〈奇妙な味〉と〈異色作家〉の不思議な関係
江戸川乱歩全集 第26巻 幻影城 (光文社文庫) 血は冷たく流れる (異色作家短篇集) キス・キス リュシエンヌに薔薇を ブラック・ユーモア選集〈6〉外国篇 (1976年)
 〈奇妙な味〉とは、作家の江戸川乱歩が提唱した概念。乱歩は『英米短篇ベスト集と「奇妙な味」』『幻影城』収録)という評論で、「奇妙な味」について説明していますが、文中でも明確な定義は下していません。
 具体的な作品のあらすじを紹介し、それをもって、読者にその味わいを伝えようとしています。具体的には、ロバート・バー『健忘症連盟』、ロード・ダンセイニ『二瓶の調味剤』、ヒュー・ウォルポール『銀仮面』、コナン・ドイル『赤髪連盟』、トマス・バーク『オッタモール氏の手』などが挙げられています。
 『銀仮面』の無邪気な残酷さ、『健忘症連盟』『赤髪連盟』の人を喰ったようなユーモアなど、実際に作品を読んでみると、乱歩のいいたい味わいは何となく分かるのですが、それらの作品から共通要素として抽出されるような特性は何だと聞かれると、答えに窮してしまうというのも事実なのです。
 その意味で、〈奇妙な味〉というのは、当時のミステリ(探偵小説)における分類からはみ出た特徴を持つ作品、という捉え方もありなのかもしれません。
 ちなみに、乱歩の「奇妙な味に重きを置く場合」の短篇ベストを挙げておきましょう。

ポー「盗まれた手紙」
バー「健忘症連盟」
ドイル「赤髪連盟」
チェスタートン「変てこな足音」
ダンセニー「二瓶の調味剤」
ジェプソン、ユーステース合作「土耳古風呂で」
ノックス「密室の行者」
ウォルポール「銀仮面」
バーク「オッタモール氏の手」
クリスティー「夜鶯の家」
バークリー「偶然は裁く」
ウールリッチ「爪」

 これらの短篇のほか、長編でも、フランシス・アイルズ『ビフォア・ザ・ファクト』『犯行以前』、別題『レディに捧げる殺人物語』)、リチャード・ハル『伯母殺し』『伯母殺人事件』)、エラリイ・クイーン『Yの悲劇』などに「奇妙な味」が濃厚だとしています。

こう考えて来ると、近年の傑作と云われる長編の多くに「奇妙な味」が含まれていることを悟るのである。

…この「奇妙な味」の要素は謎と論理の要素と殆ど肩を並べるほどに、探偵小説の重大な特徴となりつつあるのではないかとすら思われるのである。
 かかる「奇妙な味」が探偵小説界に於て特別に歓迎せられる理由は何かと考えて見ると、すぐ思い浮かぶのは、本来の探偵小説の重大な条件である「意外性」の一つの変形ではないかということである。


『英米短篇ベスト集と「奇妙な味」』『幻影城』収録)より

 乱歩が〈奇妙な味〉が濃厚だとした長編作品、フランシス・アイルズやリチャード・ハルの作品などを見る限り、異常心理を扱った作品が多く取り上げられています。とくに犯人が道徳性に欠ける人物だったり、精神異常者だったりと、心理的に独自性があるものが多いようですね。
 それまで、ミステリにおける最重要要素だった「謎と論理」に変わり、新たに〈奇妙な味〉がクローズアップされるようになってきた。乱歩はそう言っていますが、これは、ミステリにおける「動機」や「心理」が重要な要素になり、「フーダニット(誰がやったのか)」や「ハウダニット(どうやってやったのか)」から「ホワイダニット(どうしてやったのか)」への変化という時代的な流れとも重なります。
 その意味で、乱歩が考えていた狭義の〈奇妙な味〉に近い作品は何だと考えてみると、異常心理を扱ったサスペンス風味の作品、短篇で言えば、パトリシア・ハイスミスやルース・レンデルあたりの作品がいちばん近いのではないか? というのは、僕の感覚ではあります。
 ただ、現代における〈奇妙な味〉は、乱歩が言い出した当時から、かなりの拡大解釈がされているのも事実です。
 例えば、以下に見るような解釈もそのひとつです。

