怪奇山脈、山頂で  荒俣宏編『怪奇文学大山脈2、3』
怪奇文学大山脈 (2) (西洋近代名作選 20世紀革新篇) 怪奇文学大山脈(3)  (西洋近代名作選 諸雑誌氾濫篇)
 1970年代から、日本における怪奇幻想文学紹介を進めてきた荒俣宏。近年この分野からは離れていた彼が、怪奇幻想分野における総決算と位置づけるアンソロジーが《怪奇文学大山脈》(東京創元社)です。
 以前1巻をレビューしていますが、今回は2巻と3巻まとめて総括しておきたいと思います。まずは収録内容を紹介しておきましょう。


『怪奇文学大山脈2 西洋近代名作選 20世紀革新篇』(東京創元社)

ロバート・ヒチェンズ『未亡人と物乞い』
F・マリオン・クロフォード『甲板の男』
E・L・ホワイト『鼻面』
グスタフ・マイリンク『紫色の死』
H・H・エーヴェルス『白の乙女』
マッシモ・ボンテンペッリ『私の民事死について』
J・D・ベリズフォード『ストリックランドの息子の生涯』
A・E・コッパード『シルヴァ・サアカス』
L・P・ハートリー『島』
アーサー・マッケン『紙片』
ウォルター・デ・ラ・メア『遅参の客』
オリバー・オニオンズ『ふたつのたあいない話』
W・F・ハーヴェイ『アンカーダイン家の信徒席』
ジョン・メトカーフ『ブレナー提督の息子』
ヒュー・ウォルポール『海辺の恐怖──一瞬の経験』
H・R・ウエイクフィールド『釣りの話』
シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー『不死鳥』
ベネット・サーフ『近頃蒐めたゴースト・ストーリー』


『怪奇文学大山脈3 西洋近代名作選 諸雑誌氾濫篇』(東京創元社)

スティーヴン・クレーン『枷をはめられて』
イーディス・ネズビット『闇の力』
ジョン・バカン『アシュトルトの樹林』
グスタフ・マイリンク『蝋人形小屋』
カール・ハンス・シュトローブル『舞踏会の夜』
アルフ・フォン・チブルカ『カミーユ・フラマリオンの著名なる『ある彗星の話』の驚くべき後日譚』
カール・ツー・オイレンブルク『ラトゥク――あるグロテスク』
モーリス・ルヴェル『赤い光の中で』
野尻抱影『物音・足音』
ガストン・ルルー『悪魔を見た男』
アンドレ・ド・ロルド『わたしは告発……されている』
アンドレ・ド・ロルド&アンリ・ボーシュ『幻覚実験室』
アンドレ・ド・ロルド&ウジェーヌ・モレル『最後の拷問』
W・C・モロー『不屈の敵』
マックス・ブランド『ジョン・オヴィントンの帰還』
H・S・ホワイトヘッド『唇』
E・ホフマン・プライス『悪魔の娘』
ワイアット・ブラッシンゲーム『責め苦の申し子』
ロバート・レスリー・ベレム『死を売る男』
L・ロン・ハバード『猫嫌い』
M・E・カウンセルマン『七子』


 いくつか既訳があるものがありますが、大部分の作品が本邦初紹介という、うれしい編集になっています。

 2巻は20世紀の怪奇幻想小説の名匠たちの作品を集めています。ハーヴェイ、メトカーフ、ウォルポール、ウエイクフィールドなど、クラシック怪奇小説のビッグネームが並びます。全体に端正なつくりの怪奇幻想小説集になっています。
 正統派のゴースト・ストーリーに混じって、ボンテンペッリやコッパードなどの肌合いの異なる作品が混じっているのが嬉しいですね。
 基本的にすべて佳作・傑作といっていいと思うのですが、印象に残る作品としては、E・L・ホワイトの悪夢めいた迫力のある『鼻面』、マイリンクの唖然とするSF的怪奇小説『紫色の死』あたりが挙げられるでしょうか。
 個人的に嬉しかったのは、ベネット・サーフ『近頃蒐めたゴースト・ストーリー』。怪奇小説史では、よく言及される作品なので、ぜひ読みたいと思っていた作品です。小説というよりは、怪奇エッセイといった感じでしょうか。軽いタッチで楽しく読めます。

