靄のかかった物語  ロバート・エイクマン『奥の部屋』
4480433244奥の部屋: ロバート・エイクマン短篇集 (ちくま文庫)
ロバート エイクマン Robert Aickman
筑摩書房 2016-01-07

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 20世紀半ばから後半にかけて活躍した、イギリスの作家ロバート・エイクマン。怪奇小説に分類される彼の作品は、その実、純粋な意味での怪奇小説とはいいがたい面を持っています。
 というのも、エイクマンの多くの作品には、我々がいわゆる「怪奇小説」と聞いて期待するような、幽霊や怪異現象が明確に登場しないのです。それらが登場する場合でも、それらの幽霊や怪異自体にスポットは当たっていません。かといって、怪異に遭遇する人間たちの心理こそメインに描かれるのかと言えば、そういうわけでもないのです。
 端的に言えば、とらえどころのない作家、と言えるのですが、読んでみると、これはやはり怪奇小説といわざるを得ないのです。奇妙といえば奇妙、そしてその「奇妙さ」こそが、エイクマンの魅力なのです。

 ちくま文庫で刊行された、ロバート・エイクマンの短篇集『奥の部屋』(今本渉訳)は、国書刊行会の叢書《魔法の本棚》で刊行された同名作品集の増補版に当たります。元版の5篇に加え、新訳の『スタア来臨』、別のアンソロジーに収録された『何と冷たい小さな君の手よ』を増補しています。

 かっての学友で才媛である女性が、亡き父の家に移り住んだことから、異様な精神状態に陥るという『学友』、婚約者の家族に会いに出かけた女性が、奇妙な女に出会うという『髪を束ねて』、寝過ごして駅の待合室で眠ることになった男の一夜を描く『待合室』、かっての交際相手に電話したことから、謎の女との電話にのめりこむことになる『何と冷たい小さな君の手よ』、小さな劇場で上演される演目に招聘された大女優を描く『スタア来臨』、ふと知り合った元画家の男の奇怪な手記を読むことになるという『恍惚』、子供の頃に買ってもらったドール・ハウスと瓜二つの屋敷に遭遇した女性を描く『奥の部屋』が収録されています。

 収録作品のうち、正統派の怪奇小説と呼べるのは『何と冷たい小さな君の手よ』ぐらいでしょうか。その他の作品は、不気味ではありますが、明確に怪奇小説と呼べるほどの結構にはなっていません。
 例えば『学友』を取りあげてみましょう。この作品では、語り手の友人が狂気に陥り、それが友人の亡父の霊の影響ではないかと読むことができるのですが、霊の存在は明確に肯定も否定もされず、語り手の「想像」に過ぎない可能性もあるのです。
 実際、友人は狂気から回復し、あっけらかんと日常に戻ってしまうのです。その臆面のなさには、この作品を怪奇小説と読んでいいのかどうかも躊躇わせるものがあります。
 また、表題作でもある『奥の部屋』では、語り手が子供時代に恐怖心を抱いていたドール・ハウスと瓜二つの屋敷に出会うのですが、その屋敷の住人とのやり取りは、どこかちぐはぐで、シュールな印象さえ抱かせます。この作品を読んでいて思い出したのは、同じくシュールな怪奇小説、フィッツ=ジェイムズ・オブライエンの『失われた部屋』(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫収録)でした。

 因果にしたがって怪異現象が登場するのが「ゴースト・ストーリー」、因果に従わない怪異現象が登場するのが「モダン・ゴースト・ストーリー」とするならば、エイクマンの作品はその怪異現象が実在するかどうかもわからないという意味で、「ハイパー・モダン・ゴースト・ストーリー」とでもいいましょうか。
 どの作品も、怪奇小説としか言いようのない雰囲気を持ちながらも、明確な怪奇小説のストーリーラインを取らないところに、怪奇小説ファンとしてはもどかしさを覚えると同時に、気味の悪さを感じさせられますね。