〈奇妙な味〉というのは、江戸川乱歩の造語で、本来は英米ミステリの一傾向をさす言葉だったが、拡大解釈が進み、いまでは「読後に論理では割り切れない余韻を残す、ミステリともSFとも幻想怪奇小説ともつかない作品」くらいの意味で使われることが多い。下手に定義を試みるよりは、サキ、ギルバート・K・チェスタトン、ジョン・コリア、ロアルド・ダール、チャールズ・ボーモントといった代表的作家の名前をあげるほうが手っとり早い。たしかに、ジャンルの枠にはおさまりきらない作風だといえる。

中村融『街角の書店 18の奇妙な物語』(創元推理文庫)編者あとがきより

 現代では、乱歩が想定していたミステリだけでなく、SF、怪奇小説、ファンタジーなどでも、その概念が使われることが多いようです。〈奇妙な味〉の捉え方や定義は一定しておらず、人によって異なっているのです。

 〈奇妙な味〉と似た概念として、〈異色作家〉というものがあります。早川書房のシリーズ《異色作家短篇集》の収録作品は、まさに〈奇妙な味〉としかいいようのないものなのですが、〈異色作家〉と〈奇妙な味〉は、イコールと考えていいのでしょうか?

一応、ミステリーふうではある。でも、ファンタジーや怪奇小説、はたまたSF的な要素もふくまれている不可思議な小説。1950年代に、そんな雰囲気の短編を発表していた作家を“異色作家”と命名し、叢書〈異色作家短篇集〉を刊行した早川書房とその編集部のセンスの良さと先見性について、いまさら説明する必要はないだろう。

尾之上浩司『奇妙な味の作品群』『幻想文学55』アトリエOCTA掲載)より

 上記のような意見を見る限り、《異色作家短篇集》と〈奇妙な味〉は、ほぼイコールと捉えても問題ないような気がします。
 ただ、《異色作家短篇集》収録作家では、ロアルド・ダールやスタンリイ・エリンあたりは、乱歩の〈奇妙な味〉の概念に当てはまるように思いますが、シリーズには、ジャック・フィニィのようなファンタジー、ロバート・シェクリイのようなSF作品までも含んでいます。
 この《異色作家短篇集》において、乱歩の〈奇妙な味〉の概念はすでに拡大されているといってもいいのかもしれません。

 《異色作家短篇集》が日本に受け入れられていく過程で、〈異色作家〉〈異色短篇〉というネーミングもまた市民権を得ていきます。実はこの時期、版元の早川書房では、いくつか、別の概念を提唱していました。
 早川書房のミステリ誌『ミステリマガジン』には、創刊から現在に至るまで〈異色作家〉の作品がよく掲載されていますが、1960~1970年代には、その種の作品の紹介文には〈異色短篇〉〈恐怖小説〉〈幻想と怪奇〉〈ブラックユーモア〉〈フィーリング小説〉など、様々なコピーがつけられていました。
 とくに注目したいのは〈フィーリング小説〉という概念。早川書房から1970年代に出されたシリーズに、《世界の短篇(フィーリング小説集)》というものがあります。これは、ほとんど《異色作家短篇集》の姉妹編といっていいシリーズです。実際、収録作家には、ジャック・フィニィ、シャーリイ・ジャクスン、ジョン・コリア(これは未刊ですが)などが含まれています。
 他の収録作も、ブルース・ジェイ・フリードマン、ローラン・トポール、ナイジェル・ニールなど、《異色作家短篇集》に含まれていてもおかしくない味わいの作品集です。
 また、一部の作品に《異色作家短篇集》的な要素を含む、《ブラック・ユーモア選集》というシリーズもありました。こちらは、ブラック・ユーモアの要素が突出した作品が集められていましたが、味わいとしては《異色作家短篇集》にも近いものがあります。
 〈フィーリング小説〉というネーミングは根付きませんでしたが、これもまた〈奇妙な味〉の類似概念といっていいかもしれません。〈ブラック・ユーモア〉に関しては、ジャンル小説名というよりは、作品を形容する言葉として残った感じでしょうか。

 〈異色短篇〉や〈奇妙な味〉の概念は、非常に曖昧ですが、それだけに広い範囲の作品を取り込める懐の深さがあります。
 逆に、定義があいまいなら、何でもありなんじゃないか? と考えてしまいますが、やはりこういう要素がないと〈異色短篇〉や〈奇妙な味〉とは呼べない、という部分はあると思います。

