怪奇と幻想のロマンス  J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』
448850602Xドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)
J・S・レ・ファニュ 千葉 康樹
東京創元社 2017-01-21

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  アイルランドの作家、J・S・レ・ファニュ(1814-1873)は、19世紀の怪奇幻想小説の分野では「巨匠」とされる作家の一人です。本邦で有名な作品としては、官能的な吸血鬼小説『吸血鬼カーミラ』や、サイコ・スリラー的な要素もある怪奇小説『緑茶』あたりが挙げられるでしょうか。
 怪奇小説の「巨匠」というと、我々は20世紀以降の作品、ブラックウッドやマッケン、M・R・ジェイムズのような作品を考えてしまうのですが、実のところ、19世紀以前の作品は、20世紀以降の作品のような、純粋な怪奇小説というのは、あまりありません。細かく言うと、「怪奇」や「幻想」そのものが主題になる作品があまりない、ということです。あくまで作品の味付けとしてそれらがある、といった方がいいのでしょうか。
 そうした時代にあって、レ・ファニュは、例外的に怪奇幻想の要素が強い作品を多く書きました。ただ、「ロマンス」や「メロドラマ」の要素は強く、そうしたところが古色蒼然とした印象を与える理由にもなっているのですが、今現在では、逆にその古色蒼然さが魅力ともなっているのです。

 レ・ファニュの主な邦訳としては、以下のようなものがあります。

長編
『墓地に建つ館』(榊優子訳 河出書房新社)
『アンクル・サイラス』(榊優子訳 創土社)
『ワイルダーの手』(日夏響訳 国書刊行会)
『ゴールデン・フライヤーズ奇談』(室谷洋三訳 福武文庫)

短篇集
『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)
『レ・ファニュ傑作集』(小池滋、斉藤重信訳 国書刊行会)

 短篇作品は80篇ぐらいあるらしいのですが、未訳が多く、まとめて短篇作品を読めるのは50年近く前に出版された『吸血鬼カーミラ』のみでした。そんな状況だっただけに、今回刊行された、レ・ファニュの作品集『ドラゴン・ヴォランの部屋 レ・ファニュ傑作選』は、怪奇幻想ファンにとって、またとない贈り物となりました。
 以下、収録作品を紹介していきたいと思います。

『ロバート・アーダ卿の運命』
 悪魔らしき人物との契約により、命を狙われる男の物語を、「伝説」と「事実」との2通りで描いた物語です。
 いかにも伝説然とした展開の1話目と、キャラクターを描き込み、小説としての余韻を加えた2話目と、2つの味わいを楽しめます。集中もっとも「怪奇小説」らしい作品です。

『ティローン州のある名家の物語』
 資産家の娘ファニーは、嫁ぎ先の貴族グレンフォーレン卿の屋敷に迎えられますが、屋敷内で気味の悪い盲目の女を見かけます。自分に対して攻撃的な女の態度にファニーは怯えますが…。
 謎の女、夫の秘密、ゴシック的な道具立てたっぷりの作品です。「秘密」に関しては、すぐに気付いてしまうのですが、それでも読ませるサスペンス味は流石というべきでしょうか。

『ウルトー・ド・レイシー』
 ウルトー・ド・レイシーは、政治的な駆け引きで失脚し、財産や領地を失ってしまった結果、二人の娘を伴って、辺鄙な場所に移り住みます。彼の希望は美しい妹娘ウナを資産家の青年と結婚させることでしたが、ウナは見知らぬ男に恋しているようなのです…。  
 先祖の因縁により復讐されるというゴースト・ストーリー。先祖から伝わる警告にもかかわらず、悲劇は起きてしまうという運命譚になっています。

『ローラ・シルヴァー・ベル』
 魔術を使うと噂されるカークばあさんは、捨て子だった娘ローラ・シルヴァー・ベルを可愛がっていました。ある日、ばあさんは汚らしく忌まわしい男に出会い、ローラをよこせと言われますが、すぐにはねつけます。しかし、ローラ自身には男が魅力的に見えているようなのです…。
 妖精に狙われる娘の物語なのですが、さらわれて終わり、ではなく、その後を描いているところが新鮮ですね。しかも、その後が描かれた部分がじつに禍々しい雰囲気なのです。邪悪なフェアリー・テールとでもいうべき作品です。

