新年のご挨拶
 あけましておめでとうございます。2017年初の更新になります。今年もよろしくお願いいたします。

 12月の半ばから咳が止まらず、風邪かと思っていたのですが、年末に病院で診てもらったところ、軽い肺炎になっていました。おかげで年末からずっと寝ています。
 この際、懸案の本を読んでおこうかな、ということで、気になりつつも積んでいた本を中心に読みました。これだけ続けて本を読めたのは、随分久しぶりな気がします。


4003279026遊戯の終わり (岩波文庫)
コルタサル 木村 榮一
岩波書店 2012-06-16

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4003279034秘密の武器 (岩波文庫)
コルタサル 木村 榮一
岩波書店 2012-07-19

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4891762861すべての火は火 (叢書アンデスの風)
フリオ コルタサル Julio Cortazar
水声社 1993-06

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フリオ・コルタサル『遊戯の終わり』(木村榮一訳 岩波文庫)
フリオ・コルタサル『秘密の武器』(木村榮一訳 岩波文庫)
フリオ・コルタサル『すべての火は火』(木村榮一訳 水声社)

 まずは、幻想短篇の名手とされるコルタサルの作品集をまとめて読みました。アンソロジーなどの収録作はわりと読んでいますが、今まで肌に合わないと思って、作品集には手を出していませんでした。まとめて読んでみると、なかなか面白く読めたのは意外でした。
 『遊戯の終わり』収録作では、メタフィクション的な掌編『続いている公園』、セーターを着るだけの話が異界へ通じる幻想小説になってしまうという『誰も悪くはない』、オーソドックスな怪奇もの『いまいましいドア』、同時代に同じ人間が転生するという『黄色い花』、山椒魚に意識が乗り移ってしまうという『山椒魚』などが面白いですね。
 『秘密の武器』収録作では、写真の中の人物が動き始めるという『悪魔の涎』、女性の過去の悪夢が恋人に影響していくという『秘密の武器』『すべての火は火』収録作では、渋滞している道路上で日常生活を始めてしまう人々を描いた不条理小説『南部高速道路』、年老いた母親に息子の死を隠すため、親戚一同が息子のふりをして手紙を書くという『病人たちの健康』、観客として観劇中に、急に役者として舞台に出されてしまう男を描いた『ジョン・ハウエルへの指示』などが印象に残ります。
 コルタサル作品は、明確な幻想小説でない場合でも、筆致が幻想小説っぽいので、読むのに集中力を要しますね。


4334752721すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)
オルダス ハクスリー Aldous Huxley
光文社 2013-06-12

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4151200533一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル 高橋和久
早川書房 2009-07-18

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オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(黒原敏行訳 光文社古典新訳文庫)
ジョージ・オーウェル『一九八四年 新訳版』(高橋和久訳 ハヤカワepi文庫)

 ディストピア小説の古典として名高い2作ですが、読むのは初めてです。

 ハクスリー『すばらしい新世界』は、人間の出生・成長が完全に管理された世界を舞台にした作品。親子関係は存在せず、階級ごとに条件付けられた人間は、それぞれの役目を疑問に思うことはないようになっていました。最上位階級に属しながら、幸福感を感じられないバーナードは、「野蛮人」の青年ジョンと出会うに及び、社会の仕組みに疑問を抱きます…。

 オーウェル『一九八四年』は、全ての国民の思想が統制され、政府にとって都合の悪い過去の事実はすぐに書き換えられてしまう世界が舞台。記録の改竄作業を行っていた主人公は、体制へ批判的な考えを抱くようになる…という物語。

 どちらの作品も極端な管理社会ではあるのですが、対照的といってもいいほど、社会の描かれ方は異なります。ハクスリー作品は、風刺的なタッチが強いのに対して、オーウェル作品はシリアスなタッチですね。
 とくにオーウェル作品後半の行き詰るような閉塞感は強烈です。現在でも重要なテーマをはらんだ部分も多く、古典的傑作と言われるだけのことはある作品でした。


