私はだまされない  フィリップ・K・ディック『時は乱れて』
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時は乱れて
フィリップ・K. ディック 山田 和子
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 フィリップ・K・ディックの作品に特徴的なのは、その現実崩壊感覚です。現実世界は見た通りのものではないのです。人間が時おり感じる現実への違和感、それをディックは極端にデフォルメしてみせてくれます。本作品『時は乱れて』(山田和子訳 サンリオSF文庫)もまたそんな一編。
 舞台は1959年。独身の中年男レイグル・ガムは、妹マーゴとその夫ヴィック、甥のサミイと暮らしていました。レイグルの趣味は新聞の懸賞クイズ。だがレイグルは、この懸賞に二年間も勝ち続けているのです! もはや懸賞はレイグルの生活の一部となり、一日の大半を懸賞の研究に費やす彼は、体調を悪くしていました。時々、自分が本当の現実にいるのかわからなくなるほどに。
 ある日、新聞懸賞の代理人ローアリイが、レイグルのもとを訪れます。ローアリイはわざわざ、レイグルの記入ミスを正しに来たというのです。レイグルは今までに八回ほどミスをしていましたが、新聞社側は彼の懸賞参加を認め続けていました。そしてこのことは、世間には知らされていないのです。まるでレイグルに一位に居続けていてほしいと考えているような態度。レイグルは不審に思いますが、大衆心理はそんなものなのだろうと、気には止めません。
 ある夜、隣人ブラック夫妻とゲームをしていたヴィックは、バスルームの電気をつけようと、暗闇の中で必死に電気コードを探しますが、見つかりません。そしてふとヴィックは気づくのです。ここに電気コードなどないのだ! スイッチがあるだけだ。

 ぼくはでたらめに手さぐりしていたのではない。見知らぬバスルームに入り込んだように、ぼくがさがしていたのは何度となく引っぱったことのある電気コードだ。反射行動として無意識の神経回路に組み込まれてしまうほどに引っぱったコード。

 ほかにも、サミイが見つけた電話帳と雑誌のことがあります。電話帳の番号はどれをかけてもつながらないのです。そして雑誌に載っていた美人女優の写真にレイグルは心惹かれます。その女優の名前はマリリン・モンロー!

 「聞いたことある?」マーゴが言った。
 「ないな」とレイグル
 「きっとイギリスの新進女優だよ」とヴィック。


 度重なる不審な出来事に、自分に対する陰謀が企まれていると考えたレイグルは町を出ようとするのですが、ことごとく失敗します。切符を買おうとすると、異様な数の行列が出来ていて何時間も列は進みません。タクシーの運転手は、規定で禁止されていると言い、町の外には行こうとしないのです。
 なぜ人々はマリリン・モンローの存在を知らないのか? 新聞社の連中はなぜレイグルに懸賞を続けさせようとするのか? そしてレイグルが町から出られない理由は? レイグルは世界の真の姿を知ることになるのですが、それは思いもかけない世界でした…。
 ディックの作品を読み慣れている方には、もはや目新しいテーマではないでしょうが、相変わらずその世界の手触りには独特のものがあります。この世界は本当に現実なのか?というディックがこだわるテーマが扱われているのです。
 主人公が感じる妙な違和感。それは自分の周りの世界が、作られた「にせもの」であるという認識です。これが極端な場合には、本物の人間は自分一人だけだという「唯我論」に至るのですが、本編ではそこまでは行かず、飽くまで常識の枠内で物語が進行します。とはいえ、この手のテーマを読み慣れていない人はやはり驚くでしょう。
 似たようなテーマのディックの作品にくらべると、その真相はそんなにユニークでもありません。しかし、その真相が判明するまでに、主人公たちが体験する、世界に対する不信感が生み出すサスペンスは比類がありません。
 人間は得てして、現実において自己の卑小さを味わいます。そして今の自分は仮の姿であり、本当はもっと重要な人物であるという幻想を抱きます。本当は王子(王女)だった、というおとぎ話はそういう願望充足が表れた物語と言えるでしょう。本書もまた、自分の真実の姿を求めるという願望充足的な側面を持っています。そこに読者が、ディック作品にたまらない魅力を覚える一因があるように思います。
 本作品は、ディックにしては、かなり整合性の取れたものなので、ミステリとしても楽しめる佳作といえるでしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

あらすじを読んで映画「トゥルーマン・ショー」(だっけ…)を思い出しました。こっちの種明かしは何だろう?読んでみたいのですが、現在は出版されてますか?
【2006/04/14 20:29】 URL | そら #- [ 編集]

ディック風
順序関係からいうと『トゥルーマン・ショー』の方が、ディックの作品に似てるというべきなんでしょうか。『時は乱れて』は『マトリックス』みたいな仮想現実テーマの作品です。結末で真の世界が明かされるわけですが、それがなかなかショッキングです。
本書は残念ながら絶版なんですが、ディックはよく復刊されているので、早川か創元に期待しましょう。あとディックは短編集でも同じテーマを扱った作品がたくさんあるので、そちらを読む方をオススメしますよ。個人的には、長編よりも短編の方が面白いと思います。一番オススメなのは『ウォー・ゲーム』(ちくま文庫)。あとは『パーキー・パットの日々』『時間飛行士へのささやかな贈り物』(ハヤカワ文庫SF)あたりでしょうか。これらはたぶん現行本だと思います。
【2006/04/14 21:02】 URL | kazuou #- [ 編集]


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