ジョナサン・キャロルの不穏な世界
死者の書 (創元推理文庫) 月の骨 (創元推理文庫) 炎の眠り (創元推理文庫 (547‐3)) 天使の牙から (創元推理文庫) パニックの手 (創元推理文庫) 黒いカクテル (創元推理文庫)
 アメリカ生まれで、ウィーン在住の作家、ジョナサン・キャロル。≪ダーク・ファンタジー≫と呼ばれることもある彼の作品は、幻想小説ファンのみならず、読書家には非常に人気があります。
 僕も、ずいぶん前にデビュー作『死者の書』を読んで、感銘を受けましたが、他の作品に手を伸ばすまでには至りませんでした。作品の「仕掛け」自体は面白いと思ったものの、肝心の物語自体があまり好きになれなかったからです。
 今になって考えるとわかりますが、キャロルは、ある程度の読書経験を経ていないと、面白みがわからないタイプの作家だと思います。『死者の書』を読んだのも、まともに本を読み始めたばかりのころでしたから。
 結局、つい最近まで、読んだキャロル作品は、『死者の書』以外には、短編集である『パニックの手』『黒いカクテル』のみでした。
 最近、古書店で『天使の牙から』を手に入れて、何の気なしに読んだのですが、これでキャロルにはまってしまいました。
 今読んだら面白く読めるのでは?と思い立ち、大きめの新刊書店を何件か回りました。驚いたことに、現在、キャロル作品はほとんど絶版になってしまっているんですね。現役で新刊書店に並んでいるのは『死者の書』のみです。
 それでは、と古書店を探し回り、なんとかキャロルの邦訳作品を揃えることができました。
 キャロルの邦訳作品を紹介しておきましょう。

『死者の書』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『我らが影の声』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『月の骨』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『炎の眠り』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『空に浮かぶ子供』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『天使の牙から』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『犬博物館の外で』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『沈黙のあと』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『パニックの手』(浅羽莢子他訳 創元推理文庫)
『黒いカクテル』(浅羽莢子他訳 創元推理文庫)
『蜘蛛の巣にキス』(浅羽莢子訳 創元推理文庫)
『薪の結婚』(市田泉訳 創元推理文庫)
『木でできた海』 (市田泉訳 創元推理文庫)

 今現在、≪クレインズ・ビュー三部作≫以外の作品を読み終わりました。ちなみに≪クレインズ・ビュー三部作≫は、『蜘蛛の巣にキス』『薪の結婚』『木でできた海』の近作3作です。
 今の時点でのベスト作品は『炎の眠り』です。次に『天使の牙から』『我らが影の声』『沈黙のあと』といったところでしょうか。≪クレインズ・ビュー三部作≫を読んだ後では、また印象が変わるかもしれません。
 作品のトーンは、基本的にだいたい同じで、一言で言ってしまうと「幸せの絶頂だった人間が不幸のどん底に落ちる」といったものです。ただ現実的な悲惨な出来事が起こるだけではなくて、そこに「魔法」や「天使」や「奇跡」が絡んでくるのが、キャロル作品の特徴です。
 「魔法」ゆえに不幸になることもあるし、そうでないこともある。またそれを逆手にとった『沈黙のあと』などの例もあります。
 具体的なあらすじや内容を紹介すると、読む楽しみが半減してしまうので、詳しくは記しません。というよりも、あらすじをまとめにくいというか、実際に読んでみないとわからないタイプの作家ではあるのです。創元社のキャロル作品の紹介文がかなり曖昧で、面白いのかどうか、さっぱりわからないなあ、と以前から思っていたのですが、実際に読んでみて、納得しました。
 あと、これあまり指摘されていないと思うのですが、キャロルには、ホフマンの影響が非常に強いのではないかと思います。『炎の眠り』など、ものすごく「ホフマン風」に感じられます。実際、キャロル本人が、好きな作家として、ホフマン、グリム、カフカを挙げているようですし。
 童話的な雰囲気の強い『月の骨』『炎の眠り』は、ほとんどドイツ・ロマン派の世界ですね。実際『炎の眠り』は、もろにグリム童話がテーマになっています。面白いと思うのは、そうした童話的な世界観のなかでも、ときおり現実的な要素があらわれたりして、世界が融通無碍になっているところ。物語が決して「絵空事」に終わらず、血の出るような生々しさを持っているのです。その意味で、キャロル作品は「現代のグリム童話」といっていいのかもしれません。
 最初の2作、『死者の書』『我らが影の声』以降の作品は、同じ世界を舞台にしていて、登場人物たちが共通しています。ある作品で脇役だった人物が、別の作品では主役になっていたりと、ゆるやかにつながっているので、続けて読むと、より楽しめるでしょう。
 キャロルを読んでみたいけど、どれから読んだらいい?と言われれば、とりあえず『死者の書』でしょうか。ホラーファンには『我らが影の声』『空に浮かぶ子供』、ファンタジーファンには『月の骨』『炎の眠り』、ミステリファンには『沈黙のあと』をオススメしておきます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
絶版が殆どなんて!
「パニックの手」の「おやおや町」が大好きです。
キャロル作品は、静かで繊細な始まりから、いつしか
不穏な流れに絡めとられて気づいた時には抜け出せなく
なっている怖さがあります。美しいレース編みの模様に
見とれていると、ふとそれが不気味な絵になっている
と分かったのに目を離せないというか。
【2013/10/22 20:13】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]

