な面白さではないかと・・・
そして、19世紀前半の作品というのに2度びっくり。「信用できない語り手」を意識した作品としても、アクロイド殺しの1世紀も前を行っていたことになりますし…
歴史的意義を抜きにしても、例えばパトリック・マグラアの「愛という名の病」なんかを彷彿とさせる感じで (むしろ更にひねりが加わっている?)、現代エンタテインメントと言われてもそん色なさそうな印象ですね。

とはいえ冷静に考えると、ある意味ドストエフスキーなどが描きそうな直球の作品だとも、様々な要素が未分化だった19世紀頃なら、逆に無意識的に書かれそうな作品だとも言えるのかもしれませんが…
あと、さすがに19世紀の作品なので、あまり完成度に期待しすぎるのも酷か… でも、例えばデュマの「モンテ・クリスト伯」も19世紀前半ですし、既に現代人が読んでも面白い小説を書く人たちはいた訳ですよね…

など、あれこれ考えを巡らせますが、やはり面白そうです。まだ新刊で購入可能のようですしチャレンジしようかと。
【2017/02/13 02:35】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
これは傑作だと思います。
19世紀前半の作品ということで、技法的には先駆的な作品ですね。作品を読む限り、この「信頼できない語り手」は、かなり意識的にやっているような感じを受けます。もちろん、現代のように「メタフィクション」を意識しているわけではなくて、作中人物の信頼のおけなさを強調するためにやっているとは思うのですが、それをさらに先鋭的にした結果、こんな作品が出来上がった…という感じです。
作品の構成自体も十分魅力的なんですが、何といっても、「信頼できない語り手」の弟の手記の部分が強烈です。現代のサイコスリラーそこのけの描写が出てきて、その意味でモダンな作品だと思います。読んで損はない作品だと思いますよ。
【2017/02/13 20:37】 URL | kazuou #- [ 編集]


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