異界へのまなざし  ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』(書籍版)
4336059292動きの悪魔
ステファン グラビンスキ Stefan Grabi´nski
国書刊行会 2015-07-27

by G-Tools

 〈ポーランドのポー〉〈ポーランドのラヴクラフト〉の異名を持つ、ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説作家、ステファン・グラビンスキ(1887~1936)。
 彼の代表作とされる、鉄道テーマの連作怪奇小説集『動きの悪魔』(芝田文乃訳 国書刊行会)が、単行本として刊行されました。以前、電子書籍として、いくつかの短篇が刊行されていましたが、今回は短篇集の全訳になります。

 解説によると、原著には初版と二版があるそうで、初版は9篇、二版は3篇を増補しています。著者には、さらに二篇を加えた三版刊行の意思があったようですが、果たせずに終わっています。今回の邦訳作品集では、その2つのエピソードを加えた全14篇が収録されています。著者の意に沿ったという意味で、より完全版としての体裁が整った形ですね。 収録作品のタイトルを挙げておきましょう。

『音無しの空間(鉄道のバラッド)』 
『汚れ男』
『車室にて』
『永遠の乗客(ユーモレスク)』
『偽りの警報』
『動きの悪魔』
『機関士グロット』
『信号』
『奇妙な駅(未来の幻想)』
『放浪列車(鉄道の伝説)』
『待避線』
『ウルティマ・トゥーレ』
『シャテラの記憶痕跡』
『トンネルのもぐらの寓話』

 どの作品にも怪奇ムードが横溢しています。その男が現れると必ず事故が起こるという『汚れ男』、未来を舞台にした神秘的な異色作『奇妙な駅(未来の幻想)』、異様な存在感を持つ幽霊列車を扱った『放浪列車(鉄道の伝説)』、乗客が別の次元へ連れ去られてしまうという『待避線』、予知夢をテーマにした『ウルティマ・トゥーレ』など。

 原著二版には収録されなかった巻末の二篇『シャテラの記憶痕跡』『トンネルのもぐらの寓話』は、ことに力作です。

 『シャテラの記憶痕跡』
 シャテラは、以前、事故の際に目撃した女の首が忘れられなくなっていました。過去の出来事が別の次元に記録されており、何らかのきっかけでその記録を呼び出すことが出来ると考えたシャテラは、再び女に出会おうと、ある行動をとろうとしますが…。
 事故直後の女の生首という鮮烈なイメージ、男が狂気にとらわれていく過程、別次元の存在の予感、怪奇小説のお手本のような作品です。
 
 『トンネルのもぐらの寓話』
 代々、トンネルで働くフロレク一族。一族最後の男アントニは、長年トンネルで暮らした結果、外に出られない体質になっていました。ある日ふと見つけたトンネル内の洞窟に入っていったアントニは、古来より生きている人間によく似た生き物と出会いますが…。 
 ラヴクラフトを思わせる先住民と出会う男を描いています。しかもその生物に対し、恐怖心ではなく、友情を抱いてしまうという不思議な手触りの作品です。

 グラビンスキの作品を読んでいて感じるのは、「モダンな怪奇小説」だな、ということ。幽霊や超自然現象が作中に現れる場合でも、ウェットにならず、それらに対する著者の視線が非常に「客観的」で「即物的」なのです。人間の狂気をテーマにしている場合でも、ドロドロとした情念などは感じられません。
 乾いた文体で「事実」(かどうかはわかりませんが)を淡々と報告するといった感じでしょうか。そこに立ち上る不穏な不気味さが、グラビンスキの魅力だといえます。
 同じく、モダンな怪奇小説の創始者、エドガー・アラン・ポーとの共通点も感じられ、〈ポーランドのポー〉の異名にも頷ける点がありますね。

 それでは、もう一つの異名〈ポーランドのラヴクラフト〉の方はどうかといえば、こちらとも共通点が感じられます。端的に言えば、コズミック・ホラー的な世界観です。別の空間や次元など、この世界とは別の世界が存在するという世界観が、複数の作品を通して見られます。
 疑似科学的なムードがあり、SFの萌芽が感じられるという点でも、ラヴクラフトの後期作品にも通じるところがあります。

  本作品集には、怪奇小説だけではなく、鉄道を愛する男のもとに現れた幻影を描くノスタルジックな『音無しの空間』や、電車に乗り込んでは降りるという行為を繰り返す男を描くヒューマン・ストーリー『永遠の乗客(ユーモレスク)』といった、味わいのある作品も含まれており、怪奇小説だけではないグラビンスキの魅力も垣間見せてくれます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

怪奇小説関連でここにたどり着きました。
くわしい書評を参考にさせていただいております。
今後ともよろしくお願いします。

「動きの悪魔」読了しました。
鉄道自体にはほぼ興味がないので読んでみるまで不安もありましたが、
ポーやラヴクラフトに通じるような内容もあり、なかなか楽しめました。
いつの日か、その他の短編集(怪奇小説)も出ると良いんですが‥
【2015/08/01 21:25】 URL | D #- [ 編集]