443422719XSF小説論講義―SFが現実に追い越されたって本当ですか?
青木 敬士
江古田文学会 2016-11

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 ちなみに、なぜこのディストピア小説2作を読む気になったかというと、青木敬士『SF小説論講義―SFが現実に追い越されたって本当ですか?』(江古田文学会)という本を読んだからです。この本の中でオーウェル『一九八四年』が取り上げられており、こんなに面白そうな作品だったのか! ということで読もうと思ったのですが、 オーウェルを読むなら、ハクスリーも読んでおかないとな、ということで2作を読むことになりました。
 『SF小説論講義』は、大学の講義が元になっているらしいのですが、SF小説を一冊も読んだことのない人を対象にしたSF論、というコンセプトの講義です。オーウェルの章では、作中で展開される言語の改変や、それが人間に与える影響を、マッキントッシュのCMやニコニコ動画などに言及しながら語っています。
 他にも、小川一水『ギャルナフカの迷宮』を題材にして物語の作法を語る章だとか、アニメ『イブの時間』を題材にしたロボット論など、興味深いテーマがいっぱいです。語り口も柔らかで読みやすく、オススメの一冊です。


415010194910月1日では遅すぎる (ハヤカワ文庫 SF 194)
フレッド・ホイル 伊藤 典夫
早川書房 1976-05

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フレッド・ホイル『10月1日では遅すぎる』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF)
 
 作曲家であるリチャードは、友人の物理学者ジョンとともにハワイへ出かけますが、その間にアメリカとの連絡がとれなくなったというニュースを耳にします。アメリカ大陸の人間は、都市ごと消滅していたのです。
 同時に、世界中で異なる時代が出現していました。フランスやドイツでは第一次大戦、ギリシャでは古代、故郷のイギリスもまた微妙に異なる時間に属していたのです。この事態を改善するため、イギリス政府が中心になり調査隊を各地に派遣することになりますが…

 1966年発表の時間SFの名作の一つに数えられる作品です。パッチワークのように、異なる時代が同時に出現してしまった地球を舞台にしています。作者がプロの天文学者でもあるために、かなり専門的な議論も頻出します。
 事件が起こるまでが長いことと、主人公の職業であるクラシック音楽への言及が多いことなどもあって、とっつきにくい話ではあるのですが、その発想や時間に関する議論は興味深く読めます。
 ハードSFというよりは、ファンタジー、幻想小説に近い味わいなのも意外でした。


4879843520幻想の坩堝
三田 順
松籟社 2016-12-14

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岩本和子・三田順編訳『幻想の坩堝』(松籟社)

 ベルギーの幻想小説を集めた本邦初のアンソロジーです。純文学系の作家よりも、大衆小説系の作家の作品の方が面白く読めますね。
 ジャン・レー『夜の主』は、中年になった男性が、かっての家族の幻影に出会うという物語。こう紹介するとノスタルジックな作品を思い浮かべますが、実際は逆で、禍々しい暗黒小説ともいうべき力作になっています。
 トーマス・オーウェン『不起訴』は、何者かに尾行されていると感じている男のモノローグが、やがて不条理な事態に至るという不気味な作品。
 集中いちばん面白かったのは、フランス・エレンス『分身』という作品。あるオランダ人一家の気弱な青年が植民地に渡ったことから、性格が豹変していきます。その秘密を探りに出かけた「私」は恐るべき事実を知ります。青年が語るには、自分の分身が現れたが、それは女性の形をしており、その女性を妻にしたというのです。しかもその「妻」から子供が生まれるに及び、青年の性質は更に変化していきます…。
 「分身」を扱った作品なのですが、何ともユニークな発想で描かれています。不気味さと同時に、そこはかとないユーモアも漂う幻想小説です。


4062117983オデット
ロナルド・ファーバンク 山本 容子 柳瀬 尚紀
講談社 2005-12-14

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ロナルド・ファーバンク『オデット』(柳瀬尚紀訳 講談社)

 オデットは、両親を失い、叔母に引き取られた幼い少女。夜中に聖母マリアに会いたいと屋敷を抜け出し、娼婦と出会ったオデットでしたが…。
 世間ずれした娼婦と、純真無垢なオデット、二つの全く異なる世界観を持つ二人が出会ったときに生まれたものとは? 原題のサブタイトル「けだるい大人のための童話」の通り、アンニュイかつ美しい作品です。


4488010555堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)
エドワード・ケアリー 古屋 美登里
東京創元社 2016-09-30

