悪いのはだれだ?  モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』
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 東西冷戦時代には、核戦争や人類の破滅を描いた〈ディザスター小説〉というのが流行りましたが、モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』(小野寺健訳 サンリオSF文庫)はそんな中にあって、かなり異色の作品です。
 来るべき敵国との核戦争に備えて地下に作られた防護施設。七層からなるその施設の最下層は「レベル・7」と呼ばれ、防衛軍の原爆ロケットの発射基地ともなっていました。
 ある日、司令官に呼ばれた「僕」は「レベル・7」へ、押しボタン士官として転属を命じられます。休暇の延期をつげられた「僕」はがっかりしますが、転属に伴って昇進することを告げられ、喜んで命令を受けることになります。しかし、キャンプ地から持ち物を一切持っていくことを禁止され、周りの誰にも転属のことを話す暇もなく、その場で地下施設に行くように言われた「僕」は不信感を拭えません。
 到着したその施設では、人々は固有名詞を剥奪されコードネームで呼ばれていました。「僕」は〈X-127〉なる番号を与えられますが、その直後スピーカーからの放送で驚くべき事実を知らされます。なんと「レベル・7」に配属された人間は核ミサイルの発射を担う重要な位置にいるため、二度と地上に出ることは許されないというのです!

 どうなってもぼくは一生地下にいるのだ。たとえわれわれがこの瞬間に宣戦を布告して一日のうちに勝利をにぎってたとしても、ぼくは決してもどることはできないだろう。全面的な原子力戦によって生じた放射能の汚染のために、地表は数十年間生存不能になるだろう。おそらく数世紀間ではないだろうか。

 スピーカーからの情報によって「レベル・7」には男女同数の人間があわせて500人いること、それらの人間に対して食料が500年分も蓄えられていることを知った「僕」は陰鬱な気持ちになります。
 やがて女性心理学者〈P-867〉と親しくなった「僕」は、彼女の話す内容に衝撃を受けるのです。「僕」と同じ任務についていた〈X-117〉の治療にあたっていた〈P-867〉は、この「レベル・7」に連れてこられた人間は基本的に「自給自足」であり、社会的な交わりを断っても充分生きていける人たちだ、と言います。しかし〈X-117〉は本来社会的な性格であったために、ノイローゼに陥っているのだというのです。「僕」は、自分が他の人間との触れ合いがなくても生きていける貧しい人間なのではないかと思い悩みます。

 ぼくは誰かほかの人間がいようがいまいが、ほとんど何の関係もなく幸福でいられるのだ。きっと、ぼくには愛することができないのだ。そして他の人たちもみなそうなのだ。X-117だけを別にして。そしてだからこそぼくはここで暮らすのに向いている。

 連れてこられた人々がようやく与えられた環境に慣れたころ、とうとう敵国との戦争が勃発します。ありったけの爆弾を打ち込み敵国は壊滅しますが、自分たちの国家も致命的な攻撃を受け、地表は放射能に覆われてしまうのです。深度の浅かった「レベル・1」の人々はほぼ即死し「レベル・2」の人々も次々に死に始めます。徐々に地下にしみこんでくる放射能のために上のレベルの人々からは次々と連絡がとだえていきます。世界が壊滅したことを嘆く大多数の人々に対して「僕」をはじめ「レベル・7」の人々は、これを機会に他のレベルの人々とつながりができたことに対し、奇妙なよろこびを覚えるのですが…。
 アメリカとソ連の冷戦をモデルにした作品であることは一目瞭然なのですが、具体的な国の名前は全く出てきません。それゆえ大方の政治小説のようにディテールが古くなっておらず、今読んでも寓話として充分楽しむことができます。
 この作品の大部分は、隔離された閉鎖社会での人間の心理的な動揺を描くのに費やされています。家族や恋人のいない、原則的に独立独歩の人間が選ばれているにもかかわらず、閉鎖された空間の中で精神的におかしくなるものも出てきます。人々を治療するために選ばれた〈P-867〉のような心理学者でさえ、長期間の隔離で、心理学に興味を失っていくのです。そうした人々の内面の心理の探索がメインとなっています。
 閉鎖された環境といえば、内部の人々の争い、というのを思い浮かべるでしょうが、この作品ではそういうことは起こりません。敵国への攻撃機関という大義があり、登場人物も全て訓練を受けた軍関係の要員であるため、閉鎖された環境でもパニックや暴動は起こらないのです。世界が滅んだ後でさえ、やたらと冷静な「僕」に至っては、人間的に冷たすぎると思えるかもしれません。
 核戦争に対する正邪はほとんど問題になりません。もちろん戦争は悪に決まっているのですが、この作品では、そうした人類規模の倫理よりも個々の人間の倫理が問題になっているようです。なにしろ押しボタン士官の「僕」は命令が発せられたとき、ためらいなく核攻撃のボタンを押してしまうのです。直接人々を殺傷するわけではなく、ボタン一つで離れたところから殺せてしまう。それゆえ世界が滅ぶときでも「レベル・7」の人々は破滅を実感できないのです。このあたり、実に淡々とした描写が、空恐ろしさを感じさせます。
 核で破滅した地上の悲惨な様子とか、放射能でばたばた死ぬ人間とか、核戦争の恐ろしさが直接的に描かれるわけではありませんし、戦争の経過がスペクタクル豊かに描かれるわけでもありません。その意味で実に地味な作品ではあるのですが、こうした閉鎖環境におかれた人間の心理がどのようなものになるのかという、実験的な意味で面白い心理小説となっています。1959年発表の作なので、施設の技術的なディテールは非常に古くさく感じられるのですが、それを除けば、実に面白い作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
なつかしい名前
モルデカイ・ロシュワルト!
とても懐かしい名前です。今から20数年前の高校生の頃、この人の「世界の小さな終末」を読んで感想文を書いたことがあります。
基本的にメインのテーマは、「レベル・セブン」と同じ人間の愚かさと恐ろしさでした。

