八方美人の恋  リング・ラードナー『息がつまりそう』
 主に野球を扱ったユーモア小説を得意とした作家リング・ラードナー。最近では『メジャー・リーグのうぬぼれルーキー』(加島祥造訳 ちくま文庫)が出ています。そんな彼が、市井の人々を描いたユーモア作品集が、本書『息がつまりそう』(加島祥造訳 新潮社)です。本書に収められた作品は、中後期の作品。その作風は明朗一辺倒ではなく、苦みも感じられます。
 『大都会』は、義父の遺産で、思いがけなく金持ちになった夫婦とその妹を描く連作短編。義妹は金持ちの男と結婚しようと大都会ニューヨークに出発し、つきそいとして夫婦も同行します。その義妹の結婚をめぐる騒動をユーモアを交えて描く作品です。語り手である夫が、義父の遺産で食いつなぐ怠け者なのですが、なかなかどうして観察力も鋭く冷静に構えているのが面白いです。
 『お食事』お人好しの青年が、人数が足りないとパーティに引き出されます。そこで出会った二人の女性はどちらも絶世の美女でしたが、その話しぶりはひどいもの。食事の席で二人に挟まれた青年の困惑がテーマとなっています。二人の女性の俗物ぶりがデフォルメたっぷりに描かれます。
 『一方的陳述』新婚の夫婦が家に対する互いの考え方から離婚に至るまでの理由を、夫の「一方的陳述」で語った作品。一見わがままな妻に振りまわされる夫の悲喜劇と見えるのですが、よく読むと妻が被害者であるという見方も成り立つ、なかなか底の深い作品。
 『結婚記念日』手堅い真面目な青年と結婚した妻。生活は安定しているものの、あまりに退屈な日常に妻は嫌気がさします。刺激に飢えた妻は、夫から殴られる友人の話さえ羨ましく思うのです。夫の退屈さを描くのと同時に、妻もまた夫と対して変わらないことも何気なく示される風刺的作品。
 『金婚旅行』金婚旅行に出かけた老夫婦、しかし旅行先で出会ったのは、妻の昔の婚約者! 50年ぶりにあった婚約者に妻が惹かれているのではないか。語り手の夫は妻に嫉妬し、夫婦の危機が訪れるのですが…。どこかすっとぼけた老人の語りが非常に愉しい作品。夫婦の危機が訪れるといっても、老人だけに飄々としたものです。
 そして表題作『息がつまりそう』。本書の中では比較的明るい題材で、純粋にユーモア小説として楽しめる作品です。
 主人公の少女は、両親が外国旅行に出かけたため、叔父夫婦と共に旅行に来ています。しかしそこで考えるのは婚約者のウォルターのことばかり。

 そうだわ、ウォルターがいっしょならどんなに素敵かしら、考えただけでも心臓が止まりそう。
 もう我慢できないわ。考えるのもつらいわ。


 恋人を思う純真な少女なのかと思いきや、すぐにその印象は覆されます。

 でも、ほんとのこというと、婚約って名のつくもの、そうね、全部で六回ぐらいしているかしら。でもねえ、向こうで婚約してくれってしつこく言うでしょ? こっちがイエスって言わないうちは帰ってくれないんだもの。あたしのせいじゃないわ!

 ある日少女に電報が二通届きます。一通はウォルターから。もう一通はゴードンから。ゴードンもまた、少女と婚約しているものと思っているのです! 悩む少女でしたが、すぐにそんなことは忘れてしまいます。そして、ホテルに滞在している青年フランクと親しくなってしまいます。本気になったフランクは少女に結婚を申し込みます。相手が酔っていると考えた少女は、軽い考えで、うなずいてしまうのです!
 ウォルターとゴードンからの電報や手紙が次々と舞い込む中、フランクもまた着々と結婚の準備を進めています。少女は気の弱さといいかげんな性格から、事態に流される一方です。少女の恋の行方は…。
 惚れっぽく嫌といえない性格、物事を深く考えずその場限りの返答をしてしまう少女が、次々と男たちの求婚をOKしてしまうことから、二進も三進もいかなくなるという話です。主体性の感じられない少女の一人称の語りも、そのおかしさを強めています。底抜けに愉しい一編。
 本書には、各短編の後に訳者による丁寧な解説もついていて参考になります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

『微笑みがいっぱい』など、リング・ラードナー大好きです。ダウンタウンの人情話で伝わって来るタバコや酒の匂い、ギャングやボクサーの息づかいが古き良きアメリカを感じさせると思います。加島祥造さんの名訳もあって独特の雰囲気を持っていますよね。こういう作品を書く作家が出てきてくれると良いのですが。
【2006/04/08 22:00】 URL | てん一 #- [ 編集]

ラードナー
てん一さんも、ラードナーファンでしたか。
もともと野球小説の作家かと思って避けてたんですが、偶然読んだ一編でとりこになってしまいました。『微笑がいっぱい』なんかもいいですね。ラードナーは大衆を描いてはいても、ある種の品があって、下世話にならないところが、いいと思います。
でも今となってはラードナーも軒並み絶版。『メジャー・リーグのうぬぼれルーキー』が突然出たときには驚きました。
加島祥造さんが惚れ込んでたくさん訳してくれたのは幸いです。雑誌に埋もれた未収録短編もけっこうあるはず。新編集の短編集を出してほしいものです。そう言えば同じ加島さんが訳しておられるデイモン・ラニアンなんかもラードナーと似た味のする作家ですね。
【2006/04/08 22:17】 URL | kazuou #- [ 編集]


初コメントです。偶然来ました。リング・ラードナーは名前を忘れていて、いろいろ検索して名前はわかったのですが、自分の持っている本はどこにもなさそうです。ネット上では。文庫ですが…。では失礼しました。
【2011/03/07 21:17】 URL | 穴田 #mQop/nM. [ 編集]


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