 3巻は、主に雑誌に掲載された、B級的娯楽作品を集めた作品集になっています。ドイツの怪奇小説誌、フランスの残酷劇《グラン・ギニョル》、アメリカのパルプマガジンと、基本的には大衆小説であり、ことさら猟奇的、扇情的な作品をそろえているところが、逆に清々しいですね。
 ドイツ勢としては、2巻に引き続いて登場のマイリンク、そしてオーストリアの怪奇小説の巨匠シュトローブルの作品が収録されています。。
 フランスものは、残酷小説の巨匠ルヴェルと《グラン・ギニョル》と呼ばれる残酷劇が収録されています。本来なら邦訳機会の少ない《グラン・ギニョル》作品なのですが、数年前に出た『グラン=ギニョル傑作選―ベル・エポックの恐怖演劇』(真野倫平編訳 水声社)と内容がかぶってしまっているのが惜しまれますね。
 アメリカ作品は、主にパルプマガジン系の雑誌から取られています。以外にも格調のあるゴースト・ストーリー『ジョン・オヴィントンの帰還』、迷信のはびこる国を描いた力作、M・E・カウンセルマン『七子』などが印象に残ります。特に『七子』は、人種差別的なカラーも感じられる作品で、こうした作品を積極的に収録するあたり、さすがは荒俣氏といったところでしょうか。
 さて、3巻でいちばんの問題作は、やはりW・C・モロー『不屈の敵』でしょう。アンブローズ・ビアスと同時代に活躍し、ビアスに匹敵するとされた作家です。邦訳はおそらく一編(『アブサンのボトルをめぐって』)のみのため、我が国では知名度に欠ける作家ですが、既訳の作品といい、この『不屈の敵』といい、その作品からは、尋常でない空気の感じられる作家です。
 『不屈の敵』は、次のような話です。主人に恨みを抱いた召使が片腕を切断されます。復讐を企てますが失敗し、更に残った腕を切断されてしまいます。それでも復讐を繰り返そうとし、やがては両足まで失ってしまいます。動くこともできなくなった召使はそれでも復讐の機会を狙う…、という何ともグロテスクなストーリー。題材からは、江戸川乱歩の『芋虫』を思い出す方もいるかと思いますが、『芋虫』とはまた違った味わいの作品です。編者も思い入れのある作家のようですが、未訳作品がもっと紹介されてほしい作家になりました。

 アンソロジー全3巻、特色としては、やはり、それぞれの巻につけられた長文の解説が第一に挙げられるでしょう。通して読めば、それぞれの作家自身の情報、ジャンルの興隆、そして時代の背景がわかります。怪奇幻想小説の黎明期に始まり、ゴシック・ロマンス、英国正調幽霊譚、グラン・ギニョル、パルプホラーと、怪奇幻想小説の一連の流れが丁寧に解説されています。
 近年の怪奇幻想アンソロジーで、ここまで重厚な解説にお眼にかかったのは久しぶりな気がします。澁澤龍彦や種村季弘などが、各巻のテーマについて長文の解説を書き下ろした、1970年代の名アンソロジー《怪奇幻想の文学》(紀田順一郎、荒俣宏編 新人物往来社)を彷彿とさせるものでした。
 思えば、荒俣氏が若かりし頃、熱心に怪奇幻想ジャンルについて紹介していた頃も、解説は充実していましたが、正直、ここまでわかりやすい文章を書く人ではありませんでした。いまや、多様なジャンルや興味を経て、その筆致は円熟しています。その意味で、このアンソロジーが、まさに現在編纂されたことに、ある種の感慨を覚えます。
 基本的に文句の付け所のないアンソロジーなのですが、ひとつだけ要望を。それは、20世紀半ばから後半までの作品も収録してほしかったな、ということ。
 時代別に編集されていますが、いちばん新しい時代の最終巻の収録内容が、ほぼ20世紀前半の作品となっており、20世紀後半の作品がばっさりと切り捨てられているのです。
 20世紀後半の作品のメインストリームが長編になり、短篇作品が少なくなったということもあるのでしょうか。スティーヴン・キング以降のモダン・ホラーはともかく、1960~1970年代ぐらいの怪奇作品は、あまり日本に紹介されていない印象があります。このあたりの作品が紹介されると言うことがなかったのですが、ないものねだりでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
「不屈の敵」
 読んでないんですが、面白そうですねえ。私は楳図かずお「復讐鬼人」を思い出しました。
 W・C・モロー、気になります。
【2015/03/05 23:04】 URL | 高井信 #nOdkmSi2 [ 編集]


エーヴェルス「世界ロマン全集 吸血鬼」書いた人ですよね。
このシリーズ ディープすぎると敬遠していたんですが、トライしてみようかしら・・
【2015/03/06 18:29】 URL | fontanka #- [ 編集]

>高井信さん
そうですね。どちらかと言うと『復讐鬼人』の方が作風が近いと思います。
モロー、僕も読んだのは2篇だけですが、心に残る作品でした。
【2015/03/06 20:18】 URL | kazuou #- [ 編集]

>fontankaさん
エーヴェルスは『吸血鬼』とか『アルラウネ』の人ですね。このアンソロジーに収録されている作品は、正直あんまり印象に残らないのですが、個人的には好きな作家です。昔、創土社から出ていた作品集はかなり面白かったです。