「幻想、ユーモア、恐怖を豊かに織りこみ短篇小説に新しい息吹きを与える画期的シリーズ」

刊行時の《異色作家短篇集》のコピーより

 コンパクトにまとまったコピーだと思います。それぞれ、ある作品が〈幻想小説〉であったり、〈ユーモア小説〉であったり、〈恐怖小説〉であったとしても、必ずしも〈異色短篇〉とは呼べないと思いますが、これらの要素が複数あった場合は、〈異色短篇〉に近づいた感じはします。このあたり、いろいろ考えてみるのも、面白いかもしれません。
 1950年代に活躍した作家の短篇集を多く含む《ソノラマ文庫海外シリーズ》(朝日ソノラマ文庫)と、その後継的シリーズである《ダーク・ファンタジー・コレクション》(論創社)、主にミステリ畑から、デイヴィッド・イーリイやジャック・リッチーなど、埋もれた短編の名手たちを発掘した《晶文社ミステリ》(晶文社)および《KAWADE MYSTERY》(河出書房新社)、SF・ファンタジー系の作家を集めた《奇想コレクション》(河出書房新社)、現在進行中のシリーズ《予期せぬ結末》(扶桑社ミステリー)などは、《異色作家短篇集》の影響を感じさせますね。

 現代でも、ちょっと不思議な味わいの短篇集が出ると、〈奇妙な味〉や〈異色作家〉と形容されたりすることがあります。例えば、イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティや、セルビアの作家ゾラン・ジヴコヴィッチなどの作品を分類するとすると、やはり〈奇妙な味〉や〈異色作家〉がしっくりきます。
 定義は曖昧だけれども、読書人にその作風を伝えるのには非常に便利な概念。現代ではそんな感じの使われ方をされているようですね。

※今回の記事は「怪奇幻想読書倶楽部 第2回読書会」第2部テーマ用に作成したレジュメをもとに作成しています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

シャーリー・ジャクスンとの類似で、スーザン・ヒルを連想したのですが。
暗い作品(「黒衣の女」「ぼくはお城の王様だ」や、子供(実生活をベース)の話。
「レベッカ」の続編。推理小説と幅が広くて・・・・
ただ、「奇妙さ」は欠けているかなとも思いました。
【2016/12/17 23:50】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
スーザン・ヒルは、幅広いジャンルの作品を書いている感じですね。個人的には、ジャクスンより、デュ・モーリアに近いイメージです。
基本的に、どんなジャンルの作家でも、いくつかは〈奇妙な味〉に属する作品を書いていて、その種の作品が短篇集にまとまる程度の数があれば、〈異色作家〉として人々の記憶に残る…のかなと思っています。
【2016/12/18 07:15】 URL | kazuou #- [ 編集]


すみません突然に質問なのですが。
幻想や怪奇、これらの話を好きな方々は人に紹介する際どんな風に紹介しますか?
自分も幻想怪奇系が好きで、立派に文学だと思ってますが本好きの人でも翻訳物を好む人が少ない中で、何のジャンルが好き?とちょっと深入りをした時に、これらを話してもきょとんとされるか、オカルト部類に心外にもあてはめられているような一瞥をもらいます。
そうじゃないんだよと説明すれば妙な疑いもないかわりに、だいたいそうなんだーで終わりです。
そこで思ったのですが、自分の好きな事を語る・話す際は短いながらも熱を込めたいですよね。読書たまにするよー程度の本好きに、皆さんが話す際にはどうされているのでしょうか?(或いは、もし話すきっかけがあったとして)
【2016/12/18 23:30】 URL | ぽんぽこ狸 #- [ 編集]

>ぽんぽこ狸さん
難しい問題ですね。
興味のない人から見ると、SF好きな人は宇宙人を信じてるとか、怪奇ものが好きな人は心霊現象を信じているとか、まあ偏見なんですけど、思っている人もいるみたいですよね。
初めから、ジャンルとしての「怪奇幻想」や「ホラー」を力説すると、引かれてしまうので、まずは簡単なあらすじを語りますね。その後で、ちょっと「幻想味」や「ホラーっぽい」とか、説明を添える感じでしょうか。

むしろ、完全なジャンルホラーの方が語りやすいんですよね。難しいのは「奇妙な味」や「異色短篇」の方です。これらの味を説明するのは非常に難しい。個々の短篇の筋を紹介したりすると「面白そう!」となることは多いので、興味を引きそうな筋の短篇をいくつか語って、こんな感じの短篇がいっぱい入っているというと、興味を持ってもらえることはありますね。

ただ「面白そう」と言ってもらえても、実際に本を入手して読もう! というところまではいかないんですよね…。身も蓋もない言い方になりますが、怪奇幻想ものに関しては、読んで面白がれる素質があるかどうか、につきると思います。
【2016/12/19 11:22】 URL | kazuou #- [ 編集]