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エドワード・ケアリー『堆塵館』(古屋美登里訳 東京創元社)

 19世紀イギリス、ロンドン郊外のごみ山の中に立つ巨大な屋敷「堆塵館」。そこはごみで財を成したというアイアマンガー一族が建てたものでした。地上の階では、純潔のアイアマンガーが、地下の階では、一般の人間と結婚したアイアマンガーの子孫が召使として働いていました。
 アイアマンガー一族には、生まれた時に与えられる「誕生の品」を生涯持ち続けなければならないという掟がありました。主人公クロッドは、その品物の声を聞くことができるという能力がありました。物たちは、それぞれ自分の名前を叫び続けているのです。
 一方、孤児院で生まれた少女ルーシーは、アイアマンガーの血が入っているということで、堆塵館で召使として働くことになります。厳しい掟に反抗し続けるルーシーでしたが、館の中でクロッドと出会ったことから、互いに愛し合う関係になります…。

 《アイアマンガー三部作》の1作目に当たる作品です。ごみ山の中に立つ巨大な屋敷、エキセントリックな登場人物、物の声を聞くことのできる少年、孤児ながら自らの運命を切り開こうとする少女。魅力的な要素のたっぷりつまった物語です。
 「誕生の品」を身につけ続けなければならないというアイアマンガー一族の掟が、単なる設定だと思いきや、そうしなければならない理由が後半に判明するなど、細かい伏線もしっかりしています。
 一族の掟を守り続けなければならないと思い込んでいた主人公クロッドが、少女ルーシーとの出会いにより、一族を裏切る方向へ動き出すことになります。一度、屋敷に召使として入った人間は二度と出れないという掟があるなか、ルーシーを外へ連れ出すことができるのか…というのが、主人公の当面の目的になっています。
 物語のほぼ全体が屋敷の中で起こるにもかかわらず、最初から最後まで波乱万丈の物語で、これはぜひ続編を読みたい作品になりました。続編は5月ごろ刊行予定ということで、楽しみにしたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

既読は「すばらしい新世界」「一九八四年」「10月1日では遅すぎる」の3編。中では「10月1日では遅すぎる」の奇妙な味わいがそのタイトルと合わせて印象に残っています。
「すばらしい新世界」はハヤカワでも新訳が出てディストピアSFが賑やかですね。

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
お身体の方、速やかに回復されますように。
【2017/01/03 15:19】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
ある意味、寝正月になってしまいましたが、読書三昧になっているので、これはこれで楽しいですね。

『SFマガジン』でもディストピアSFの特集をやっていたみたいですし、何かブームなんでしょうかね。2作とも、今更ながら読んだのですが、現在でも面白く読め、流石、古典というべき作品でした。

『10月1日では遅すぎる』は、時間ものとして、ずっと気になっていた作品です。最近ではあまり読まれていないようですが、これは傑作ですね。正直、小説の結構があまり上手くない感はあるのですが、それを補って余りある発想が魅力的です。
過去の時代に対してある種の優越感を持っていた主人公たちが、さらに超未来の文明によって相対化されてしまう…という後半の展開も面白かったです。
【2017/01/03 18:24】 URL | kazuou #- [ 編集]

マイコプラズマ肺炎が流行っているそうです。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。体調の悪い時に「1984年」を読破したら熱が上がりませんか?全てが国家の掌の上で一片の救いもありません。学生時代に1984年を迎え、話題になって書店に平積みに。読んでみて打ちのめされました。主人公の母や妹とのささやかな思い出が切ないです。ジン恐怖症になりました。お身体が回復なさいますように。
【2017/01/04 21:40】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
昨年、泣く泣く参加を見送った「怪奇幻想読書倶楽部」、今年は参加を楽しみにしております。
肺炎とのこと、軽いとはいえ、どうか一日も早く快癒されますよう。

ベルギーの幻想小説というとオーウェンを思い出しますが(というより、それしか読んだことがない)、美術の方では幻想系の錚々たる顔ぶれが揃ってますね。ムンク、マグリット、アンソール、デルヴォー等々。
彼の国にはそういう風土があるんでしょうか。
【2017/01/05 01:02】 URL | るね #- [ 編集]

