死者の継ぐ世界  M・R・ケアリー『パンドラの少女』
4488010547パンドラの少女
M・R・ケアリー 茂木 健
東京創元社 2016-04-28

by G-Tools

 世界中を襲った奇病により、文明が壊滅してから数十年、人間は各地で身を寄せ合って暮らしていました。外をうろついているのは、人間としての性質を失った生ける死者〈餓えた奴ら〉と、盗賊まがいの〈廃品漁り〉のみ。
 工業製品など、文明の利器は失われた中で、ある軍事基地の中では密かに実験が行われていました。それは病気に感染したにもかかわらず、人間としての知能を残したままの子供たちを収容し、病気の治療法を究明するというものでした。
 子供たちの知能を測る目的で雇われた女性教師ジャスティノーは、とりわけ知能に優れた少女メラニーに愛情を覚えます。ジャスティノーは、メラニーを解剖しようとするドクター・コールドウェルに反発を覚えますが、その最中、敵の襲撃により基地は壊滅し、脱出することを余儀なくされます。
 脱出できたのは、ジャスティノーとメラニー、ドクター・コールドウェル、基地の責任者であるパークス軍曹と新兵ギャラガーのみ。一行は、安全な街を目指すことになりますが…。

 M・R・ケアリー『パンドラの少女』(茂木健訳 東京創元社)は、生ける死者である〈餓えた奴ら〉が世界中に蔓延した世界で、逃避行を余儀なくされた一行の、絶望的な旅を描いた作品です。
 〈餓えた奴ら〉は、人間を含め生物の肉を求めるという、いわゆるゾンビなのですが、一部の子供のみに、知能を残している存在がいることがわかります。意思の疎通も可能で、教育で知識を蓄えることも、感情もあるように見える彼らに、擬似的な教育を施しているジャスティノーは、愛情を覚えます。
 しかし、〈餓えた奴ら〉の本能を残している子供たちは、人間のにおいを嗅ぐと食欲が抑えられなくなり、人間を襲ってしまうのです。意志力に優れたメラニーもやはり、時折、食欲に負けそうになるため、旅をする途中、仲間たちを襲わないように手錠をつけたり、隔離したりと、手順を講じることになります。

 〈餓えた奴ら〉と〈廃品漁り〉といった外敵に襲われる共通の危険のほか、パークスとギャラガーにとっては、メラニーに襲われる可能性、メラニーとジャスティノーにとっては、コールドウェルに襲われる可能性、パークスとギャラガーに殺される可能性もありと、互いが互いに危機感を抱いているため、旅の途上、何度も内輪揉めが起こります。
 メラニーに執着するジャスティノーのせいで、何度も危機に陥ったり、逆に実験体としてメラニーを連れて行きたいコールドウェルとの共闘が成立したりと、人物間の葛藤とドラマは読み応えがありますね。
 冷血漢としか思っていなかった人間に、人情味があるところを感じたり、一緒に行動をしているうちに、互いに対する理解が芽生え始めたりと、登場人物それぞれに対する描写は非常に丁寧です。
 後半では、コールドウェルが調査を続ける病の原因やメラニーの秘密などが判明したり、ジャスティノーがメラニーに執着する理由が明かされるなど、読みどころも充分です。

 〈ゾンビもの〉から連想するような派手さはないものの、イギリス作家らしい丁寧な人物描写と手堅い人間ドラマで読ませる作品です。ジョン・ウィンダムやジョン・クリストファーのような、往年の破滅SFを思わせる作品でした。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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