やはりそうですよね。直球で話すよりサイドから徐々に伝えていく感じで、関心ありそうならちょい深く…。

興味を持ってもらいそうな、となるとやはり王道は強い気がしますが奇妙な味の王道って…。なんだろう。
普通の作品ならこの一品!と出せますが、幻想怪奇や奇妙な味だと、作家にしても、それだけをフォーカスしてる方は少ない、尚短編ときて紹介しづらいですね。

M.R.ジェイムズ、スティーヴンソン、ブラッドベリやダーレスなんかだと入りやすい気がしますが、奇妙な味となると?コリア、ハートリー、スタージョンとか?アレーなんかふざけすぎ?
【2016/12/19 12:27】 URL | ぽんぽこ狸 #- [ 編集]


スティーヴンソン、ブラッドベリやダーレスはとっつきやすいですね。

〈奇妙な味〉と一口にいっても、そのなかにいろんな作家・作品が含まれるんですよね。なので、相手がミステリに興味のある人だったら、ダールやエリン、SF好きだったらフィニィやシェクリィ、ホラーだったらブロックやマシスンあたりになるんでしょうか。
あんまり本を読まない人だと、あるジャンルが面白いよ! と力説してもピンとこない人が多いと思います。具体的な作家や作品を勧めて、それが面白かったら、このジャンルにはこういう作品がいっぱいあるよ、といった感じで勧めるのがいいんじゃないでしょうか。

アレーは、とっつきやすいので、意外に万人向けな気がします。
【2016/12/19 19:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


kazuouさん>
そうですね。スーザン・ヒルは「レベッカ」の続編を書いたくらいなので、デュ・モーリアの後継と考えるのが妥当でした。

あと、話題になっている「奇妙な味」の本を進めるって、相手の趣味が分かっていないと、難しいかなとおもいました。
【2016/12/21 20:58】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
そうなんですよね。普段あまり本を読まない人に〈奇妙な味〉の作品を勧めても、全然反応してくれない気がします。
その手の作品を楽しむための型というかフォーマットというか、そういうものが何となくわかってないと、楽しめないジャンルの作品が多いのではないかと、個人的には思っています。
【2016/12/21 21:23】 URL | kazuou #- [ 編集]

読み手にとっての概念
こちら、kazuouさんが読書会の場で話をされた時、配布された文面を読み上げておられたのと、他の発言よりは長めだったことなどから、ちょっと「基調講演」的に受け取った面があり、そのためその場で各内容についてそれぞれ深く掘るという感じにはなっていなかった気がしますが、内容を見返してみると、短めに区切って話しておられたら、もっといろいろな発言を誘発していたのかもしれないな、とも思えます。

さて、ミステリ、SFという概念が、書き手の側のルールやイメージを規定している(面がある。少なくともジャンル確立以降は…)のに対して、奇妙な味とか異色作家という概念は、完全に読み手にとっての概念ですよね。提唱者である乱歩は、少なくともここに書かれた文面を見る限り、そのようなものを書こうとして奇妙な味という概念を提唱したというよりは(後付で参考にしたかもしれませんが)、完全に読み手としての感興ついでに提唱したという感じですし、異色作家に至っては翻訳紹介する上での道具立てとして作られたものと言えますし。

乱歩のリストについては、ある意味本格ミステリの結構に沿わない(ミステリ)作品を並べたもの、という気が何となくしています。
読書会の場では、("奇妙な味"の作品として)他はまぁ分かるとしてナイチンゲール荘はどうなのかな、というお話もありましたが、そう考えると辻褄が合うのではと。「謎と論理の要素」でないもので、単なる普通の人生を描いただけには止まらないもの(ただ、対象がミステリなので、現実の世界を超えたようなもの(SF、ファンタジー等)は基本的には除くということなんでしょう)。
だとすると、結局「奇妙な味」も "特定以外" の集合であって「異色作家」とはある意味同義、ただ言う人にとっての "特定" 、および"全体"(乱歩にとってはミステリ、異色作家ならエンタテイメント小説全般) が異なる、ということなのではと。異常心理がピックアップされるのは、ミステリ作品中の「謎と論理」以外の要素となると、その辺がどうしても浮かび上がってくるということかなぁというのが私見です。まぁ、それだけだと、では例えばいわゆる社会派ミステリの、"社会派"の要素は奇妙な味なのかとかいった話も出てくきてしまうので不十分だとは分かっているのですが…
ミステリ短編ってどういうもの(例えば「銀の仮面」はそこにそもそも含まれるのか)?といったことを考えてみると、"謎あるいは人間の負の側面を扱ってエンタテイメント化したものはミステリ" だとしてミステリを拡大解釈した結果、そこから謎と論理を引き算すると残るものが大量に出てきて、それを「奇妙な味」と名付けたのではという気もしてきますが。

