犯罪劇場へようこそ  ヘンリイ・スレッサー『殺人鬼登場』
20060408200706.jpg
殺人鬼登場
ヘンリイ・スレッサー 吉田 誠一
4150007187

 短編の名手として知られるヘンリイ・スレッサーですが、彼には二つの長編があります。『グレイ・フラノの屍衣』はスレッサーらしい軽みがまるで感じられない失敗作でしたが、この『殺人鬼登場』(吉田誠一訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)は、実は意外な拾いもの。
 不動産会社の社長ブランドシャフトが、秘書のディーロレスと旅行に出かけようとしたとき、突然若いハンサムな男が部屋に闖入してきます。それはディーロレスの夫ジョニイ! 二人にとびかかってきたジョニイに、ディーロレスは拳銃を持ち出し、揉み合ったブランドシャフトはジョニイを射殺してしまいます。
 ディーロレスの呼んだ警察官にブランドシャフトが連行されていった後、床に倒れていた男は起きあがり、電話をかけます。

 「上出来だった、テネシー・ウィリアムズそっくりにいったよ。みんなに伝えてくれないかい、ステップ。準備をととのえておけってな、弁護士君」

 事件の起こりは、演劇を志す若者たちが借りたスタジオでした。彼らが借りた建物を劇場に改装することを、周旋屋が認めないというのです。交渉を頼まれた元法律家の卵ステップは、周旋屋から、土地の所有者であるブランドシャフトという男が、直接ちょっかいを出しているということを知ります。
 劇団員たちは冗談半分でブランドシャフトに復讐する計画を練り始めます。そしてパトロンであるミセス・クックの発案で、色仕掛けでブランドシャフトをひどい目に合わせようということになるのです。
 おふざけだと思っていたステップですが、後日現れた演出家ブラッキイと女優ディー・ディーの話を聞いて驚きます。なんとディー・ディーがブランドシャフトにうまく取り入って、彼の会社に入社することに成功したというのです。計画は俄然現実性を帯び、ブラッキイの考えた脚本を見て、ステップもその気になります。
 その計画とは、色仕掛けで取り入ったディー・ディーとブランドシャフトのもとに、元夫が現れていざこざを起こし、ブランドシャフトが夫を殺してしまったかのように思わせるというものでした。そして計画の細部をさらに緻密なものにしてゆきます。偽の警官にブランドシャフトを逮捕させ、拘留する。そして殺人罪で起訴させると思いこませ、百万ドルの金でうまく事を収めるようにもっていく。そしてステップは、偽弁護士の役を引き受けることになります。
 計画はまんまと成功しますが、その最中、ブランドシャフトの娘ヴィクトリアに会ったステップは、彼女に惹かれ始めます。おりしも計画から降りようとしていた俳優ハークネスが自殺し、ステップは計画に乗り気でなくなってゆきます。事を速く終わらせてしまおうと、金を手にしたステップが戻ったときに見つけたのは、ぴくりとも動かないブランドシャフトの体でした…。
 この作品、背表紙の紹介文に風俗探偵小説などとあるので、もっと風俗要素の強いものかと思ったのですが、なかなかどうしてサスペンス色の強いミステリです。
 大金を搾り取ろうという大がかりな詐欺。最初は楽しんで芝居をしていた劇団員たちが、徐々にのっぴきならない羽目に陥ってゆくところが読みどころです。何より計画の細部が作られてゆく過程が非常に面白いのです。偽の警察署をつくり、偽の看守を置く。偽の判事、偽の検察官、偽の弁護士など、非常に細部が練られた計画なのです。しかし実際に犯行が成功した後のことを考えた彼らは不安になります。詐欺だとわかった後ブランドシャフトは復讐をするのではないか…。
 もともと不安な考えを持っていたステップは、計画を途中で破棄することを提案しますが、やめられないところまで来てしまった仲間たちは反対するのです。そしてヴィクトリアとの触れ合いから、ブランドシャフトもただの人間であることを実感したステップは、彼に同情を覚え始めてしまいます。
 大変よくできたミステリなのですが、欠点を挙げるとすれば、ブランドシャフト殺害のあとの展開が、うまく謎解きにつながってこないところでしょうか。当然真犯人を探すことになるのかと思いきや、仲間割れを起こしてしまいます。そして命を狙われるステップ、これはこれでサスペンス豊かなのですが、結末にいたるまで真犯人の謎は明かされません。そしてその真相も伏線が充分張られているとはいえず、突然の感が否めません。
 その点で、本格ミステリ的な謎解きを期待すると裏切られますが、若者たちの冒険と挫折を描く青春小説としても、大がかりなコン・ゲームを描く犯罪小説としても、読み応えのある作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

…先を越されてしまいました(笑)。
スレッサーの長編は「短編作家が描く長編の悪い例」みたいな感じで語られることが多いんですけれども、先日「グレイ・フラノの屍衣」を再読した限りでは「そんなに悪くはないじゃん」というのが個人的な感想です(確かにミステリとして読むと…ですが)。
本書はまだ未購入&未読なんですが、今回の記事を読んでちょっと期待値が高くなってしまいました(笑)。
【2006/04/09 11:06】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

意外でした
『グレイ・フラノ』で失望させられてたんですが、『殺人鬼登場』は、意外や意外、かなり楽しめました。紹介文に「風俗をいきいきと描いた」と謳ってるものって、たいてい古びてつまらないのが常なんですが、これは違いました。というか、宣伝の仕方が何か間違ってるんじゃないかと思いますね。
これ実はジャック・フィニィを思わせる青春犯罪小説ですよ。登場人物たちが犯罪計画を練って準備をしていくところが、一番面白いです。作者名を隠して読んだら、たぶんスレッサーとは全然気づかないでしょうね。
【2006/04/09 13:34】 URL | kazuou #- [ 編集]

素朴な疑問
スレッサーの長編は未読ですが、『グレイ・フラノの屍衣』なる題名は強いインパクトがありました。サラリーマンになってグレイ・フラノを身に着けることは生ける屍(リビング・デッド)になることだというメッセージだと勝手に解釈してしまい、どうも読む気が起こらない。実際は違う意味なんでしょうか?
【2006/04/09 22:37】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

あんまり覚えてないんですよね
 実は『グレイ・フラノ』は、読んだのが10年以上前なので、すっかり忘れてるんですよね。でも、つまらないということだけは確実に言えます! サラリーマンのスーツのことは当たってるんですが、別に「リビング・デッド」というわけではないようです。
 あと関係ないんですが、ロバート・シェクリイにも『グレイのフラノを身につけて』なんてタイトルの作品がありましたね。
【2006/04/09 23:13】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/64-4b41267c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

殺人鬼登場 "Enter Murderers"

初出 ハヤカワポケットミステリ718あらすじ>本日は相変わらずの暑さがつづき、夕方ところによって雷雨、癇癪、殺人があるかもしれません。…… 売れない役者のステップはエージェントからも契約を切られ、にっちもさっちもいかなくなっていた。法律学校を辞めてま... ヘンリー・スレッサーズ・ミステリ・マガジン【2007/04/14 09:00】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する