魔の列車  ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』(電子書籍版)

グラビンスキ
 ポーランドの作家、ステファン・グラビンスキ(1887~1936)は、ポーランド文学史上ほとんど唯一とされる恐怖小説専門の作家です。「ポーランドのポー」や「ポーランドのラヴクラフト」と称されているとか。
 邦訳はおそらく、短篇『シャモタ氏の恋人』(沼野充義訳『東欧怪談集』河出文庫所収)のみだと思います。『東欧怪談集』を読んだときに、この『シャモタ氏の恋人』がひじょうに印象に残っていたので、グラビンスキの作品をもっと読んでみたいものだと思っていました。
 グラビンスキについて調べようと思っても、普通の文学事典には名前すら載っていません。『東欧怪談集』の解説のほかには、フランツ・ロッテンシュタイナーの『ファンタジー(幻想文学館)』(創林社)のポーランドの章で紹介されているぐらいでしょうか。
 あと、あの本には載っているかも、と思い立って索引を調べてみると、ありました。ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』(高山宏、風間賢二監修 国書刊行会)には、グラビンスキの紹介ページがありました。さすが怪奇小説専門の事典です。ただ、短い紹介文ではありますが。
 さて、このたびステファン・グラビンスキの短篇がいくつか邦訳されました。といっても紙の書籍ではなく、電子書籍です。電子書籍を販売するサイト「パブー」にて、短篇単位で販売されています。

http://p.booklog.jp/users/ayanos-pl

 今のところ、以下の短篇が登録されています。

 『音無しの空間』(芝田文乃訳)
 『汚れ男』(芝田文乃訳)
 『信号』(芝田文乃訳)
 『放浪列車』(芝田文乃訳)
 『車室にて』(芝田文乃訳)
 『永遠の乗客(ユーモレスク)』(芝田文乃訳)

 訳者の芝田文乃さんは、スワヴォミール・ムロージェクの短篇集とか、レシェク・コワコフスキ『ライロニア国物語』(国書刊行会)を訳しているポーランド語翻訳者の方ですね。
 上記の6編は、すべて鉄道をテーマにした怪奇小説集『動きの悪魔』からの翻訳です。

 『音無しの空間』
 廃線となり、使われなくなった区間は「音無しの空間」と呼ばれていました。事故により退職したものの、鉄道を愛する男ヴァヴェラは「音無しの空間」の見張り人をやらせてくれと頼み込み、承諾を得ます。誰も訪れることのない線路を修復し、駅舎を再現した彼のもとに現れたものとは…。
 鉄道を愛する男のもとに現れたものはいったい何なのか? ジャック・フィニィを思わせるノスタルジーにあふれる作品です。

 『汚れ男』
 その男が現れると、必ず事故が起こる…。かって婚約者を事故で失った車掌のボロンはその伝説を信じていました。再びその「汚れ男」を目撃したボロンのとった行動とは…?
 「汚れ男」の伝説は真実なのか? 主人公の車掌が奇矯な性格に設定されているため、超自然的な現象が真実なのかそうでないかがはっきりしないという技巧的な作品。サイコ・スリラーとして読むことも可能です。

 『信号』
 かって、特別な手順で発せられた信号によって、乗客ごと姿を消してしまった伝説の列車。深夜、その話をしていた鉄道員たちのもとに、謎の信号が届きますが…。
 怪奇現象の原因が明確にされないところが、ひじょうにモダンな怪奇小説です。雰囲気の見事な作品。そこはかとない怪奇ムードがたまりません。

 『放浪列車』
 突如現れる謎の列車。その「放浪列車」は、どの区間に現れるのかもわからず、停止させることもできないのです。物理的なものなのかどうかも全くわからないものの、それまで事故は起きていませんでした。しかしある日、停車している列車の反対側から「放浪列車」が現れます…。
 幽霊列車をめぐる怪奇小説です。「幽霊」でありながら、時と場所を選ばずに現れる「放浪列車」の存在感が半端ではありません。結末も強烈。

 『車室にて』
 ある日乗り合わせた若夫婦の妻に対して、異常なほどの欲望を覚えてしまった男ゴジェンバ。夫が眠ったすきに妻に対して誘惑をしかけますが…。
 魔性の女をめぐるサイコ・スリラー。女の不気味さが印象に残ります。

 『永遠の乗客(ユーモレスク)』
 クルチカ氏の趣味は独特でした。待合室に常駐し、電車がくるたびに乗り込んでは、降りるという行為を繰り返していたのです。これは彼流の「旅行」だったのですが…。
 ≪象徴的な旅行≫を繰り返す男をめぐる喜劇と悲劇。何とも味わいのあるヒューマン・ストーリーです。
 
 いくつか作品を読んでみて感じたのは、情景描写、雰囲気醸成の上手さです。怪奇小説にいちばん必要な要素、「雰囲気」や「ムード」がきちんと作られているところに感銘を受けます。このあたり、欧米の評者はどう考えているのか、ちょっと引用してみましょう。


