悪意のデパート  シャーリイ・ジャクスン作品を読む
 シャーリイ・ジャクスンは、代表作『くじ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や『丘の屋敷』(創元推理文庫)など、独自の作風で日本の読者にも長く読まれてきた作家です。ただ邦訳が少ないこともあり、その全体像は見えずにいました。
 ただ、2015年に短篇集『なんでもない一日』(創元推理文庫)が出版されたのを皮切りに、今年は何冊もジャクスン作品が邦訳されるという、記念すべき年になりました。
 ジャクスンは、1916年生まれなので、今年は生誕100周年に当たるのですね。それもあり、まとめてジャクスン作品を読んでみよう!という機運が自分の中に生まれました。そんなわけで、それらのジャクスン作品についてレビューしていきたいと思います。



4336060592鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)
シャーリイ・ジャクスン 北川依子
国書刊行会 2016-11-24

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シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』(北川依子訳 国書刊行会)
 博物館勤めで、頭痛持ちの内気な20代前半の女性エリザベス・リッチモンド。彼女は両親を亡くし、叔母とともに静かに暮らしていました。博物館の工事の最中、自らの勤務場所のすぐそばに穴が開けられたのと時を同じくして、エリザベスの行動がおかしくなりはじめます。
 不審に思った叔母が、精神科医ライト医師に相談したところ、エリザベスには従来の人格に加え、いくつかの多重人格が生まれているというのです。精神科医は、おとなしく魅力的な人格にベス、天衣無縫で悪巧みの得意な人格にベッツィと名前を付け、彼女らの人格を統合しようとカウンセリングを開始しますが…。

 多重人格を扱った作品です。最初は突飛な行動がたまに起きる程度だったのが、やがて人格の交代が頻繁に起き、今誰が体を支配しているのかがわからなくなるほどになります。
 ややこしいのは、ある人格が別の人格の行動を把握しているということ。しかもすべての人格が互いに把握しているのではなく、人格によっては他の人格の行動がわからないのです。それを利用して、別の人格にいたずらをしたりする人格もいるのです。
 主治医となったライト医師も、すぐに激昂するなど精神のバランスの悪い人物で、これが混乱に拍車をかけます。人格の一人ベスに魅力を感じたライト医師は、本来の人格ではなく、ベスを中心に統合が図れないかとさえ考えるのです。
 ベスに弱い医師をだますために、人格の一人ベッツィはベスのふりをするなど、医師を翻弄します。それぞれの人格と対話を続け、光明が見え始めた矢先、さらに新しい人格が発生し、医師を困惑させるのです。
 登場人物は、ヒロインの人格を除けば、メインで登場するのは、ほぼ3人で、物語の舞台もほぼ密室で起きます。人格同士の関係、そしてそれぞれの人格と叔母、医師との関係性の変化を丹念に追っていく構成になっています。最初は消滅すべき人格と考えていたベッツィと医師が、新たな人格を共通の敵として、共犯関係になっていくところなど、じつにスリリングです。
 行き詰るような対決シーンがあるかと思えば、ブラック・ユーモアに満ちたやり取りもあり、狂気に満ちた部分もありと、ジャクスン作品の中でも一、二を争う傑作ではないでしょうか。



4488583059処刑人 (創元推理文庫)
シャーリイ・ジャクスン 市田 泉
東京創元社 2016-11-30

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シャーリイ・ジャクスン『処刑人』(市田泉訳 創元推理文庫)
 17歳の少女ナタリーは、大学入学を機に、女子寮に入ることになります。決まった友人もできないナタリーは、学内での生活を、皮肉屋で専制的な作家の父親に書き送りますが…。

 思春期の少女の大学生活が地道に描写される普通小説、に見えるのですが、やはり「普通」ではありません。まずヒロインのナタリーにしてからが、人との会話の最中に、刑事に詰問される妄想をするなど、異様な創造力を持つ少女として描かれています。
 両親もまた「普通」ではなく、結婚生活を悔やみ続ける母親はともかく、父親の性格を描写させた文章を娘に書かせるなど、尊大かつひねくれた性格の父親との関係など、ナタリーは、家庭生活に息苦しいものを感じています。
 大学に開放感を求めるものの、そこでも特に救いはもたらされません。友人は少ないものの、穏便な学校生活が、やがて幻想と入り混じりはじめて…。
 物語の開始時点から、ヒロインの妄想と現実の区別がつきにくく、その意味で「信頼できない語り手」なのですが、後半になるにしがたって、その程度は激しくなっていきます。唯一無二の友人に出会えたと思いきや、その友人も、一緒にした行動も、現実なのかがわからなくなっていくのです。
 夢幻的な雰囲気に満ちた幻想小説と言えます。