>奈良の亀母さん
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

確かに『1984年』はきつい話でした。後半の絶望感はすごいですよね。
実はディストピア物を読んだ後に、さらに暗めのゴシック小説とか幻想小説とかを読んでいたので「体には良くない」読書だったかもしれません。
【2017/01/05 20:50】 URL | kazuou #- [ 編集]

>るねさん
あけましておめでとうございます。読書会の方でもお話できたら嬉しいですね。

お心遣い、ありがとうございます。
1月近く、しつこい咳に悩まされているので、早く直ってほしいところです。

ベルギーは「小国」ではありますが、芸術分野では存在感を放っている国ですよね。ベルギー象徴派などは、幻想系の芸術を愛する者にとっては、外せない存在です。
文学の分野でも、やはり幻想的な香りのする作品は多いような気がします。伝統なのでしょうね。

【2017/01/05 20:58】 URL | kazuou #- [ 編集]

コルタサル
(薄々察してはいたことですが、)コルタサルは肌に合っていなかったんですね。個人的には思い入れのある作家なので少々残念というか・・・
ストーリーはシンプルな怪奇小説の構図をそのまま使っていることも多いですし、内容的にも他の文学要素を匂わせることもなく、変容・異界への移行などが直截に描かれているので、怪奇ファンには割と受け入れやすい作家かなと思ってもいたのですが。変容の継ぎ目をシームレスにしている、意識の流れっぽい筆致の癖に好悪があるんでしょうか・・・・

高校の頃は、ラテンアメリカ文学の "ブーム" を受けて、集英社などからマルケスをはじめとした文学全集のようなものまで出ていたんですよね。
異色作家短編集などから視野を広げた結果、この辺りにも興味が出てきていたもので、数々のラテンアメリカものも図書館に結構リクエストで入れてもらい、「百年の孤独」「夜のみだらな鳥」「伝奇集」(←これはもともとあった)などの名作に親しむことができていました。
その折に一度、コルタサルに出会ってはいて、その時読んだのは「石蹴り遊び」という長編作品でした。確か、この作品はゲーム性を取り入れた(確かそのまま読めるだけでなく、更に読む順序を何通りか指定されたり、更には以降は無視して良いとか書かれていたりする…)ことと作者のテーマである別世界あるいは至高性の探求を描いたものとして代表作的な扱いを受けていますが(・・・だと理解していますが、不確かな記憶頼りなので正しいかは不明・・・)、少なくともその時の私には冗長かつ何を楽しんでいいんだか分からず時間ばかり食うようなもの、で、あまり印象は良くなかったんです。(他にも懸賞に当たった人々が同じ船に乗せられるという「懸賞」、「組み立てモデル/62」など梗概だけ聞いた感じでは読んでみたくなるような、実験的な作品を長編では結構書いているようです)
ただ、その解説か何かだったと思うのですが、この作家は怪奇色の強い悪夢のような短編を得意とする、というようなことが書いてあって、それは一度読んでみたいと思っていたのです。
ただ、「遊戯の終わり」は、確か既に品切れになっていたこともあって、高校のうちにはその思いはかないませんでした。世界幻想文学大系の『秘密の武器』は、高校生にはちょっと高くてかさばる感じだったんですよね・・・

大学の図書館には、「文学の冒険」の一部作品などを入れてもらったりとやはりお世話になったのですが、さすがに高校の図書室みたいな訳には行きませんでした。それでも、閉架書庫に入って何冊ものマグリットの画集を眺めていたりと結構お世話になったのですが、卒業を間近に控えたある日、また閉架書庫に入れてもらって何か掘り出し物が無いかと物色していたところ・・・ラテンアメリカ文学叢書の1冊として出ていた「遊戯の終わり」があるのを見つけたんです。
ラテンアメリカ文学行書は大きめの新書といった版形なのですが、装丁はシンプルで目立たないので、見つけた時は逆に本当にその本なのか信じがたいような気持で、本の背と同系色の消え入りそうな明朝体の文字を何度も見返した記憶があります(本の装丁などは、記憶の話なので不正確な可能性あり)。
貸し出しを受けて読み、これが手元にないのは勿体ないと思ってひたすらほぼ全頁のコピーを取った思い出の本です(後になって、再刊されたものを本として購入しましたが)。
そんなこともあって、私にとってはコルタサルといえばこの短編集です(人気の高い「南部高速道路」はやっぱり優れた作品だと思いはしますが)。