 グラビンスキの特質でとりわけ優れているのは、自然と超自然を融合させる手腕だ。多くの物語の舞台となるのは、墓地・死体安置所・薄暗い病院・侘しく蒼古な館など、忌まわしい場所である。概して物語の情景は、邪悪なものが籠もり、超自然的なものが氾濫しているという印象をはらんでいる。この印象は、自然の背後に潜在して秘かに突出の機をうかがっている妖異な作用力の存在を読者に仄めかす。

 フランツ・ロッテンシュタイナー『ファンタジー(幻想文学館)』(村田薫訳 創林社)より


 グラビンスキの作家としての技量は、アトモスフィアの扱い方に顕著である。読む者を不安にさせる風景、荒廃した建物は、人間に対する敵意で満たされていて、そこにはほとんど手で触れられそうな恐怖が存在する。グラビンスキはそうしたアトモスフィアを創造し、維持する。

 ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』(高山宏、風間賢二監修 国書刊行会))より


 引用したどちらの意見も、基本的には同じことを言っていますね。荒涼とした風景。人間の孤独と寂寞感。まさに怪奇小説になくてはならない部分を持っている作家だといえます。
 特筆したいのは、作品の短さ。一編あたり、ひじょうに短い時間で読めるのですが、その短い時間で情景を描写し、雰囲気を味あわせてくれるのだから、その筆力は見事です。
 「ポーランドのポー」と称されることもあるようですが、たしかに通じるところのある作風だと思います。これを機に、もっと翻訳してほしい作家ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
またも面白そうな・・・
これまた面白そうですね・・・
雰囲気醸成の上手い作家は大歓迎なのですが、特にこの作品は粗筋からも好みの香りが漂ってくるように感じます。怪奇小説、と呼びたくなる感じ。作品ごとの場面・状況設定の多様さ(と上手さ)も魅力的ですね。
アルフレッド・ノイズの「深夜特急」やブッツアーティの「何かが起こった」、エイクマンの「列車」などなど、(怪奇小説だからというのはあるでしょうが)海外の列車ものの作品には寂寞としたものが多い気がしますが、西欧人の列車の印象って寂寞としたものなのでしょうか・・・(「ミッドナイト・ミートトレイン」というのはありますが、あれは例外のような、例外でないような…)

ところで、様々な媒体から面白そうなものを拾ってくるkazuouさんのアンテナ/(知的)フットワークにはいつも驚かされていますが、電子媒体オンリーの作品と言うのがあるんですね、それも翻訳もので・・・
とはいえ、よく考えてみると紙の本を出版するのにかかる諸経費その他を考えると、マイナージャンルの作品が紹介されるのに、合った形式かもしれないという気もします。あとは電子書籍で読むというのがどれだけ広まるか、ですかね… (電子書籍が、コピー流出問題をどう解決しているのかはよく分かりませんが…)
トライデント・ハウスがやろうとしていたことも、もしかするとこの形式でなら実現できるのかもしれませんね・・

電子書籍は、リーダーを使ったら重くてかさばる物を持ち歩かなくてよいし、収納にかさばらないし、売却の手間もないし、便利だろうと思いつつ、まだ自分が読みたいと思うものにまで波及していないだろう、というのがあって利用していなかったのですが、こういうものが出てくると、利用を検討しなくてはという気持ちになります。
どちらかと言うと、リーダーとして大きめのフルカラーのものを買って(かさばることもあって手を出しにくかった)マンガや雑誌用に良いかなぁ…と考え出していたところですが、検討要素がまた一つ増えました・・
(是非読みたいですが、この書籍、どのリーダーでも読めるものなんでしょうか?? あるいはPCでも(ソフトを入れれば?) 閲覧可能? )
【2014/10/06 03:31】 URL | Green #mQop/nM. [ 編集]

PCでも読めますよ
 グラビンスキは、個人的に幻の作家のひとりだったので、電子書籍ということで躊躇はしたんですが、結局購入しました。雰囲気的には確かに『深夜特急』なんかと似てますね。
 オススメの作品ではあるんですが、電子書籍ということで、読むのにちょっとハードルがあるのが玉に瑕です。
 電子書籍は、いまだ黎明期というか、いろいろなフォーマットが乱立してるんですよね。専用機でしか読めないものもありますし、いろんなデバイスで読めるのもあります。購入しても、ブラウザ上で読むだけで、ダウンロードやプリントさえできないものもあるみたいです。
 今回購入した「パブー」は、電子書籍用の端末がなくても、パソコン上で読めるタイプの電子書籍です。PDFなんかに書き出して、PDFのビューアーなんかで読むことも可能だったりします。電子書籍としては、かなり融通度の高いサイトだと思います。
 僕も電子書籍自体は、あんまり好きではないです。ただ、今回グラビンスキの作品読みたさに、電子書籍を購入してみました。結局画面では読みにくくて、プリントして読んだんですけどね。
 このあたりの顛末については、次回あたり記事にしたいと思ってます。
【2014/10/09 16:29】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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