それなりの論理  中田耕治編『殺しがいっぱい』
4938256258殺しがいっぱい―ハードサスペンス・アンソロジー
中田 耕治
白夜書房 1981-01

by G-Tools

 今回はアンソロジー、中田耕治編『殺しがいっぱい』(白夜書房)です。副題に《ハードサスペンス・アンソロジー》とあるので、サスペンスの傑作集かと思いきや、ハードボイルドな要素が強いものを集めているようです。
 臆病でうだつのあがらない男が、強盗に襲われたことからアイデンティティを回復する物語、ジョン・D・マクドナルド『ウサギが目醒めた日』
 かって妻に捨てられた警官が、殺人事件の容疑者として、筋違いの女を追い回すという、サイコ・スリラーじみたハードボイルド作品、ブルーノ・フィッシャー『ダブル』
 保身のために殺人を犯す男、しかし血を見るのが好きな女は殺人を繰り返すことを男に強要します…。タルミッジ・パウエル『誰かが死ぬ』
 捕まった仲間の女を脱獄させようとする強盗二人組、しかし二人にはそれぞれの思惑が…。ダン・ソンタップ『脱獄』
 厄介者の妹が飛び降りるのを防ごうとする兄、しかし心の底には妹に死んで欲しいという思いが…。兄の心の葛藤を描く心理サスペンス、R・W・レイキン『飛び下りろ、いくじなし!』
 銀行強盗の現場を女に目撃された二人組、兄貴分の男は、コネを使い警官の制服を手に入れます。警官に化け目撃者を首尾よく始末した男でしたが…。どんでん返しが楽しいヘンリー・スレッサー『勘違い』
 傲慢なプレイボーイが、情婦といっしょになるために、金持ちの妻を殺害します。しかし妻には秘密が…。男の傲慢さが悲劇を呼ぶフレッチャー・フローラ『完全なる情事』
 妻の罪をかぶって服役した男。しかし妻はそれを隠し富豪と結婚してしまいます。数年後、出所した夫は女のもとに現れますが…。愛憎入り交じる男女の心理を鮮やかに描くヘレン・ニールセン『男なんて信用できない』
 そして、一番面白かったのは巻末に収められたB・トレヴィン『空缶物語』です。
 インディアンのナタリオ・サルヴァトーレスは貧しい百姓ですが、エリセオ・ガラルドの三人の美しい娘を嫁に欲しいと考え、ガラルドに交渉します。なけなしの財産をはたき、長女のフィロメナを手に入れたナタリオは、新居を構え働き始めます。
 しかしある日帰宅したナタリオは家がからっぽなのに気付きます。その後、フィロメナが別の男と住んでいるのを見つけたナタリオは復讐を企てます。爆弾を詰めたブリキの空缶を作ったのです。そしてフィロメナのいる家にナタリオは空缶を投げ込みます。しかしひとつ問題がありました。フィロメナとその愛人の他に、中には二組の夫婦がいたのです!
 案の定、フィロメナも愛人も無事、死んだのは全く関係ないクレスポの女房でした。早速ナタリオは逮捕されますが、そのふてぶてしい態度に警官は困惑します。自ら爆弾を投げ込んだことは認めるものの、殺人に関しては罪はないと言い張るのです。

 「死んだのがクレスポのかみさんなら、なおのこと、おれには関係ないでしょうが。あのかみさんにゃ恨みも何もないんだから、おれが殺る筈がない。死んだのは、そりゃ、あんた、運命ってもんですよ。」

 爆破事件の裁判が開かれ、ナタリオは殺人罪に問われます。陪審員はことごとく村のインディアンで、ナタリオと同じ鉱夫ばかりでした。殺人罪を立証しようとする検察側に対して、ナタリオを始め陪審員たちは、奇妙な論理を持ち出し、彼らを煙に巻きます。裁判の行方はどうなるのでしょうか…?
 インディアンたちの奇妙な論理によって、かき乱される法廷の混乱をユーモラスに描いています。人を喰った結末にも唖然とさせられること受けあいです。
 ところで本書、とくに中田耕治の翻訳に顕著なのですが、ハードボイルドな雰囲気を出そうとして、やたらと隠語を使っているのが多く、今となってはあまりに古びているものが、かなりあります。一人称が「おれ」なのはともかく、「ブンヤ」だの「ヘロ」だのは、さすがに古いです。昔の翻訳を再録しているというのもあるのでしょうが。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

中田耕治氏の名前を見て、ひょっとしてと思って収録作品を調べてみてみると、やっぱり日本版「マンハント」で紹介された作品が多いようですね。
「マンハント」だけで紹介されて、後は知られていない作家も多いですから、こうやってまとめられるのはいいことなのでしょうが、本文の訳の方がそのままなら過去に邦訳済みの作品のタイトルは統一欲しいとは思います。
あと、ヘンリー・スレッサーの「勘違い」は、紹介文からすると「ママに捧げる犯罪」に収録されている「制服は誰にも似合う」と同じ話でしょうか。
【2006/04/02 18:22】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

『勘違い』は…
なるほど、『マンハント』でしたか。ハードボイルド方面には疎いもので。別に中田耕治に限った話ではないのですが、ハードボイルド系の古い翻訳は、今では随分古びてしまっているものが多いですよね。
ヘンリー・スレッサーの『勘違い』は、調べてみたら『制服は誰にも似合う』と同じものでした。さすがですね。僕も読んでたはずなんですけど、全然覚えてませんでした。ついでにパラパラと読み返してみましたが、ポケミス版の方がずっと読みやすい訳でした。
【2006/04/02 19:33】 URL | kazuou #- [ 編集]

論理のもつれあい?
大学の刑法の授業でおもしろかったのは錯誤の問題でした。
Aを殺そうと思ってAを撃ったところ傍らにいたBに当たって死んでしまった場合、殺人の故意は認められるか。あるいは、Aだと思ってBを撃って死んでしまった場合、殺人の故意は認められるか。
近代刑法の責任主義なるもの、ひいては近代社会の人権思想というものはなんとお優しいことかと思いました。ナタリオの主張も一理ありますよね。インディアン(今だとネィティブ・アメリカンと言わなければいけない?)たちの論理と近代刑法の論理のもつれあいは興味があります。
【2006/04/02 21:45】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


たしかに意思のあるなしで考えると、殺人自体が成立するかどうか問題になってきますね。インディアンの論理に比べて、近代刑法が絶対的に正しいかどうか、あやふやになってしまいます。
今まで、ミステリも結構読み込んできましたが『空缶物語』みたいなタイプの作品は初めて読みました。味わいとしては、ヘンリイ・セシルなんかに近い感じでしょうか。
【2006/04/02 22:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


今、「アメリカ探偵作家傑作選」 1961年を読んでいて、ブルーノ・フィッシャーを検索したら、こちらでした。
いや、kazuouさん本当にアンソロジーの守備範囲広いですね。

過去の絶版アンソロジーって本当に素敵な作品が多いです。
【2014/08/01 20:54】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
現代の作品って、ミステリでも、ミステリ以外の要素が混じっていてジャンルミックス的な感じのものが多いんですよね。
昔のミステリはシンプルな分、ミステリそのものの魅力が強いというか。その点、昔のミステリ系のアンソロジーって、今見ても傑作が多いように感じます。
荒地出版社の『年刊推理小説』シリーズとか、立風書房の『現代アメリカ推理小説傑作選』なんか、今読んでも面白く読めます。
【2014/08/02 07:22】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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