小鷹信光さん逝去
 翻訳家・作家の小鷹信光さんが亡くなりました。主にハードボイルド関係の翻訳や紹介で知られていますが、その守備範囲は広く、ミステリ全般に亘っていました。
 近年でも、ジャック・リッチーのオリジナル短篇集を編纂するなど、高齢になってからも現役で活躍しつづけたバイタリティには驚かされます。
 なお、来年1月にリッチーの未訳短篇集『ジャック・リッチーのびっくりパレード』がハヤカワ・ミステリから刊行されるそうです。最後の仕事がリッチーとは、小鷹さんらしいと言えるかもしれませんね。

 小鷹さんの仕事の柱の一つにアンソロジーがあります。大和書房から出た、5冊のテーマ別ミステリ傑作集(3冊が河出文庫で再刊)や、リチャード・マシスンの短篇集『激突』(ハヤカワ文庫NV)、ヘンリー・スレッサーの傑作集『夫と妻に捧げる犯罪』(ハヤカワ文庫NV)など、短篇ファンにとっては忘れられない本を、何冊も編纂しています。
 驚かされるのは、インターネットもない時代に、おそろしく詳しい作品リストや参考書リストが、どの本にもついていたことです。自分で読んだうえで、しっかりとした評価をしていることがわかる、本当に丁寧な仕事ぶりでした。

 小鷹さんの仕事で、僕がいちばん影響を受けたのは『ミステリマガジン』に連載されていた、テーマ別のオリジナルアンソロジーをめぐるエッセイ『新パパイラスの舟』(論創社)です。この連載で、僕は海外短篇の魅力を教えてもらいました。バックナンバーを何度も読み返しただけに、2008年に単行本化されたときは、嬉しかったですね。

 短篇といえば、思い出すのは、評論集『パパイラスの舟』。この本、基本的にはハードボイルドに関する本なのですが、いくつかの章が海外の短篇小説に割かれています。
 マージェリイ・フィン・ブラウンのニューロティックなミステリ短篇『リガの森では、けものはひときわ荒々しい』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫収録)を分析した『バルティック海の幻想の船旅 -短篇小説のたのしみかた-』、中篇『激突!』を俎上にリチャード・マシスンの作家性について語った『中古帆船暴走中! -マシスン『激突!』私見-』なども興味深く読めますが、いちばん面白く読んだのは、巻末に置かれた最終章『娘たちのための最後の航海 -新しい短篇小説の魅力-』でした。
 これは、デイヴィッド・イーリイやワーナー・ローなど、当時売り出し中だった短編作家たちの作品の魅力について語った章です。その部分も面白く読んだのですが、著者と娘たちとのプライベートなひとこまが、ユーモラスに描かれている部分があり、とても楽しく読みました。

「お仕事だから、集めてるの?」
 女人立入禁制の、私の仕事部屋にズカズカと入ってきた上の娘がペイパーバック本と洋雑誌の山に顔をしかめ、鼻をおさえながら(異臭が漂っているらしいのだ)、二十八歳年上の父親に向かっていつもの質問をなげかけます。

 父親もリッパな文学者であることを証明するために、私は娘たちにせがまれて〈お話〉をきかせてやることがあります。リッパな児童文学者ではないとしても、どうやら私は語部(かたりべ)としては合格らしく、五つになる下の娘も一緒になって、じっと私の話に耳を傾けます。多分私がネタを借りてくるもとの小説のデキがよいからなのでしょう。娘たちのお気に入りは、ダールやマシスンの短篇小説なのです。


 子どものころから、異色作家の短篇を聞いて育つとは、なんという素晴らしい環境でしょうか。ちなみにここに登場する「上の娘」は、作家のほしおさなえさんですね。

 最後にもう一箇所、引用しておきましょう。上記に引用した「上の娘」の質問の続きです。
 
「たのしいからさ。たのしいから集めているんだ」父親は防戦一方です。
「じゃあ、パパは、趣味でお仕事をやってるのね?」娘は眉根にしわをよせます。
 処世訓を垂れる絶好のチャンスなのだ!
「そうとも。だから、たのしくなくなったらすぐにもやめるかもしれない」
「いつまでもたのしければいいわね。やめないでよ、パパ。お願い」


 言葉通り、最後まで自らの仕事に誇りを持ちつづけた、まさにプロ中のプロでした。
 ご冥福をお祈りいたします。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

ミステリマガジン今号で『びっくりパレード』の告知を見て、その前に積読の『あの手この手』を読まなくちゃと考えていた矢先の訃報でした。そういえば『パパイラス』も積読に近い読みかけ、引っ張り出します。
最近になってのポケミス・ファンですが、昔のペーパーバックを縦横無尽に楽しそうに語るミステリマガジンのコラムは無類の面白さでした。
これからおおいにお世話になりそうです。合掌。
【2015/12/10 07:31】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
B級クラスのマイナー作家まで目を通していたところが、すごいですよね。
1970年代初めに、日本でリッチーやイーリイをちゃんと評価していたひとってどのぐらいいるんだろう?と考えたら、その先見性に驚きます。
ハードボイルドはあまり好きになれなかったけれど、海外の面白い短篇を好きになった要因の一つは、確実に小鷹さんのエッセイでした。
【2015/12/10 20:43】 URL | kazuou #- [ 編集]


よく考えると、アンソロジーで、さんざんお世話になっていたんだなと実感します。

充実のお仕事だったんだなと、ご冥福をおいのりします。
【2015/12/11 22:08】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
個人的には、ハードボイルドの人というよりは、アンソロジスト・エッセイストとして認識していました。
海外ミステリの啓蒙者として、日本の読者に絶大な影響を及ぼした人のひとりだと思います。
【2015/12/12 08:30】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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