物語の物語  ヴォイチェフ・イエジー・ハス監督『サラゴサの写本』

B00GI4DHX4サラゴサの写本 [DVD]
紀伊國屋書店 2014-01-25

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B000J83KXC世界幻想文学大系〈第19巻〉サラゴサ手稿 (1980年)
荒俣 宏 紀田 順一郎 J.ポトツキ
国書刊行会 1980-09

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 ポーランドの大貴族ヤン・ポトツキが残した小説『サラゴサ手稿』(工藤幸雄訳 国書刊行会)は、幻想文学の古典といわれています。
 不思議な事件、官能的な美女、夢とも現実ともつかぬ体験。短い挿話が連なる連作になっていますが、ポーランドの千夜一夜物語の異名もむべなるかなと思わせる名作です。

 その『サラゴサ手稿』の映画化作品があると、以前から聞いていましたが、長年観ることはできませんでした。今年ようやくDVDが発売され、観賞を終えましたので、感想など書いてみたいと思います。
 監督は、ヴォイチェフ・イエジー・ハス。タイトルは『サラゴサの写本』(1965年 ポーランド)です。

 ナポレオン時代のスペインのサラゴサを舞台に、あるフランス軍将校が、ふと入り込んだ宿屋で大きな写本を見つけます。直後に現れたスペイン人将校は、その書物を翻訳して聞かせ始めます。
 その物語は、貴族の息子アルフォンスが出会う不思議な出来事を語るものでした。山を越えようとしていたアルフォンスは、さびれた宿屋で一夜を明かそうとします。宿屋の地下には、大きな広間が広がっており、イスラム教徒の美しい姉妹がいました。アルフォンスの遠縁と名乗る彼女らは、彼との婚姻を望みますが、その条件は、アルフォンスが改宗することでした。
 ふと目が覚めたアルフォンスがいた場所は、山賊が処刑されたばかりの絞首台だったのです…。

 姉妹に出会ったり、異端審問所に捕らえられたりと、事件が起こるたびに、アルフォンスは絞首台のそばで目を覚まします。今までの事件は夢だったのか、美しい姉妹は魔性のものなのか。すべてが夢なのか現実なのかはっきりしないという、じつに魅力的な物語です。
 同じ場所で目を覚ますシーンが繰り返されることによって、いつからか妙なユーモアさえたたえてくるところが素晴らしいですね。
 導入部に写本が現れることから、物語が枠物語であることが示されているのですが、序盤では、妖しい出来事は起こるものの、枠物語そのものを意識させるようなシーンはありません。
 中盤になり、カバリストと出会ったアルフォンスは彼の城に滞在することになります。そこで出会うジプシーの首領アバドロが語り出すところからが圧巻です。
 物語全体が将校が読んでいる写本なので、その中の主人公アルフォンスの物語中で語り出すアバドロの話が、すでに二重構造になっているわけです。しかも、そのアバドロの話の中の登場人物が話を語り出し、さらにその中で別の登場人物が話を語り出し…と、3重、4重の語りになってくるのです!
 これはすごいです。正直、アバドロが語り出すあたりからの話は、艶笑譚や悪漢物語などの、超自然的な要素の薄い話ばかりで、前半の摩訶不思議な雰囲気とはトーンが異なっているのですが、それを補ってあまりあるほどの構成の面白さ。
 主人公の父親や母親のエピソードなども挟まれ、それが後半に向けての伏線にもなっているところなど、じつに見事です。
 話がどんどんと入れ子になっていくので、これ、ちゃんと終わるんだろうか? と思いながら観ていると、やがてそれぞれの物語の決着が付いていきます。枠の外側から、だんだんと物語が閉じていく後半はあっけにとられてしまうでしょう。
 上映時間が183分とかなりの大長編なのですが、飽きずに観ることができます。摩訶不思議な幻想物語といい、入れ子状のメタフィクショナルな構成といい、まさにワンアンドオンリーといっていい映画です。

 原作の国書刊行会版『サラゴサ手稿』の翻訳は、14日目までのものになります。全部で66日分の分量があるらしいので、約4分の1になりますね。読んだのが随分前なので、はっきり覚えていないのですが、映画版の後半に出てきたアバドロの語る部分は読んだ覚えがないような気がします。
 DVDには、映画を詳細に解説したブックレットがついているのですが、これを読んでみると、確かにアバドロの部分は翻訳書には載っていないとのこと。ますます完訳版が読んでみたくなりました。
 ちなみにブックレットは、映画の中の登場人物の語りの階層までも詳細に記述しているという、すぐれものです。映画を鑑賞した後に読むと、さらに理解が深まるでしょう。