たまたま、懐かしい名前を見つけたので寄らせていただきました。
【2006/04/07 01:14】 URL | ksbc #- [ 編集]

ロシュワルト
ksbcさん、はじめまして。
『世界の小さな終末』も似たようなテーマを扱っていましたね。この作家、語り口が洗練されてるので、シリアスなテーマにもかかわらず、面白く読むことができます。今読んでも新鮮な作家だと思うのですが、復刊を期待したいところです。
【2006/04/07 08:30】 URL | kazuou #- [ 編集]


これって、たしかサンリオSFの初回配本だったんですよね。
書店で見かけて、おお、読みたかった本が目の前にという驚きと、あのサンリオがSF?と二重に驚いた記憶があります。
って、古い話ですが……。
【2006/04/07 12:57】 URL | Takeman #- [ 編集]

そうだったんですか
これが初回配本だったんですか。古本で買ったので知りませんでした。でも最初がこの本って、すごい強気ですね。サンリオSF文庫は、SFとは名ばかりで何でも放り込んでいった感がありますし、初回配本がロシュワルトというのも、象徴的といっていいんでしょうか。
そうか、それでサンリオの中では、この本をやたらと古本屋で見かけるんですね。割合出回ったということですか。
【2006/04/07 17:51】 URL | kazuou #- [ 編集]

衣食足りて
隔離された閉鎖社会だからといって必ずしも人は殺しあうことにはならない。というか、衣食が十分足りていれば平和に暮らしていく方が自然のような気がします。でもそれだと小説にならない。ところをおもしろく書いているようで、興味がわいてきます。
一瞬オチはレベル・エイトの出現だろうと考えましたが、そんなに軽くはないのですね。
【2006/04/07 22:52】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

素朴な疑問
閉鎖された環境といえば警察権力が介入しないのをいいことに連続殺人を犯していく殺人鬼がまず頭に浮かんでしまいます…。
閉鎖状況の人間心理の側面に焦点を当てた小説もおもしろそうですね。個人的に選択肢の存在しない人間の行動には非常に興味があります。
ところでよく紹介されている「サンリオSF文庫」って普通の古本屋で入手可能なんでしょうか?
【2006/04/07 22:54】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]

サンリオSF文庫は
>迷跡さん
現代の作家であれば、物語を面白くするために〈閉鎖環境で爆発する獣性〉みたいな要素を導入しちゃうんでしょうね。例えばスティーヴン・キングだったら、必ずやりますよね。ロシュワルトの作品は、今読むとそこが逆に新鮮なんですよ。むしろ冷静に内省する人たちの記録みたいな雰囲気が捨てがたいです。
レベル・エイトの出現! 面白くなりそうなんですが、残念ながらオチらしいオチもないです。そもそも陰謀とか、ひねった要素はほとんどないので。

>加納ソルトさん
そう、僕も密室殺人を思い浮かべてしまいます。なんて現代人は病んでるんでしょうね。そういえば最近読んだ三津田信三『シェルター 終末の殺人』(東京創元社)という作品も、核シェルター内で殺人が起こる話でした。しかもこの作品中に『レベル・セブン』のことが言及されていて、驚きましたよ。というか、この作品『レベル・セブン』をかなり意識していたようですね。
ちなみに「サンリオSF文庫」は1986年ごろまでサンリオが出していたSF小説の文庫シリーズで、サンリオが出版業から撤退して絶版になったものです。今でも読めないような珍しい作品をたくさん出していました。絶版後は、軒並み文庫とは思えない高値がついていたんですが、最近は落ち着いているようです。特別珍しいものを除いて、1000~2000円ぐらいが相場でしょうか。その辺の古本屋にあるかというと、う~ん、まあブックオフみたいな新古書店にはないでしょうね。新古書店ではない街の古本屋では、ちょこちょこと見かけますが。
【2006/04/07 23:34】 URL | kazuou #- [ 編集]


レベル7、なつかしい核放射能SFですね。
中学生の時に読んで、感激したことを今でも覚えています。
今度の福島原発事故がレベル7になったので、本を思い出して探してみましたが見つかりませんでした。50年経った今、また手に入れて読んでみたいと思います。
【2011/04/13 21:21】 URL | #- [ 編集]


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