夢かうつつか  埋もれた短編発掘その15
 われわれが生きているこの世界は本当に現実でしょうか? この世界が夢でないかどうかは、究極的には証明しようがないのです。この物語の主人公のように…。今回紹介する作品はステファニー・ケイ・ベンデル『死ぬ夢』(青海恵子訳 早川書房 ミステリマガジン1986年10月号所収)。
 ある日、私立探偵ベネディクト・ファインの事務所に四十代半ばの女性が現れます。ヘレン・ローソンと名乗るその女性は、開口一番奇妙なことを言い出します。

 「ミスター・ファイン」と、彼女はおだやかに言った、「主人があたくしを殺します」

 「殺したい」でも「殺そうとしている」でもなく「殺します」。奇妙に思いながらもファインはミセス・ローソンの話を聞き続けます。彼女の話は驚くべきものでした。
 ミセス・ローソンの見た夢は現実になるというのです。子供のころから夢に見たことが次々と現実になっている、例えば大伯父が自動車事故で亡くなる夢を見た直後、大伯父はそのとおりに亡くなったといいます。恐らく、命に関わる夢のみが現実化するようだとミセス・ローソンは考えているようでした。
 そしてこの探偵事務所に来た理由も、それを夢に見たからだというのです。彼女は、夢の中では机の上に緑色のホチキスがあった他は、現実と全く同じだと断言します。机の中にホチキスが入っているのを知っているファインは愕然とします。さらに彼女が、これから起こることとして予言した出来事が、次々と実現するのを見て、ファインもようやく彼女を信じ始めます。

 「あたくしがこのスーツを着て、ここにまいりましたのは、そうなる運命だからですわ。逆らったところでどうなるものでもないのはこれまでの経験からわかってましたから。あたくしがどうあがこうと、夢にみたとおりのことが起こるんです」

 ミセス・ローソンは夫を心から愛しており、夫もまたそれは同じだというのです。裕福で人格者であり、妻を心から愛するチャールズ・ローソンが妻を殺す理由は全くないのです。しかしミセス・ローソンは自分が殺されるだろうことを疑いません。夢の中で夫はミセス・ローソンにオレンジジュースを飲ませます。しかもそれはたったの二、三滴!
 二、三滴で効果を発揮する毒物というのはそうはありませんよというファインに対し、ミセス・ローソンは答えます。夫は薬品チェーンを経営しており、どんな薬物も入手できる立場だ、と。
 しかしファインは解せません。殺されるのが分かっており、それを絶対防げないのなら、なぜここにいらしたのですか? ミセス・ローソンは夫が自分を殺す理由を知りたいと言います。二十年間何の問題もなく愛し合ってきた夫がなぜ自分を殺すのか、その理由がわからないでは死ぬに死ねないと。
 ファインは半信半疑ながら、インテリアデザイナーと称し、ローソン夫妻の家に潜り込むことに成功します。夫のチャールズは想像していた以上の好人物であり殺人を犯すとも思えません。ファインは困惑しますが、ある朝ミセス・ローソンの自分に対する態度が豹変していることに気づきます。聞けば、なんと新しく見た夢では夫がミセス・ローソンを殺そうとするのをファインが手伝っているというのです!
 しばらく離れていた方がよさそうだと判断したファインは暇をつげようとしますが、そのとき思いもかけない事態が持ち上がるのです…。
 ミセス・ローソンの夢は現実になってしまうのでしょうか? そうだとすれば夫が夫人を殺す理由とは一体?
 冒頭から何やら幻想的な要素の漂う作品です。ミセス・ローソンが予言した出来事がことごとく実現するので、読者は彼女の能力が本物であることを疑わないでしょう。物語もその期待を裏切らず、幻想的な要素を強めていきます。そして驚愕すべき結末。まるでパズルのピースがはまるかのようにたどり着く結末は、ハッピーエンドとは言えませんが、読者も深く満足されるはず。異色のラブストーリーとしても読める不思議な読後感の作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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