7月の気になる新刊
7月2日刊 チャールズ・ウィルフォード『拾った女』(扶桑社文庫 予価1026円)
7月8日刊 スティーヴン・キング『ジョイランド』(文春文庫 予価907円)
7月9日刊 ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス 予価1944円)
7月9日刊 イーヴリン・ウォー『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』(白水社 予価2592円)
7月11日刊 東雅夫編『怪談入門 乱歩怪異小品集』(平凡社ライブラリー 予価1728円)
7月11日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『テロ』(東京創元社 予価1728円)
7月11日刊 J・G・バラード『ハイ・ライズ』(創元SF文庫 予価994円)
7月12日刊 フケー 『水の精(ウンディーネ)』(光文社古典新訳文庫)
7月19日刊 ザーシャ・アランゴ『悪徳小説家』(創元推理文庫 予価1058円)
7月20日刊 ミュリエル・スパーク『あなたの自伝、お書きします』(河出書房新社 予価2376円)
7月21日刊 グレアム・ジョイス『人生の真実』(創元海外SF叢書 予価2700円)
7月22日刊 ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』(東宣出版 予価2052円)
7月25日発売 『ミステリマガジン9月号 特集=ロアルド・ダール生誕100周年』 (早川書房 1296円)
7月28日刊 パット・マガー『四人の女 新版』(創元推理文庫 予価1080円)


  『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』は、初訳5篇を含め、15作品を収録した短篇集。長編の邦訳はけっこうあるものの、短篇集の刊行は初めてじゃないでしょうか。ウォーの短篇はブラック・ユーモアが効いているものが多く、<奇妙な味>の短篇として読めるものも多いので、これは楽しみです。

 東雅夫編『怪談入門 乱歩怪異小品集』は、乱歩の怪奇小説関連の随筆・エッセイをまとめたものに、怪奇系の短篇をいくつか収録したもの。以前、映画とのタイアップ的に刊行された『火星の運河』(角川ホラー文庫)の増補版、といった感じのようですね。

 J・G・バラード『ハイ・ライズ』は、映画公開の恩恵での再刊でしょうか。
 バラードといえば、創元社のメルマガで、バラードの短篇を集成した《J・G・バラード短編全集》全五巻の刊行が予告されていました。
 97の短編を執筆順に収録する決定版全集で、ハードカバーでの刊行になるようです。1巻は8月刊行とのこと。

 ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』は、岩波少年文庫で刊行されたばかりの 『古森のひみつ』 と同一作品の邦訳のようです。偶然なのかわかりませんが、ファンとしてはせっかくの機会、別の作品の邦訳を出してほしかったな、というのが正直なところですね。

 『四人の女 新版』は、パット・マガーの名作の新版。マガーの作品は、どれも趣向を凝らしているのに加えて、メロドラマ部分が面白いんですよね。マガーは短篇も面白いものが多いので、いつか短篇集もまとめてもらいたいものです。
この記事に対するコメント

イヴリン・ウォー→体力のある時に読まないと、ブラックな気持ちに・・・

パット・マガーも最近すっかり忘れられた感があるので、これを気に出してもらいたいです。
【2016/07/06 20:44】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
ウォーの短篇集は楽しみにしています。

マガーは、創元で出た文庫は、わりとよく再刊したり、新装版が出たりしてるんですよね。まだ未訳の作品があると思うので、そちらを出してほしいというのが本音ですが。
【2016/07/06 22:50】 URL | kazuou #- [ 編集]

拾った女
ラストの文章が胸に刺さります。ヒロインと母親の関係が現代的で、そこから自由になれない限り、どんな男性と暮らしても幸せになれないのですね。あとアルコールが覚醒剤並みに怖い。
【2016/07/10 15:33】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


『拾った女』は、けっこう重そうな話で、まだ手を出しかねてます。
【2016/07/14 15:59】 URL | kazuou #- [ 編集]

死にゆく者への敬意 (と、死の恐怖を描く作家)
ブッツァーティーの『古森の秘密』を読み終えました。
事前に "このくらいの作品かな" という推定はしていて、実のところ、そのなかで大きな期待はしていなかったのですが、実際、展開は地味な感じであった一方、読後感の感慨はなんとも深いものがあり、良い読書をしたという気持ちになれました。

精霊たちの棲む古い森を相続した、引退した傲慢な大佐がその森を開発しようとするが・・・ という話というと、大佐が懲らしめられるかどうかのせめぎ合いを楽しむという、2項対立的な話を想定してしまうのですが、ことはそう単純ではなく、2項対立的な構図が成立しかけたと思ったら、登場人物自体が別の方向に向かったり、何か他のことが出来たりで、はぐらかされるように別の地点に着陸し・・といった具合でなかなかそういう形にならないですし、なっても決定的な決着に至らないんです。
そういったエピソードが続いて行く中で、善悪といった対立の構図に替って立ち現われてくるのが、そうして時は流れて行く、といったような無常感のようなもの、そして似たような構図が何度も繰り返される一方で何かは着実に変わって行くという感覚でした。
そしてそういった流れを断ち切ってしまう唯一のものとして、死が存在する・・・ だから、ブッツァーティの物語では、外見には無駄死ににしか見えない場面にしばしば大きな敬意を払い、また多くの物語の終着点が、死やもう人生が残り少なく取り返しがつかないという焦燥や諦観で終わる、ホラーのような形式になるのではないかと、そんなことを読み終えてからずっと考えていました。

「タタール人の砂漠」よりも前にもう、こういった世界、世界観を完成させていたんですね。
初期作品でもあり、大きく取り上げられたこともない気がしますが、個人的には傑作ではないかと。


無常観といえば、よくコメント欄でも名前をお見かけしていた迷跡さん、先日ふと思い立ってホームページを見てみると、ひと月かそこら前にサイトを閉じておられましたね。
私はコメントを拝読した折などに時折拝見する程度でしたが、そのくらいでも行ってみたらそこが閉じていて、もはやその理由すら知ることもできないと、何だかちょっと侘しいような気分を味わいました。
【2017/05/01 03:47】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

>Greenさん
動物や昆虫が話したり、精霊たちが登場したりと、物語のフォーマットは童話といっていいと思うのですが、全体の印象としては童話といっていいのか迷う作品ですね。
悪役として登場したかに思われた大佐や風の精霊たちが、単純な悪役ではなく、かといって改心して良い人物になるわけでもないなど、キャラクターたちがステレオタイプでないところが魅力の一つではあります。

小さなエピソードが連続しつつも、大きな物語の流れにはならず、そのため、一見テーマ性に欠ける印象を受ける人もいるかと思いますが、あえてテーマを探すとすると、Greenさんのおっしゃるように「無常観」になるのでしょうか。
結末の大佐の死のシーンなど、その最たるものですね。物語的に決着がついた後に、ああして死を迎えさせるのは、童話として考えると、あえてやる必要はないと思ってしまうのですが、そこがまたブッツァーティらしさといえるのでしょうか。

作中、森を荒らす毛虫たちが大量に殺されるシーンが出てきますね。寄生された幼虫が突き破って死んでしまうという…。しかも、死を迎えた毛虫の心理描写まであるところに驚きました。ブッツァーティの「死」への関心という面でも、面白い作品ではありました。

迷跡さんのブログ閉鎖には僕も驚きました。ブログ開始当初からおつきあいしてくれていた方なので、寂しさもひとしおです。思えば、僕がブログを始めたころに行き来のあったブログやサイトは大分なくなってしまいましたね…。
【2017/05/02 19:19】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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