>Dさん
Dさん、コメントありがとうございます。

何というか、SFとホラーがまだ未分化な感じというんでしょうか。グラビンスキの作品は、個人的にいちばん好きなタイプの作品なんですよね。ラヴクラフトっぽいけれど、小説はラヴクラフトより格段に上手という…。

鉄道テーマとか、とくにテーマに縛られていない作品も読んでみたいですね。
【2015/08/02 07:41】 URL | kazuou #- [ 編集]

別の世界を希求する理由
読了しましたが、先頭の数作を読んで先ず感じたのが、これはどれも、この世界に不適応を起こした精神が別の世界の現前を希求する物語と言えるのではないかということでした。幻想物語は元を深掘りすれば皆そうだという意見もありそうですが、主人公たちの現状への諦観や反発が強く描かれていたためか、その要素が特に強く前面に出ているように感じたのですよね…。何故だか、ISに参加していった若い人たちの心境を連想してしまったほど。
(同様に別の世界を希求する物語を書いている、例えばコルタサルなんかでも、主人公の不適応はほとんど前面には出ていなかったような気がします)
『車室にて』や『永遠の乗客(ユーモレスク)』なんかも、空想世界の中でしかヒーローでいられない⇒現実世界で夢の続きを実行しても、結局犯罪者になるか狂人扱いされるしかないという人の話として読んでしまいました・・
(読み進めていくと、『奇妙な駅(未来の幻想)』のような、不適応な主人公のいない作品も出てきますが…)

面白かったのがそんな彼らの逃避願望が向けられる先が、現代にあっては決まりきった日常を連想すらさせる鉄道であること(日本だけ?)。もっともこれは、当時にあっては鉄道は未知の世界へとつながるものであったということなのかもしれないですが。

そんなこんなで、楽しく読んだ一方で、ポーランドのポーとかラヴクラフトと呼ぶのは、人気ホラー作家を日本のスティーヴン・キングと読んだりするのとあまり変わらない話だろうかと個人的には思ったりしました。一面的な見方なのですが、ポーやラヴクラフトの主人公は、こうまで日常に倦んでいたりはしなかったような…(デュパンなんかは例外として…)と強く感じたこともあって・・・
ただ、『奇妙な駅(未来の幻想)』は確かにコズミックであり、あと、『トンネルのもぐらの寓話』の変容には、確かにラヴクラフト(あとジャン・レイの「マルペルチュイ」あたり?)を連想させる面はありましたね…
ラヴクラフトのように統一した宇宙観・法則のようなものが確立されていたかといえば、それは?だった気はしますが。
(とはいえ、テーマものの短編集1冊を読んだだけな訳なので、列車ものでない他の作品も読まないであれこれ言っても始まらないですね…)

こういう破局もありなのかと思うラストが印象的な『放浪列車(鉄道の伝説)』、自分にとっての理想郷や正しい解釈に固執した結果、破滅を招く『汚れ男』や『車室にて』、『偽りの警報』、『機関士グロット』、更に変身譚として異色に感じる『トンネルのもぐらの寓話』などが個人的に印象に残っています。

ところで話題が逸れますが、kazuouさんもラヴクラフトの文章力のなさと言うか表現力に結構難を感じておられるんですね。
そういえば、春日武彦氏という精神医学系の書き手がおられて結構読んだのですが、この方もラヴクラフトについては、こんな文章で恐怖を感じさせようだなんてありえない、といった感じのことを書いていましたっけ(ただ、いわゆるラヴクラフト・スクールにおける作家間のやり取りには何だかシンパシーを覚えるのだとかいう内容でした、確か)。
個人的には確かに読みにくいというのはありましたが、主に一人称で書かれていることもあり、(主人公自身の知識や表現力に即していれば)さほど表現力という辺りは気にはならなかったのですが。
(もちろん、人が日記に「窓に手が、手が!」みたいなことを書くか、といったような突っ込みどころはいろいろあった気はしますが)
【2015/08/16 16:37】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]


 確かに「別の世界の現前を希求する物語」という要素はあると思いますが、あくまで物語の要請上、そうなっているだけのような気がします。例えば、ラヴクラフトがそうであったほどには、他世界への渇望が感じられないんですよね。

 鉄道に関しては、現代日本では「日常」ですが、当時のヨーロッパ人からしたら、むしろ「非日常」な気がします。

 グラビンスキには、ラヴクラフトのような、統一された宇宙観などは、おそらくないと思います。あくまで、この世界とは別の世界や存在があるかもしれない…というレベルにとどまっていますね。でも個人的には、そのあたりの得体の知れなさが、すごく魅力的に感じます。

 ラヴクラフトは以前はとんでもない悪文家だと思っていたのですが、最近これはこれでありかな、と思い始めました。ただ伝えたいイメージが伝え切れていないもどかしさ、というのは感じますね。
【2015/08/16 21:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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