異色作家とは何か、と考えるときに、では異色作家ではないとして外している作品は何だろうとちょっと考えてみました。
先ずは恐らく様々な "ジャンル" の本流。例えば、本格ミステリ系、サスペンス系人間ドラマ(でもデュ・モーリアはこの範疇かも)、ハードSFに異世界ファンタジー、ヒロイックファンタジー、ラブロマンスに私小説、怪奇小説・正調幽鬼譚・・・ それぞれの要素自体は異色作家も持っていますが、ジャンルの規定・本流に忠実なものは異色作家ではないよなぁという感じ
作家別に短編の名手を挙げると、例えばヘンリー・スレッサー。ミステリ系の短編の名手ですが、本格ものとはちょっと違う、ショートショートっぽい、軽妙洒脱でオチの愉しい作品。でも余り異色作家っぽい感じは受けないんですよね。同じミステリ系の名手だが、重厚で考え抜かれた感のあるスタンリー・エリンの作品とは対照的ですが、なぜエリンは異色作家っぽくてスレッサーはそうではないのか… はっきりとは分からないのですが個人的に思うのが、軽妙洒脱なショートストーリーというのは既に一つのスタイルとして確立されているが故に、もはや異色なものとは見做せないのではと。
一方でエリンのような作品は、多分一つのスタイルとみなされるほど多くは受け入れられず、その故に特に優れた作家・作品だけが取り上げられ、"異色な"ものとして流布することになるのではと。
SF系では、例えばディックやバラード。短編の名手でもあり、特異なスタイルとエンタテイメント性を併せ持っていますが、シェクリイやフィニイなどとの違いを考えると・・・ もしかしたら一貫するテーマ性とその強さかなと。それがSFというジャンル色を強くしているために異色作家っぽくなくなるのではと。勿論、シェクリイやフィニイにも作家性によるテーマはあるんですが、テーマをさほどごり押ししてこない感じがありますよね。むしろ各作品のアイディア性が先に立つという・・・ フィニイ、あとブラッドベリはどちらかというとSF性よりノスタルジーが先に立つかもしれませんが、ノスタルジアはジャンルではないし、作家の資質によるところが大きい分、独自性として異色のものとして扱われたのかも。
マシスンやブロックは逆に、今となってはこの時代のホラージャンルの代表選手ですらありますが、多分彼らはそれに先立つ、ウェイクフィールドを頂点あるいは到達点とする怪奇小説の一群に対して異色だったのだろうなと。ウェイクフィールドはラジオ番組を題材にできるような題材のモダンさはあるし、ラヴクラフト(およびパルプマガジン系作家たち)は、正統派のSFや怪奇小説とは別の形で異界の生物や宇宙を題材に出来るオリジナリティがあったけれど、彼らは筋運びなどで怪奇小説のフォーマットに忠実だったり、語り口が古風であったりなど、怪奇小説の枠組みの中に少なくとも半身を置いているように感じます。
そこからすると、マシスンやブロックはミステリ的な現代性と、ちょっとコリア寄りかなというブラック・ユーモア味のある軽妙な語り口等で一線を画しているかなと。彼らは、映像世界と接点のある、いわば "ミステリーゾーン・サークル" の一員として、ボーモントなどとまとめて扱った方がしっくりくるかも知れないですが。

読書会で、異色作家の中ではダールは変わった存在ですよね、的なことを言ってみたら、いやいやダールは代表的な異色作家でしょう、というような返しがあって、その件自体はそのままでしたが、あの時考えていたのは、SFやミステリ作家たちの出自というか、系譜・背景のようなものはエンタテインメント読者としてある程度分かっているけれど、ミステリ・SF・ホラーといったジャンルの外の作家たちのことって案外よく知らないなということでした。
恐らく、コリアのような作家の系譜には(前なのか同世代なのかも現状調べてもいないのですが)恐らくサキやビアス、オー・ヘンリーといった作家がいるのでしょうが、ダールの場合どうなのか。普通小説の一端としてサーバーのような作家があらわれるのは分かるが、系譜としてはどうなのか、ジャクスンは普通小説系列からの突然変異的な作家に見えるが、果たしてそれだけなのか・・・。国書刊行会の文学の冒険などで、ヨーロッパをはじめ全世界にに奇想系の作家は結構いるのが分かったけれど、エイメはその中では始めの部分に当たるのか?異色な存在なのか?などなど、結構疑問は尽きません。
でもそういうことを説明しきる自信がなかったので、そこはそれで引っ込めてしまい、そのままにしていたのですが、気になっていることに変わりはないんですよね…。
まぁ英米の主流ジャンルのこと以外は(それだってさして詳しくはないのですが)ほとんど知らない、という個人的な事情が露わになっただけのことではあるのですが・・・