4488583032丘の屋敷 (創元推理文庫 F シ 5-1)
シャーリイ・ジャクスン 渡辺 庸子
東京創元社 2008-09

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シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』(渡辺庸子訳 創元推理文庫)
 心霊現象を調査する科学者モンタギュー博士の呼びかけにより、丘の屋敷に集まった3人の男女。中でもポルターガイストの経験者であるエレーナは、感応しやすい体質を持っていました。
 屋敷で暮らしているうちに、精神のバランスをくずしてゆくエレーナ。それと同時に不思議な現象が起こり始めますが…。

 屋敷の霊的現象よりも、ヒロインのバランスを失った心理のあやが読みどころです。帰るところなどない…というヒロインの絶望感が何より強烈です。彼女にとっては、例え、お化け屋敷だとしても、家よりも居心地がいい場所なのです、
 20年以上前に旧訳『山荘綺談』(ハヤカワ文庫NV)で読んでいたのですが、再読してみました。以前は《モダンホラー・セレクション》の枠で出ていたこともあり、「お化け屋敷ホラー」として読んでいたのですが、今回は違った読み方ができた気がします。「お化け屋敷ホラー」ではなく、むしろニューロティックなサスペンスとして読むべき作品ではないでしょうか。



4151823018くじ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
シャーリイ・ジャクスン 深町 眞理子
早川書房 2016-10-21

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シャーリイ・ジャクスン『くじ』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
 問題作『くじ』を含む《異色作家短篇集》収録短篇集の文庫化作品。
 どれをとっても悪意に満ちた登場人物や展開のオンパレードです。
 突如、恋人が行方不明になった女性が、恋人を探し回るという『魔性の恋人』、女友達を食事に招いた男性が、その振る舞いに不快にされるという『おふくろの味』、家政婦の一方的な言動を止めることのできない主婦を描く『大きな靴の男たち』など。勉強熱心な少年に買うべき本を教えてもらった成り上がりの男性を描く『曖昧の七つの型』では、ジャクスンらしからぬ「いい話」かと思った先のひっくり返しが、また悪意に満ちています。
 ただ後味の悪い作品、というわけではなく、そのブラック・ユーモアも読みどころです。
 家具を買いに訪れた部屋で、そこの住人のふりをすることになる『ヴィレッジの住人』や、盗みに入られた女性が犯人を問い詰めようとするが果たせないという『決闘裁判』などに見られる奇妙なユーモアは、ブラックながら、決して不快ではないのです。そこがまたジャクスンの魅力というべきでしょうか。
 ところどころで、ジェームズ・ハリスという名の人物が名前を変え、悪魔的な人物として登場するのも面白いところですね。
 そして、村に長年伝わる「くじ」の風習を描いた、表題作の『くじ』は、恐怖小説の古典とされていますが、やはり再読・三読に耐える名作。何の気のない地の文章に、深読みさせるような描写がひそんでいます。



0809066505Shirley Jackson's "the Lottery": The Authorized Graphic Adaptation
Miles Hyman
Hill & Wang Pub 2016-10-25

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Miles Hyman "Shirley Jackson's "the Lottery""
 『くじ』文庫化とちょうど同時期に、本国では、ジャクスンの実の孫マイルズ・ハイマン(Miles Hyman)による、『くじ』のグラフィックノヴェル(コミック)化作品も刊行されました。こちらも原書を手に入れて、読んでみました。原作を読んでいれば、細かい英語がわからなくても、大体の物語は読み取れました。
 派手さのないリアルな画風が、『くじ』に合っていますね。邦訳を期待したいところです。
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テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

シャーリー・ジャクスンの翻訳は出ているけど、何故か忘れられている「こちらへいらっしゃい」も
名品だと思います。
一番好きなのは「ルイザよ、帰ってきておくれ」
ルイザは、なんとなく家でしてみて・・・・

もっとジャクスンは翻訳されてほしいですが、読むのに体力がいるような
【2016/12/04 01:13】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
『こちらへいらっしゃい』は、『くじ』に劣らぬ短篇集だと思います。ジャクスン再評価の波に乗って、いずれ復刊されそうな気もしています。

