眼が二人をわかつまで  テオフィル・ゴーチェ『魔眼』
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魔眼
テオフィル ゴーチエ 小柳 保義
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 今回は、フランスの作家テオフィル・ゴーチェの作品集『魔眼』(小柳保義訳 教養文庫)です。ゴーチェはもともと神秘的な傾向があったことに加え、当時流行していたホフマンの影響を受け、多くの幻想小説をものしています。本書には三編を収めていますが、狭義の幻想小説は『魔眼』のみです。他の二編は古代を舞台にしているものの、普通小説といっていいでしょう。
 『金の鎖またはもやいの恋人』は古代ギリシャが舞台。ミレトスの女プランゴンは、その美しさで知られた娼婦でした。彼女は恋人の美少年クテシアスが、プランゴンと並び称される娼婦、サモスのバッキスともわりない仲になっていることを知り、クテシアスを拒絶します。
 クテシアスはプランゴンの愛を取り戻そうとしますが、プランゴンは条件を出します。それは、バッキスが生涯の蓄えとして秘蔵している金の鎖を持ってくること。バッキスが命の次に大切にしているという金の鎖、それを手に入れるのは不可能に近いことでした。クテシアスはバッキスに泣きつき、その鎖を譲ってもらおうとするのですが…。
 ギリシャの説話を元にしたという作品ですが、他愛ない作品です。全ての登場人物が善意に満ちているため、恋愛において何の障害も起こらないところが、物足りない感じがします。
 『クレオパトラの一夜』は古代エジプトが舞台。退屈に囚われていたクレオパトラは、ある日恋文が結びつけられた矢を受け取り、心を高ぶらせます。恋文の主メイヤムーンは、死刑覚悟で、王宮に忍び込みクレオパトラの入浴をのぞき見します。捕らえられたメイヤムーンは、女王への恋を打ち明けます。彼の熱情にほだされたクレオパトラは一夜だけ彼を恋人にすることを許すのですが…。
 テーマは悪くないのですが、肝心のメイヤムーンがクレオパトラと過ごす一夜の部分が、駆け足で語られるので、もったいない感じがします。かなり冗漫な部分が感じられる作品。
 そして本書の作品中では、もっとも純粋な幻想小説の『魔眼』。これは傑作といっていいでしょう。
 フランス人の青年ポール・ダスプルモンは、婚約者が静養しているナポリに船で到着します。青年の謎めいた風貌、それに加えて目だつのはその眼でした。

 とりわけ、眼が異常だった。眼をふちどる黒いまつ毛が、瞳のうすい灰色や髪の焦茶色と異様な対照をなしている。

 船の停泊の際、不思議な出来事が起こります。ポールが見つめていた小舟が大波によってひっくり返ったのです。とくに気には止めず、ポールは早速、婚約者のイギリス人令嬢アリシヤのもとに出かけます。六カ月前とはうって変わって健康そうなアリシヤを見てポールは安心しますが、ポールと会った後、なぜかアリシヤは体調を悪くします。
 アリシヤの伯父の准将はポールとの仲を公認していましたが、アリシヤを見初めた美男子アルタヴィラ伯爵の入れ知恵により、考えを変えます。アルタヴィラ伯爵は、ナポリでは魔眼の伝承がいまなお信じられていると語るのです。そしてアリシヤもそうした連中の一人に狙われているのだと。

 「たいていの場合、魔眼は本人の意志に無関係です。それはこのいまわしい才能の能力に気づくようになったとき、その働きを誰よりも嘆き悲しむのは彼らです。だから彼らを避けるようにして、むごく扱ってはいけません。」

 行き交う人々が、ことごとに自分に示す不審な態度に疑問を抱いていたポールは、町中で手に入れた本により、自分は魔眼者ではないかと思い至ります。子供のころからの友人たちの不幸も、自分のせいだったのではないかと思い悩むポールは、今またアリシヤに危害を及ぼすことを恐れはじめます。
 アルタヴィラ伯爵は、ポールが魔眼者であることを指摘し、決闘を申し込みます。愛する人を死の危険にさらすよりは、自らの命を断とうと、すすんで決闘に出かけるポールでしたが…。
 二人の決闘の行方は…。そしてポールとアリシヤの恋の結末はどうなるのでしょうか?
 見る者の意志とは無関係に見つめた人間に害を与えてしまうという「魔眼」が扱われています。愛する者にも害を与えてしまうというテーマでは、ホーソーン『ラパチーニの娘』などが思い浮かびますが、ゴーチェの作品では「魔眼」が本当に事実であるかどうかは明言されてはいません。ポールが出会う不幸がすべて偶然であるという解釈もありえるのです。もっともポールが引き起こすのは人災だけでなく、その眼で見つめた天気が激変するなどという、すさまじい効力があることも暗示されるので、偶然であるという解釈はしにくいのですが。
 とにかく、ポールが本当に魔眼の持ち主であるか否かとは関係なく、アリシヤ以外の全ての人間が、ポールが魔眼者であると思いこむことによって悲劇が引き起こされる、という点は変わりません。恋人同士が互いを思いやるがために起こってしまう、悲劇の恋愛物語として一読の価値がある作品といえるでしょう。
 ちなみに作者のゴーチェは迷信深いことで有名だったそうです。作曲家のオッフェンバックを魔眼者だと信じて、尊敬はしていたが近寄らなかったとか、逸話には事欠きません。しかし本気で迷信を信じていたにしては『魔眼』に懐疑的な解釈が発生する余地があるのも不思議な話です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

「魔眼」とても面白そう。
教義文庫からは、ゴーチエの幻想文学が出版されているようですね。
「変化」の中の「ミイラの足」って国書の「ミイラ物語」と同じなのかなぁ。
それなら図書館にあるんだけど。
とりあえず、「ミイラ物語」を借りて読んでみようかな。
【2006/04/04 10:11】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]

『ミイラの足』は…
教養文庫からは、たしか3冊ほどゴーチェの作品集が出てました。その中で、たぶん一番面白いのは『吸血女の恋』でしょう。
『変化』の中の『ミイラの足』は、国書刊行会『ミイラ物語』収録の『ミイラの足』と同じものだと思います。この本、『ミイラ物語』と『ミイラの足』以外は岩波文庫版の作品集と同じ作品がとられてるのが難点。『ミイラ物語』も長いだけで、大して面白くないし。ゴーチェって、古代を舞台にした作品がやたらとあるんですよね。どれも出来が悪いと思うけど。
【2006/04/04 20:24】 URL | kazuou #- [ 編集]


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