『ドラゴン・ヴォランの部屋』
 パリに「冒険」のために向かっていた英国人青年ベケットは、旅の途上、馬車トラブルに巻き込まれたサン=タリル伯爵夫妻を手助けします。伯爵夫人に一目ぼれしてしまったベケットは、夫人が不幸な結婚をしていることを知り、自分の手で彼女を助け出そうと考えますが…。
 怪奇幻想味はほとんどない作品ですが、リーダビリティは非常に高いサスペンス小説になっています。青年が伯爵夫人と恋仲になるまでの前半はいささか退屈しますが、後半になり、ある計画が持ち上がってからは手に汗握る展開になります。前半に登場する青年の「病気」がしっかりとした伏線になっているところには感心しました。

 19世紀の作家ゆえと言うべきか、作品の始まりは、たいてい舞台となる村や自然の描写が丁寧にされていきます。一見、退屈になりそうな部分なのですが、情景描写が巧みなので、すぐに作品の舞台に入り込めます。特に、森や古城などが登場する作品の雰囲気は絶品です。
 純サスペンス作品である『ドラゴン・ヴォランの部屋』が典型ですが、レ・ファニュが、怪奇小説の名手である以前に、当時のエンターテイメントの名手でもあったことのわかる作品集でした。レ・ファニュの当時の異名「アイルランドのウィルキー・コリンズ」は、コリンズに劣らぬストーリー・テラーぶりを表わしたものでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
アイルランド旅行に行きたくなります。
怪奇小説アンソロジーの常連ですが、レ・ファニュだけの短編集は少ないのですね。この本が売れて未訳の短編集が、もっと出ますように。図書館で「墓地に建つ館」を借りて読んでいますが、コリンズの月長石に負けない長さ。
【2017/01/22 23:55】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]

>奈良の亀母さん
クラシックの怪奇アンソロジーには、たいていレ・ファニュが入っているような印象があるのですが、単体の邦訳は意外に少ないのですよね。
短篇は未訳がたくさんあるので(全部が怪奇ものというわけではないと思いますが)、これを機にもっと紹介していただきたいですね。
【2017/01/23 20:14】 URL | kazuou #- [ 編集]


記事が速い(笑) 発売の翌日じゃないですか。
自分も今、デュ・モーリアと交互に読んでいます。
短篇集って大好物で、面白くて一気に読んでしまう。
が、それはそれで勿体ないなぁと思ったり。楽しいですね。

レ・ファニュって短編はあれだけ読みやすく面白いのに、
長編になるとやたらゴシックっぽくなりますよね。
アンクル・サイラスは手元にないので、是非新訳か何かで出てほしいです。
光文社は手を付けないかなあ。
【2017/01/24 19:37】 URL | ぽんぽこ狸 #gX8OzRaA [ 編集]

>ぽんぽこ狸さん
ちょうど発売日前に手に入ったので、早速読みました。デュ・モーリアも今読んでますよ。

そうなんですよね。レ・ファニュは長編では、典型的なゴシック・ロマンスで、言ってしまうと「古い」タイプの作品になってしまいますね。『アンクル・サイラス』は傑作だと思いますが、『ワイルダーの手』は読んでいて、かなりつらかったです。
対して、短篇は、『カーミラ』とか『緑茶』などもそうですが、すごく近代的な小説があったりするんですよね。

古典新訳文庫でレ・ファニュも出てほしいですね。
【2017/01/24 20:31】 URL | kazuou #- [ 編集]


レ・ファニュはもっぱらアンソロジーで親しんでいて、カーミラも未読。
古城、森、荒野等の風景と人物、そして怪の描写が渾然一体となり、素朴で古風な恐怖がいい味わいでした。
たまにはいいですね、古典も。
【2017/02/12 11:23】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
怪奇小説は古臭くてなんぼ、なのですが、レ・ファニュは作品によっては、ひときわ古い!ということがありますからね。
この作品集に関しては、それが適度な味になって、読み応えがあったように思います。
【2017/02/12 11:32】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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