最新記事には課題というお話がありましたが、読書会でちょっともったいなかったのが配布された作品リストがほとんど参照されずに終わってしまったこと。あれだけのものを用意されたのなら、それを基に一つ一つの作品に触れていってもよかったかもと思ってしまいました。

ところで、人に好きなものを紹介するという話が出ていましたが・・・ 私は興味を持たない人に何かを説明するということはほとんどあきらめていますね・・・ 逆に下手に説明を求められてもその人の興味にそのどの部分がが引っかかっているのか、単に話題のネタを探されているのか…等考え出すと面倒なので、ヘタに興味を持たれないような話の締め方をしてしまうことも良くあります。
それだけに、本当に興味を持たれていたりすると何か奇跡的なことのように(笑)感じてしまいますが・・・ まぁそんなことはほとんどないですね。人と仲良くなりたいというのであれば、むしろこちらが相手のことに興味を持つべきですしね・・・
【2016/12/30 15:20】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
 ジャンルの定義の話になると、重箱の隅をつつくような議論になりがちですが、〈奇妙な味〉や〈異色作家〉は、言ってしまえばマーケティング上のジャンル分けみたいなものだと思います。〈奇妙な味〉も、乱歩が新しい味わいを説明するのに、適当に作ったようなものじゃないでしょうか。
 本来〈奇妙な味〉が含まれていたミステリ自体の概念も現代では広がっているわけですし、それに伴って〈奇妙な味〉も当然、範囲は広がりますよね。

 確かにスレッサーって「異色」な感じはしませんよね。「軽妙洒脱なショートストーリーというのは既に一つのスタイルとして確立されているが故に、もはや異色なものとは見做せない」というのは同感です。
 おそらく、正統派のジャンルの流れがあって、そこからずれたものが〈異色作家〉という解釈なんだと思います(少なくとも現代では)。

 基本的にジャンル小説というのは、過去の同ジャンル作品や、ジャンルの約束事を継承していくものだと思います。例えばミステリでは、先行作品をある程度読んでいることが必須ですよね。
 確か、パトリシア・ハイスミスのインタビュー記事みたいなものをどこかで読んだときに、ハイスミスはミステリ作品を全然読まない、とあるのを見てびっくりした覚えがあります。一応ミステリジャンルに分類される作品を書いている作家だと思っていたので驚いたのですが、考えたらハイスミス作品はジャンルの本流からはずれた作品が多く、その意味では〈異色作家〉と読んでもいい作家なんだな、と今更ながら思いました。

 コリアが、先行作家の系譜に連なるというのは、そうだと思います。エイメは、おそらく19世紀のフランス幻想小説の系譜に連なる作家ですよね。それに対してジャクスンは本当に突然変異的な作家だと思います。
 〈異色作家〉的な作品を著者が意図しているのか、していないのか? というのは興味深い問題だと思うのですが、その意味では、おそらくジャクスンは意図していないですよね。ただ作家自身の意図とは関係なく、出来上がった作品が本流からずれているか、いないかが、分類の基準になっているような気はします。

 まだ最初なので、気張ってリストを作ってしまったのですが、そこまで必要だったかというと微妙ではありましたね。リストはあくまで参加者の記憶を引き出すために作ったのですが、もうちょっと作家個人について話したいとは思っていました。例えばブラッドベリなんかに関しても、もう少し個々の作品について話せたら良かったなあと。
 リスト巻頭のレジュメ的な文章に関しても、結局読み上げるみたいな感じになってしまいました。もうちょっとあそこで反応があるかと思ってたんですが。

 そもそも、人と話していて、本や小説の話になることがほとんどないですよね。宮部みゆきのファンだという人に、エドワード・ゴーリーを勧めて気に入ってもらえたことはありますが…。
【2016/12/30 17:46】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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