>奈良の亀母さん
キャロル作品は、前半と後半のギャップがすごいですよね。
今回まとめて読んでみて、魅力を再認識しました。
【2013/10/23 21:44】 URL | kazuou #- [ 編集]


超ご無沙汰しております。おお、キャロルですか。私も読みましたがやはり「炎の眠り」が好きです。その後は「犬博物館」くらいで後はどうも。。。元々短編的一発ネタを長編でやっているわけで、とても難しいことだとは思いますが。

最近自分で書いたものを電子書籍にしてサイトに置いてみたりしているので、やってみるとその難しさがわかって、読んだときほど否定できないなあと思っております。
【2013/10/27 10:33】 URL | なおき@日々是研究所 #- [ 編集]

> なおきさん
なおきさん、コメントありがとうございます。

キャロルは確かに「一発ネタ」的ではありますよね。以前に読んだときは、そこのあたりが気になったのだと思いますが、最近はそれ以外の「メロドラマ」的な部分が面白くなってきたような気がします。
【2013/10/27 17:26】 URL | kazuou #- [ 編集]

ホラーとしてのキャロル作品
キャロルは、出た当初から読んできて、犬博物館辺りから魅力を見失ってファンとは呼べない一読者になったような感じですが、私の場合はkazouさんの言う「読書体験」を経て魅力が分かっていたのではなさそうです。
現実世界を幻想世界がいつの間にか浸食してくる辺りの描写、ストーリーテリング(および変容の前段階の日常世界の描き方)が個人的に感じた最大の魅力で、そういう自分にとっての最高傑作はやはり「我らが影の声」(オチは個人的に不満ありですが)と、「炎の眠り」。
「我らが影の声」は、いつの間にか辺りは暗くなり、背後から冷気が流れ込んでいる……的な場面と描写が満載でホラーファンとしての楽しみも多い作品でした。

あと短編で、以前ご紹介のあった『パニックの手』の「フィドルヘッド氏」ですね。
ファンタジーが現実世界を逆照射するという効用を、ここまで見事に(そして分かりやすい形で)具現化した作品は他にないのではないかと思うような作品だと感じました。
【2013/11/04 15:05】 URL | Green #- [ 編集]

好き嫌いが…
キャロルは、「合う」「合わない」が分かれる作家ですよね。
当初好きになれなかったのは、今になって考えてみると、「幻想世界」が「現実」に侵食してくる、というパターンの際に、ミステリで言うところの「伏線」的なものがあまり出てこなかったせいじゃないかな、と思います。現実世界→幻想世界の移行がスムーズでない、といってもいいんでしょうか。
今はそういうところも含めて、楽しんで読んでいますが。

『フィドルヘッド氏』も面白い作品ですよね。
【2013/11/04 18:32】 URL | kazuou #- [ 編集]

伏線のなさ
というのは、確かにそうかもしれないです。
キャロル作品の「衝撃の結末」は、実際何の予告もなく唐突に訪れてぶつっと幕切れになるような感じで、
特に「我らが影の声」の結末は、各キャラクターが魅力的に書き込まれていた分だけ、この結末が本当に成立するのかとかなり不満でした(それでも他がとても魅力的なのでベストの一つなのですが)。
つじつまとか整合性とかには、さほど気を配っていないのかと思ってしまうような部分もありますね。

伏線もなく重要な出来事が唐突に起こったり、偶然が発生したりするような話は、例え現実世界では伏線なしに何かが起こったり偶然が起きることがままあるとしても、ミステリやSFなど大半の小説世界ではアンフェアだと批判されたり、よくない作品と判断されるネタになったりしますよね。
ただ、、ホラー、それも現実ものやSFチック外敵を描いたものではなく、心象風景が世界にもれだしたような恐怖と狂気の世界を描くものの場合は、つじつまの合わない出来事の急な発生は、むしろ恐怖感覚を刺激してくれる、一つの魅力となっていたりするので、その意味でキャロル作品はホラーとして読んだ方が楽しめるものなのかもしれないと・・・ちょっと思いつきめいた感じですが。
【2013/11/08 01:37】 URL | Green #- [ 編集]

小説内のリアリティ
現実のリアリティと小説内のリアリティは違う…ということに尽きるのでしょうけど、やはりキャロル作品では、整合性があまり重視されていない印象を受けますよね。
正直、小説では整合性が保たれていなければならない、というルールがあるわけでもありません。現実はもっと見も蓋もないことがありますし。時折、怪談実話なんかを読んでいて、ものすごい凄みを感じたりすることがありますが、その辺に理由があるような気がします。
【2013/11/10 08:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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