ここで挙げられた作品の他では、狂乱の熱と事後の描写が印象的な「バッカスの巫女たち」、食い違い続ける事実の認識がだんだん異世界間の通信のように思えてくる「夕食会」、象の近くにいる人にシームレスに忍び込んでくる狂気の描写が巧みな「キクラデス島の偶像」、悪夢から抜け出せなくなっていく「夜、あおむけにされて」などがお気に入りです。
どれを取っても日常性が直線的に崩壊していく構造を持っていて、単純といえば単純。
でも典型的で筋立てに新味が無くても、その作家が描くとそれが何とも魅力的という場合があって、例えばブッツァーティーの、いつまで経っても何かに辿りつかない・何かが起こらない・終わらない…といったパターンの作品がそうなのですが、この頃のコルタサルの日常崩壊話も、個人的には名人芸だなぁと。
もっとも、より初期や後期の話では必ずしもうまが合わなかったりもするので、そういった辺りは時期的にも好みとか相性があるのかも。コルタサルは後にだんだんと政治に入れこんで行って、文学などは二の次になって行く訳ですが…

先日もご回答頂きましたが、「堆塵館」は面白そうですね。ゴーメンガーストなんかに例えられるけれど、ケアリーの以前の作品はそれよりかなり人間臭かった記憶があるので、こちらもそんな感じになるのか・・・ 楽しみです。
ファーバンクは読書会でFさんが回しておられたものですね。「1984」は、学生時代に読みましたが、ラストシーンの夕焼けが救いのない印象で記憶に残っています。現代だと伊藤計劃の「ハーモニー」なんかも、ラストシーンとかこの作品を念頭に置いているのかなという感じですし、影響力の大きい作品だなと。こちら、どちらかというと一緒に思い出すのは何故か「時計仕掛けのオレンジ」で、ハクスリーの方は作家名も作品名も聞いたことあるのに同系列の作品だという知識すらありませんでした・・

ジャン・レイはマルペルチュイの他そういえば「新カンタベリー」も読んでいて、しかしあまり面白いと思わなかったこともあって、そのほかの作品を読もうとしていないのですが、作品を選べば面白いのかなぁ、せめて幽霊の書は読んだ方がいいのか・・という感じですが、サンプルとして1冊、となったらやはり幽霊の書、でしょうかね・・・
【2017/01/07 15:14】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
コルタサルは発想とかテーマは面白いと思います。苦手なのは、文体というか筆致なんでしょうね。ただ、今回集中して読んでみたら、思っていたほど合わなくもない、となったのは収穫ではありました。
今回、作品集を読むにあたって、いろいろ解説など読んだのですが、コルタサル後期は政治に入れ込みすぎて、作品としては不出来なものが多い、とありました。
それなら初期作品をとりあえず読もうか、ということで初期の作品集を読んでみたら、なかなかだった、という感じです。読んだ3冊のほか、一番初期の作品集『対岸』と、中期の作品集『八面体』は購入済みなので、これらもいずれ読む予定です。後期の作品集はみな絶版になってしまってますし、読むかどうかはちょっと微妙ですね。

『石蹴り遊び』は僕も最初の方だけ読んだことがありますが、全然頭に入らなくて、挫折した覚えがありますね。他の長編もそうですが、発想だけを聞くと、すごく面白そうな作品なんですけどね。

『バッカスの巫女たち』『夜、あおむけにされて』なども面白く読んだ作品ですね。すでに読んだ3冊の中では、やはり『遊戯の終わり』が飛び抜けてレベルの高い作品集であると感じました。つぎに『すべての火は火』でしょうか。

『堆塵館』は、かなりオススメの1冊です。ケアリーの過去作品に比べて、わりとドライに話が進みますね。久々に「ハラハラドキドキ」するタイプの作品でした。

ファーバンクは、小粒なファンタジーなのですが、発想に独特なものが感じられるので、他の作品もちょっと読んでみたい作家ではありますね。

ジャン・レイは、個人的には『幽霊の書』よりも『ウィスキー奇譚集』でしょうか。こちらの作品集の方が、レイの持ち味が出ていると思うので。
【2017/01/07 18:45】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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