悪夢と予兆  E・F・ベンスン『塔の中の部屋』
488375233X塔の中の部屋 (ナイトランド叢書)
E・F・ベンスン 中野 善夫
書苑新社 2016-07-25

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 《ナイトランド叢書》2期の第1弾として刊行された、E・F・ベンスン『塔の中の部屋』(中野善夫・圷香織・山田蘭・金子浩訳 アトリエサード)は、英国怪奇小説の正統派ともいうべき味わいの怪談集です。
 エドワード・フレデリック・ベンスン(1867-1940)は、カンタベリー大主教にまでなった父親を持つ名門の生まれ。エドワードを含む兄弟3人が、怪談に手を染めていますが、中でもひときわ評価の高いのがE・F・ベンスンです。イギリス怪奇小説の巨匠であるM・R・ジェイムズとも交友があったとか。
 50篇あまりの怪談を残し、それが4冊の怪談集にまとめられています。『塔の中の部屋』は、第1怪談集の全訳になります。邦訳としては、『ベンスン怪奇小説集』 (八十島薫訳 国書刊行会)がありますが、短篇集単位で訳されるのは今回が初めてになります。

 私見では、怪談の魅力は、幽霊なり怪奇現象そのものよりも、それらが出現に至るまでの過程にあります。出るぞ、出るぞ、とヒヤヒヤしながら読んでいる間が楽しいのです。言うならば「間」とでもいいましょうか。E・F・ベンスンは、その「間」の取り方が絶妙なのです。
 例えば、『塔の中の部屋』では、主人公がたびたび見る悪夢が言及されます。悪夢で見る「塔の中の部屋」を恐れ続けた主人公は、結局は悪夢通りの部屋に入ってしまいます。
 また、『かくて恐怖は歩廊を去りぬ』では、屋敷に代々伝わる双子の幽霊について語られます。その幽霊に出くわした人間は、必ず死んでしまうのです。特定の時間に特定の場所にしか現れないとされているため、一族はそこを避けていますが、主人公はある時ふと寝入ってしまい、その場所に取り残されてしまいます…。
 ベンスンは、幽霊もしくは怪奇現象が起こるクライマックスまでに、徐々に不穏な空気を高めていきます。怪奇現象が起こる前に、たいてい、何らかの「予兆」が描かれます。『塔の中の部屋』でも、『かくて恐怖は歩廊を去りぬ』でも、その「予兆」はあったはずなのに、結局は怪奇現象に襲われてしまう…。その悪夢めいたシチュエーションが、何とも魅力的なのです。

 本書には、17篇の作品が収録されていますが、正統派のゴースト・ストーリーであったり、「奇妙な味」風の作品であったり、ユーモアを感じさせるものだったりと、バラエティに富んでおり、名匠の名に恥じない出来栄えです。
 驕慢な女性に捨てられた画家が、異様な猫と出会うという「奇妙な味」の作品『猫』、病が怪物の姿になって現れるという『芋虫』、死刑囚の幽霊が現れるという直球のゴースト・ストーリー『チャールズ・リンクワースの懺悔』、ベッドに現れる幽霊というオーソドックスなテーマを、正攻法で描く力業の幽霊小説『もう片方のベッド』、人間がノウサギに変身するという言い伝えを信じる村人を描き、ユーモアさえ感じさせる『ノウサギ狩り』など。

 E・F・ベンスンには、まだ未訳の作品も多いので、《ナイトランド叢書》でも続刊を出していただきたいですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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