 それにしても『サラゴサ手稿』完訳版はどうなっているのでしょうか。
 国書刊行会版『サラゴサ手稿』が出たのが1980年。『東欧怪談集』(沼野充義編 河出文庫)に『サラゴサ手稿』の未訳のエピソードが紹介され、その解説で完訳版が近いうちに刊行されると書かれていたのが1995年。
 そして数年前に東京創元社から、完訳版の刊行のニュースがありましたが、その後はなしのつぶて。もう何十年も待っているので、今更すぐとは言いませんが、ちゃんと出版してほしいものです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

これの完訳、いつになったらでるんでしょうねぇ。

知り合いの叔父さんが国書のセリーヌ全集を心待にしてる間に鬼籍に入ってしまって、
自分もそうなるまえに読みたいんですがなんともなんとも…。
【2014/08/25 00:20】 URL | Mr.Parrot #- [ 編集]

>Mr.Parrotさん
何度も刊行予告が出ては消え…の繰り返しですね。
創元じゃなくて、国書から出せばいいのにな、と思います。
【2014/08/28 19:29】 URL | kazuou #- [ 編集]

またも・・
『第三の魔弾』に引き続き、幻想文学大系ではこんな面白そうな話が紹介されていたんだという・・・・
知っていたとしてもあの価格と大きさで、全てに手を出すのは無理だったでしょうが、もうちょっと関心を寄せていても良かったかなと、この「面白そう」さに感じました。(でも、どうも中盤以降、特に終盤の伏線回収が一番の読みどころっぽくも取れるのでそこなしでの紹介はどんなものなのか、とも思いましたが・・・)
初めに手を出したのが「アルクトゥールスへの旅」だったりして、それがいまいち合わなかったのと(その割にはまだ持っていたりもしますが)、関心を持ち始めたのが丁度ラテンアメリカ系作家に関心を持ち出した時期だったけれど、そちらは主要な線は他の出版社に抑えられて、あまり代表作でないものが選ばれていたりしたのを見て(コルタサルの「秘密の武器」は代表作かもしれないですが、個人的にはいまいちでしたし)、マニアックな落ち穂拾いなんだろうと勝手に思っていた、というのも大きかったのですが・・・

サラゴサ手稿、こんなに関心が薄かったにもかかわらず、何故か聞き覚えがあるのですが何故なんだろう…
映画版は面白く見られそう(と言っても、古い時代のものなので幻想場面などは特撮的というか、それなりなんでしょうか、やはり)である一方、これは文章の中で特に映えそうな物語構造の気がしますが、どうなのか・・・ 完訳版が出たら買ってしまいそうですが、相当分厚くなりそうで翻訳が悪ければすぐに頓挫しそうな気もしてしまいますし。。
ポーランドの話なのですからポーランドでの映画化は当然かもしれないですが、時代がまだ旧共産圏の国であったころのことでもあり、意外な感じもしました。幻想物語を映像化するのは検閲もあって大変だったのではと想像します。。。(例えばチェコのシュヴァンクマイエルなども制作禁止などかなり苦労したようですが)

もともとあまり映画を見ない人なのでDVDを買うかは微妙でもありますが、それでも何か胸躍るご紹介でした。完訳版を少しだけ期待して待ってみようかと。
【2014/08/31 07:25】 URL | Green #- [ 編集]

幻想文学大系は
 幻想文学大系は、面白いものとそうでないものの差があるんですよね。歴史的な意義のある作品も入っているので、読んで面白いというものになると、数が少なくなってしまうような気がします。セルバンテスの『ペルシーレス』とかエーヴェルスの『アルラウネ』なんか面白かった覚えがありますが。

 『サラゴサ手稿』の翻訳は、確かに序盤だけの抄訳なのですが、そこだけでも抜群に面白いですよ。夢と現実の境界があいまいになってしまう…という作品なので、いつどこで終わってもいいような感じがして、途中までの翻訳でも、違和感がなかったです。

 映画版の方は、特撮とかはほとんど使われていなくて、そういう意味での古臭さは感じなかったです。当時としてはかなりお金をかけて作られた作品らしくて、白黒ながらもセットや衣装はかなり豪華ですので、見ごたえはあります。
【2014/08/31 08:22】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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