 ちなみに、表紙には、ベルギー象徴派の画家フェルナン・クノップフの絵が使われていますが、思えば、エイクマンの作品は、象徴派絵画を物語にしたような雰囲気に満ちています。
 実際に、集中の一篇『恍惚』では、ベルギーの画家の未亡人に会いに訪れる男のエピソードが描かれます。作品内では、クノップフ、フェリシアン・ロップス、ジェームズ・アンソール、グザヴィエ・メルリ、アントワーヌ・ヴィエルス(ウィールツ)など、ベルギー象徴派の画家が多数言及され、エイクマン自身がこうした画家たちに親近感を持っていたことが窺われます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
欲しいものがいっぱいあって…
元の作品集を読みました。文庫になったんですね。
説明しがたい魅力があり、新たに作品が追加されたとのことで、
文庫が欲しくなってしまいました。
あと最近H・R・ウェイクフィールド『赤い館』も正統派幽霊話ですが、
すごく気に入りました。これも新たに作品追加されて文庫化に
なってるんですよね。
欲しいものがいっぱいで困ります(笑。
【2016/01/31 21:14】 URL | ゆきやまま #M8wPbJsk [ 編集]

>ゆきやままさん
僕も元版は読んでるんですが、20年近く経っていることもあり、再読しました。
意外にサスペンス味があったりして、以前に読んだときより、楽しめました。

ウェイクフィールドの文庫化は、かなり増補されているので、お得な作品集だと思いますよ。
【2016/02/01 21:21】 URL | kazuou #- [ 編集]


文庫も買いました。まだ読んでいません。
ちょっと、今、私事が忙しくて、ゆっくり読むのを楽しみにしています。
【2016/02/01 22:51】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
エイクマンは、落ち着いて読みたい作家の筆頭ですよね。
【2016/02/02 21:21】 URL | kazuou #- [ 編集]

エイクマンの魅力について
ちょっと肌が合わないかもと伺っていた気がするエイクマンについて単独の記事を書いて頂けるとは思っていなかったのでファンとしては嬉しいです。調子に乗ってあれこれと書いてしまいそうですが(まぁいつもそんな感じですが)、興味のない向きにはどうでもいい話かも・・・

さて、文庫版は新規訳出は1篇のみで、あとがきも大筋は元版と同じ内容のようでしたが、あとがきにはあれこれ興味深い内容が追加されていました。
一度きりだったホラー年度ベストのムック本の話題に始まり(確かにあのベストには、ホラーに分類される作品ながら、別ジャンルと言っていい作品が並んだ感はありました。とはいえ、ミステリにしてもそんな感じなので、単に慣れの問題かもしれませんが)、エイクマン作品の読み解きについても一歩踏み込んだ付け足しがされていましたが、何といっても嬉しいのが、後期作品の訳出を準備中である("ので、今少しお待ちを")と明言されていたこと。
期待が膨らみますが、あるいはこの文庫版の売れ行き次第だったりもするのかと余計なことを考えてしまったりもします。

(そういえばこの作品集は "Dark Entries"からの3編、"Sub Rosa"からの2編に今回 "Powers of Darkness" からの2編を増補したものなので、1964~1968にかけての初期あるいは前期作品集とも言える内容なんですね。
あまり邦訳には恵まれていない感のあったエイクマンですが、"Dark Entries"からは他に「鳴り響く鐘の町」が訳されているので、5編中4編が訳出済み、"Sub Rosa"からも「花よりもはかなく」「案内人」が訳出されているので8編中4編が訳出済みとなっていて、この辺は思いのほか翻訳が進んでいる印象です。
とはいえ、「列車」が載っている "We Are for the Dark" を含め、この時期の作品にも、例えば後に出ている選集に再録されているような作品でも訳されていないものが幾つもあるような状態なので(そういえば第一回の世界幻想文学大賞の受賞作(短編部門)も未訳)、こちらの更なる紹介もまた期待したいところですが。)

ただ、極北と書かれている後期作品については、昔々に唯一読んでいる『闇の展覧会』の「マーク・インゲストリ…」が、あまり面白かった記憶がないので("あれは何だったのか" 調の作品だったような記憶だけがおぼろに…)、そこだけちょっと気がかりではありますが。
(アンソロジー提供作品の故か… もっとも、エイクマン作品は展開の派手な作品と混ぜて読むものではないような気もしますし、あるいは今読んだらまた違うかもしれないので、再読してみるべきなのかもしれません。この作品、死後に出ている最後の短編集のトリを飾っているみたいですし。)

