あらかじめ失われた女  マイクル・コニイ『カリスマ』
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 イギリスのSF作家マイクル・コニイ。彼の作品はジャンル小説である以前に、小説としての枠組みがしっかりとしています。本作品『カリスマ』(那岐大訳 サンリオSF文庫)もその例にもれません。
 ホテルの支配人ジョン・メインは、神秘的な若い女性スザンナと出会い、恋に落ちます。初対面なのに、なぜか自分を知っているらしいスザンナは、また明日会おうと約束をして別れます。メインは翌朝、見知らぬ好男子と一緒にいるスザンナを見つけ、声をかけますが、彼女はメインに見覚えがないような素振りを見せます。約束の場所に姿を現したスザンナは、一緒にいた相手は自分が勤める研究所の所長ストラトンだと話します。しかし詳しいことに関しては口ごもります。
 突然雨が降り出したため、メインはスザンナを車で送ろうと申し出ますが、なぜか彼女は拒否します。そして、こちらに向かってくるレインコートの若い女性を認めたとたん、スザンナは恐怖の表情を浮かべます。風で転んだ拍子に空が晴れ上がり、スザンナは消え失せます。そして、そこには先ほどのレインコートの女性が。その女性はスザンナ! スザンナは再びメインのことを知らないような態度をとります。メインは怪訝に思いますが、ふとあることに思い至るのです。

 「きみは多元宇宙から来たんだね。」ぼくは言った。

 研究所ではパラレルワールドの研究をしており、スザンナはその調査に派遣されているというのです。彼女が来た世界は、メインのいる世界とほとんど同じものでした。並行世界を移動したり、移動したその人間を見ることができるのは、ある種の人間だけ。メインはその能力を持つ人間だと、スザンナは話します。そして付け加えます。

 「もし、わたしがこの囲いから外に出たら、わたしはあなたとわたしの世界で同時に二箇所にいることになるわ。わたしともう一人のわたしが同じ世界にいる。これは不可能よ」

 しかしこの直後、スザンナは雷に撃たれ、焼死してしまうのです!
 メインは研究所のストラトンに近づき、自分を並行世界に派遣してくれと頼みます。別の世界でまだ生きているスザンナを見つけようというのです。折しも仕事のことで揉めていた富豪メローズが殺害され、メインは容疑者として警察にマークされてしまいます。執拗にメインを追い回すバスカス警部の目を逃れ、メインは、ストラトンの装置で〈第二世界〉へ旅立つのですが…。
 最愛の女性を失い、パラレルワールドにまだ生きている女性を捜しにいくというメインとなるテーマに加え、殺人容疑を晴らすというミステリ的な謎解きが、絡み合っている作品です。主人公メインは〈第二世界〉だけでなく、様々な世界を旅するのですが、どの世界も細部が違っているだけで、ほとんど現実世界と同じ作りになっています。それだけに起きる出来事もほぼ共通しており、メインはどの世界でも同じようなトラブルに巻き込まれてしまうのです。
 どの世界でも同じ出来事が起こる蓋然性が高いということ、それぞれの世界には微妙なタイムラグが存在すること、これらの事実からそれぞれの世界の探索は、恋人探しだけでなく、真犯人を捜す行程ともなっています。同一人物が主人公を知っていたり知らなかったりするかと思えば、殺人事件が起きなかった世界もあります。そして中には主人公が死んでしまった世界もあるのです! これらの複雑な要素がからみあった展開は、ミステリとしても一級品です。
 本書は、ミステリ的、SF的な趣向もさることながら、小説としてよく出来ています。傲岸な富豪メローズ、その妻ドリンダ、主人公の親友パーブロ、そしてメインを追いかけるバスカス警部など、どの人物も陰影を持って描かれています。何より運命の女性スザンナを求める主人公の心情が、細やかに描かれているのです。後半、スザンナとは別に主人公の気を引く女性も登場し、結末まで全く飽かせません。結末も一辺倒のものではなく、SF的な要素をうまく使ったハッピーエンドといっていいでしょう。
 ミステリであり、SFであり、恋愛小説でもある作品。派手さはないかもしれませんが、味わい深い傑作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

うらやましいですね。
私がコニイに興味を持ち始めたのはサンリオが撤退してかなり経ってからだったので、マイクル・コニイは一冊も読んだことがないんです。
どこかで復刊してくれないものかと期待をしているんですがコニイは無理そうです。
【2006/03/31 14:45】 URL | Takeman #- [ 編集]

コニイは…
コニイはディックみたいなカルトファンがいるわけでもなさそうだし、いまいち派手さにかけるので、復刊はちょっときついでしょうね。
でも個人的には大好きです。作風としては、クリストファー・プリーストに近いものがあるように思います。プリーストの『魔法』とか『奇術師』とかが楽しめる人なら、コニイも面白く読めるのではないかと。
【2006/03/31 17:35】 URL | kazuou #- [ 編集]


面白そうですね。
わたしは、プリーストの『魔法』は挫折しました。今度もう一度挑戦してみます。
【2006/03/31 21:24】 URL | てん一 #- [ 編集]


『魔法』は序盤は、まどろっこしいところがありますね。でも中ほどまで行くとかなりおもしろくなりますよ。
あと、まだ『奇術師』お読みでなかったら、こちらを先に読むのをオススメします。こっちは序盤からのめり込めると思います。
【2006/03/31 21:47】 URL | kazuou #- [ 編集]

はじめまして
マイクル・コニイがあるとは渋いですね。
マイクル・コナリーやコニィ・ウィルスと混同されてしまう現在ですが、
マイクル・コニイはぜひ復刊してほしいですね。
【2007/03/29 16:45】 URL | goldius #ncVW9ZjY [ 編集]

>goldiusさん
goldiusさん、はじめまして。トラックバックありがとうございます。

コニイは、今となってはあまり話題になることも少ないですが、味わいのあるいい作家だと思います。古書価もずいぶんと高いようなので、復刊してくれると、いいんですけどね。
【2007/03/29 19:51】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「カリスマ」 マイクル・コニイ 那岐大訳 サンリオ

CHARISMAタイトルがタイトルですが宗教小説ではありません。安心して読んでください。コニイの描く主人公というのは結局小市民であり、自分の生活が第一であり、その範囲で善悪に悩み、恋愛を成就させようと行動するだけである。不条理を引きずって歩くヴァン・ 目次が日本一のブログ(自称w挑戦者求む)【2007/03/29 16:42】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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