確かにこのアンソロジー、どちらかと言うと、マニア向けですよね。とくに2巻のマニアックぶりがすごいです。あまりゴースト・ストーリーを読みなれていない人はつらいかも。一番読みやすいのは1巻だと思うので、読まれるなら1巻をオススメしておきます。
【2015/03/06 20:24】 URL | kazuou #- [ 編集]

どこを楽しむか、楽しめるか
今頃になって「怪奇文学大山脈2」を読了しましたが、初めから3、4作目辺りまでは、いったいこれのどこを楽しんだらよいのかという感じで困惑してしまい、やっぱり古典とは相性が良くないらしい、何故相性が良くないのかを見極める読書にでもしようか、という感じだったです。
多分怪異や話の成り行きに慣れてというかすれっからしになっていて、怪異が現れるだけでは、あ、そう、それで?という感じでもはや楽しめなくなっているということなのかもしれないですね…。
「鼻面」なんかはある意味悪漢小説でもあって、ほとんど抵抗もなく死んでいく"化け物"の方を哀れに感じたりして…
(作品としては、ヒトのハイブリッド種的なものがおぞましい、という辺りを狙ったものだと思うのですが…)

「紫色の死」は後から考えると、時代への風刺の意図も含めて伊藤計劃の「虐殺器官」とほぼ同じと言っていいのかも。成り行きと主人公の人生の絡みの有無、および紫の円錐になるというあっけらかんとした結末で読んだ後の感じは何だか別ものになっていますが。

個人的に面白く読めたのはベリズフォードからハートリーまでの3作と、『近頃蒐めたゴースト・ストーリー』。(この3作以降は大体面白かったのですが、そこまでの印象はなかった感じです)
ただ3作の方は、ミステリとしても読める作品ではありましたが。ベリズフォードはイメージが鮮やかで、コッパードには人生の苦みを、一番面白かったのはハートリーで、現実にあってもおかしくなさそうでありながら、悪夢と言っていい終盤の描き方に引き込まれました。
「近頃~」は、これ、今の時代の都市伝説だと言われても通用しそうな話ですね。こういう話はいつの時代も変わらないものだなぁという感慨と、それでも面白く読めてしまう普遍性(あるいはこちらの感性が単純?)にでは小説作品の方は古びて感じてしまうのは何故、という思いも抱きました。
まぁこの作品が一番新しい、というのもあるんですが。更にこれには元ネタがあるという解説の記載も面白く読みました。

あと、やはり荒俣氏の解説が面白く、解説の方では怪奇作家たちの現実生活における世俗的な一面を取り上げていたりするのも、本編とは別の(下世話な興味をそそる?)面白さでした。
さて、3巻目はどうするか・・

ところで、1960~1970年代ぐらいの怪奇作品という辺り、こちらとしても興味のあるところです。
この時代の怪奇方面の作家たちは、皆SF方面に相乗りしてしまい、それが異色作家たち(の一部)だというのが通説ではありますが、例えばロバート・エイクマン (そういえば「奥の部屋」の増補文庫版が企画されているみたいです) の存在などを考えると、SFへの相乗りには行かずに、独自に新しい時代の怪奇小説を作ろうとした作家がもっといてもおかしくない気がするんですよね・・・
【2015/08/09 08:27】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]


 『怪奇文学大山脈2』は、確かに渋いセレクションだったかも。怪奇小説慣れしていると、怪異が現れるだけでは物足りない、というのもあるかもしれないです。やっぱり、古色蒼然さが魅力になる怪奇小説でも、古びてしまうものもある、ということでしょうか。個人的には「古臭い」怪奇小説も好きなので、面白く読めてしまうのですが。
 『鼻面』は、当時としては、優生学的な恐ろしさを狙ったものでしょうね。今読むと、また違った側面から読めたりしますが。
 いちばん面白かったのが『近頃蒐めたゴースト・ストーリー』だったりするのも、ちょっとどうかな、という気もします。

 荒俣さんの解説は重厚の一言ですね。持てる情報をすべて投入した、という感じで、圧倒されました。

 戦後の怪奇小説は、邦訳のある作品で見る限り、SFに合流したり、ジャンルミックスになってしまったりと、純粋な形での怪奇小説って、少なくなっている印象ですね。1970年代には、モダンホラーの先駆的な恐怖小説もありますが、あれらも「オカルト」とか「超心理学」とかに偏っていたりして。
 伝統的な怪奇小説を書いていた作家もいると思うのですが、少なくとも、日本にはほとんど紹介されていないですよね。このあたりの紹介は、今後の課題でしょうか。
【2015/08/09 10:52】 URL | kazuou #- [ 編集]


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