新規訳出の「スタア来臨」ですが、エイクマンの関心事であった舞台を題材にしていることも含め、いかにもエイクマンらしい作品だったと感じました。舞台のスターの輝きの裏にあるものが、どこか唐突で謎めいたエピソードの積み重ねによって示されるのですが、本来それは特に主人公を害するものではなく、興味を引かれつつも傍観して過ぎていくのですが、関連する出来事が主人公に降りかかってくる時があり、その中でサスペンスや恐怖とともにそれまでの出来事が1点に収斂するように感じられる瞬間があるんですよね。(この話で言えば洞窟のシーン(あるいは舞台のシーン?)。別に主人公にさしたる身の危険がある訳ではないのですが。)
>意外にサスペンス味があったり
と仰っていましたが、個人的にもここがこの作家の読みどころなんだと思います。
ただエイクマンは、その後、それを具体的な脅威や悪意のある存在に具現化することや、各エピソードの具体的な関連付けなどはせずに、1点に集まるかに見えたものをそのまま解体して話を終わらせてしまうんですよね。
2人も死人が出たりしている訳で、何かは起こっており偶然で片づけるには偶然に過ぎる。関連性を匂わせる登場人物たちの異様なセリフもある。でも、それが1点に収斂するかに見えたのはその時点では主人公や読者の印象論に過ぎず(また、合理的に見る限りでは関連性を考えるのは難しく)、結局何の証拠も残さないままにそのエピソードは終わる(しかし主人公らにはその経験 (あるいは直接的な影響…) が何らかの刻印として残る…)。個人的にはそんな感じにエイクマンの話を捉えています。

必ず恐怖が怪物や狂気の形で具現化したり、ミステリ的に明確な解明を持ってエピソードが終わるという一般的な行き方は、コントとしてそれで魅力的なのですが、日常で何かに邂逅しても、その時点で全貌を捉えていることなどはむしろ少ないことを考えると、エイクマンの方法論はむしろ現実に即しているし、潔いと感じます。

ベルギー象徴派を思わせる、というのは面白いご指摘だと思いました。ベルギー象徴派についてあまり詳しくは知りませんが、クノップフの作品では他に「見棄てられた街」などを知っています。その幻想性とあいまいな感じ、そして漂うそこはかとない不安感・恐怖感には、確かにエイクマンの作品を思わせるところがありますね。

ところで、増補のもう1篇は、異色作家短編集に訳出されていた「何と冷たい~」で、この話自体は大好きなのですが、ただ、この本はまだ入手可能ではと思いますし、紹介からの時間がそんなに経っていないので、既訳のものを納めるのであれば、できればもう入手困難な本からの「強制ゲーム」や、雑誌での紹介だった「案内人」「同じ犬」などにしてほしかったなぁという気も。
(版権の問題のほかに、同じ訳者の訳でまとめたい、全体を初期作品でまとめたい、増補分を "Powers of Darkness" からの作品としたい、などなどの考えがあってのことかもしれませんが・・・)

長々と失礼いたしました。
【2016/02/04 05:51】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

エイクマン
苦手とはいいつつ、おそらくアンソロジー含め、邦訳のあるエイクマン作品は全て読んでいると思います。『鳴り響く鐘の町』は傑作だと思いますが、他の邦訳短篇はどうもよくわからない、というのがエイクマンに対するイメージでした。
今回、ちくま文庫版作品集の刊行を機に、じっくり読み直してみたら、意外に面白かった、というのが正直な感想ですね。

エイクマン作品って、物語を大きく動かすようなシーンやら要素が出てきて「おっ」となっても、それを展開させずに終わらせてしまうんですよね。『スタア来臨』でも、女優の正体が明かされる(?)部分で面白くなるのですが、そこを活かさずに終わらせてしまうというか。
Greenさんも「現実に即している」と書かれていますが、僕も同意見で、この不条理さは、怪談実話にも通じるものがあるのではないかと思いました。そういう意味では、現代日本で受ける要素がエイクマンにあるのかもしれません。

個人的にこの集のベストは、怪奇小説として整った感のある『何と冷たい小さな君の手よ』でしょうか。ただ、まだ現役(?)の異色作家短篇集からの再録は勿体ないですよね。せっかくの機会なのだから、未訳作品を入れてほしかった。
いずれ出るかもしれない、未訳作品集を期待したいところです。
【2016/02/04 20:18】 URL | kazuou #- [ 編集]


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