長編の未訳作品はあと一つじゃないでしょうか。短編はまだけっこうあるようですが。作品数がそんなに多いわけではないので、全集を出せそうですよね。

ジャクスンを読むのは体力が要りますね。連続して読んだら、けっこう精神的に消耗します。今回初読と再読合わせて読んだなかで、いちばんきつかったのは『丘の屋敷』でしょうか。他の作品では、多少なりともユーモアがあるのに比べ、この作品はそういう要素がほとんどないのが原因でしょうか。
【2016/12/04 07:52】 URL | kazuou #- [ 編集]

ドーキー・アーカイヴ
邦訳されたジャクスンの旧作たち、「日時計」はじめ、まだ読めていないのですが(「処刑人」に至っては、まだ買えてもいない…勿論購入予定なのですが)、どれも面白そうというか読み応えがありそうで良かった!
これは短い正月休みにでも…という考えも浮かびますが、でもちょっとお正月にはダウナー過ぎるのかな…

まともに読む暇がない一方で、時折気になってあとがきなんかをちょこっと読んだりなどしてしまうのですが、なるほど、生誕100年だったんですね。ユーモア家庭小説方面の作品を読むと、うっかり、素顔は人の心の裏面を読み当ててしまいはするものの、普通に日常を送る主婦だったりするのかなどと思ってしまっていましたが、さすがにあれだけ歪な小説(しかも傑作)を書ける人が、ただの日常人なんてことはなかったですね・・・あんな歪んだ設定の作品で悪魔払いをせざるを得ないほどの屈折っていかなるものだったのか・・・知ってしまうとなんだかそんな余計なことも考え始めてしまいます…

「鳥の巣」のあとがきを見ようとしていたら、結構分厚い冊子が入っているのに目がとまりました。
ドーキー・アーカイヴの紹介冊子だった訳ですが、内容が内容だけにということなのか、宣伝にも力が入っていますね(まぁ電車のつり広告みたいなことは費用面から無理でしょうからその中では・・・)
思わず編者二人の対談記事になっているその冊子を読みふけってしまいました。
ジャクスンや、エイクマンの自伝、あと、「誰が~」なんかの他は、高いでしょうしと興味も買う気もなかったのですが、紹介冊子を読んでいたら、例えば「アフター・クロード」とか「さらば、シェヘラザード」その他も読みたくなってしまいました。これは、(長編中心ですが、)現代の異色作家選集みたいなことを目指しているんでしょうかね・・・・
でも、やっぱりエイクマンの自伝というのは本当に暴挙だなぁと・・・実質的に邦訳が1冊だけの作家になる訳で、もうちょっと作品が訳されてからでも良かったろうにという気もしましたが・・・。まぁ、それだけ面白いということなのでしょうから、(それなりに)楽しみにしてはいますが。

グラフィック・ノヴェルは・・試みとして面白いでしょうし、作品を広く認知してもらう上で意味があるかなということも考えますが、それで新しい魅力が広がるかというと疑問を感じるので、私個人は、買わないかなぁ・・・ お孫さんが描いているんですね・・・
【2016/12/10 15:40】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
ジャクスンの諸作、どれも読み応えは充分でした。『日時計』と『鳥の巣』は、ブラック・ユーモアの要素が強いので、そんなにダウナーでもないですよ。

ジャクスンはプライベートでも結構危うい感じの人ではあったみたいですね。若島正『乱視読者の英米短篇講義』のジャクスンの章を読んでいたら、ジャクスンは文章技法は凡庸だが、その歪すぎる感性ゆえに後世に残った、ということを書いていて、なるほどと思いました

若島正さんは、かねてから「異色作家」は「変な人」だと書かれているので《ドーキー・アーカイヴ》は、その感覚で編まれたシリーズなんでしょうね。
僕もエイクマンの自伝というのは、すごい冒険だなあとは思っていますが、やっぱり買ってしまうと思います。

『くじ』グラフィック・ノヴェル版は、よくできているとは思ったんですが、もともと文章の芸で読ませるような作品なので、地味ではありました。もっとコミック映えするような作品を取り上げた方がよかったような気はしますね。
【2016/12/10 18:59】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんにちは

何度か訪問したことがあります

翻訳本はあまり読んだことがないので、

参考にさせていただいてます

【2017/01/09 13:32】 URL | ハトリ #- [ 編集]

>ハトリさん
ハトリさん、こんにちは。
『鳥の巣』は、すごく面白い作品でしたよ。ユーモアもあるし(ブラックなユーモアですが)。
ジャクスン作品は、くせがあるけれど、読み応えのある作品が多いので、オススメしたい作家です。
【2017/01/09 18:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


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